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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
12/170

        1

 外から冷たくて白い空気が、小部屋に流れ込んでくる。カレンの顔を()でた。

 冷気から、危険な気配を感じた。

 カレンは一瞬、外に出るべきかどうか迷った。状況がつかめず、呆然(ぼうぜん)として時間を過ごす。

 間の抜けた音が鳴り、扉が閉まり始めた。

 外部の刺激によって、カレンは正気を取り戻した。

 レミィを抱えて、扉の隙間を抜けた。

 外は白い霧に(おお)われていて、視界が悪い。

「冷たいっ」

 と、カレンは、自分の足裏を見た。

 通路の床が金属の網目になっていて、カレンの素足に食い込む。空中に浮かんでいるようだ。

 前に数歩進むと、鉄でできた柵にぶつかった。柵はカレンの背丈より少し高い。柵の向こうは、空中であった。霧に包まれた空をのぞきこむと、霧のせいなのと、高度がありすぎるのとで、地面が見えない。

 カレンは、小部屋の扉に振り返った。

 今では完全に閉まりきっている扉から、映像が見えた。

 貝殻頭(シェルヘッド)たちの後頭部だった。カレンは、自分自身が貝殻頭の一体となった、と気づいた。貝殻頭たちが、小部屋に押し入る。入れなかった何体かは、外で待機した。

 次に扉が開いた瞬間、カレンの背中が見えた。貝殻頭たちの槍が、カレンの背中に突き立ていく。

 カレンは、いつの間にか閉じていた目を開いた。

 貝殻頭がやってくる!

 カレンは逃走経路を探した。

 扉を出て狭い通路が左右、壁づたいに走っている。

 左右の道どちらに進むか思案するところだが、カレンには選択肢の基準がなかった。

 敵は多勢である。どちらを選んでも、二手に分かれて追ってくる。カレンは予測した。

 周囲は、霧の世界である。敵の目から逃れる点では優位かもしれない。

「行こう、今必要なことは、迷うことじゃない。立ち止まらないことだ」

 カレンは、自分に言い聞かせた。

        2

 レミィの手を引く。

 何かが手の中で砕ける音がした。

 水分を含んだ土を握りつぶした感触だった。

 レミィの包帯から、黒い砂が床に落ちて散らばった。砂の一部が網目の隙間を通って、空中にこぼれ落ちていった。

 カレンは息を呑み、悲鳴をあげた。

「レミィ! 君の手を壊しちゃったよ!」

 レミィの左手に巻かれていた包帯がたわんでいた。包帯の隙間から、黒い砂がこぼれる。

(大丈夫。……僕の身体はね、力を使うたびに壊死していくんだ)

 レミィから穏やかな声が聞こえた。悲しみも諦めもなく、ありのままを受け入れている口調だった。

「全然、大丈夫じゃないよ! 手が無くなるんだよ? 痛いでしょ?」

 カレンは(わめ)いた。

(……そんな顔をしないで。もう痛みは、もうとっくの昔から感じないから)

 レミィにとっては、日常の出来事であった。

「何も知らず、力を使わせて、ごめんね……」

 誰かを治療するたびに、レミィは身体を失っていく。

(謝ることじゃない)

 レミィは、さほど困っていない口調で応えた。

 カレンは、これ以上ないくらい大切な宝物のようにレミィを優しく抱えた。走り出す。

 カレンは、自責の念に耐えきれない。

 霊骸鎧(オーラアーマー)の力を使えば使うほど、人体に何らかの影響を及ぼす。

 カレンは、気づいていた。

 事実、現在のカレン自身も疲れている。疲労感は、霊骸鎧を呼び出しすぎが原因だと体感的に理解している。

 ナスティを思い返した。転移魔術(テレポーテーション)の影響で意識混濁に陥っていた。

 疲労を通り越すと、意識を失ってしまう、とカレンは(ひらめ)いた。 

 船の中での記憶が甦った。レミィに治療をしてもらっているときだ。ナスティに投げかけられた言葉を思い返した。

「こんな奴に力を使うな」

 本当にそうだ!

 カレンの頬に、涙が(つた)った。僕なんかのために、レミィが犠牲になることなんてない。

 カレンは、右手の道を選んだ。根拠はない。

 左側に鉄柵、右側に壁、前方は白い霧に覆われている。

 走り出した。いや、霧の中に飛び込んだ、というべきだ。

 目眩がする。力が出ない。さらに空腹の追い打ちで、もう走りたくない。このまま貝殻頭に殺されたら、楽なのに、とすら思い始めた。

 ただ、せめてレミィだけでも守ろう。自分が死んでも、レミィだけは助けたい。

 レミィに対する気持ちが、カレンの原動力となった。

 白い霧が濃さを深め、視界が悪くなっていく。

 突如、鉄の柵が目の前に現れたので、カレンは止まった。

 行き止まりである。

 壁には、扉がある。

 先ほどの扉と同じ、取っ手のない扉である。

 押しても開かない。壁を調べると、突起物を見つけた。

 カレンは手で触れた。

 間の抜けた音を期待したが、反応がない。突起物の内部には、微妙な光がいくつか、漂っている。

 遠く後方から、間の抜けた音が聞こえた。

        3

 貝殻頭が武器の音を鳴らして、迫ってくる。白い霧が邪魔をして、どこまで近づいているのかは目視できない。

 音だけが近づいてくる。カレンにとっては、死の接近を意味している。さっき死んだほうが楽だと思っていたが、武器の音が、カレンの内部に、生に対する渇望を惹き起こした。

 逃げる場所はないだろうか?

 必死に探す。

 レミィの声が聞こえる。

(僕を置いて、君だけでも逃げて)

 レミィの声はいつもと同じ、穏やかだ。カレンには、レミィが心の静けさを保てるのか不思議でならなかった。

「レミィ、妙なことを言わないで。君は死んではいけない。絶対に助けるから。僕の命に賭けても、君を守るから」

(僕のことは心配しなくていい。……たとえ離ればなれになっても、また会えるから)

 会えるから。

 カレンにはどこかレミィの言葉に、確信を感じた。理由は分からないが、必ず会える気がしてきた。

 だが、敵は迫っている事実が、カレンにとっては実感できた。

 壁は鉄板で、できている。扉は一枚の鉄板でできている。扉の上に、の上に長方形の空洞があった。空洞の出入り口には、網が破られた跡がある。

 カレンは迷わなかった。レミィを抱えて、跳んだ。高さが足りなかったが、滑る壁の面を蹴って、さらに高く跳んだ。

 レミィをそっと、空洞に置いた。カレンは、壁に足裏を当てて、自身が落ちる速度を調整した。

 空洞からレミィの下半身がはみ出ている。

 カレンはもう一度跳び、壁を蹴って、優しくレミィを空洞に押し込んだ。

「そこで待っててね」

 カレンは空洞に向かって小声で話しかけた。

 レミィの後に続く。

 カレンはしゃがんだ。空洞に向かって飛び乗る体勢である。だが、カレンは、飛べなかった。貝殻頭の気配を感じたからである。

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