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“羽音崩し”

        1

「“魔王”の配下ではなく、“魔王”そのものを召喚しただと……!」

 不定形で粘着質な黒い泥が、自分の意思をもっているかのように、地面に細い手を掛け、魔方陣の中から、這い上がってきた。

 泥人形のように、ただれた表面から、徐々に人型の姿が成形されていく。

「シグレナス皇帝ゾルダー・ボルデンの名代、セレスティナと命ずる! “魔王エルヴンキング”、私たちを助けて!」

 セレスティナが叫んだ。普段の儚げな態度とは裏腹に、謁見の間に轟く、凜々しい声だ。“動く石像(ストーンゴーレム)”が、石の棍棒で殴りつけてきた。ジョニーはセレスティナを押し倒そうとした。

 だが、“魔王”……と呼ばれる泥人形が挙手する。

 片腕を上げると、“動く石像”の動きが止まった。ちょうど、ジョニーとセレスティナの頭上に、棍棒の先端が直撃する寸前であった。

“動く石像”は、棍棒を下ろし、頭を項垂うなだれた。

「どうした? 何が起こった?」

 アヌビスが、“動く石像”の頭上で慌てる。機械の故障を直すため、アヌビスは、“動く石像”の頭を叩いた。

 だが、何も反応しない。

「……これが、“魔王”の能力か! ……柔らかい」

 ジョニーは、理解した。だが、セレスティナを抱きしめていた。顔を赤らめるセレスティナから同時に飛び離れた。

「“魔王”、私たちをここから無事に出して!」

 うわずった声で、セレスティナが命令する。ジョニーに抱きしめられて、動揺している。

“魔王”が手を振り下ろした。

 床から青白い半透明の壁が、格子状になって、せり上がってきた。天井に向かって伸びていく。

 一体の“動く石像”が、せり上がる壁を顎に喰らい、前のめりに倒れた。

 ジョニーたちと“動く石像”の間を、青白い壁に仕切られる。残りの一体が棍棒を振り回したが、壁には、ヒビが一つも入らなかった。

 アヌビスは青い格子に手をかける。隙間を抜けられるほど、格子は狭くない。“雷帝の籠手グローブ・オブ・レイジ”に霊力を送り込んだ。

 だが、青い格子に電流が走っただけで、変化はない。犬顔のアヌビスは、目を剥いて、後ずさった。

 泥人形“魔王”が、振り返る。

 輪郭が、できてきた。

 頭上に耳があり、大きな翼を持っていた。ジョニーは、“毛深き獣(トロール)”の祭壇にいた巨大な像……蝙蝠男の姿を思い返した。

 黒い泥に、こけが生えてきたかのように、全身が、少しずつ緑色に変わっていった。 

 ジョニーが蝙蝠の耳だと思っていた頭部は、緑の草木と花で作られた王冠であった。

 翼は、丈の長い上着である。草花に覆われた配色をしているものの、どこぞの国王に見えなくもない。

 顔つきは、幾何学的な模様をしていた。

 だが、どこか人間の顔を想像させる。この特徴は、霊骸鎧であった。

「“魔王デビルキング”は、いや、“妖精王エルブン・キング”は、“魔王”の霊骸鎧だったのか……? どうして、“魔王”が霊骸鎧に変身できる? “魔王”に対抗するために、霊骸鎧が発明された、と聞いていたぞ?」

