昇格
1
ダルテは、片膝を突きながらも、踏みとどまっていた。
「“砲拳”を喰らったのに?」
両脇から、煙を出している。
“砲拳”の両腕を二本とも抱え込んでいた。
ダルテの霊骸鎧“四ツ目”には、四本の腕がある。二本の腕で、それぞれ一本ずつ包み込んでいた。
「あの四本腕の霊骸鎧が、ゼルエムの両腕をキャッチしただと?」
アイシャが立ち上がって叫んだ。
持ち主の“砲拳”に戻ろうと、両腕の切断面から火が噴射するが、ダルテは掴んで離さない。
ダルテが振り返り、走り出した。先には、サイクリークスとフィクスが、クルトを抱えて立たせていた。
ダルテが、両腕を失ったクルトに両腕を取り付けた。
クルトの黒い霊力が爆発した。
ダルテとフィクス、サイクリークスが吹き飛ばされる。
ジョニーは顔を腕で隠したが、隙間から、銀色に輝く霊骸鎧が現れた。
クルトの霊骸鎧“鉄兜”よりも、兜部分や肩部分の装飾がより細かくなり、胸には模様が描かれている。
何よりも目を引いた変化は、背中のマントであった。
新型の霊骸鎧に変身したクルトは、マントをなびかせ、両の拳を腰に当て立っていた。失ったはずの両腕が、再生している。
「ばかな、ゼルエムの両腕を奪って、自分の腕にしただと?」
アイシャが、額から汗を流して驚いた。
クルトの霊骸鎧“鉄兜”が持つ能力は、“自己再生”である。自己修復能力を持つ。
“砲拳”は、自由に両腕を着脱できる。
「奪っただけじゃねえ。クルトの霊骸鎧が、昇格したぞ。差し詰め、“銀兜”ってとこだな。霊骸鎧の中には、特定の条件を満たすと、大きく成長する仕様の奴がいる。それが、クルトの“鉄兜”だ」
ボルテックスが、誇らしげに鼻をすすった。
「クルト……!」
ジョニーは“雷帝の籠手”を“銀兜”クルトに投げ渡した。 クルトは、霊骸鎧の上から“雷帝の籠手”を腕に嵌めた。
クルトが胸の前で、両拳を打ち付けると、“雷帝の籠手”に、青白い電気が走った。まるで元の持ち主に戻ってきて喜んでいるかのようだ。
クルトは、拳闘の構えをとった。左右の拳で顔を守り、腰を落とす。
「……“雷帝の籠手”は、クルトのために発明されたのか?」
ジョニーは笑った。頼もしく感じる。
“砲拳”が一度変身を解いて、もう一度変身し直すと、両腕が元に戻っていた。
苦し紛れに、もう一度、両腕を放つ。
ダルテの“四ツ目”には、頭部に四つの目がある。軌道を見抜き、“砲拳”の両腕を抱え込み、受け止めた。まるで釣り具も使わずに、川魚を易々と狩っている熊のようだ。
「ダルテがいる限り、もう“砲拳”は怖くない」
ジョニーは、ダルテを頼もしく感じた。
ダルテは、振りかぶり、両腕を投げ返した。両腕が逆噴射をして制御しようとしたが、逆噴射が仇となって、縦回転をした。
両腕を失った“砲拳”が、受け止めきれずに、顔面に喰らった。船の上から落ちて、泡となって消えていった。ゼルエム自身は、黒い触手につかまり、磔の刑に処せられた。
「ダルテめ、すごいな、よく思いついたな」
ジョニーは、ダルテの背中を叩いて、労った。
「あんな雑魚が、ゼルエムの弱点だったなんて? ……だが、どうしてだ? シグレナスの奴らが、一瞬にして連携を取りだしたぞ?」
アイシャは口元を手で隠して考えた。
アイシャは、ジョニーの顔を眺めていた。だが、すぐに結論を出した。
「……セレスティナだ。セレスティナが、奴らに指示を飛ばしている……! そうでなければ、連中がこれほど良い動きをしない。シグレナスで一番恐れるべきは、やはりセレスティナだったのだ……!」
セレスティナは、目を閉じ、瞑想をしている。金色に輝く霊力が立ち上り、風に吹かれて、空気と一体化している。
「者ども、セレスティナを取り囲め。指示を送らせるな」
ヴェルザンディの残留組が、セレスティナの周りを取り囲んだ。
「アイシャ。セレスティナに何をするつもりだ?」
