炎の悪魔
1
“山羊顔”は四本の腕を広げた。
体内に眠る炎をすべての腕に伝わらせ、掌に火球が浮かび上がる。
二本の腕で抱え込むような仕草から、火の玉一つ生成させた。
腕は四本あるので、合計二つの火球となる。
号令でもするかのように腕を振り下ろすと、二つの火球が、襲いかかってきた。
速度はそれほど速くない。
だが、制御力に優れ、ジョニーの足下に着弾した。
弾道を見切って、あらかじめ飛び避けていたが、火球は、床を爆発させ、破壊した。
地面全体が揺れる。
仲間たちも、被害を被らなかったが、もう一つの火球がジョニーたちの足場を崩壊させている。
“山羊顔”が次々と火球を飛ばしてくる。
「奴め、俺たちを、ここから追い落とす気だな?」
敵の狙いが分かったとしても、セルトガイナーやシズカら飛び道具持ちが戦線離脱した今では、遠距離の反撃ができない。
なすすべなく、ジョニーたちは、火球を避けた。避けるたびに、ジョニーたちの生存領域が狭まってくる。
ジョニーは、回避行動が面倒になってきた。
いや、好き放題されて腹が立つ。
一つに狙いを定めて、鎖鉄球で火球を殴りつけた。鉄球で鉄球を打ち返したような重みがある。
弾かれた火球は、ジョニーの斜め後ろ方向に飛んでいった。離れた壁に当たって、爆発し、破片を散らす。
「この火球は跳ね返せるのか……。ならば!」
偶然とはいえ、ジョニーは閃いた。
“山羊顔”が、火球を放ってくる。
ボルテックスは両腕を広げて、フィクスとフリーダを守っている。
ジョニーは、ボルテックスの前に躍り出て、火球の一つに飛びつき、鎖鉄球で打ち返した。
打ち返した火球は、反転し、“骸骨兵士”の陣中に飛んでいく。
“骸骨兵士”たちは回避する行動に出るものの、味方同士で邪魔をして、爆発に逃げ遅れ、骨と埃の噴水を作り上げた。
“山羊顔”が呆気にとられた表情をした。
だが、冷静さを取り戻し、再度、火球を放ってくる。
ジョニーは火球の軌道に向かって、走り出した。
横っ飛びで間に合わせ、打ち返す。
一度に、一つしか打ち返せなかった。残りの一つは通り過ぎ去っていく。
様子を横目で見るしかない。
だが、背後から打球音が聞こえた。
後ろを振り返ると、サイクリークスが、“二節棍”で火球を、打ち返した。ジョニーに倣って、反撃に出たのだった。
ジョニーとサイクリークスが打ち返した火球が二つとも、“骸骨兵士”の戦列に爆撃を与えた。
「“サイクリークス、あの“山羊顔”を狙うぞ! ……“ 二人掛かり”だ!」
ジョニーは、“山羊顔”を指さして、サイクリークスに合図を送った。
“山羊顔”は、火球を作った。すぐには投げないで、空中に置いた。“山羊顔”の両肩に、火球が空中を回転している。
もう二つ、火球を作る。合計四つの火球ができてから、ジョニーたちめがけて放ってきた。
時間差を利用して、ジョニーはサイクリークスとともに打ち返した。
もちろん、ただ打ち返したのではない。四つともに“山羊顔”狙いである。
打ち返された火球は速度を増していく。
“山羊顔”は回避行動も防御行動も取らなかった。
炎を纏った掌で、四つとも火球をはじき返してきた。
火球の速度がさらに増して、返ってくる。
三つの火球がジョニーに向かってきたので、三つとも打ち返した。
残りの一球は、サイクリークスが打ち返してくれた。
四球ともに、“山羊顔”に向かって集中線を描く。ジョニーは自分やサイクリークスの制球力がうまくいって満足した。
挨拶返しのような火球に向かって、“山羊顔”は腰を落として、すべての火球を打ち返してきた。集中から分散になり、ジョニーは自分宛ての火球を打ち返して、ボルテックス宛ての火球を、打ち返した。
サイクリークスが左右に走って、残りの火球を打ち返している。
“山羊顔”は打ち返すだけではなかった。さらに二つの火球を用意していたのだ。
四つの火球が、六つに増えた。
“山羊顔”は早速、新作の火球を二つ投げ、四つの返事をする。
ジョニーとサイクリークスは橋の上を駆け回り、やり返した。
(被害が出ない場所に飛んでいる火球は無視しても良さそうだ)
と、ジョニーは思ったが、それでも打ち返したくなっていた。
“山羊顔”も無視をすれば良いのに、わざわざ“骸骨兵士”の隙間をぬって、火球に追いすがり、打ち返してくる。
合計六つの火球が、崩落した橋の上で、往復しているのである。
ジョニーは、わざと“山羊顔”ではなく、“骸骨兵士”を狙った。律儀というか、負けず嫌いの“山羊顔”を走らせて疲れさせる作戦だ。
サイクリークスは勘が良く、ジョニーの意図を一瞬にして見抜いた。
ジョニーの打球は、囮である。
走っている“山羊顔”の位置を先回りして、火球をぶつけたのである。
ジョニーの打ち返した一球が“骸骨兵士”に命中し、疲れた“山羊顔”の横顔にサイクリークスの火球が炸裂する。
怯んだ隙に、ジョニーたちが放った残弾が殺到した。
爆発音とともに、煙が舞い上がる。残った煙から、“山羊顔”が立ち上がった。
首を鳴らして、埃を払う。
炎の怪物なので、炎に耐性があるのだ。
2
“山羊顔”は、二本の腕を背中に折りたたみ、背中に翼を展開させた。
駆け上がるように、宙に浮かび、向かってきた。
ジョニーたちは飛び道具がない今、ただ黙って見上げていくしかない。
地面を鳴らし、橋に降り立った。
“山羊顔”は、一回り大きい。ボルテックスが見上げるほどだ。
背中から炎の鞭を取り出し、地面に叩きつけた。
橋の上に、炎が巻き起こる。
ジョニーは飛び直撃を回避したが、地面に着地すると、熱い。霊骸鎧の中でも、ジョニーは、足裏と脛焦がされる痛みを感じた。
サイクリークスが燃えている。
サイクリークス“蔦走り”という名前をしているだけあって、植物由来の霊骸鎧である。よく燃える。
ボルテックスが助けに行く。
ボルテックスはサイクリークスを両肩で担ぎ、燃える床の上に仁王立ちをした。
炎が消えると、サイクリークスは生身の姿に戻っていた。気を失っている。
“山羊顔”とは対照的に、炎が弱点である。敵として相性が悪すぎる。
フィクスとフリーダの姿は見えない。ジョニーたちが打ち合いをしている間に、プリムが二人を搬送していたのだ。
ダルテが、“山羊顔”の胸に、槍を突き立てた。
だが、槍は、燃えあがり、溶けてなくなった。
(通常武器が通用しない……!)