        2

 霊骸鎧“魔王”が、混乱するジョニーの脇をすり抜けた。颯爽とした風が残る。アヌビスではないが、良い匂いがする。

 匂いで善人や悪人を判断するべきではないが、少なくとも“魔王”から悪意を感じられなかった。

“魔王”は、壁の前で、拳を高く挙げ、強く握った。

 壁に、いきなり扉が現れた。“魔王”が拳を振り払うと、扉が自動的に開いた。

“魔王”を先頭に立ち入ると、ジョニーたちが通ってきた隠し通路に戻ってきた。隠し通路の先にある行き止まりに出くわした。

 もう一度、“魔王”が拳を握り、振り下ろすと、また隠し扉が現れ、開いた。“魔王”の動きと扉の開閉が同期している。

 隠し扉を開けた先には、“狗族”が槍を構えて立っていた。

 ジョニーたちよりも、“魔王”の存在に狼狽うろたえている。

“魔王”が、“狗族”の頭を撫でた。“狗族”は、槍を足下に置き、“魔王”の足下にひれ伏した。ジョニーとセレスティナは顔を見合わした。

“魔王”は“狗族”の頭から手を離し素通りした。

 セレスティナは、背筋を伸ばし、“魔王”に従いていった。まるで自分が“魔王”の地位に次ぐ存在であるかのように振る舞っている。

 安全だと分かっているものの、つい、身構える癖が出てくる。

 ジョニーは、半信半疑のまま、通過した。

 細長い通路を進む。

 いくつかの分岐があったが、“魔王”は、一瞬も迷わずに突き進んだ。

 すれ違う“狗族”たちが、立ち止まり、敬礼して、ジョニーたちを通してくれた。

動く死体(ゾンビ)”ですら敬礼してくる。

「こいつらにも意思があるのか……」

 通路は、行き止まりに当たった。

 前方左右に、それぞれ三つの扉がある。

「“魔王”、宝物庫はどれですか?」

 セレスティナの問いかけに、“魔王”は複数ある扉のうち、一つを指さした。

 扉が、“魔王”の意思と直結しているかのように自動的に開いた。

 狭い空間に、棚が置かれている。棚には、埃をかぶった宝箱が、いくつも置いてある。

 宝物庫、と呼ぶより、倉庫に近い。

「“魔王”、一番強くて、この人にあった武器をください!」

 セレスティナが、ジョニーを手で指し示した。

“魔王”が指を鳴らすと、棚の一部が倒れた。倒れた物体は、鞘に収められた一振りの剣であった。

 ジョニーは、床に落ちた鞘と剣を手に取った。ジョニーの手に馴染むかのように、剣全体から、冷たく心地の良い風が吹いた。

「これは、良いモノだ……!」

 直感的に分かる。

「“羽音崩し(ワームスレイヤー)”……! 昆虫型の怪物や、昆虫型の霊骸鎧に威力が倍増します」

 セレスティナが驚きの声をあげた。

“羽音崩し”は、片刃の剣で、つばの部分が円盤になっている。円盤には見慣れない異国の鳥が描かれている。

 刀身の重量を一切感じない。まるで、そこには存在していないかのようだ。

 鞘から、剣を引き抜くと、刃は冷たく、周囲の空気を冷やしていた。

「これで武器が手に入りました。……行きましょう。ボルテックスたちが待っています」

「この際だから、他の宝箱を調べておくか?」

 ジョニーの質問に、セレスティナは、外を見張っている“魔王”の後ろ姿を見た。

「……必要以上に“魔王”の財産を奪ってはいけません。私たちを守ってくれているのですから」

 ジョニーにささやいた。セレスティナの囁きが、耳に心地よい。

「分かった。だが、俺は裸だ。服くらいもらっても、問題はなかろう。……セレスティナ。セレスティナにも履き物が必要だ」

 ジョニーはセレスティナの太ももを見た。セレスティナは、ジョニーの視線に気づき、Tシャツの裾を引っ張った。

 セレスティナは、ふと自分の襟を手で隠した。火にかけた鍋のように、沸々と赤くなっていった。ジョニーに見られていた、と気づいたのである。ジョニーとしては、悪気はないのに、自分が惨めになった気がした。

