融合
1
裁判のあと、ジョニーは、浴場に連れて行かれた。
老婆ゴルゴッザ……アイシャの世話役……が、仁王立ちをして待っていた。
「服を脱がせるのじゃ」
しわがれた声で、ゴルゴッザが背後に控える奴隷たちに命じた。
奴隷たちは、どれも頭を丸く刈り上げ、逞しい身体つきをしている。
次から次へと現れ、服を脱がしに掛かる。ジョニーは抵抗できない。
手錠に引っかかった袖は破られた。
「強引すぎるぞ、ゴルゴッザ!」
最後の一枚を脱がされ、ジョニーの不満が爆発した。
「文句を申すな! これから、お主は、アイシャ王女と夫婦になるゆえ、粗相があってはならぬのじゃ。……しかし、なるほど、なかなかの偉丈夫じゃ。健康そのもの」
と、ジョニーの裸を眺め回し、首を縦に振った。
「人の裸を見て、納得するな」
数人がかりで浴槽に漬される。湯は、逃げ出したくなるほど熱い。
浴槽から引き揚げられ、奴隷数人がかりで垢をとられる。垢取りが終わると、また浴槽に漬された。
全身を拭かれ、髪を切られ、整えられ、眉毛を整えられ、ヴェルザンディ風の衣服に着替えさせられた。
上着は、胸のあいたシャツを羽織らされた。砂漠の民らしい構造だが、シグレナスで着るには、肌寒い。
入浴というより、洗浄作業である。
ジョニーは逃げ出す準備を窺っていた。
だが、常にゴルゴッザがいて、見張りをしている。
ゴルゴッザは、霊骸鎧“蛇髪”に変身する。
敵を石にする能力が強い。
(裁判前に、看守と兵士が入れ替わる瞬間に逃げ出せば良かった。ゴルゴッザからは逃げられないだろう)
姿を整えたジョニーが、一室に閉じ込められた。
「どうしてこうなった?」
ジョニーは、これまでの展開が見えてこない。寝台の上で周囲を見回した。
全体の色調がピンクである。子どもが喜びそうな形状をした幼い龍の石紋様が床に埋め込まれている。
ほどなくして、扉が開いた。
「失礼いたします……」
アイシャだった。
戸口で床に三つ指を立てている。
「ふつつか者ですが、今晩は、よろしくお願いします。……旦那様」
アイシャが、深々と頭を下げた。
いつもの高慢ちきな態度はなかった。別人のように、しおらしい。
着ている服は、面積が小さい。素肌がほとんど見えている。
風邪を引きそうだ、とジョニーは思った。
部屋に入ってきて、ジョニーの足の甲に口づけをした。アイシャの唇は水分が保たれていて、冷たい。
「おわぁ、なんなんだ?」
ジョニーは、驚きともに、脚を引っ込めた。
「ヴェルザンディでは、妻が夫の足に口づけをする風習があります。僕は、旦那様に永遠の忠誠を誓うために……」
「旦那様だと……?」
「あら、旦那様は、お気に召しませんでした? 呼び方は、ご主人様が良かったですか? ……縛りがお好きだから、ご主人様がいいのかな?」
「呼び方は、どうでもいい。誰も縛らない。……これからは、どうするつもりなのだ?」
「どうするって? ……それは、察したまえ!」
アイシャは顔を真っ赤にして、いつもの口調で声を張り上げた。
「普段としゃべり方に戻ったな。最初から気になっていたのだが、どうして、普段は男っぽいしゃべり方をする?」
「それは、ヴェルザンディの女は、高等教育を受けられないから。小さい頃から、男っぽい口調にして、男のふりをしているのだよ。僕はその癖が抜けきれないのだ。……でも、夫の前では、女になります」
「俺と結婚とは、正気か? 貴様のような王女であれば、結婚相手などいくらでもいるだろう?」
「男どもが、僕に近寄ってこないのだよ……。僕が強すぎるから。ヴェルザンディの女は一七歳で結婚するのに、僕は婚期を逃してしまった。みんな、一八歳で子作りを始める。先に子作りをしなくては、間に合わない!」
「シグレナスであれば、一八を越えても、子どもを産んでいる奴はいくらでもいるぞ。まだ相手を探せるだろう」
「いいや、駄目なのだよ。我が国では、一八で産まないとすると恥になる。女として問題があると噂されるのだ」
