性加害
1
暗闇の中、アイシャが落ちていく。
まったく動きがない。
意識を失っている。
「ゲンロクサイ! “自動二輪”を出せ。……アイシャを受け止める!」
ジョニーは“自動二輪”に飛び乗り、ゲンロクサイに指示を出した。
後部座席の上で、ジョニーは立ち、“影の騎士”に変身した。 ジョニーは待った。ギリギリまで、自分が跳べる位置まで。
ジョニーは両脚を揃えて、飛んだ。
アイシャの脚を受け止めようとしたが、ジョニーの手は届かず、空を掻くばかりだ。
だが、それでも構わない。
霊力を両脚の裏に発生させて、で固めた足場にして、さらに跳ぶ。……“空中二段跳び”である。
空中で落ちるアイシャを受け止めた。
アイシャは、綿毛のように軽い。
気を失っている。変身できないまま落下して、死を覚悟したからだ。
アイシャを抱えたまま、ジョニーは空中で一回転をして、着地する。
ジョニーは変身を解く。煙の中から、アイシャが眠っていた。
長い睫毛を揺らして、何度も瞬きをした。
目を覚ますと、ジョニーの姿を見るなり、瞳を潤ませていた。しばらくすると、着火したかのように、恥ずかしさや怒りで震えはじめる。
「この野蛮人! 無礼者! 性加害! 僕から汚い手を離したまえ! いやらしい真似をするんだろう? 何かの本みたいに? 痛い……っ」
左肩の打撲を手で押さえている。練習用の矢で怪我をしている。
細い身体をねじり、暴れ出した。
「サイクリークス、アイシャを縛れ」
サイクリークスの腕から蔦が発射され、アイシャに巻き付き、縛り上げた。ジョニーからしてみれば、小柄なアイシャなど、簡単に押さえ込めるが、面倒である。
「殺せ、下郎ども! 僕を誰だと思っている? ヴェルザンディの王女アイシャだぞ? こんな真似をして許されると思うなよ? 抗議する! お父様に報告して、全面戦争を仕掛けてやる!」
縛られたアイシャがわめき散らした。
ジョニーは、疲れが出てきた。アイシャが大騒ぎしている隣で、余裕で眠れそうだ。
遠くから、いくつものゆらめく灯りが群れとなって、丘を降り、ジョニーたちに近寄ってきた。
「さっきの、こちらに激しい爆発があったようだが?」
灯りの正体は、松明を手にした兵士たちであった。
「我らは、シグレナス国境警備隊の者だが、貴様らは、誰だ?」
シグレナス国境警備隊!
ジョニーたちは、お互いの顔を見合わせた。
シグレナスに戻ってきたのだ。
「我々は、ガレリオス遺跡の調査隊だ」
変身を解いたクルトが、応えた。気を失ったボルテックスや、社会常識の無いジョニーよりも適任である。
国境警備隊の高圧的な態度が、低姿勢になった。
「遺跡調査隊? 皇帝陛下直属の? ……それは失礼しました。では、こちらの方は、どちらで?」
アイシャは身分の高い身なりをしているのに、縛られているのである。兵士たちの興味を引いた。
「僕は、アイシャ。ヴェルザンディの王女アイシャ・インドラだ。僕を解放しろ。この僕を、こんな屈辱的な目に遭わせて、ただで済むと思うなよ!」
アイシャが眉毛を釣り上げ、金切り声でわめき散らした。
「本当ですか? この方が、ヴェルザンディの王女なのですか?」
もっとも年長の兵士が、訊いてきた。落ち着いた態度と、兜の飾りから、隊長格だとジョニーは分かった。
「待て! シグレナスの雑魚ども。アイシャ王女を解放しろ!」
暗闇から声が聞こえる。ジョニーは背後を振り返った。
「何者だ?」
警備隊の一人が槍を構える。
灯りに照らされ、巨体の男が現れた。異国風のマントを身に纏っている。
「俺は、ヴェルザンディ“十二神将”の一人、ベラヒアム・デビアス。遠きこのシグレナスにも、俺様の名前は及んでいると聞く。知らない者がいれば、名刺代わりだ! 俺様の分銅を、骨の髄まで味あわせてくれる!」
デビアスは、大ぶりな腕の動きで、印を組んだ。
邪悪な角と牙を顔から生やし、両腕に鎖付きの分銅を手にした巨大な霊骸鎧“悪鬼大王”に変身した。
威圧感と迫力が、空気を揺らしている。
シグレナスの兵士たちが松明を捨てて、逃げ出した。数人は、腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
隊長格の男と左右の熟練兵は逃げなかった。“悪鬼大王”を見上げ、槍を構えた。
「シグレナスの同志諸君。君たちは、自分たちの立場を理解したかね? これ以上、僕に少しでも危害を加えれば、デビアスが君たちを一瞬にして挽肉にするだろう」
