表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
13/170

        1

「間に合わない!」

 カレンは瞬間的に判断した。壁の穴に飛び込めば、貝殻頭(シェルヘッド)たちにカレンの尻を見せる結果になる。壁の穴を諦めた。

 鉄柵に手をかけて、空中に向かって飛ぶ。

 落下しながら、柵の柱部分を(つか)んだ。

 両手が滑って、柵の一番下に収まった。

 カレンは、自分が掴まっている鉄柵を見上げた。

 鉄柵の隙間から、通過する貝殻頭の足が見える。

 間抜けな音が聞こえた。貝殻頭たちの足音が移動する。

 扉の向こうに入っていった、とカレンは理解した。

(地面に足が着いていないって、やだなぁ)

 好ましくない状況が続いている。

 足が寒い。カレンの足は空中に放り出され、冷たい風に(あお)られている。

 カレンは心の中で不満を漏らした。声が聞こえてはならない。

 貝殻頭をやり過ごし、レミィを迎えにいく。

 決意を胸に、カレンは必死に気配を押し殺した。

 レミィの声が聞こえる。

(……僕のことは心配しないで。君は、ここから離れるんだ)

 カレンは反論したかったが、声を出すわけにはいかない。

(ガルグに会うんだよ。ガルグは、君のような人に会いたがっている……)

 レミィの声が聞こえづらくなってきた。カレンは目を閉じ、必死に意識を集中させた。

 暗闇の中、水色に輝く光が見える。

 カレンよりも上部にいる存在、つまりレミィだと分かった。

 見えている映像が移り変わる。カレンには、自分自身が鉄柵にぶら下がっている様子が見える。真横から見ている感じである。

 映像のカレンは透明であった。白い輪郭だけが見える。

 貝殻頭の姿も見える。貝殻頭も透明で、何体か通路の上で待機していた。

 透明のカレンが、声を発した。

(僕のような人って、なんだい?)

 カレンの意思と関係なく、透明カレンが、青い発光体……レミィと会話をしている。

(……救世主だよ)

 青いレミィが応えた。

 カレンは目を開いた。レミィとの通信が途絶えたというより、腕力が限界にきたからであった。

 腕が振るえる。そろそろ這い上がりたいところだったが、まだ通路には、貝殻頭の足が数本残っている。

 カレンは計画を変えた。

 左手を柵から離す。離した左手を右手に交差させ、右手の更に右側にある柵を掴んだ。

 次は右手を離し、更に右側の柵を掴む。結果、カレンは右側に移動した。微妙な距離であるが。

 カレンは、両腕を交互に交差させながら、徐々に進んだ。

 貝殻頭の足が見えなくなったと同時に、カレンは柵を昇り、飛び越えて通路に戻った。

 腰を落とし、レミィがいる方向を見る。霧の隙間から、貝殻頭の後ろ姿が見えた。

 貝殻頭に背を向け、静かに進む。

 やりすごせる場所があるはずだ。

 走っているときはよく見ていなかったが、カレンは壁を見て進んだ。

 霧が晴れた瞬間、壁に横道が現れた。

       2

 中に入ると、黒い壁に挟まれた通路であった。この通路の内部だけ、霧が晴れている。

 左右の壁から、通路の内側に向かって、無数の細長い(とげ)が生えていた。

(棘が魚の骨みたいだ)

 この通路は、内側に向かって棘が生えている。魚の骨は内側から外に向かって生えているので、カレンの例えは、正しくない。魚の内部を逆転させたような構造になっている。

 貝殻頭の気配はないが、ここは通路であるから、安全ではない。飛び出ている左右の棘に注意をしながら進む。

 棘の先が、かすかに濡れている。植物が分泌する蜜に似ている。

(明らかに毒だ)

 カレンは鋭利な棘を見て、推理した。

 まるで生身の人間を排除しているかのようだった。

 証拠とまでは言わないが、先に進むほど、壁の間隔が狭くなっていく。

 身体を横にしなくては進めないほど狭くなった。

 カレンは(本当に通路なのかな?)と怪しんだが、向こうから風が吹いている。どこかに出られる、とは思う。

 隙間も、身体を横にすれば通れる間隔である。

 カレンは右肩を前方に突きだして、いわゆる半身の状態になった。慎重に進む。腰巻き以外、なにも身につけていない。素肌は無防備である。特に背中が心配になった。

 カレンの視界が変わった。

 暗闇の中、透明となったカレンが、横向きで進んでいる。

 棘がカレンの背中に触れるかもしれない距離に近づくと、カレンは少し背筋を伸ばして、棘を回避した。

 背中、胸、右膝……。

 棘に触れそうになるたび、カレンの視点は、カレンの身体に近づいて、危険を報せてくれた。

 前には進んでいるが、終わりが見えない。

 距離がある。

(このまま行き止まりだったらどうしよう……?)