“山羊顔”がダルテを殴りつけるが、ダルテは四本の腕で身を守った。四本腕の対決である。それぞれの腕でつかみ合い、力比べをしているが、体格に劣るダルテが劣勢であった。
ゲインが地面に両手を叩きつけて“闇の衝撃波”を繰り出した。
ダルテにかかりきりになっていた“山羊顔”は、衝撃波を食らい、嫌な顔をした。
セレスティナがいれば、“溜め撃ち”も可能なのに、威力があっても、致命傷にはならない。
(奴は闇由来の攻撃に対しても、耐性があるのか)
と、ジョニーは理解した。
ボルテックスの“光輝の鎧”が、輝く霊力をまとって、“山羊顔”の顔面を殴りつけた。
数発殴ると、“山羊顔”は轟音とともに倒れた。
(ボルテックスの“光輝の鎧”のみが攻撃が効くのか。光属性だから……。戦闘中では、耐性と相性が重要なのだな)
ボルテックスは“山羊顔”の両足首を脇で抱え、その場に回転し出した。
“大車輪投げ”の体勢だ。
「そのまま落としてしまえ!」
ボルテックスが、橋の外に向かって、投げ飛ばす。
自分よりも大きな質量を投げ飛ばす。飛距離はそれほどではなくても、足場から落とせば問題ない。
だが、“山羊顔”は空中で止まった。黒い翼を羽ばたかせ、体勢を反転させ、もう一度、橋の上に舞い戻ってくる。
(落とすのは無理か……?)
ジョニーが苦々しく思っていると、プリムが、ジョニーの前に舞い降りた。
フィクスとフリーダの搬送を終わらせている。
ボルテックスは、ジョニーとプリムに気づき、手の動きで速く逃げろ、と指示をした。
ジョニーは、自分だけ逃げたくなかった。喧嘩で自分だけ逃げるとは、恥ずかしい。
だが、だからといって、自分が何かの助けになれるとは思えなかった。
鎖鉄球を持て余していた。自分の火力では決定打は出ない。
(せめてセルトガイナーがいてくれれば良かったのに)……。
サイクリークスが生身の姿になって動けない。ジョニーの“影の騎士”はサイクリークスの“蔦走り”ほど火力に耐性はあるが、ボルテックスの“光輝の鎧”ほどではない。
プリムは、煙を出して、変身を解いた。
「おい、リコ。がったいわざだ。あいつのまうえまで、はこんでやるから、らっかるーすいめんをうて!」
と、いつもの口調で命令をしてきた。胸を張っている。
「らっかるーすいめん? ……“落花流水剣”だと?」
霊骸鎧なので、言葉を発せられないが、ジョニーは驚いた。
“落花流水剣”は、木の上に隠れ、相手の背中に斬りつける、ジョニーの必殺技である。
地下迷宮には、身を隠す木がなく、今回の冒険では出番がなかった。
だが、空中は闇で、姿を隠すには十分だ。空を飛ぶプリムがいれば、高い位置を確保できる。いつでも可能である。「プリム、貴様は天才か?」
プリムが“螺旋機動”に変身した。生身のサイクリークスを軽々と背負う。
ジョニーとプリムは片手で握り合った。ジョニーは両足でプリムの腰を挟み込み、自由になった右腕で鎖鉄球を構えた。
上昇した瞬間、火球の狙い撃ちにされるか心配になったが、“山羊顔”は、炎の鞭を作り、ボルテックスを執拗に攻撃している。背中の翼をしまい忘れているほど、熱中し、ジョニーたちは気づかれなかった。
だが、ボルテックスが、ジョニーたちに気づいた。
手を振って「逃げろ、逃げろ」と仕草を見せる。
だが、プリムは、“山羊顔”の背後にくっついて、死角に逃げ込んでいる。“山羊顔”の行動を読み、先回りをしているのかようだ。
(なんて賢いんだ……)
舌っ足らずのしゃべり方で、プロペラがどうとかおかしな言動が目立つプリムであったが空中にいれば、巧みな仕事ぶりを見せるのであった。
ボルテックスは防戦一方だった。
“体力増強”を使い果たし、他に攻撃の手段がない。
(今だ……!)
ジョニーは、得意の位置になってから、プリムから手を離し、飛んだ。
回転しながら、武器を構え、急降下する。