ジョニーは批判の声を上げた。アイシャは冷たい視線をジョニーに向けた。
「なにもしない。ただ、諸君らと意思疎通をさせないだけだ。セレスティナ同志は不正がしたと発覚した」
「不正だと? セレスティナがいつ不正をした?」
「観客席にいる者が、闘技場の人間に手を出したからだ」
「セレスティナは手を出していないぞ」
「指示を出した」
「……貴様も指示を出しているぞ?」
ジョニーは、アイシャの矛盾点を指摘した。だが、アイシャはジョニーを無視して、部下たちに命令を続けた。
「セレスティナは、何か卑怯な真似をして、こやつらに指示を与えているに違いない。だが、手を出すなよ。あくまでも、不正手段を防ぐためにやっているだけだからな」
2
“竜爆神”が、ジョニーたちの船に降り立った。
真正面から見ると、頭部は、トカゲのような爬虫類を思わせるような形状をしている。 アイシャの霊骸鎧“龍王”の眷属だと、一目で分かる姿をしていた。
“竜牙刀”を振り回す。
大剣は、鞭のようにしなり、伸びた。刃と刃の間が、鎖につながっている。ムカデを思わせる、多関節をしていた。
ジョニーは腰をかがめて、横殴りの、突風のような剣を回避した。
後方を確認すると、サイクリークスは着地した。
だが、後方にいたゲインが蹲っている。膝に矢を受けて、避けきれなかったのだ。
ゲインは、地面に倒れた。煙を出して、生身の姿になったところを、黒い触手に捕らえられて、磔の人になった。
クルトが、“竜爆神”の前に躍り出た。
“竜爆神”は間近で見ると、クルトの“銀兜”よりも大きい。クルトが電気を帯びた拳で、殴りかかったが、“竜爆神”は易々と空に逃げた。
「逃がすか!」
ジョニーは拳銃を構えて、連射した。だが、銃弾がすべて回避された。
「だめか、攻撃が届かない……!」
ジョニーが残念がっていると、“螺旋機動”プリムが、ジョニーの前に飛んできた。
プリムは、ジョニーの背中に回る。プリムは、ジョニーに自分の胸を押しつけ背後から手を回した。そのまま、離陸した。
船が小さくなっていく。
ジョニーが右に身体を傾けると、プリムが合わせてくれる。右に向かって旋回していく。
「俺も飛行能力を手に入れたぞ、これで五分だな!」
銃を構え、“竜爆神”に向かうと、背中を見せて逃げられた。
速い。
轟音とともに、距離を引き離された。
途中で急旋回をして、ジョニーたちの背後を取ろとうとする。
プリムがその場で一点中止をした。頭上のプロペラ回転を維持しながら、“竜爆神”の急旋回に合わせて、プリムは方向転換をした。ジョニーが、“竜爆神”と常に向き合っているため、背後は取られない。
“竜爆神”よりも、プリムの“螺旋機動”が小回りが利く。
それに、ジョニーが指示するより、ずっと賢く立ち回ってくれる。
「プリム、移動は任せる。攻撃は俺が受け持つ!」
ジョニーは、構えた銃を連射した。
だが、“竜爆神”は回避する。銃弾は空中に向かって消えていった。
「駄目だ、ゼロ距離から撃たなければ、意味が無い」
味方の船上を見ると、フィクスが甲板の一部を引き剥がし、一時的な盾にしていた。
霊力を流し込み、“爆合装甲”の矢から、シズカを守っていた。クルトやサイクリークスも加わり、防御に参加している。空中戦で、味方の援護は得られない。
「いや、銃は諦めるか。直接、“竜爆神”に飛び乗って、水面に落とすのはどうだろう? ……プリム、高度を上げろ。俺が“竜爆神”に飛び移る」
“竜爆神”が、ジョニーたちの周りを旋回する。プリムは無理に追いかけずに、高度を上げた。ジョニーの発言を理解している。
高度を上げるジョニーたちに対して、“竜爆神”は、飛行形態のまま斜め下に移動した。
防御をしていない。
ジョニーは、当てるどころか、撃てなかった。
“竜爆神”の背後には、観客席……セレスティナたちの姿が見えた。
(セレスティナが巻き添えになる……! “竜爆神”、そこまで計算して……!)