 ジョニーとセレスティナの攻防を知らず“魔王”は、指を鳴らした。

 いくつかの宝箱が同時に開いた。

 ジョニーは箱から白い布と黒いベルト草履サンダルを見つけた。黒い布地の腕輪もある。

 セレスティナは、異国の色合いをした布を手にしていた。

“魔王”が指を空中に向かって、一回転させた。“狗族”のめすたちが、部屋に入ってくる。

 セレスティナの着替えを手伝うつもりだ。

 ジョニーは、“魔王”と一緒に廊下に出た。セレスティナの着替えまで付き合えない。

 扉の前で、ジョニーは白い布を身体に巻き付け、腰に帯を巻いて固定する。布地の腕輪を両腕に巻く。完全にヴェルザンディの人間になったかのようだ。

 ジョニーは“魔王”に話しかけた。

「貴様、貴様にも意思があるのか……?」

 だが、“魔王”からは、反応が、ない。

 蠅が飛んでいる。これほどの地下なのに、蠅が迷い込んでくるのだ。

「女は服を着るのに、どうしてこうも時間が掛かるのだ?」

 ジョニーは“魔王”に話しかけたが、これにも反応がない。“魔王”と話す話題がないと気づき、手持ち無沙汰になった。

 先ほどから、蠅がジョニーの顔面を、周回している。

 手で払っても、追いかけてくる。

 ジョニーは、“羽音崩し”を抜いて、十字に斬った。

 蠅が、四分割となり、地面に落ちた。

 ジョニーが不思議な剣の威力に満足していると、セレスティナが着替えて部屋から出てきた。

 ジョニーは息を呑んだ。

 薄浅葱うすあさぎに染められたドレスには、襟元から輝く素材の糸が縫い付けられていた。輝く糸は、三つの星となって、列を作っていた。星の行列は首元からおへそ部分に向かって、一つになっている。

