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落下

        1

山羊顔ゴートフェイス”は、翼を仕舞い忘れている。

落花流水剣スピーニングデッドリーソード”……!

 ガレリオス遺跡で初めての“落花流水剣”である。

 普段は頭部を切断するため首筋を狙うが、翼が邪魔である。武器が鎖鉄球モーニングスターなので、切断は不可能であった。そもそも、技の名前がソードである。

 だが、ジョニーは、戦闘面において、柔軟性を発揮できた。

 打撃武器の利点を活かして、“山羊顔”の側頭部を殴りつけた。

“山羊顔”の首が、あり得ないほど折れ曲がる。

 全身に燃えさかっている火の激しさが活力の象徴であるかのように、意識を失った今では、火は消え、全身が真っ黒になっていた。

「効いた……! 属性や耐性など考えずに、物理的に殴れば良い……!」

 ジョニーは“山羊顔”の首にとりついた。熱を感じるが、火傷をするほどの熱量はない。片腕を背後に折り、鎖鉄球の鎖で翼の根元と折った片腕に巻き付ける。

「これでもう飛べまい!」

 ジョニーは、“山羊顔”の肩を蹴って、ボルテックスとダルテのいる場所に着地した。

“山羊顔”が気を失い揺れながらも、立っている。

 ジョニー、ダルテ、そしてボルテックスたち三人は、お互いの顔を合わせて、うなづき合った。

 まず、ジョニーが飛んだ。

 両脇にいたボルテックスとダルテも続く。 

 三人は、それぞれの両足を、踏みつけるかのように“山羊顔”の胸にめり込ませた。

 三本の矢を食らった“山羊顔”は、橋の外に蹴り出される。

 ジョニーたちは、橋から身を乗り出して、“山羊顔”の落ちる様子を見た。

“山羊顔”は途中で我に返ったが、鎖鉄球が絡まって翼を広げられない。そのまま暗闇に飲み込まれていった。

 闇の中から、最初に、水没音が聞こえた。

 次に、煮えたぎる油の中に、魚や野菜を放り込んだような、弾ける音がする。

 炎に包まれた怪物、“山羊顔”からしてみれば、炎を冷やす川は、ジョニーたち人間にとって油鍋と同じくらい危険なのである。

「やった……!」

 ジョニーたちは、手を打ち合せて喜んだ。

 喜んだのもつかの間、ジョニーは、背後ろから、爆発に似た衝撃を受けた。

 振り返って、音の発生源を見ると、今度は丸々とした岩が、床をうがち、砂煙を立てている。“骸骨兵士スケルトン”たちの背後に、巨大な機械兵器が鎮座していた。

投射石機カタパルト……」

“骸骨兵士”たちは、ラケット部分を縄で引き、岩を置いた。

「橋が直っている……?」

 いつの間にか、崩れていたはずの橋が、少しずつだが、復元している。

 崩れた床が、空を飛び、各自の意思をもったかのように、橋の壊れた部分にくっついていく。細かい破片までもが、元の居場所に戻っていった。

 地下水路から、橋の破片が浮き上がっていた。

「“魔王”の力……? 自己修復機能もあるのか、この地下迷宮は……!」

 人力よりも修復速度が速い。

 橋が修復されるたびに、“骸骨兵士”たちはジョニーたちに向かって、歩を進めた。

 反対に、仲間たちが待つ岸を見た。ジョニーたち側は、橋の再生ができていない。

 橋が“骸骨兵士”たちの味方であるかのように、“骸骨兵士”側の修復が速まっている。

 サイクリークスを送ったプリムが、戻ってきた。

 ボルテックスは、変身を解いた。ジョニーを向こう岸に行かせたがっていたが、ジョニーは断り、先にダルテとゲインを行かせた。

 プリムたちを見送った後、ジョニーとボルテックスは限界まで後ろに下がる。

 プリムとの距離を少しでも縮めるためである。

 目の前で、橋が完成する。

骸骨兵士スケルトン”たちが修復部分を乗り越えて、一定の距離を保ち、陣形を立て直した。

「リコ、“影の騎士(シャドーストライカー)”から、煙が出ているぞ。とりあえず、変身を解いたらどうだ? 負担をかけさせないためにも、な?」

 ボルテックスは、慌ただしい“骸骨兵士”の準備を意に介してない。

 ジョニーは変身を解いた。

 ボルテックスの意見に賛同した。霊骸鎧を休ませる必要がある、と思ったからだ。

