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銅の扉

        1

 ジョニーとセレスティナの霊力が加わった黒い衝撃波は、獰猛な肉食動物のようだ。空気を食らう音を立てて、アイシャたちの車体に、襲いかかる。

 ゲインの放つ衝撃波は、霊力でできていて、目標に衝突した瞬間に、爆発する。

砲拳パワーランチャー”が、放った両腕ロケットパンチは、衝撃波に呑み込まれ、推進力を失った。竜巻に巻き込まれたかのように、上空に吹き飛ばされていった。

「無駄だ、俺たちが強い!」

 両腕を失った“砲拳”が身を投げ出して、アイシャの前に躍り出る。

 川の流れを裂くように、衝撃波からアイシャを守り続けた。

 腰の入った構えをする“砲拳”は、顎が力なく揺れ出した。いや、全身から力が抜けていく。

(効いている……! このまま押し切れ!)

 ジョニーは勝利を予感した。

 いくら頑丈な“砲拳”であっても、セレスティナとジョニーの霊力が加わっているのである。

“砲拳”に守られたアイシャは、凍りついていた。

 死は、いつも突然で、誰の予定に合わせてくれない。

 理不尽な死に、アイシャは理解が追いついていない。

 だが、アイシャの表情を見て、ジョニーは、我に返った。

(もう良いだろう。やりすぎだ。俺たちの目的は、殺人ではない)

 輝く星霜に囲まれた、暗闇の世界……セレスティナの“星幽界アストラルワールド”に切り替わった。

 セレスティナが振り向いた。聞き慣れぬ音楽でも聞こえたかのような表情だ。

 セレスティナだけでなく、ゲインも一緒になってジョニーの言葉を聴いている。現実世界では、ゲインは霊骸鎧に変身しているのに、“星幽界”では生身のままだった。

(セレスティナ。ゲイン。……このままだと“砲拳”もアイシャも死ぬ。……潮時だ)

 ジョニーが提案すると、ゲインは、突き出していた両手から力を抜いた。攻撃を止めたのだ。

(一度、発射した霊力は、止められません)

 セレスティナが、ゲインの背中から手を離し、真剣な眼差しを送ってくる。ジョニーはセレスティナの視線に、胸を矢で貫かれたような気持ちになった。矢は熱く、甘い痛みを発している。

 セレスティナは、ジョニーの指示を待っている。

(ならば、今の衝撃波を制御コントロールしろ。できるか? できるなら、上だ。上に逃がせ。下は駄目だ。線路を破壊してしまうからな)

と、ジョニーはセレスティナを見つめ返した。

 セレスティナが飛来物を避けるかのように目を逸らした。

 ジョニーは目を逸らしながらも、嬉しくなってきた。最近、セレスティナと会話が増えている。以前は、影を追いかけるだけでも必死だったのに、見つめうほどの関係になった。

 ジョニーは、天井に向かって手を伸ばした。黒い衝撃波が、上昇する様子を想像した。想像の世界“星幽界”で空想するとは、妙な状況ではあるが。

 セレスティナもゲインも、ジョニーの思考に合わせるように、手を天に向かってかざした。

 現実の世界に引き戻される。

 黒い衝撃波が、天空に登る柱となっていた。

 煙を残して消えていく。

 車体は、煙にまみれて、悲鳴のような鉄のうなりりとともに、線路の上を減速していく。車輪は火花を散らす。真っ二つに引き裂かれて、ようやく止まった。

 残骸から、アイシャたちが避難する。

 最後に、黒い煙の中から、大きな背中が見えた。

“砲拳”の変身が解けたゼルエムであった。

 身につけていた甲冑が燃え尽き、素肌の背中は火膨れを起こしていた。両腕でアイシャを、かばっていた。

 アイシャは、涙を浮かべて、セルエムに向かって、叫んでいる。

 ジョニーたちの車体が進み、アイシャたちの姿が小さくなっていく。かすかに、ゼルエムが動きを見せた。

 ゼルエムは、まだ生きている!

「ゼルエムめ。しぶとい奴だな。焼き殺しても死なない、とはな」

 被害を最小限に食い止められて、ジョニーは、微笑んだ。

 ジョニーたちを乗せた車体が、速度を落としていく。

 見覚えのある場所に戻ってきた。車体は、最初の発車地点……終着駅ゴールでもある……に収まった。

“空中回転軌道”のコースを一周したのだった。

「……やはり、先頭の独走だったな」

 ジョニーたちは、車体から降りる。

 ジョニーが身体を伸ばしていると、“蔦走り(アイビィランナー)”サイクリークスが、上空から降りてきた。

 蔦に絡まって、脇には、生身のゲンロクサイを抱えている。

 サイクリークスは蔦から離れて、ゲンロクサイを床に下ろす。派手な衣装に身を包んだゲンロクサイが転がる。ゲンロクサイは、目を閉じて、気を失っていた。

「こいつ、呑気な奴だな。死にかけて眠っていやがる」

 ジョニーは安心した。味方、敵ともに、誰も死んでいない。

 一体の人工生命体が、階段を上ってきた。顔が大きく、黒いマウスの姿をしている。 手には盆を携えていた。

 恭しく頭を下げ、大げさな手振りで、盆をジョニーに差し出した。

 盆には、蓋がある。

 ジョニーが、蓋を開けると、少しだけ光った。

 中身は、細工が施された金製の鍵で、小さな宝石がちりばめられている。

「貴様ら人工生命体が作ったのか? ご苦労な話だな」

 ジョニーは金の鍵をつまみ上げ、高々と掲げる。

 鍵は光を放った。

「これで二つの鍵がそろった。四つの扉のうち、三つを選べるぞ」

 意気揚々と階段を降りる。

 だが、足下が覚束ない。目が回る。ジョニーは階段の手すりにもたれ掛かった。

(なんだ、この感覚は……?)