「それでも、ヴェルザンディなら俺よりも強い奴はゴロゴロいるだろう。それに、シグレナスで俺が一番強いわけでもない。クルトなら、俺よりも、よっぽど強いぞ?」
「……クルトって、あの白い丸坊主みたいな人? いやだぁ」
「……その反応は、本当にイヤなんだな」
ジョニーは天井を見上げた。石積みの天井である。
「ヴェルザンディで募集をすれば良いだろう。強い男を集めて、競わせて、一番強い奴を婿候補にすればいい」
「そんなのやりたくない。ヴェルザンディの男は皆、弱虫しかいないのだよ」
アイシャは反論になっていない反論をした。
「弱虫か? ……アドバッシュやデビアスは、かなり強かったぞ?」
「アドバッシュは、子どもっぽいし、親戚だから、無理。デビアスは、あれでも子どもが二人いるし、おじさん過ぎて、無理」
「……好みが狭いな」
「王族は、以外と選択肢が狭いの。でも、今回は期待して、調査に志願したのだよ。シグレナスには、セイシュリアの“七鋭勇”を倒した男が二人もいるって聞いたから!」
「まさか、貴様。今回の調査に参加した理由は、結婚相手を探しにきたのだな?」
ジョニーは閃いた。アイシャが気まずそうな表情になった。
「別に、王族でも、婚活しても構わないだろう? 出会いの機会は多くても困らないし。ああ、出会い系のマッチング霊骸鎧があればいいのに」
「なんだ、出会い系って?」
「でも、やっと巡り会えた。巡り会えて良かった。……こんなに強い人は、初めて」
アイシャは、ジョニーの手に自分の手を重ねた。ジョニーは、払いのけたくなった。
「何をするにしても、手が不自由では何もできん。手錠を外してくれ」
不快さを、手錠のせいにした。
「……いいよ。手を挙げて」
アイシャが、ジョニーの前で、胡座を掻いた。
手錠をつまみ上げ、錆び付いた鍵穴に、錆び付いた鍵を突っ込む。だが、作業は難航し、アイシャは前傾姿勢になった。
衣服の面積の少なさから、ジョニーはアイシャの胸の全容が見えた。少年のように薄い胸をしている。
「開いた」
アイシャが喜ぶ声に、ジョニーは視線を戻した。
手錠を外された腕の痕を見る。
「良いのか? 俺が逃げ出すために、貴様に危害を加えるかもしれないぞ?」
アイシャはジョニーを見上げた。氷のような瞳が、柔らかい熱を帯びている。
「僕みたいな女の子を傷つけたりなんてしない。強くて、優しい。それが、僕のご主人様……」
アイシャがジョニーの胸に顔を埋めた。
アイシャに甘えられ、ジョニーはどうすれば良いのか分からなかった。
「……わかった、俺はどうすればいい?」
「何もしなくて良いよ。だって、ご主人様は力が強いから、僕の身体がへし折れちゃう……。だから、今夜は、僕が上になるね!」
「……なんの話をしているのだ?」
「大丈夫、じっとしてて。僕がなんとかするから! どう動けば良いか、いっぱい勉強したから。……ああ、ううん、でもやっぱり怖い!」
シーツの裾をつねって、身を捻っている。全身が真っ赤になって、蒸気を出している。
「だから、何の話だ? 上とか下とか、結婚とか、子どもとか、貴様はどうしたい?」
「どうしたいって? そりゃあ……いや、本当に君は何も知らないんだな」
アイシャは呆れる顔をした。
「知らないとは?」
「……子どもの作り方」
「知らないぞ。悪いか?」
ジョニーは返答に困った。子どもの作り方を知らなくて、皆に笑われた経験がある。ボルテックスも呆れるほどだ。
「……じゃあ、教えてあげる。ちょっと待ってて……」
アイシャは寝台から飛び降りた。
どこからともなく、木製の脚立を持ってきて、本棚に立てかける。
「何をしている?」
「ちょっと見ないで」
ジョニーは、見ないでおこうと思った。
だが、アイシャの行動が気になる。薄くて面積の小さい衣装のせいで、全身の線が明確に見えた。長い脚が露わになっている。これ以上はいけない気がして、とジョニーは目を伏せた。
ジョニーは目を閉じ、無限の時間であるかのように、辛抱強く待った。
