“無双天星陣”
1
らせん階段を、駆け上る。
「嫌な予感がします。皆さんに何か危険な事態が起こっているのかもしれません」
セレスティナが、心配をしている。ジョニーは後に従いていく。翻ったマントが、元の持ち主であるジョニーの鼻先を掠めた。
ジョニーは、ふと、上を見上げた。
遥か上層に、人影が見えた。自分たちよりも先に、階段を登っている。
「誰かが、いるぞ。“狗族”が待ち伏せでもしているのか?」
と、ジョニーはセレスティナを止めた。
「“魔王”に指示させましたから、もう怪物たちは、私たちを襲いません。たとえ意思のない“動く死体”や、“動く石像”であったとしても……」
セレスティナが厳かな声で応えた。“魔王”を掌握した以上、セレスティナに逆らえる怪物はいない。
「ですが、ヴェルザンディに対しては、この限りではありません。今回は、死者を出さない方針ですから、死なない程度で痛めつけて良いと、指示をしました」
「物騒な指示だな」
ジョニーは苦笑した。セレスティナが、次々と悪知恵を身につけている。
「では、俺の見間違いでない限り、さっきの奴は、仲間の誰かになるな。……おーい」
ジョニーの呼びかけに、手すりの隙間から、怯えたような目つきが見えた。一度だけジョニーと視線がかち合う。だが、人影は、すぐに駆け上がっていった。
「ボルテックス? ボルテックスにしては体格が小さいな。こちらを見ていたのに、どうして逃げた……? そもそも、どうして一人だけで行動している?」
疑問を感じながらも、階段を登り終えた。
外に出る扉があった。だが、扉は開いたままだ。
(さっきの奴が出て行ったのか)
扉から、外に出ると、轟音と突風に歓迎された。
そこは、楕円形の闘技場だった。シグレナスでは、剣闘士たちが戦ったり、競技が繰り広げられたりする、いわば娯楽施設だ。
ジョニーたちが出た場所は、大きな段差でできた、観客席である。
闘技場の周りは岩壁だが、上を見ると、青い空が広がっていた。
雲の下を飛ぶ鳥を見ていると、文字通り、外に出た、と実感できた。
(火山の噴火口に闘技場を建設したのか……!)
意思を持った地下迷宮である。娯楽施設の立地を、暗闇の中ではなく、もっとも陽に当たる場所を選んだのであった。
闘技場では、戦闘が繰り広げられていた。
火花が散り、金属音に発砲音が混ざっている。
“光輝の鎧”……ボルテックスが戦っている。
ボルテックスの他に、仲間たちが、一体の巨大な敵を取り囲んでいた。
“動く石像”のように巨大で、両腕に、鎖の付いた分銅をそれぞれ巻き付けている。
分銅を振り回し、床を叩きつけ、空を抉った。
「“悪鬼大王”……!」
ヴェルザンディ“十二神将”の一人だ。
仲間たちはちりぢりになって逃げて、巨大な岩の陰に隠れた。
「他にヴェルザンディの奴らがいないようだが……」
楕円形の一端には、観客席の一部から独立した、特別な席……観覧席があった。
ヴェルザンディの王女アイシャが、玉座に座っていた。
アイシャは不敵な笑みを浮かべ、脚を組んでいる。まるで自分がこの戦いの主催者で、ボルテックスたちの命がけの戦いが、自分に対する贈り物だと悦に入っているかのようだ。
アイシャの周りには、ヴェルザンディの人間が立っていた。
特別席の周りには、背の高い十字架が建てられていた。
金髪の一部が赤く染められた女……フリーダが架けられている。うつろな表情で、闘技場を見つめている。
アイシャが、ジョニーの存在に気づいた。
「ごきげんよう! セレスティナ同志。それに、帝国の黒い“貝殻頭”くん。試合は始まったばかりだ」
「……フリーダを離せ。アイシャ」
と、ジョニーは抗議した。だが、アイシャは気にも留めない表情を見せた。
