仲間
1
「よせ、アドバッシュ! “貝殻頭”は囮だ! 主砲を囮に換えてしまうとは、なんと柔軟な発想なんだ?」
アイシャが驚く。
サイクリークスの霊骸鎧“蔦走り”は、手首から蔦を発射できる。 アドバッシュ……“竜爆神”の顔面に蔦が食い込む。
「クルト!」
ジョニーが叫んだ。
蔦を放った先には“銀兜”クルトが立っていた。
蔦が、クルトの片腕に絡まる。
クルトが両腕に嵌めた“雷帝の籠手”から、蔦に電気を走らせた。
蔦に絡め取れらた“竜爆神”が、全身に火花を散らし、頭部を揺らした。感電しているのだ。
(“竜爆神”の弱点は、電撃だったのか!)
サイクリークスもクルトも、“竜爆神”に集まった。
怯んだアドバッシュに、クルトが殴りかかる。
サイクリークスも“二節棍”で殴りかかった。
「フィクス、攻撃に参加しろ! 三人で袋叩きだ」
ジョニーは“無花果の騎士”フィクスに指示をした。
ジョニーは、“爆合装甲”の矢を警戒した。
だが、“爆合装甲”は、矢を放って来ない。ジョニーたちを見て、槍と盾を構えているだけだ。
「矢が尽きたのだな?」
ジョニーは理解した。“竜爆神”の“竜牙刀”といった、霊骸鎧が自動生成する武器であれば、霊力が続く限り、弾丸が尽きない。霊力が弾丸の代わりになる。“爆合装甲”の武器は、霊骸鎧の副産物ではなく、一般の兵士と同じ武器であるため、弾薬切れを起こしたのである。
暖かい光が、身体の中から湧いてくる。
「みんな、“爆合装甲”はもう攻撃できないぞ! “竜爆神”だけに集中しろ!」
へその奥側から感じると、言葉が勝手に湧いて出てくる。口に出した言葉が、セレスティナの言葉だとすぐに分かった。自分の意思で自分の身体を動かしているはずなのに、まるでセレスティナの操り人形になったようだ。
霊骸鎧と違って、生身だと口が塞がっておらず、指示の伝達が簡単だった。
セレスティナに、指揮官の仕事を任されたのである。
「指揮官とは俺も出世したな。囮との兼任だ」
変身ができなくなり、戦闘に参加できなくなったジョニーに、最大限の力が引き出せる役職を就かせたのだ。
セレスティナの賢さに、ジョニーは感心した。
クルトが“竜爆神”を感電させ、“竜爆神”を転ばせる。サイクリークスとフィクスが、それぞれの武器……“二節棍”と槍を振り上げ、頭部に叩き込んでいく。
「袋叩きで、“竜爆神”の霊力を削れ! 貴様らボルテックス商会の得意技を見せてやれ!」
ジョニーも元被害者の立場で恨みがある。袋叩きにされると、なかなか反撃が難しい。
押さえ込まれた“竜爆神”が、一瞬の隙を突いて、クルトに体当たりを喰らわした。て、脱出を試みた。距離を取り、“竜牙刀”を振り上げ、鞭のようにしならせた。
「サイクリークス、蔦で“竜爆神”を拘束しろ!」
サイクリークスの蔦が、“竜牙刀”よりも、射程距離で勝っていた。“竜牙刀”が届く前に、“竜爆神”の首に蔦が絡まったのである。
「クルト! 電撃鞭だ!」
クルトがサイクリークスの手に自分の手を重ねると、電撃が迸り、“竜爆神”を悶えさせた。
サイクリークスは、クルトに手を重ねられているにも関わらず、感電していない。
サイクリークスには電撃の耐性があるのか、それともクルトが制御してサイクリークスが感電しない工夫をしているのか、ジョニーには理解できなかった。
“竜爆神”を感電させ、また袋叩き状態に戻った。
「そうだ! 型にはめろ。“竜爆神”に反撃をさせるな。削れ。“竜爆神”の霊力を完膚なきまで削り切れ」
ジョニーは、手を叩いて三人を励ました。
だが、袋叩きといえ、三人に疲れが見え始めた。