移動の判断はプリムに任せている。状況判断に富むプリムでも、“竜爆神”がセレスティナを人質を取るとは、思いもよらなかったのだ。
“竜爆神”が急上昇する。
繰り出された“竜牙刀”が、鞭のようにしなり、プリムのプロペラに絡みついた。意思を持つ蛇であるかのように、プリムのプロペラに食い込む。
ジョニーたちは、“竜爆神”の高速移動に引きずられる。
プリムは、自分の戒めを外せず、苦しそうにもがいている。
ジョニーは、全身に重力に引かれながら、セルトガイナーを構えようとしたが、照準が合わない。
高速移動中だから。いや、それだけではない。
ジョニーの腕から煙が出ている。
視界が、ぼやけ始めた。
「リコ、“影の騎士”から煙が出ているぞ! もうその霊骸鎧は限界だ! 早く変身を解け!」
ボルテックスの叫び声が聞こえる。
ボルテックスを無視するつもりはないが、ジョニーには変身を解く前に、腕の力を失った。手から、拳銃の姿をしたセルトガイナーをすっぽ抜けた。
水没したセルトガイナーは人間の姿になって、黒い触手につかまり、磔になった。
「プリム、離せ。“竜牙刀”は俺が外す」
だが、プリムの反応は意外だった。背中に伝わる衝撃を喰らい、ジョニーは船上に向かって落ちていった。
プリムに背中を蹴られ、切り離されたのである。
咄嗟の出来事だったので、意味が分からなかった。
ジョニーは船上とは逸れた場所に向かっている。“空中二段跳び”で軌道修正をした。
3
着地した瞬間、吐き気がした。
数歩進んだだけで、前のめりに片脚を着けたら、ジョニーの視界がぼやけてきた。
ジョニーの腕から煙が上がってきた。
頭が茹で上がるように痛い。背中から、黒い蒸気を噴き出している。
蒸気の音は、霊骸鎧“影の騎士”が放つ、悲鳴のようだった。
「どうしたんだ、“影の騎士”? どうして動かない? ……俺の霊力が底を突いたからか? いいや、俺はまだ戦える」
シズカが、“影の騎士”がジョニーの動きについてこれなくなったから、と分析をしていた。
「このままでは、“影の騎士”が死ぬ……!」
霊骸鎧そのものが故障してしまう。
ジョニーは、やむなく生身に戻った。
煙に撒かれながら、ジョニーは甲板に膝を突いた。
「でかしたぞ、アドバッシュ。帝国の黒い“貝殻頭”さえ倒してしまえば、我らの勝ちだ」
アイシャが目を細めて、生身のジョニーを見下ろした。
ヴェルザンディ側から、歓声が巻き起こった。
ジョニーは腹が立った。“竜爆神”に負けたわけでもないのに、一方的な勝利宣言をされて、不愉快である。
振り返ると、プリムが引っ張られていた。頭部のプロペラに絡まった“竜牙刀”を解けずにいる。
「プリムが俺のために、苦しんでいる……!」
ジョニーはプリムの献身さと罪悪感で胸が苦しくなった。
“竜爆神”は、空中で一度停止した。空中でプリムを引き寄せ、プリムを羽交い締めにする。
水色の霊力を発し、三つ叉の巨大な鉄の塊、“錨”に変身した。
船を停泊させる重りと同じ形状をした霊骸鎧……だった。プリムが“錨”に縛りつけられている。
「霊骸鎧から霊骸鎧に変身した?」
“錨”は海底に、正確に言えば、闘技場の床に向かって、突き刺さった。
プリムが海面に浸ると、煙に包まれていった。