「この闘技場は特別製でね。……霊力をある程度失うと、十字架に架けられる仕組みになっているのだよ。僕が好きで、フリーダ同志を架けたわけじゃないから、誤解しないでくれたまえ」
アイシャは、十字架に縛られたフリーダを眺めた。アイシャの唇が、皮肉じみた笑みを浮かべている。
「さあ、どうするかね? 我がヴェルザンディは、“悪鬼大王”……デビアス、たった一人だけだ。……それなのに、君たちシグレナスの同志諸君は、とても苦戦をしている。“貝殻頭”くん。君は、ずっとその観客席で待っているのかね」
ジョニーは腹から怒りが湧いてきた。挑発だと分かっている。
セレスティナを観客席の陰に隠し、自身は“影の騎士”に変身した。
観客席を駆け下り、闘技場の塀を乗り越える。
ジョニーが参戦すると、仲間たちから安堵の空気が漂ってきた。シズカを除いては、全員、霊骸鎧に変身済みで、言葉を発せられない。
「さすがは、シグレナスの勇士だ。だが、闘技場の中には一度入ったら、観客席には戻れないぞ!……さあ、思う存分、戦うが良い!」
アイシャが不気味に笑った。
2
ジョニーは、“悪鬼大王”の分銅を回避して、遮蔽物に滑り込んだ。ボルテックスの隣に肩を寄せる。
ボルテックスが変身を解いた。
「リコ。遅かったな。……セレスティナとのデートが捗って、そのまま家に帰ったと思ったぞ」
「……戦況報告を頼む」
口が塞がっているが、身振りで質問した。なぜか、ボルテックスに伝わった。
「手短に伝えるぞ。ここは闘技場だ。霊力が少なくなると、十字架に架けられる決まりは聞いたよな? その誰も死なない技術を利用して、どちらかが全滅するまで、戦うと決まった。相手は“悪鬼大王”しか出してこなかった。俺たちは全員で飛びかかったが、このザマだ。……敵は余力を残している。たとえ、“悪鬼大王”を倒しても、こちらの戦力が持たない」
ボルテックスは、疲れ切っていた。覆面越しからでも、苦労困憊が伝わってくる。指導者の役割を果たし、なおかつ、一番身体を張った活躍をしていた。
「……おそらく、“悪鬼大王”を単独で出陣させた理由は、他の奴らが消耗していて、戦えないからだ」
ジョニーは、閃きをそのまま言葉に出した。
「なんだと……?」
「セレスティナが細工をして、ガレリオス遺跡の怪物たちが、ヴェルザンディを集中攻撃させるようにしていた。しかも、ヴェルザンディは前回の試合で、一番不利な道を選んでいる……。とすれば、奴らは、確実に消耗している」
ジョニーの分析に、ボルテックスは自分の手で顎を触れた。
「……たしかに、戦力を小出しにするとは、不自然な動きだ。回復を優先させている可能性が高い。リコ。お前、なんだか、セレスティナみたいな考えをするようになったな」
ボルテックスとセレスティナは普段、こんな会話をしていたのか、とジョニーは新鮮に感じた。
知らず知らずセレスティナと思考が似てきている。ジョニーは、嬉しくもあったが、困惑していた。
だが、ジョニーには違和感があった。ジョニーは変身を解いていないのに、ボルテックスはジョニーの思考を理解しているのである。
ボルテックスとジョニーを守る遮蔽物は、巨大な岩だった。
破壊された岩は地面に吸い込まれていった。別の場所には、新たな岩が植物のように生えてきた。
「生えてくる岩には、武器が隠されている。……どれも俺たちには無用なものだがな」
遮蔽物には、長方形のくぼみがあった。くぼみには、小型の弓が掛かっている。
“悪鬼大王”が巨体を回転させながら、鎖付き分銅を振り回している。
遮蔽物を破壊しまくって、ジョニーたちを炙り出すつもりだ。
離れた場所に、また岩がせり上がってきた。
武器はなかった。岩の中では、岩でできた人型の物体……岩人形が鎮座している。
「あれは外れだ。あんなお人形、誰が使うんだろうな?」