アイシャは縛られながらも、勝ち誇った顔をした。
ジョニーたちは身構えるよりも、何もできなかった。応戦するほどの体力も霊力も残っていなかったのである。
「ここは、シグレナスであって、ヴェルザンディではない。貴様は、ここでは、王女でもなんでもなく、シグレナスの領土内で暴れ回った、ただの犯罪者だ」
と、ジョニーは反論した。自分でも、不利だと分かっている。
勝率は低い。
もう一度“悪鬼大王”に勝てるほど、余力も策も残っていない。だが、喧嘩を売られて、黙って引き下がる性格ではない。はない。
「国境? 犯罪? 関係ない。今、君たちは、ヴェルザンディの王女であるこの僕を、不当な理由で逮捕しているのだよ? 僕の父上や、祖国が、黙っていると思うのかね?」
「国境まで逃げれば勝ち、と貴様が決めた話だろう? 一国の王女が、約束を破る気か?」
「確かに、約束はした。だけど、国境を逃げ切った君たちは、飛行中の僕を、いきなり撃墜をしてきた。僕が追いかけてきても、君たちが何もせずにそのまま帰宅すれば、何も起きなかった。むしろ、君たちが、今の事態を引き起こしたのだよ?」
背後で爆音が聞こえる。
ゲンロクサイがシズカを“自動二輪”に乗せて、逃げていった。
「ふん、ゲンロクサイの奴、僕が拾ってやった恩を仇で返したのだな? 僕に刃向かった振る舞い、いずれやり返しやるから、覚えておけ」
アイシャは、憎悪に満ちた表情を浮かべた。
隊長格の兵士が、ジョニーの前に進み出た。
「アイシャ王女を解放してあげなさい。本来であれば、他国の王女であれば、賓客としてもてなすところだが、準備が足りなかったようだ。……君たちは、早く家に帰りなさい。ここでは、何もなかった。それで良いね?」
大人が子どもを諭すかのような態度で、ジョニーに話しかけてきた。哀れになるほど、作り笑顔の内側から、恐怖が悲痛なまでにあふれ出ている。
ジョニーの脇を、突風が通り過ぎた。
腰に手をやると、剣……“羽音崩し”がない。
「どうしたのかね、シグレナスの黒い“貝殻頭”同志? 剣をお探しか? 剣なら、ガウトが持っているぞ?」
アイシャが笑う。
小柄の霊骸鎧が、“悪鬼大王”の足下で一回転した。
猫の耳を思わせる頭巾をかぶり、腰には尻尾を着けている。
手には、“羽音崩し”をお手玉していた。
「ガウトの霊骸鎧は、“泥棒”だ。相手の装備を“盗む”能力を持っているのだよ。どうだ、シグレナスの同志諸君? 君らは、丸裸になりたいのかね?」
アイシャが嘲笑する。
“泥棒”が変身を解いた。黒い煙から、褐色の肌をした少女が現れた。頭巾をかぶっていて、猫のような大きな目を覗かせている。
ボルテックスはボロ雑巾のように地面に転がっている。クルトは霊力を使い果たし、ゲンロクサイもシズカも逃げた。
サイクリークスとセルトガイナー、それと長時間の変身ができず、さらに武器を失ったジョニーだけが、現状の戦力である。
相手は、縛られているアイシャを除けば、九体の強力な霊骸鎧である。一体だけでも、シグレナスの霊骸鎧が全員で飛びかかって、ようやく倒せるか倒せないかほどの強さを持っている……。
「分かった。アイシャを解放しよう。俺たちは、シグレナスに帰る」
と、ジョニーは、提案した。
双方に無駄な死は回避できた。それに、喧嘩には勝った。
もう充分な戦果である。
ジョニーはサイクリークスに合図を送って、アイシャの戒めを解いた。
「貴様ら、アイシャを連れて、帰れ」
ジョニーは手で空を払った。
だが、アイシャは、縛られた手首を気にしてながら、笑った。
「そんな約束は、認めないよ、シグレナスの同志諸君。……君らのうち数人を、僕らに引き渡せ。ヴェルザンディまで連行する。それでようやく釣り合うよ」
「なんだと?」
「君たちは僕を侮辱した。その代償は払ってもらう」
アイシャは澄ました顔で応える。
「ふざけるな。約束を守れ。どうして貴様には、約束を守る精神が一欠片もないのだ?」
「あのねえ、そろそろ自分たちの立場を理解したらどうかね? 僕たちはいつでも君たちを無残に粉々にできるんだよ?」
「貴様……!」
「一丁前に怒ったのかね? まあ良い。全員とは欲張りすぎた。一人だけで許してやろう。君たちの中で選ばさせてもらう」
アイシャは、両手を腰につけて、ジョニーの目の前を通り過ぎた。
「“貝殻頭”同志。……君だ。君を逮捕する。僕らの祖国に来てもらって、裁判を受けてもらう。そこで晴れて、君に刑を執行してやろう!」