すると、アイシャが、木箱をジョニーの前に投げ出した。
木箱の蓋を開けると、幾層もの木の板で中身が保護されている。
最後の板を取り外すと、巻物が出てきた。
寝台の上に、巻物を広げると、男と女の絵が現れた。
二人とも裸で、両足を広げている。
「本当に知らないみたいだから、教えるね」
アイシャが、上目遣いで恥ずかしがった。
「これが、こうなって、ああなります。それから、こうなったのち、こういう方向性で、こうこうこうなるんです……」
と、アイシャは、巻物をめくりながら、男女の裸を指さして解説を始めた。
ジョニーは、アイシャの解説を受けて、男女間の様々な謎が解けていった。すべての謎がかみ合った感触である。
「貴様、このような本を隠し持っているとは、助平だな。……うん、助平龍だ」
と、ジョニーは頷きながら、アイシャを評価した。
「君が知らないから、わざわざ教えてあげているんだろお!」
アイシャは、顔を真っ赤にして、寝台を叩いて叫んだ。ときどき、口調がいつもの感じになる。
「王家では、庶民と違って、男女との……そういう話題があまりできないから、自分で学ばないといけないの。男女の融合は、一番大切だから、教本が大切」
「融合って表現するな。……だが、わかった。王家の義務なら仕方がない。貴様は、助平龍ではない」
ジョニーの発言に、アイシャは機嫌を取り戻した。巻物を寄せ集めて、胸に抱き寄せた。
「……じゃあ、僕と試してみませんか?」
と、アイシャが砂漠から出てくる湧き水みたいな声を絞り出した。
ジョニーは即答できなかった。状況に追いついていけない。
「……僕じゃ駄目ですか?」
アイシャが悲しそうに聞いてきた。
ジョニーはアイシャが嫌いだった。ジョニーたちの主張に一歩も譲らず、自分の我を通すために、強引な理屈で圧力を掛けてくる。
だが、さっきまでは、アイシャの人間らしさや抜けているところがあって、ジョニーはアイシャに対して好感を得ていた。
「嫌いではない……」
2
次の朝になった。
肌寒いが、天気は良い。冬が近い。
ジョニーはヴェルザンディらしき服に身を包んだ。足全体を覆うズボンを履かされている。 前方で、アイシャは肩で風を切るように、歩いている。
ジョニーは、アイシャの後を追う。昨夜のアイシャとは、別人のようだ。
アイシャとジョニーは、屋外の訓練場に足を踏み入れた。
楕円形となった競争路の中で、兵士たちが戦闘訓練をしている。
ある兵士は槍を突き、ある兵士は身を躱して剣を振り、ある兵士は土嚢で固めた的に向かっていた。
ターメン・ロイテ、アドバッシュ、デビアス、アフラ・バイゼナクといった霊骸鎧組も、生身の姿で一般の兵士たちに混ざって練習をしている。
アイシャを確認すると、兵士たちが一斉に敬礼をする。
「あいつが、シグレナスの、帝国の黒い“貝殻頭”……」
兵士たちが訓練を止め、口々に呟いた。
「まだ子どもだぞ? あんな奴が、王女殿下や、“十二神将”に勝ったのか?」
アイシャは、背筋を伸ばして歩いている。兵士たちの言葉が聞こえていないふりをしているのだ。
兵士たちが、龍のカタチを思わせる玉座を用意する。一国の王女にふさわしい動きで、アイシャは玉座に座った。
ジョニーは、席が用意されていないので、自分の立ち位置がよく分からない。取り急ぎ、アイシャの隣に立った。
「ごきげんよう、ヴェルザンディの勇者たち!」
アイシャが声を張り上げる。ヴェルザンディの兵士たちがアイシャの前で整列をした。
アイシャが演説を始める。
「ガレリオス遺跡で、シグレナスの弱虫どもと戦った。だが、奴らの卑怯な振る舞いで、我々は何度も苦しまされた。毛虫よりも弱いくせに、毛虫よりもずる賢いとは、これは、いかなる虫だろうか?」
アイシャの冗談に、兵士たちから笑いがこぼれる。
ジョニーは、侮辱をされて、少し腹を立てた。
(俺たちが卑怯者、というより、貴様らヴェルザンディの頭脳が足りないだけなのでは?)