ボルテックスの発言が終わる前に、ジョニーは走り出した。
「おい、リコ。どうした?」
ボルテックスの呼びかけを無視し、新たな遮蔽物に滑り込んだ。
岩人形を確認する。
「“動く石像”? ……違う、少し小さいな」
“動く石像”によく似ているが、顔つきの凶暴さが、やや控えめになっている。
大きさも控えめで、ジョニーより少し肩幅が広く、ボルテックスよりやや小さい。
揃えた両脚を、両腕で抱えて座っている。なんだか気弱な子どものようだ。
「“柔らか石像”ってところだな」
スイッチがあったので、押すと、石像がお辞儀をするかのように、上体を前に倒して、首筋を見せた。
首筋には、指を入れる穴が十個あった。
アヌビスが“動く石像”を“雷帝の籠手”で操っていた。
「だったら、俺でも動かせるはず……!」
“雷帝の籠手”を両腕に身につけた。霊力を送ると、電気が帯びる。ジョニーは腕に金属じみた痺れが走り、顔をしかめた。
十本すべての指を穴に入れると、“柔らか石像”が起動音を立てて、両目を光らせた。
両腕両脚を伸ばし、石像は立ち上がった。
ジョニーがしがみつく。肩車をされている姿勢になった。
ジョニーが手を前に倒すと、“柔らか石像”が走り出した。
若干振動があり、振り回されないか心配になったが、意外にも、変身したジョニーよりも、脚が速い。速度が出ると、姿勢が安定してきた。
右に倒すと右に曲がる。
“悪鬼大王”が、嵐のように鎖付き分銅を振り回す。
地面を舐める鎖の動きに、ジョニーは“優しい石像”の頭を引っ張った。
縄跳びでもするかのように、飛び越える。
高い位置の横殴りには、“優しい石像”の頭を押しつけて、しゃがんで回避した。
“悪鬼大王”に気づかれた。石像に乗った霊骸鎧など、目立つに決まっている。
見下す目線で睨みつけてくる。
“悪鬼大王”は両腕を振り上げて、分銅を空中から地面に向かって叩きつけてきた。ジョニーは、軌道を読んで、身を躱した。
ジョニーは直線的に進まなかった。相手の右脇腹から、背後に回り込む。
“気配を消す”能力を開放した。
“柔らか石像”から手を離し、頭を蹴って、高く飛ぶ。
“柔らか石像”は粉砕されたが、ジョニー自身は、“悪鬼大王”の肩に乗った。
蚊でも潰してやろうかと、襲いかかってくる掌を、ジョニーは飛んで躱した。“羽音崩し”を抜き、項に斬りつけた。
“悪鬼大王”の全身が、苦しそうに揺れた。
ヴェルザンディ側から、どよめく驚きの声が聞こえた。
(……効いている!)
“羽音崩し”の威力を再確認したが、ジョニーは戦術的に優位な場所をすぐに放棄した。背中を蹴って、地面に飛び降りる。
“悪鬼大王”の掌が空中を握り潰した。
(次……!)
ジョニーは、粉々になった“優しい石像”から目を離し、新たに出てきた岩に意識を切り替えた。
ジョニーは岩の陰に滑り込み、武器を取り出した。
長弓である。
地鳴りを挙げて、“悪鬼大王”が向かってくる。表情は分からないが、確実に怒っている。
(格下に傷つけられて、さぞご立腹だろう……)
ジョニーは長弓を引いて、矢を放った。矢は山なりに飛んで、“悪鬼大王”の眉間に当たった。だが、跳ね返って落ちた。
(通常兵器は、全く歯が立たない……)
“悪鬼大王”が、ジョニーに向かってきた。だが、横顔に、銃弾を喰らう。
弾道の元を辿ると、“蔦走り”……サイクリークスが立っていた。銃型の霊骸鎧“火散”……セルトガイナーを手にしている。
(セルトガイナーですら、無理なのか。飛び道具で奴の霊力を削りきれない。“羽音崩し”のみダメージが通る。だが、決定打がない……!)
ジョニーは辺りを見渡した。“螺旋機動”に変身したプリムが遠くで飛んでいる。
プリムに運ばれて、“炎の悪魔”を倒した記憶が甦った。
(“落花流水剣”しかない……!)