「……誰が認めるか」
「行きたくないのかね? ふーん、そうなんだ。じゃあ、別に君でなくても良いよ。……やっぱり、この場にいる全員を連れ去っちゃおうかな? いやいや、“貝殻頭”同志。君だけは生かしておいてやろう。他の者を連れて帰る」
アイシャは冷ややかに笑った。
「貴様ぁ……。どれだけ卑怯なのだ」
ヴェルザンディの中で、最後尾にアドバッシュがいた。
決まり悪げに頭を掻いている。悪人になりきれない優しさと、仲間たちの考えに従いたい気持ちの間に揺れているのだ。
「ならば、俺が行こう。仲間に手を出すな」
ジョニーが進み出た。こんな卑怯な奴らの言いなりになりたくないが、弱みを見せる気はない。
「かっこいいだか、“貝殻頭”」
アドバッシュが、口笛を吹いた。恋人の魅力を再発見したかのようだ。
ヴェルザンディの中が、ざわついた。
「リコ、お前を死なせるわけにはいかん。俺が行く」
ボルテックスが、起き上がった。
「ボルテックス。死にかけの貴様は黙っていろ」
「死にかけの俺が死ぬべきだ。お前は生き残れ。誰も死ぬな。殺すな」
「指揮官は、俺だ。俺は死なん。貴様が先にくたばりそうだがな。貴様は、クルトに連れて帰らせてもらえ」
「……わかった」
と、もう一度ボルテックスは倒れた。寝息を立てている。
「寝ぼけていやがったな」
ジョニーは笑った。クルトに向き直る。
「さあ、クルト。次の指揮官は、お前だ。ボルテックス、サイクリークス、セルトガイナーを連れて帰れ」
「駄目だ、リコ。お前だけを置いていけない」
反対するクルトの肩に、ジョニーは優しく手を触れた。
「早くボルテックスを連れて帰れ。貴様には、マミラが待っているのだろう? 愛する女の元に帰れ。帰るまでが遠足だってな。……貴様の、ろくでもない親分の受け売りだがな。ほら、早く行け。貴様はもう戦えまい」
「リコ……セレスティナはどうする? お前は、セレスティナに惚れている。諦めてしまって良いのか?」
「セレスティナか。結局、駄目だったよ。俺には釣り合わない。俺なんかよりも、もっと良い男と結ばれると思う」
ジョニーは自分の発言に、悲しくなった。
「兄弟……!」
クルトは、頭を下げた。
「いつも、お前は俺を助けてくれた。それなのに、俺はお前に絡んで、迷惑をかけていた。すまない。俺が悪かった。自分でも情けねえとは思う。恥ずかしい奴だと思う。だが、リコ。いいや、兄弟と呼ばせてくれ。頼む!」
「どう呼ぶかは好きにしろ。短い期間の兄弟だがな」
ジョニーがすべてを伝え終わる前に、クルトに抱きしめられた。クルトの義手……“雷帝の籠手”に覆われた金属製の腕が痛くて、重い。
ジョニーは呻いた。呻いた事実を隠すように強く抱きしめてくるので、痛い。金属製の万力で潰されているようだ。
クルトの背中を優しく叩いて、解放してもらった。
「絶対に助けに行くぞ」
クルトは、ジョニーの胸を叩く仕草をした。どこか眼力に熱っぽさを感じる。捕らわれた恋人に想いを告白しているかのようだ。
(大丈夫だ、俺は隙を見つけて逃げ出す。一人で身軽になるからな)
クルトに耳打ちをした。クルトが驚いた顔で、後ろに下がった。ジョニーであれば、単独で脱出できる、と信頼してくれている。
ジョニーは、ヴェルザンディの前で両腕を差し出した。
「ほら、どうした? 俺を早く逮捕しろ。早くしなければ、大暴れしてやるぞ」
我ながら逮捕される態度ではないが、強気な態度に出てみた。そういえば、逮捕された経験は初めてではない。
「我たちの負けだか。喧嘩にも、勝負にも、男気にも……。あ~あ、情けないだか」
ジョニーが腕を縛られている一方で、アドバッシュがわざとらしい声を出した。アイシャを含め、誰もが黙っていた。アドバッシュの皮肉は痛烈だったのだ。
ジョニーはヴェルザンディに囲まれた。
歩かされる。
後ろを振り返る。
国境警備隊が荷車を持ってきて、ボルテックスを運んだ。
「兄弟……」
クルトは仁王立ちして、熱っぽい表情で、いつまでもジョニーを見つめていた。
2
夜営をして、朝を待った。
アイシャたちに連れられ、ジョニーはガレリオス遺跡にまで戻った。
「軍事機密だ」
と、麻袋をかぶらされた。
暗闇の世界で、長い時間を待たされ、待ち時間が終わったと思うと、長い距離を歩かされた。
人々の生活音が聞こえる。風や日差しを感じなくなった。
(どこかの屋敷か……?)