「霊骸鎧がお前の動きについてこれないとか、初めて聞く話だぞ。お前はやっぱりすげえ奴だよなあ。さっきのプリムとの連携技といい、あれはなんという名前の技なんだ?」

 ボルテックスは時間稼ぎをしているのだ。

 だが、“骸骨兵士スケルトン”たちに心理戦が効くとかジョニーには思えなかった。

「“飛行型フライング落花流水剣スピーニングデッドリーソード……というのはどうだろう」

 ボルテックスに話を合わせる。合わせるほど有益な情報のやりとりをしていないが。

「お前は命名的才能ネーミングセンスのない奴だ。俺が名付け親になってやるよ。“立体軌道式スリーディメンショナル落花流水剣スピーニングデッドリーソード”とするが良い」

 ボルテックスが笑った。ジョニーにとっては、名前をどうつけようと、たいした違いがないように思えた。

“骸骨兵士”たちは、ジョニーたちのやりとりを、静観している。死体に意思や心理があるとは思えないが、少なくとも時間稼ぎという目的を果たしてはいる。

 ジョニーは、ボルテックスの思いつきに乗っかった。

「もう俺の“影の騎士(シャドーストライカー)”は、限界だ。貴様のボルテックス商店で、換えの霊骸鎧は注文しても良いか?」

と冗談を飛ばした。冗談であれば良いが、“影の騎士(シャドーストライカー)”が使えなくなれば、ジョニーの霊骸鎧生活は終わる。

 ボルテックスは大笑いして、ジョニーの肩を優しく叩く。

「……ジョエル・リコ様のご注文とあれば、このライトニング・ボルテックス、新しい霊骸鎧をご用意さしあげて進ぜよう」

 ボルテックスが、ジョニーの肩に太い腕を絡ませてきた。

「気持ちが悪い」

 ジョニーたちの背後には、風が吹いている。

 指揮官とおぼしき“骸骨兵士”が、小剣ショートソードを振り下ろして、突撃の合図を送った。

“骸骨兵士”が、密集隊形ファランクスをとり、ジョニーとボルテックスを三方向から取り囲み、迫ってきた。

 大盾を構え鈍重な足取りではあるが、着実な動きである。

「これほど丁寧な仕事をする骸骨どもは、初めて見た」

と、ジョニーが冗談を飛ばした。

「で、セレスティナとチュウしたか?」

 ボルテックスが意味不明の返事をした。どうしても、ボルテックスはジョニーにセレスティナを口づけをして欲しいのである。

「するわけないだろう」

「準備も必要だ。ここで俺と練習をしようぜ」

「セルトガイナーだけでなく、貴様までもが狂ってしまったら、俺たちは全滅だな」

 二人は後ろに倒れる。ゆっくり、崖を飛び降りた。

        2

 上空の光は明るく、落下するたびに闇に包まれていく。

 だが、すぐに身体が浮き上がった。小枝のような、プリムの腕にひっかかったからだ。

 プリムの力によって、重力に逆らい、橋の下、暗い闇の世界を切り抜けて、上空の明るい世界に出た。

“骸骨兵士”たちの慌てている様子が、ジョニーには、歓迎されているかのような気がしてきた。

 向こう岸に向かった。

 移動速度はそれほど速くない。文句を垂れる立場ではないが、歩くよりも遅い。

 下を見ると、橋の修復が進んでいる。岩や床のタイルが独自の意思をもち、宙を飛んで、集まってくる。じわじわと前進する“骸骨兵士スケルトン”の密集隊形に歩調を合わせているかのようだ。

 遠くで、“骸骨兵士スケルトン”たちは投射石機カタパルトを押している。橋の中間あたりまでにとどまった。

 向こう岸を見ると、セレスティナが、欄干から身を乗り出していた。

 何かを叫んでいる。

 縄と木材が外れる音……後ろを振り返ると、投射石機から丸く球体に削られた岩が向かってきた。

「プリム! 来たぞ、避けろ!」

 プリムは身をそらして、投石の軌道から外れた。

 背中にも両目がついているのか、と思うくらい視野が広い。

「プリム。貴様の“螺旋機動ヘリコプティア”は、優秀だな」

 ジョニーたちの横を、投石が素通りするが、一つ問題が生じた。

 岩が、セレスティナの足下の壁に直撃した。衝撃で欄干が崩れる。支えを失ったセレスティナは、欄干から投げ飛ばされた。ドレスもろとも、地下の闇に吸い込まれるように落ちていく。