普段のジョニーであれば、反撃をしたくなるが、黙っていた。
以前のアイシャとは、態度が違う。人を小馬鹿にする雰囲気ではなく、澄んだ表情を湛えている。
「だが、僕は、連中から、教訓を学んだ。……霊骸鎧の本質は、連携にある。単体として強い霊骸鎧を敵にぶつければ、いつか勝てる、という時代は終わったのだ」
ジョニーは、アイシャの横顔を見た。
アイシャの意見に、生まれて初めて共感できた。アイシャが、自分の気持ちを代弁してくれた、ともいえる。
ジョニーは、自分一人で敵を倒せる、味方は邪魔だ、という考えがどこかにあった。
だが、今回の遺跡調査で死闘をくぐり抜けて、仲間の重要性が、イヤというほど思い知らされた。
圧倒的な戦力差を見せつけてくるヴェルザンディに対し、セレスティナは、仲間を協力させ、力を引き出し、これを破っていった。
アイシャが、話を続ける。
「連携を学ぶため、シグレナスから軍事顧問として、“貝殻頭”同志を招聘した。“貝殻頭”は、僕の婚約者でもある。これからは、僕たちは、“貝殻頭”の命令は、僕の命令と思いたまえ!」
ヴェルザンディの兵士たちが、お互いに顔を見合わせて、どよめいた。
「これからは、ご主人様が、僕の兵隊たちを操るんだよ」
兵士たち以上に驚いているジョニーに、アイシャが小さな声で目配せをした。
ジョニーはヴェルザンディの霊骸鎧を見た。
“悪鬼大王”ベラヒアム・デビアス、“爆走”アフラ・バイゼナク、“砲拳”トルトオク・ゼルエム、“爆合装甲”ターメン・ロイテ、“竜爆神”トーマ・アドバッシュ、そして、“龍王”アイシャ・インドラ……。
どれもが、燦然と輝く強力な霊骸鎧である。
それらの霊骸鎧を自在に操られるとしたら、と考えただけで、胸の中から痺れるような興奮をジョニーは味わった。
「おお、“貝殻頭”が指揮官になるだか! そうすれば、あっちゅう間に、シグレナスを占領できるだかな」
アドバッシュが手を叩いて喜んだ。
兵士たちは従順な態度を取りながらも、ジョニーに薄暗い視線を送ってきた。
デビアスもロイテも、気まずい顔をしている。
喜んでいるのは、アドバッシュだけだ。
「アイシャ。貴様らヴェルザンディの兵士たちが納得していないぞ? 親戚でもなく、昔からの知り合いでもなく、ほんの数日前までは殺し合いをしていた間柄なのだから、当然だ」
ジョニーが、アイシャに小声で話しかける。
アイシャは、笑顔になった。
「君は、このまま奴隷でいいのかい? 僕と結婚したら、王族になれるのだよ? シグレナスに帰ったら、奴隷に戻ってしまって、どんな意味があるの? ご主人様は強いのに、どうして奴隷の身に甘んじているの? 奴隷のままだったら、みんなに馬鹿にされるだけだぞ?」
アイシャの言葉に、ジョニーは心当たりがある。
クルトのような不良たちに絡まれたり、ヒルダのような金持ちに見下されたり、どれも不快な記憶が甦った。
ヴェルザンディの王族になれば、馬鹿にされる心配もない。煩わしい自警団の仕事を下請けする必要もない。そもそも喧嘩しなくてもよい。
「もしも僕たちが世継ぎになれば、贅沢な暮らしもできるよ。もっと綺麗な場所に引っ越しして、二人で暮らそう」
ジョニーには、王族の贅沢な生活は想像できなかった。
ビジーたちとパンを分け合う様子も思い返した。ブレイク家は没落した貴族だ。常に金欠状態だ。
ふと、ビジーが恋しくなった。しばらく会えてない気がする。
シグレナスには、ビジーたちのような友だちや仲間がいる。
友だち……。
クルト、サイクリークス、フリーダも、自警団の連中は、ジョニーは最初、嫌いだった。袋叩きにされた記憶がある。セルトガイナーは工作員だとジョニーは思っているが、セルトガイナーがいなければ、勝てない敵もいた。何度も命を救われている。
自警団でなくても、プリム、シズカ……今では、死線をくぐり抜けてきた、無二の仲間である。
ダルテやフィクス、ゲインも最初は敵だった。ゲンロクサイやターキエを含めて、もう仲間だ。
ボルテックスの言葉を思い返した。
「お前の勇気を見て、俺は俺の間違いに気づいた。俺は俺が誰かなのか、思い出したんだ。リコ。お前のおかげなんだ!」
ここまで好意を伝えてくれる人物は、ジョニーの記憶には、ない。
最後にセレスティナの後ろ姿を思い返した。
疲れ切っている。このまま世界から消え去りそうだ。