ジョニーがプリムに手を挙げると、プリムが反応した。むしろ、プリムがジョニーを探していたかのようでもある。
「プリム、“悪鬼大王”の背後に回り込め!」
ジョニーは、手振り身振りで指示をした。その後、自分で自分の頸を手刀で斬る仕草をした。我ながらボルテックスみたいだが、プリムは、“悪鬼大王”の背後に向かい始めた。
「ボルテックス!」
闘技場のざわめきを、突き破るような声が聞こえた。戦場に不釣り合いなほど、宝石のように輝く声であった。
声の主は、セレスティナであった。
「ボルテックス。“無双天星陣”……!」
観客席から、ボルテックスに指示を出した。
ボルテックスは、人差し指を高く掲げて、回し始めた。空中に渦を巻くようだ。
仲間たちの数人が、ボルテックスの周りに集まった。ボルテックスに遠い者たちも、ボルテックスとは離れた場所で一つになった。
ボルテックスたちが、ジョニーの周りに集まってくる。
ダルテやフィクスといった別働隊は、“悪鬼大王”の背後に回る。
ボルテックスたちは二手に別れて、ジョニーの護衛と、陽動を行ってくれているのだ。
「セレスティナの指示で、ボルテックスが動いた……だと……?」
アイシャが玉座の上で驚いた。
ボルテックスの後から従いて来た“蔦走り”サイクリークスが拳銃……セルトガイナーを手渡した。代わりに、ジョニーは長弓をサイクリークスに渡した。
「“サールーンの日輪弓”を修理しろ」
口が塞がっているが、言葉で理解できるだろうか? サイクリークスはしばらく長弓を見つめていたが、頷いた。
ボルテックスがサイクリークスの背中を叩き、戦線から離脱させた。
闘技場の端っこで、セルトガイナーは短刀で器用な手つきで弦を取り外し始めた。
“悪鬼大王”の背後に、大きな石像……“動く石像”が現れた。
「あれだ……!」
ジョニーは次の目標を見つけた。
“悪鬼大王”の分銅が迫ってくる。
“光輝の鎧”ボルテックスは避けずに、両腕で分銅を受け止めた。
「行けっ」
と、仕草を示す。
ジョニーのそばに、偶然にも“柔らか石像”が出てきた。
ジョニーは乗った。
仲間たちが援護してくれている中、ジョニーは“悪鬼大王”のそばにある、“動く石像”に向かって走った。
アイシャが立ち上がって、叫んだ。
「デビアス! 他の雑魚は相手にするな! 貝殻頭を倒せ!」
玉座の上で歯を食いしばり、怒った。
「分かったぞ……。奴らの中で一番恐ろしい者は、ボルテックスでもなければ、貝殻頭でもない。あの女だ。セレスティナだったのだ……!」
“悪鬼大王”は、床を打ち砕き、破片をまき散らした。
破片が、ジョニーに向かってくる。
(破片は陽動……! 躱せば分銅が来る……!)
ジョニーは、“悪鬼大王”の作戦を読み切り、“柔らか石像”をあっさりと乗り捨てた。“柔らか石像”は破片を喰らい、真上から来る分銅の犠牲になった。
ジョニーは着地した。
着地した瞬間に、ジョニーは“悪鬼大王”の顔面に、数発を発砲した。
砂煙にでもまかれたかのように、“悪鬼大王”は、自分の顔を手で払い、銃弾を床に散乱させた。
効かなくても、問題がない。
ジョニーは“動く石像”に向かう時間稼ぎができればよい。
だが、ジョニーは、真横に突き飛ばされた。
ジョニーは吹き飛ばされ、体勢を立て直す。ジョニーがいた場所に、クルトが倒れていた。クルトに突き飛ばされたのだ。
クルトの真上に、分銅が落ちてきた。
分銅は二つある。“悪鬼大王”は、分銅の一つを空中に投げていた。発砲で忙しかったジョニーは気づかなかったのだ。
“悪鬼大王”が分銅を引き上げると、残った片腕を潰されたクルトが横たわっていた。変身は解け、痙攣している。
クルトの変身が解けた。苦悶の表情をあげ、叫んだ。
「リコォ、何ぼさっとしてやがる。さっさと行け。俺たちが囮になるから、“無双天星陣”なんだぞ!」
クルトが血を吐くかのように叫んだ。
ジョニーは胸が痛んだ。
仲間が二手に分かれて囮になっている間に、ジョニーに目的地まで到達させる。
これが“無双天星陣”なのだ。
ジョニーは、走った。二度も助けてもらったのに、何も返せない自分がいる。情けなさを振り切るよう、岩の上にある、“動く石像”の頭部に飛び乗った。
スイッチを押すと上に乗った。“雷帝の籠手”で電流を送り込み、起動させた。
“動く石像”は片膝から立ち上がった。
ジョニーは“悪鬼大王”と同じ高さの視線を手に入れた。
「“悪鬼大王”! これで体格と条件は同じだ。一気に決着をつけさせてもらうぞ!」