 ジョニーは、プリムを振りほどいて飛んだ。

 生身の姿で、ジョニーは空中でセレスティナの襟首をつかんだ。“空中二段跳び(ダブルジャンプ)”で飛び、距離を縮めた。

 片腕で、欄干の下部、壁のへりをつかもうとした。

 だが、距離が足りない。ジョニーの手は空をかすっただけだ。

 重力に引っ張られる。その瞬間、上から手が伸びてきて、ジョニーの手首を掴んだ。

 見上げると、クルトが身を乗り出していた。

 丸く刈った白い頭部を赤く染めて、口から泡を吹かせながら、言葉にならない言葉をまくし立てている。

 片方の腕を失い、残りの腕のみでジョニーとセレスティナを掴まえているのだ。

 細くて鋭い眼光は血走り、怒りに任せて、何かを口走っている。

(もしかして、こいつは俺を殺すかもしれない)

 クルトからしてみれば、ジョニーはボルテックスの寵愛を横取りした、よそ者である。

 これまで、クルトに、散々敵視されていた。

 そのたびに殴り飛ばしてきた。

(こいつは、これまでの俺に対しての積年の恨みから、罵詈雑言を並べ立てているのだ……)

 今では、ジョニーの命は、クルトの腕一本につながっていて、クルト次第になったのだ。クルトにとって、ジョニーに対する恨みを晴らすには、絶好の機会チャンスだ。

 クルトに頼るわけにはいかない。

 ジョニーは“空中二段跳び(ダブルジャンプ)”をしようとしたが、足場が発生しない。一度地面に足をつけなければ、“|空中二段跳び”を再びできないのだ。

 ジョニーは迷った。セレスティナと自分を支える腕が外れるかもしれない。

「早く登りやがれ!」

 叫ぶクルトは唾を吐きちらし、言葉をひねり出した。

 ジョニーは我に返った。

(そうだった。こんなときにクルトがジョニーを殺そうとするはずがない。俺を嫌いでも、ボルテックスや自警団の仲間に対する忠誠心や仲間意識は本物なのだ。どんな仕事であれ、自分の役割を最大限に発揮する。それが、クルトだ)

 ジョニーの足裏と履き物の間に寒い風が吹いている。

 セレスティナの生命が掛かっているのである。クルトを、仲間を、疑っても意味がない。

「セレスティナ。俺たちをよじ登れ。……俺の頭を踏んでもかまわん」

 ジョニーはセレスティナを安心させるために、優しく伝えた。

 クルトは、自分を、セレスティナと自分を助けようとしていたのだ。

(俺は、恥ずかしい奴だ……。助けてくれている仲間に殺されるなど悪い妄想を抱くだなんて……)

 珍しく、ジョニーは反省した。

 セレスティナの柔らかい全身が、ジョニーの背中に覆い被さった。

 セレスティナが顔を真っ赤にして、煮えたぎったかのように震えている。

(木を登ったりする筋力がないのか? それとも、そんなに嫌なのか……?)

 セレスティナと密着できて嬉しい反面、嫌われているような気がして、悲しかった。

 セレスティから、良い匂いがする。熱く吐息が、ジョニーの耳にかかってジョニーは意識を失いかけた。

 片腕で二人の体重を支えるとなると、クルトは地獄の必死の形相だが、ジョニーはこの上なく天国である。

 ジョニーの両肩に、セレスティナの爪が食い込む。セレスティナの腕力が限界に来ていた。ジョニーの背中にセレスティナの履き物がずりおり、セレスティナの震える両足が、ジョニーの両肩を圧迫した。