アイシャの声もデビアスの声も聞こえなくなった。
事務的な会話が行われ、ジョニーは、縛られた手から、縄を外され、代わりに木の板を付け替えられた。
手首の完食から分かる、木製の手錠だ。
手錠を引っ張られ、階段を降りていく。
袋を外されると、そこは薄暗い地下牢であった。丈夫な格子で脱出を阻まれている一室……牢屋に通される。
「豪華な客室だな」
牢屋を見渡すと、天井に近い壁から、光が差し込んでいる。光の周りを、小さな羽虫が舞っていた。
肌の黒い少女たちが覗いてくる。ジョニーの顔を見て、笑っている。
看守が格子の下から食事を出してきた。
大きな葉っぱに、塩で炒められたトウモロコシと米が盛られている。
独特な香辛料の香りが、ジョニーの食欲を刺激した。手錠のままだと、食事が難しい。
基本的には、手錠以外は、快適な囚人生活であった。
周りには、囚人の姿も気配もない。
囚人は、ジョニーだけであった。
肌が黒くて太った看守は、髭を蓄えている。適当な態度で食事を格子の下にくぐらせて手渡すくらいで、とくに、やる気もない。
話す話題もない。
どちらかといえば、避けられている。恐れられてもいる。
史上最強、と呼ばれているアイシャとの喧嘩で勝ったジョニーを相手にしたくないのである。
ジョニーは自分の“罪状”が影響している、と理解した。
囚人は日数を数える、と言われているが、ジョニーは三日くらいで飽きた。
「数を数えて、どうなる?」
一日が長い。両腕が塞がれているので、何もできない。
ジョニーはひたすら瞑想を繰り返した。だが、集中できない。
セレスティナの記憶ばかり頭によぎる。
セレスティナの横顔や、セレスティナが歩く、叫ぶ、走る、両脚で立って、なにかを叫んでいる……。凜々しい顔つきで、難問に立ち向かうセレスティナを思い返した。仲間に対する思いやりをみせるセレスティナを思い返す。
セレスティナと一緒にいる思い出すべてが、ジョニーにとっての幸せな瞬間だった。
「僕は、君が嫌いだ……!」
セレスティナに追い払われた。絞り出すかのような声だった。
ジョニーは奈落の底に突き落とされたかのような絶望を感じた。他国の牢屋で裁判を待つよりも、セレスティナの言葉を思い返す方が絶望を感じる。
胸が貫かれるようにして、痛い。
失恋したのである。
失恋していなくなった相手について、未だに考えている。
でも、最後、アイシャと戦うときは、聞こえたセレスティナの声が優しかった。
「いや、だからといって、もう二度と会う機会もないだろう」
余計な希望を抱いたとしても、虚しくなるだけだ。
寒くなってきた。寒い風が吹き込んでくる。季節は、冬に近づいてきた。光源から隙間風が吹いている。
ジョニーは、天井を見上げた。
牢屋にいる時間が、長い。
時間が無限にあるようで、まったく無駄な時間である。
3
ある日、看守が格子を叩いて、乱暴な口調で、命令した。標準語が上手く喋れない。
「起きろ、裁判だ」
看守に連れられ、地下牢からの階段を上り終えると、植物が生い茂った中庭が見える。
ジョニーは、現地点が異国風の屋敷だと分かった。
中庭を取り囲むように外廊下があり、外廊下を取り囲むかのように各部屋の入り口があった。
看守は槍を持った兵士に交代した。ジョニーの左右を固めてくる。
両腕を縛られて、変身はできない。だが、ジョニーは、中庭の一角に、外廊下も部屋もない壁を見つけた。
(兵士に頭突きを喰らわせる。気を失ったところで、壁を“空中二段跳び”で超えて、逃走できるな)
ジョニーは外廊下を歩きながら、逃げる構想を固めていく。
中庭に貯水用の壺が置かれている点では、シグレナス方式とまったく同じだ。