すぐさま磔の人になった。
「あれがアドバッシュの必殺技、“錨殺し”だ。“竜牙刀”で敵を絡め取り、海にまで連れて行く。海戦では無類の強さを誇る。……さすがはアドバッシュ。これで、シグレナスから航空戦力はなくなったな」
アイシャは、高笑いをした。
「なんて強さだ……ダルテ、プリム、セルトガイナー、そしてリコまで戦闘不能にするとは」
ボルテックスが呻いた。
船上の残存戦力がクルト、サイクリークス、フィクス、シズカ、変身できないジョニーだけになった。
アドバッシュが生身の姿で泳いで、ヴェルザンディの船に戻った。
一息も付かぬ間に、また“竜爆神”に変身して、ジョニーたちの頭上を旋回する。
爆音が、闘技場内に鳴り響く。
「……しかもタフと来てやがる」
ボルテックスのつぶやきも虚しく、発する爆音を立てている“竜爆神”に、ジョニーたちは、ただ見上げるしかなかった。
「シグレナスの同志諸君。どうするかね? まだやるかね? 降伏するなら今のうちだぞ? 帝国の黒い“貝殻頭”同志。君は変身ができないのに、どうやってアドバッシュに勝つ? 僕の命令一つで、いつでもアドバッシュは突撃してくる。そのときは君は木っ端微塵だ」
アイシャは小馬鹿にした表情でジョニーに話しかけた。
ボルテックスが、話に割り込んだ。
「三回勝負だ。さっきの戦いで、俺たちは一勝している。一度、負けを認めて、ここで仕切り直しにしろ。たしかにアドバッシュは強い。それは認める。このルールでは、俺たちにとって圧倒的に不利だ。最後で一勝してもかまわんぞ?」
“竜爆神”アドバッシュは強い、というか、弱点がない。空を飛べるだけでも強いのに、唯一の弱点である、飛び道具が効かない。しかも、“錨”に変身できるので、海水に落とされても活動ができる。
(諦めないで!)
声が聞こえる。アイシャではない。声というより、心の中に直接話しかけられている気がした。
優しくて力強い、そしてなによりも暖かい。
誰に話しかけられたかすぐに分かった。
「セレスティナ」
ジョニーはその場で目を閉じた。
(君は変身が解けた。でも、まだ負けていない。心さえ負けなければ、大丈夫! 後はこっちで何とかするから!)
水面に映る、とろけるほど輝かしい光が、ジョニーを包み込んだ。
ジョニーは目を開いた。
心の奥底から、光が溢れる。全身に霊力がみなぎってきた。
霊骸鎧に変身するべきではない、と判断した。
“影の騎士”を休ませたい。
いいや、変身しなくても、倒せる!
「断る。俺の……いや、俺たちの望みは、三戦三勝だ。……たとえ生身でも、貴様らを一人残らず倒してやる」
ジョニーは声に従って、声を発した。“羽音崩し”を抜いて、剣を下ろしたまま、目を閉じた。
アイシャが狼狽えた表情を一瞬だけ見せたが、いつもの小馬鹿にした表情を戻す。
向こうから“竜爆神”の音が聞こえる。
「良かろう、帝国の黒い“貝殻頭”同志。死にたければ殺してやる。……やれ、アドバッシュ!」
「たしかに、俺は生身だ。だが……」
低空飛行をした“爆竜神”が目の前に迫る。
「リコ、避けろ! 分かったから、もういい」
ボルテックスが叫ぶ。
「俺には仲間がいる!」
ジョニーの目の前に、一本の蔦が横切った。