ヴェルザンディの王族になったら、セレスティナとは敵対関係になる。
ジョニーは視界が真っ暗になった。世界が揺れる。
「……やっぱり、シグレナスに戻りたい?」
アイシャは悲しそうに聞いてきた。
ジョニーは、応えられない。
「ご主人さまは、素晴らしい勇気と知恵の持ち主……。ご主人様に、ヴェルザンディの強さに融合させたいの、お願い……!」
「ぶふっ」
融合。
ジョニーはアイシャの言葉で、昨夜の言葉を思い返し、吹き出した。
3
「しうtれいながら!」
聞き取りづらい言葉が、聞こえた。発言者は、白い髪をした、褐色の肌をした、若い男であった。
「……チェイサー、なんだ?」
アイシャが、苛ついた口調で返事をした。
ジョニーに媚びていたときの表情は、ない。雰囲気はなく、王女としての威厳をもった表情に切り替えていた。
チェイサーは鋭い眼光で、ジョニーを見た。まるで自分の内部情報を探られているかのような感覚に、ジョニーは陥った。
「みにあが、はんぱうしています。再考を尾根ギア遺体sます」
「なんだと?」
アイシャが眉毛を釣り上げる。言葉の聞き取りにくさよりも、内容に腹を立てている。アイシャは、チェイサーの言葉を理解しているのだ。
「わつぃは、新ピアです。打目です。点tねこの男は、悪い男です。しんにょうなりmさえん」
チェイサーが、必死になって喋っている。だが、ジョニーには理解できない。
「差し出がましいぞ、チェイサー」
アイシャは厳しい口調で反応した。
「点tねでは、わつぃおtしあをい組ませてくだしあ。もし、わつぃを倒せば、みにあは納得できるでしょう」
「チェイサー、僕の婚約者が、君よりも弱いと申すのかね」
アイシャは、怒りを見せ始めた。
「あのチェイサーは、何の用だ? 俺の悪口をほざいている気がしたんだが?」
会話について来れなくて、ジョニーは思わず小声でアイシャに訊いた。
「ご主人様がチェイサーと試合をして、強さを見せれば、皆が納得するって」
と、アイシャと小声で返事をした。ご主人様とか、チェイサーや他の兵士たちに聞かれたくない言葉がある。
「では、チェイサー。貴様が俺に勝ったらどうなる?」
ジョニーがチェイサーに質問した。
「この婚約はお取りやめくだしあ」
チェイサーの発言に、アイシャの怒りが燃え上がった。
「この下郎。これ以上の侮辱は、たとえ君がお父様の血を引いているといっても、許さん。奴隷寸前に落とされたお前を預かったのは、この僕だ。……あまり、僕を不愉快な気分にさせるな」
「いいえ、それでも戦うには、条件があります……」
ときどき、チェイサーの口調が普通に聞こえる。
(こいつ、面構えがただものではない……)
ジョニーは、直感した。顔の形状や配置が問題ではない。全身から溢れ出てくる闘志から、常人ならざる、隠された強さを、ジョニーは感じ取ったのである。
(確か、奴の霊骸鎧は“蛹子”だった。フィクスにあっさりと倒されたが、どこか強さを見せないでいる。その強さは、デビアス、アドバッシュ、いや、アイシャを超えるだろう……!)
強い。
第一印象は変わっていない。
「つまりは、俺が、このチェイサーと喧嘩をして、勝てば良いのだろう……? どんな条件でもかまわん。受けて立とう」
ジョニーは余裕な態度で応えた。瓦全とチェイサーに興味を持ったからだ。
調べてみる価値はある。
「……好きっ!」
ジョニーは、アイシャに抱きつかれた。
「ご主人様ぁ、ご主人様ぁ。かっこいい。アイシャは、ご主人様の、一生の僕ですぅ!」
と、ない胸や頬をすり寄せてくる。良い匂いがする。
だが、アイシャに甘えられるたびに、ジョニーは徐々に冷静さを取り戻していった。
「ところで、さっき、チェイサーが婚約を取り消しとか、呟いていた気がするが……。婚約とはなんだ? 取り消すとか、結婚とはどう違う?」
「ご主人様は、婚約中だから、安心してこのまま結婚式を挙げれば良いの」
「……俺たちは、まだ結婚はしていないのか?」
ジョニーは、疑問を口にした。
「……まだ結婚していません。お父様の前で結婚式を挙げないと、認められないから。……あっ」
アイシャは、手で自分の口を封じた。
失言であった。
「わぁあん、結婚を止めないでぇ」
アイシャが涙を浮かべて頭を振り乱している。
普段見せない態度に、ヴェルザンディの兵士たちは、困惑していた。