一室の前に、ヴェルザンディの人間が並んで待っていた。列の中には、アドバッシュやデビアスがいる。デビアスは不機嫌そうに、アドバッシュは悲しげな表情を浮かべていた。
「裁判を始める」
通された場所は、裁判所、というより、謁見室だった。
頭に布を巻き付けたかぶった老人を中心に、両脇に同じ出で立ちの中年と若い男が座っていた。
高座よりもさらに後方に、龍を思わせる玉座があった。
龍の玉座には、白い衣装を着たヴェルザンディの王女、アイシャ・インドラが座っていた。細い足を組んでいる。
ジョニーを見下すかのように、あざ笑っている。
「俺を捕まえて、何の罪状だ? 貴様らヴェルザンディを試合で勝たせてやらなかった罪か?」
ジョニーは不貞腐れて応えた。
セレスティナにフラれたのであるから、もう死刑でもどうでもいい。
「帝国の黒い“貝殻頭。”。お前には、我らが王女アイシャ・インドラ殿下に性加害を加えた容疑がかかっている」
「……なんだと? 性加害など、事実無根だ! どうして俺がアイシャにそんな真似をする必要があるのだ?」
ジョニーは、怒鳴った。兵士たちに取り押さえられる。
ジョニーの迫力に、裁判官たちは、動揺している。お互いに顔を見合わせて、無言で相談していた。
年長の裁判官が、咳払いをした。
「証人ならいるぞ。王女、こちらに……」
裁判官の一人が、三人とも椅子に降りて、背後にいるアイシャに敬礼をした。
「御招きありがとう、同志諸君。僕が、ヴェルザンディの王女、アイシャ・インドラだ」
アイシャが、玉座で足を組んだまま、笑顔を見せた。
「王女殿下におかれましては、この“貝殻頭”なる男が、どのような振る舞いをしたのか、お尋ねできますか?」
裁判官が促す。
アイシャが両目に涙を浮かべ、鼻をすすった。
「僕の霊骸鎧が“龍王”だと、皆は知っているであろう? この男は、飛行中の僕を弓矢で撃った。撃ち落とした僕を抱き寄せて、唇を奪おうとした」
「していない。決して、していない」
「僕が抵抗しようとしたところ、無理矢理押し倒して、想いを遂げようと、僕の衣服に手を掛けた。そのあと、縄で縛りあげて……」
聴衆たちがどよめいた。
「……この男は、野蛮な獣だ。厳然な罰を与えてください」
アイシャが、泣き出した。
観客がアイシャに同情な言葉を出すと、ときどき笑みを浮かべている。
嘘泣きである。
「絶対にちがう。貴様、俺を変態に仕立て上げて、名誉を汚したまま、死刑にするつもりだろう?」
「静粛に……! 判決を申し渡す」
ジョニーの反論に、年長の裁判官が木槌で机を叩いた。
「判決が早すぎるぞ?」
裁判官は一呼吸を置いた。
「帝国の黒い“貝殻頭”に命ずる。我が国の王女、アイシャ・インドラと結婚せよ」
ヴェルザンディの聴衆たちが驚きの声を一斉に上げた。
「ヴェルザンディでは、男が女を性加害したとき、責任を持って結婚する、という法律があるのだ」
「知ったことか……!」
「結婚しなければ、死刑になる」
「選択肢が極端すぎる!」
「死刑を望まぬのならば、アイシャ王女との結婚は確定する。……これにて閉廷」
裁判は終わった。ジョニーには反対意見を述べる機会すら与えられていない。
ざわめくヴェルザンディの聴衆たちが引き上げていく。
ジョニーはアイシャを睨みつけた。
アイシャは表情を変えず、涼しげに笑っている。
「アイシャ、貴様は何を考えているのだ……?」
ジョニーには、アイシャの行動原理が分からない。
ジョニーは意識が薄れていく。死刑を看守に手を引かれ、裁判所……部屋から追い出された。
ジョニーが、今一度振り返って、アイシャを見る。
アイシャは白い顔を真っ赤にして、両手で隠していた。