 薄浅葱の色が、いつもよりも大人っぽく見えた。だが、流れ星の模様が、どこか少女っぽさを残している。大人と子どもの不均衡が、ジョニーにとって、余計に悩ましく映った。

 ドレスの長袖とスカート部分は、やや透けていて、セレスティナの両腕、両脚の形が時々だが、垣間見える。

 ジョニーは目を背けた。よく見えれば、髪型も変えている。

 ジョニーは困惑した。どう話しかけていいのか分からない。

「……俺の服が必要ないな。返してくれ」

と、ジョニーは早口で意味不明の言葉を発した。手を差し出す。

「……汚してしまったので、洗ってお返しします」

 セレスティナが顔を赤らめた。ジョニーは繊細な話題だと感じ、追求しなかった。

「マントは、返してくれ。汚れていても困る話ではないだろう?」

「……ヤダ」

 セレスティナは首を振る。子どもっぽくなった。大人のように振る舞っているが、内面は子どもの要素が強い、とジョニーは感じた。

「どうしてだ?」

「……寒いから」

 セレスティナは、視線を合わせない。

 室内は寒くない。温度は一定に保たれていて、歩いた分だけ、身体が温まっているくらいだ。

 ジョニーには、まったくセレスティナの心理がつかめない。マントの返却問題はうやむやになり、セレスティナはマントを羽織った。

“魔王”に導かれ、通路を進む。

 ジョニーは、セレスティナに耳打ちをした。

「こいつを……“魔王”をヴェルザンディにぶつけたらどうなるんだろうな?」

「何も起きないと思います。この人は、“魔王”本人ではありません。人工知能の擬人化であり、ガレリオス内部の設備を操作できても、戦闘能力は持っていません」

「……難しすぎる。つまり、こいつは“魔王”の形をした、自走式の操作盤コントローラーなのだな」

 ジョニーは理解した。“魔王”でありながら、“羽音崩し”と同じ、道具ツールなのだ。

「ジョエル・リコ。お願いがあります」

 セレスティナが厳かな声を出した。

 ジョニーは無言で頷いた。セレスティナの願いであるなら、なんでも受け入れる。

「“魔王”が甦った、と知れ渡ったら、シグレナスが大騒ぎになります。みんなを怖がらせないためにも、皇帝陛下、いや、ボルテックスたちにも内密にしていただけますか?」

「……わかった」

とジョニーはぶっきらぼうに応えた。だが、セレスティナと二人だけの秘密が持てて、頬が緩む。しかも、帝やボルテックスよりも優先されている気がしてきた。

        3

 柱が並ぶ、外廊下に出た。

 柱の向こうには、庭が見える。出口だ。花や草木が並んでいるが、どれも造花だった。雨水を貯めておく、シグレナス方式の水槽まである。

「待てぇ。ここからは逃がさん!」

 轟音とともに、庭の植え込みや草木を押し潰して、“動く石像”が着地した。

 頭上には、アヌビスが“動く石像”を操っている。

 セレスティナが、“魔王”を見せた。

“魔王”が腕を振ると、“動く石像”は膝を突いて、動きを停止させた。

 アヌビスが慌てふためいている。

「陛下の偽物で、私たちを騙そうとする気だな? 他の奴らを騙しても、私だけは騙されないぞ」

と、アヌビスが“動く石像”から下りて、“雷帝の籠手グローブ・オブ・レイジ”を打ち鳴らした。

“魔王”に向かう。

“魔王”そのものには戦闘能力がない。

 ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身し、“魔王”の前に立った。 腰に下げていた“羽音崩し(ワームスレイヤー)”を、鞘から引き抜く。腰を落として構える。

 アヌビスが笑った。

「この“雷帝の籠手”がある限り、私に剣は効かないぞ。先ほどと同じく、お前を感電させてやる……!」

 籠手を打ち鳴らし、大股に近寄ってきた。

(奴の籠手に剣を触れさせず、無力化させる。それならば、勝負は一瞬……!)

 ジョニーは“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力を開放した。一瞬だけアヌビスがジョニーを見失う。ジョニーはアヌビスの死角に飛び込んだ。