耐久力に優れる“竜爆神”は瞬時に隙を見抜き、サイクリークスに体当たりを喰らわせた。怯んだ隙に背負い投げをして、地面に叩きつけた。煙となってサイクリークスが緑色の煙に包まれていく。
吹き飛ぶサイクリークスを尻目に、“竜爆神”は、フィクスに蛇のように伸びる“竜牙刀”を巻き付けた。フィクスは身動きを取れず、両膝から崩れた。
瞬時に二人を処理し、“竜爆神”は、クルトと一対一の状況を作り上げた。
「強い……! しかも頑丈と来ている」
クルトは敢然と“竜爆神”に向かい合った。相手が世界的に有名な“十二神将”であっても、臆する様子もない。
クルトは横殴りの攻撃を躱して、“竜爆神”の懐に潜り込んだ。
力を溜めて、“竜爆神”の脇腹を殴打する。痛烈で、重みのある音が響き渡った。
「上手いぞ、完全に“竜爆神”の視界から消えている。拳闘の才能では、クルトが上だ」
肋骨を粉砕されたかのように、空足を踏んで、後ろに下がった。
「効いている!」
“竜爆神”は、クルトに殴り返してきた。
感電していない。
「クルトの霊力が尽きたのか? ……“自己再生”能力も働いていない」
いつものクルトであれば、すぐに治すのに、クルトの霊骸鎧“銀兜”は全身に破損箇所があった。
クルトは、追撃をやめなかった。
元々、クルトの両腕には、“砲拳”だった頃の名残が残っていて、肘から火を噴いている。噴く火が、鮮やかな残像となって、左右の拳を、“竜爆神”に浴びせかける。
「頼む、クルト。このまま倒してくれ……! 貴様なら、できる……!」
誰かを頼る。
ジョニーの人生で、なかった気持ちだった。
ジョニーは初めて、誰かの勝利を祈っているのである。
アイシャが信じられない顔をしてみた。
「あんな雑魚に、アドバッシュが負けるはずがない……!」
乱打戦の中、“竜爆神”は突破口を見つけた。
“竜爆神”が身を低くのタックルをした。背中の噴射が火を噴き、クルトを巻き込む。
クルトは足下から火花を散らすほど、踏ん張ったが、片脚を奪われ、“竜爆神”もろとも、船外に追い払われた。
水面の上で、“竜爆神”は“錨”に再変身をした。
クルトを鎖で縛り、水面の底に突き刺さす。
黒い煙が出てきた。
どこからともなく黒い触手が、水面から浮き上がり、水中にもう一度潜り込んだ。
黒い触手がつかみ取った相手は、クルトだった。
生身の姿で、両腕には、金属製の義手と“雷帝の籠手”が嵌められている。
黒い煙に巻かれ、磔になった。
船に人間の手が伸びる。生身の姿をした、“竜爆神”……アドバッシュが這い上がってきた。
ジョニーは“羽音崩し”を構えた。
生身のまま同士なので、充分に戦える。
「たはは、おめら、強えだかな」
アドバッシュが笑った。屈託のない笑顔で、肩を揺らす。
「また、やろうな……!」
と言葉を残して、両手両脚を広げて、倒れ込んだ。
顔をのぞき込むと、寝息を立てている。遊び疲れた子どものようだ。
かくして、アドバッシュは磔の人になったのである。
2
ジョニーは、アイシャに宣言をした。
「貴様らの負けだ。“爆合装甲”の矢は尽きた。もう攻撃の手段はあるまい。こちらから、攻撃ができるが、そちらからではできないだろう。無駄な戦いはやめて、さっさと負けを認めろ」
アイシャは苦々しげな表情を浮かべ、奥歯を噛みしめている。だが、口元がいやらしく歪んだ。
突然、船が木材の割れる音を立てて、衝撃が走った。
ジョニーたちは、全身を揺らした。しゃがんで、体勢を取り戻す。
ヴェルザンディの船が、体当たりをしてきたのである。
“爆合装甲”が、ジョニーたちの船に乗り込んだ。
槍と盾を甲板に置き、自分の両の拳を打ち鳴らし始めた。
(“雷帝の籠手”……? 着火装置……? 全身が爆弾で覆われた霊骸鎧……?)