 カレンは不安になった。

 だが、風を感じる。決して行き止まりではないはずだ。

 霧の映像が見えた。

 霧から、槍が現れた。貝殻頭が続く。貝殻頭は棘の通路を目にし、何か動いている存在に気づいた。カレンである。

 カレンに向かって歩き出した。壁に生えた棘など、貝殻頭の堅い身体には通用しない。貝殻頭は無視して進む。

(追いつかれる……!)

 カレンは、歩みを早めた。

 棘の隙間が、徐々に間隔が広がっていく。

 青い空間が見え始めた。白い霧はなく、晴れ渡っていた。

(出口だ……!)

 だが、足下から突風が吹いた。突風に、カレンの希望は、かき消された。

 道が終わっている。

        3

 道の終わりは絶壁で、少し下に、薄い緑色に塗装された円柱が横倒しになっていた。緑の円柱は、カレンのいる建造物から、向こう岸の建造物につながっている。

 対岸の建造物には、鉄柵の通路が見える。

 鉄柵の通路は、霧に覆われた通路とは違って、広い。

 鉄柵の通路は枝分かれして、橋となり、カレンの現在地に向かって、途中で終わっている。

「工事中ってわけね」

 カレンは納得した。だが、背後に貝殻頭が近づいている。

 カレンは迷わなかった。

「ここで待っていても死ぬだけだ。進もう!」

 自分に言い聞かせた。

 横倒しの円柱まで、多少だが高さがあった。このまま飛び降りて着地すると、足を挫いてしまう恐れがある。

 そう判断したカレンは、腰を床に着け、空中に向かって素足を投げ出した。床に手を掛け、限界まで足を横倒しの円柱に伸ばしてから、手を離した。

 壁に足を滑らせ、落下速度を調整する。

 横倒しの円柱に無事、着地できた。だが、円形で滑りやすい。しかも人が一人通れるか通れないかくらい広さで、まっすぐ歩くには体勢が崩れる。

 円柱の下は、青い空間が続いている。落ちれば、帰って来られる保証はない。

 カレンは両腕を鳥のように羽ばたかせ、体勢を取り戻しつつ、前に進んだ。前に進むたびに体勢が崩れるので、なかなか前に進まない。

 カレンの視点が変わった。

 貝殻頭が、円柱の上に立つカレンの背後を上から見下ろしている。槍を投げつけた。

 投槍は、放物線を描き、カレンの背中に向かう。

 不思議な感覚に陥った。

 肉眼では目視していないのに、背後に迫る槍の軌道が読める。

 しかも、槍がゆっくりと動いている。

 カレンは身をひるがえし、槍をかわした。側面を流れる槍の軌道に手を出して、そのまま掴み取った。

「ありがとう!」

 カレンは手にした槍を手元で一回転させ、地面と水平に持った。

 円柱の先を進む。

 子供の頃、オズマと遊んだ綱渡りの要領である。

 後ろから貝殻頭が追いかけてくる。一体が飛び降りてきたが、円柱に足を滑らせて消えていった。

 カレンと同じ方法で距離を稼いで降りてくる貝殻頭もいた。

 前に進もうとするも体勢を崩し、後続を巻き込んで落下していった。

 数体が落ちていった様子を見て、一体の貝殻頭が腹這いになった。後に続くものも、倣った。

「それが一番安定しているよね」

 カレンには、肉眼で見ていなくても、貝殻頭の様子が分かった。

 槍を水平にして歩く。綱渡りよりも足場が広いので、早く進める。貝殻頭に差をつけていった。

 向こう岸に到着すると、梯子(はしご)があった。

 梯子を登るには、槍が邪魔になった。槍で応戦しても、貝殻頭を撃退できるとは思えない。

 カレンは槍を捨てた。乾いた音を鳴らして円柱に跳ね返り、青い下界に吸い込まれていった。

 梯子に手を掛ける。軽快な足取りで、梯子を昇った。頂上が見えてきたとき、カレンは振り返って、貝殻頭たちの様子を(うかが)った。

 まだ円柱の中間くらいで、腹這いになって進んでいる。

 時間を稼げた。

 カレンは意気揚々として、梯子を昇りきった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