 蠅を四分割にする高速の剣で、籠手と籠手の隙間を切り裂いた。

 次の瞬間、甲冑の胸部が割れ、アヌビスの足下にベルトが落ちる。

 反射的にアヌビスが、露わになった胸を隠した。

 その場でうずくまる。

「こ、殺せ……! 栄光ある“魔王”親衛隊隊長が、このような恥辱を受けて生きていけるものか」

 ジョニーを睨んでくる。悔しさと恥辱に、涙を滲ませていた。

 ジョニーは見下ろした。“狗族”たちが集まってきたが、誰もアヌビスを助けようと駆け寄る者がいない。

「ジョエル・リコ、殺してはいけません!」

 セレスティナが叫ぶ。

 殺す気はない。“魔王”がジョニーとアヌビスの間に入った。

 怯えるアヌビスに“魔王”は優しげな手つきで、頭を撫でた。

「陛下……」

“魔王”を見るなり、アヌビスの表情が変わった。いわゆるメスの顔である。

 セレスティナは息を吸い込んで、厳かな声を出した。

「“魔王”陛下は甦りました。誇り高き“魔王”の忠実なるしもべたちよ。これで貴女たちの念願は達成したのです。これからは、“魔王”陛下と一緒に暮らしなさい」

 アヌビスを含め、“狗族”の中から、歓喜の声が聞こえた。

「人間とは、いつ全面戦争を挑むべきですか?」

 アヌビスの質問に、セレスティナは考えて応えた。

「……時期が来たら教えます。それまでは、人間に手を出さないで、幸せに暮らしてください」

 アヌビスや“狗族”の顔に安堵が広がる。本来は、戦いを好まない、温厚な性格なのだ。

「つきましては、アヌビス。その“雷帝の籠手”を、客人に渡しなさい。それと、十分な食糧をお与えなさい。……蜂蜜の掛かったパンが良いでしょう」

「セレスティナ。それは、本当に“魔王”の要求なのか?」

 ジョニーはセレスティナに耳打ちをした。セレスティナはジョニーの質問を無視した。唾を呑んで、蜂蜜掛けパンを想像している。

“魔王”が頷いて、手を払う仕草をした。“狗族”の数人が、散った。

「まもなく、お持ちいたします」

と、アヌビスが続けた。セレスティナが、瞳を光らせた。

「あとは、生クリームを追加すると良い、と“陛下”は仰られています。……そうそう、あとは温かいお茶でも」

「いくらなんでも、要求を釣り上げすぎだ」 

 ジョニーが呆れているのに反して、アヌビスは慌てて部下たちに命令をした。

 部下たちが動き出すと、アヌビスはすぐに、セレスティナに向かい合った。

「人間。陛下は、どうして無言なのですか? 言葉を話せないのですか? どうすれば私たちは陛下とお話ができますか?」

 アヌビスは、せわしなく質問をした。まるで自分の子どもの病状を医者に問い詰めるのに、必死な母親のようだ。

「……最初は分からなくても、分かるはず。飼い犬……いや、赤子と話をするときは、言葉はいらないでしょう。それと同じです」

 セレスティナが優しく微笑んだ。応える姿は、神から宣託を授ける、聖女のようだ。

「“魔王”陛下が仰るに、女と子どもを守りなさい。学びを忘れず、常に幸せでいなさい」

 荘厳な言葉遣いに、ジョニーは、セレスティナに“魔王”が憑依しているかのような錯覚に陥った。実際に憑依している可能性がある。そうでなければ、セレスティナは熟練した俳優である。

 アヌビスは籠手を外した。うやうやしい態度でジョニーに捧げる。以外と重量がある。

「これでは、機敏な行動は取れないな。“羽音崩し(ワームスレイヤー)”と相性が悪いぞ。俺よりも、もっと腕力のある奴が向いているかもな」

と、ジョニーは評価した。

 アヌビスが、セレスティナに、尊敬のまなざしを送っている。

「この優しさは間違いなく、“魔王”陛下です。心の美しい人間……。“魔王”陛下と同じくらい、心が清らかで優しい。ありがとう……」

と、何度も頭を下げ、尻尾を振り、お礼を伝えた。

 ほどなく、蜂蜜の掛かったパンが皿に盛られてきた。

 ジョニーは、パンを千切って、口に運んだ。

 蜂蜜にクリームで、甘すぎる。目を離すと、セレスティナは完食していた。ジョニーから目を逸らし、杯に注がれた茶を飲んでいる。

“羽音崩し”なみの速度である。

 食べ残しをセレスティナに見せると、すぐに消えた。

        4

 ジョニーたちは、“狗族”と“魔王”に見送られて、扉まで連れてこられた。

 赤い絨毯が終わっている。それは“魔王城”の終わりを意味していた。

 扉は自動的に開閉し、部屋の中身は、鏡張りの小部屋であった。

“魔王”は、“狗族”と残る。

“狗族”たちが熱烈な別れの挨拶をしてきたが、ジョニーは無言で手を振った。セレスティナはアヌビスの手を握り、笑顔を見せた。

 扉が閉まると、地面が動きだした。部屋ごと上昇していく。

「……この部屋は、上階に向かっています。……安心して」

「動く部屋……。次から次へとわけの分からない装置が出てくるな。驚くだけ無駄だと分かっているが」

 ジョニーはセレスティナを見た。上を見ている。上はただの天井で、どうして上を向いているかは分からない。セレスティナの横顔を、ジョニーは見とれた。

 だが、急に疑問が湧いてきた。

「奴は、“魔王”はどうなる? いつか消えるだろう? 騙されたと知った“狗族”が後から追いかけてきたら、どうする?」

 セレスティナは笑顔を見せた。いたずらっぽい笑顔だ。右手を空中に回した。ジョニーの額に軽く当てる。

 ジョニーの視界が切り替わった。

 謁見の間が見える。

“魔王”が玉座に座っていた。

 膝元には、アヌビスがうっとりとした表情で顎を乗せ、撓垂しなだれていた。

 ジョニーは目を開いた。目の前で、セレスティナが微笑んでいる。

(セレスティナが見ている映像を、俺に見せてくれたのだ)

 ジョニーはセレスティナの能力に驚いた。

 だが、何よりも、セレスティナの笑顔が星と星が弾け合ってできる光のようにまぶしかった。

 部屋の上昇が止まる。

 扉が開いた。扉の先には、また無機質な通路が続いている。

「行こう。早く遠ざかるんだ。奴らが騙されていることに気づかない間にな」

 ジョニーは手を差し出した。

「……うん」

 セレスティナは手を握り返した。以外と嫌がらない。

 セレスティナが声を出して笑った。ジョニーも釣られて笑う。

 手を取り合った二人は、笑いながら、駆けだした。

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