ジョニーの頬に、風が触れる。
セレスティナの霊力だとすぐに分かった。
何度も“爆合装甲”が拳を叩く。火花が大きくなっていく。
ジョニーは、サイクリークスとフィクスに叫んだ。
「両腕を火打ち石の代わりにして、自爆するつもりだな……! サイクリークス、フィクス、水面に逃げろ!」
シズカの手を引き、船外……水中に飛び込んだ。
船が揺れ、水中で巻き起こる爆風が波となって、ジョニーを襲った。
シズカと手が離れる。
気づけば、ジョニーは、散乱した木の板に掴まっていた。シズカの姿が見えない。
「やはり、自爆しやがった……!」
ジョニーが水面に顔を出すと、船が燃え上がっている。
セレスティナが警告をしてくれなければ、吹き飛んでいた。
“爆合装甲”ロイテが生身の姿に戻り、黒い触手に掴まって、上空に放り投げられていた。「ふむ。初見でロイテの自爆を見抜くとは、“貝殻頭”同志もなかなかの慧眼の持ち主だ。だが、予備の船まで距離があるが、どうするつもりなのかね?」
アイシャが笑った。
「フィクスも、サイクリークスも爆風に巻き込まれたのだろうか?」
焦げ臭い煙を立てて、船が沈む。サイクリークスが黒い触手に片脚を掴まれ、空中に放り出されていた。
サイクリークスが、何かを投げつけてきた。
柔らかい光に包まれて、次第に、速度を落ちていった。
“サールーンの日輪弓”……通称サルンガだった。
ジョニーの手元に、ゆっくりとサルンガが舞い降りた。
掴んだ瞬間、握った拳に電流に似た痺れが走った。
「チェイサー、このままひき殺せ! そうすれば、我々の逆転勝利だ!」
アイシャの叫ぶ声が聞こえる。ジョニーの目の前に、ヴェルザンディの船が迫ってきた。白い繭に覆われた船体が、焼けた残骸を押しのけている。
ジョニーはサルンガを構えたが、両腕を塞がってしまうので、木の板では、安定さを保ちにくい。
立ち泳ぎが難しい。ジョニーは水中戦の経験が少ない。
海水に溶ける霊骸鎧の性質上、もともと必要ではなかったのである。
「リコ、逃げろ!」
ボルテックスの悲鳴が聞こえる。だが、逃げるには遅すぎた。
水しぶきが起きる。
巨大な影が、ジョニーの視界を暗くさせた。
霊骸鎧だと分かった。
影は巨大な魚で、船の真上を飛んだ。
「あれは鯱……? どうしてここに……?」
アイシャが驚いた。鯱の霊骸鎧だ。
「本邦初公開! 俺たちの隠し球、シズカちゃんの霊骸鎧、“鯱”だ」
ボルテックスが勝ち誇っている。
「シズカの霊骸鎧なのか……?」
巨大な魚型の霊骸鎧“鯱”が、白い船の甲板に乗り上がった。重量で、船が傾く。
“鯱”の上に、片目の女騎士……カリカ・フィクスが立っていた。
フィクスは駆け出した。
“無花果の騎士”となり、槍を振り上げ、“蛹子”に一閃した。
“蛹子”は昆虫の蛹と同じく無抵抗だった。黄色い煙を出して、消滅する。
“蛹子”チェイサーが磔にされると、異変が起こった。
水の流れる音が聞こえる。闘技場の水位が下がっていく。
排水作業が終わると、巨大な船は、穴に吸い込まれ回収されていった。
ジョニーが船から下りる。
フィクスとシズカが生身の姿に戻っていた。
「シグレナスの女は、逞しくて頼りがいがあるな」
磔られていた仲間たちも解放された。黒い触手が、一人一人、ジョニーのそばに仲間たちを連れてくる。
3
観客席のヴェルザンディたちが道を開けた。セレスティナが悠然とした表情で、背筋を伸ばし、観客席を下りてくる。
セレスティナの両隣を、ゲインとターキエが護衛する。ジョニーは頼もしく感じた。
ボルテックスたち仲間が、無事の生還を祝福した。なぜかゲンロクサイもいて、シズカと手を合わせて喜んでいる。
ジョニーはボルテックスを見た。
もう決着は着いた。緊張感が解れたものの、ボルテックスから違和感がある。
人が変わったように、弱々しくなった。
いつもの巨体が、細くなった気がする。
「ボルテックスの状態が悪いな」
隣のセレスティナに話しかけた。たまたま隣にいただけで、やましい狙いはない、とジョニーは自分に言い聞かせた。
「もうボルテックスに戦わせてはいけません。立って歩くだけで、激痛に耐えられないほど大けがをしています」
セレスティナが耳打ちをした。秘密の会話をして、セレスティナの吐息にジョニーの胸が高鳴った。
アイシャは片脚をくんで、片方の眉毛を痙攣させていた。
「セレスティナ同志、こちらに来てもらおうか?」