 セレスティナは、ジョニーの真上に直立したのである。

 ジョニーは、上ではなく、下を見た。スカートの中を覗くわけにはいかない。

 橋を支えていた柱が、並んでいる。

 ボルテックスやダルテが集まって、セレスティナをクルトから引き上げた。

 ジョニーが引き上げてもらおうとしたが、次の瞬間、上方で投石が炸裂した。

 破片を飛び散らせ、プリムの側頭部に破片が当たる。

 空を飛ぶ霊骸鎧は、飛び道具が弱点になる。投石で生じた破片も飛び道具扱いになるのか知らないが、プリムの変身を解くほどの威力があった。

 セレスティナの背負い袋から、二冊の本がこぼれ落ちた。

 自分の生命よりも大切にしている本である。セレスティナは悲痛で絶望的な叫び声をあげた。

 ジョニーはクルトから手を離し、二冊の本に向かって飛んだ。

「おい、リコ。何をやっている?」

 驚くクルトを無視して、一冊の本に飛びかかり、空中でつま先で蹴り上げた。

 曲線を描いて、本は欄干の内側に収まった。

 だが、人骨の本は間に合わなかった。

(プリムは気を失っている。このまま、下に落ちて、本を追いかける!)

 落下するにつれ、ジョニーの視界には、水路と陸地が見えてきた。

 陸地といっても、地下洞窟のような地面である。

 陸地には、黒ずんだ巨大な死体……“山羊顔”が、下半身を水に浸したまま、陸地に伏せていた。上陸しようとした途中で、力尽きたのだ。

 水面から露出した上半身から、わずか火がくすぶっている。

 ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

 このままだと、水面に直撃する。

 身体を伸ばして、橋の支柱に迫った。

 支柱まで到達すると、表面を蹴る。

 蹴った力を利用して、何も存在しない空間に向かって横に飛ぶ。

 空間に向かって“空中二段跳び(ダブルジャンプ)”で、折り返し、橋の支柱に戻る。

 支柱を蹴り、“空中二段跳び(ダブルジャンプ)”で宙を蹴り、また支柱に戻る……を繰り返して、落下速度を落としていった。

 人骨の本を、すぐに見つかった。

 本は、激流の真上に浮かんでいた。薄い皮膜のような、半透明の霊力に包まれている。

 理由は分からないが、本そのものに不思議な力が秘められていて、不思議な力によって守られている、とジョニーは理解した。

 ジョニーは、横っ飛びのまま、水上の本をかすめ取る。

 地面を滑走して、無事に着地できた。

“山羊顔”の死骸に近づく。

 机で伏せて眠っているかのようだ。ジョニーは、今は亡き“山羊顔”の肩を優しく撫でて、生前の健闘をねぎらった。

(はぐれて、独りぼっちになった)

 ジョニーは、暗い天をあおいだ。

 視界が悪く、かなりの高さから落ちてきたので、仲間の姿など見えるはずがない。自分の周辺を見渡す程度しか、“山羊顔”の火力は残っていない。

 仲間、とくにプリムの救援を待つか、それとも自力で駆け上がっていくか、ジョニーは頭を働かせた。

 思案に暮れていると、ジョニーは光を感じた。

 光の球体が、上からゆっくりと降りてくる。

「本か? ……ちがう、人だ。落ちてきた奴がいるのか。……セレスティナ?」

 金色の霊力に包まれて、水面を嫌がり、浮かび上がっている。クリーム色の金髪をした少女……セレスティナが、中で気絶していた。

「どうして落ちてきたのだ? ポンコツ……。」

 プリムの、セレスティナに対する評価を思い返した。

 金色の皮膜は、シャボン玉のように割れた。

 中のセレスティナが、金の輝きを残して、音もなく激流に水没した。

「セレスティナ……!」

 ジョニーは霊骸鎧のまま、激流に飛び込んだ。

 激流には、石や木材、落下物が流れてくる。そんな危険な場所に、セレスティナを置いてはいられない。

 セレスティナを探す。

 霊骸鎧の影響で視力が向上しているとはいえ、暗い地下水路に流されている人物の捜索は難しい。

(セレスティナを感じろ……)

 金色の霊力が、翻弄されている様子が浮かんだ。

 地でもない、火でもない、水でもなければ闇でもなく、かといって、天でもない。光に似ているが、全くの別物であった。

(セレスティナ専用の霊力だ)

 ジョニーは金色の霊力……セレスティナに向かって泳ぎだした。

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