ジョニーは反対しようとしたが、セレスティナは闘技場の一角に立った。
ちょうど、アイシャの真下に位置する。
アイシャが高い席でセレスティナを見下ろしているようだ。
ジョニーは腹が立ってきた。位置関係が、臣下の関係である。
「二回戦も、俺たちの勝ちだという認識で良いな。だとすれば、三戦二勝で、今回の試練も俺たちの勝ちだな。三つの試練を全て勝たせてもらったぞ。ところで、どうして敗者が勝者を見下ろしているのだ?」
とジョニーが煽った。これくらいの嫌みを投げつけても、罰は当たるまい。
アイシャの白い顔が、みるみる赤くなった。瞳には、涙を浮かべている。
玉座を揺らす。
「面白くない、面白くなーい!」
アイシャが脚を揺らした。癇癪持ちの子どものように、脚をバタつかせた。
「セレスティナ同志。僕と一騎打ちをしよう。それで三勝とする」
食べたいお菓子を禁じられて、ねだる子どものようだ。
「そのような提案は、受け入れられません。二勝した私たちがこの先の道を通させていただきます」
セレスティナは、穏やかな口調で断固拒否した。
アイシャが眉間にしわを寄せた。
「何をすっとぼけているのかね? ……聞けば、君は、持ち帰り禁止の書物を手に入れたようだな。ここで獲得した物品の確認をさせてもらおうか」
「……受け入れられません。地上に出る直前に確認する決まりです」
アイシャとセレスティナのやりとりを聞いていて、ジョニーはセルトガイナーを見た。セルトガイナーはジョニーの視線を感じ取り、狼狽した表情で視線を外した。
「まだ屁理屈を申すのかね? この……」
アイシャは、怒った表情で印を組んだ。
白い霊力に身を包み、巨大化した。
トカゲを思わせる形状をした、巨大な翼を持つ霊骸鎧……“龍王”に変身した。
爆発のような風を巻き起こし、“龍王”は、飛び上がった。
日光を遮るほどの影を作り、ジョニーたちの背後……反対側の観覧席に着地する。観覧席は“龍王”の重量と爪先で崩れていった。
咆哮をあげる。霊骸鎧なのに、口が塞がっているはずだが、火炎放射をする構造になっているので、獣に似た声を出せるのである。
嵐のような響きが、火口にこだまして、天を焦がすほどの怒りに満ちていた。
“竜爆神”や“悪鬼大王”すら霞むほどの威圧感であった。
「強い」
ジョニーが対峙した相手の中でも、遥かに強い。
シグレナスの仲間たちから、恐怖が広がった。
ジョニーの隣で、体調不良のボルテックスは立ちすくんだ。
クルトは唾を呑んで、細い眉毛を尖らせた。サイクリークスは前髪で表情が見えないが、全身から力が抜けきっている。
プリムは、くせっ毛の髪を両手で押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
セルトガイナーは腰を抜かして、フリーダは叱られた子どものように下を向いている。
隣で片目のフィクスが、自由な目を見開き、たじろいだ。ダルテがフィクスの肩に手を置いて、落ち着かせているが、本人も、一切落ち着いていない。
シズカからも恐怖を感じる。何故かいるゲンロクサイは、シズカに寄り添い、扇子で顔を隠している。
ゲインの表情から苦みが走った。ターキエも怯えていた。
セレスティナは表情を曇らせた。
仲間たちに動揺が広がっている。
誰も一歩も動けなかった。
“龍王”はまた自分の観覧席に飛び移った。機敏で、あらゆる建造物を破壊する、まさに最強の霊骸鎧であった。
アイシャは、白い煙を出して、人間の姿に戻った。
霊骸鎧“龍王”では野生の猛獣のような野性を見せたが、人間の姿に戻ると、気品を取り戻したかのように、足を組んで微笑んだ。
アイシャは自分の主張を通すため、敢えて脅しに掛かったのである。
「シズカ……。サルンガだ」
通常兵器では絶対に倒せない。
ジョニーはシズカにサルンガを突き出した。シズカがサルンガを装備する決まりだった。
だが、恐怖のあまり立ち尽くしている。ジョニーの言葉が伝わっていない。
「駄目。ここでは刺激しないで」
と、セレスティナはジョニーの腕を掴んで制した。ジョニーの腕に食い込むほど爪を立てる。サルンガの使用禁止を命令されたのである。
ジョニーはやむなく、サルンガを背中に隠した。
闘技場の床に、線が開いた。線に囲われた空間から、階段がせり上がる。
階段はアイシャの観覧席まで伸びていった。
「セレスティナ同志、階段を上って、こちらに来たまえ。二人だけで話をしよう」
アイシャは手招く仕草を見せた。