 ジョニーは、鋼鉄の怪物であるかのように、空中回転軌道ジェットコースターを見上げた。

 鉄の柱に敷かれた、空中を走る線路が、無機質で不気味な威圧感を見せている。鉄の骨は突風を受けて、自らの身体を鳴らしている。

 ジョニーにとっては、体調不良の原因である。

 ジョニーの不調を尻目に、前を歩いているゲインとサイクリークスが談笑をしている。

「しかし……。楽しかったな。“空中回転軌道ジェットコースター”……」

と、ゲインが、サイクリークスの脇腹を肘で突っついた。サイクリークスは、いつの間にか変身を解いている。

速度スピードが出ていて、楽しかったですね。最後は全然乗れなかったので、もう一度乗りたいな」

と、サイクリークスが、“空中回転軌道”を見上げた。

 ゲインは豪快な笑いをして、サイクリークスの肩を叩いた。続くセレスティナも、二人の輪に入って、機嫌良さげに背中を揺らしている。

「こいつら、“空中回転軌道”が楽しかっただと……?」

 ジョニーは肩を落とした。

 自分だけが楽しめていないのである。劣等感が生まれてきた。

「俺は空中回転軌道ジェットコースターなど、金輪際、乗ってやらないぞ」

と、決意したのであった。悔しい気持ちでいっぱいだ。

        2

「何ィ? 俺たちは石にされていたのか?」

と、ボルテックスが驚きの声を上げた。

「石にされたにしては、よく寝たぁ……気がする」

 覆面越しで大欠伸おおあくびをしている。

 他の仲間たちも、石化から生身の姿に戻っている。

 片腕を失ったクルト、片眼を失ったフィクスは、歩き方に生気がないが、ダルテもプリムも比較的軽傷組は、元気に歩いている。

 全体的に、仲間たちは元気を取り戻していた。

「石化している間は、休めたようだな……」

「リコ、俺たちが石にされている間に、鍵を二つ取ってくれたんだな。俺は嬉しいぞ」

 ボルテックスが巨体を小躍りさせて、ジョニーの手を握る。巨大な両手は、岩石のようだった。

 ボルテックスら仲間たちとともに、扉の前に集まった。

 左から金、銀、銅、塗装されていた。だが、最後の扉は色が塗られておらず、錆とカビで黒かった。扉の色は、難易度を示している。金がもっとも安全だと聞いている。

 銀の扉には、鍵穴が二つある。

 ジョニーは、手にした鍵を二つ、空中に放り投げては掴み、もてあそんだ。

「……銅の扉に向かいます」

 セレスティナの態度と声は、威厳に満ちていた。予想外の回答に、仲間たちから感嘆の息が漏れる。

「待て待て!」

と、アイシャが割り込んできた。

「シグレナスの同志諸君。それは、規則ルール違反だ。僕たちは、大いに抗議をする」

「俺たちが、どのような違反をしたのだ? むしろ、貴様らがやっていたような気がするぞ?」

 ジョニーは、あえて冷たい口調で返事をした。

 銀の扉を開けるには、二つの鍵が必要だ。一つの鍵で開く銅の扉をジョニーたちが進んでしまえば、鍵を一つしか持っていないアイシャたちヴェルザンディは、黒の扉を進むしかない。

(これも喧嘩だ。セレスティナなりの、やり方なのだ)

 ジョニーはセレスティナの考えを気に入った。

 だが、アイシャは、ジョニーの思惑が乗った冷淡さに反応しなかった。聞こえても聞こえないふりをしている。

「シグレナスの同志諸君。まず諸君らが銀の扉を進み、我々が銅の扉を進むべきだ。それが祖国と理念のためだ。同志である我々に対する、気遣いと思わないか?」

 アイシャが食い下がる。

 都合が悪くなると、仲間のふりをする。ジョニーは、苛立った。何か皮肉の一つを食らわしてやろうか、と思った。

「いいえ、それは認められません。私たちは、銅の扉に向かうべき理由があるのです」

 セレスティナが、背筋を伸ばして応えた。声に張りがある。

 ジョニーは、セレスティナの横顔を見た。凜としている。これまで、アイシャの言動に怯えていたセレスティナの姿はない。

「だったら、鍵の一個が無駄であろう? ……諸君らの鍵を一つ寄越したまえ。我々が銀の扉に進む」

 滝の激しい水流のように、アイシャはまくし立てた。細い眉をひそめるほど、必死な表情である。アイシャは黒の扉を恐れすぎている、とジョニーは思った。

 だが、セレスティナは目を伏せて、毅然とした態度を崩さなかった。

 アイシャが激しい滝だとしたら、セレスティナは滝に立ち向かう魚だ。

(どうして、この魚は、これほどまでに美しいのか?)

 ジョニーはセレスティナの睫毛が長い、と思った。

「いいえ、譲れません。この鍵は、私の仲間……仲間たちとともに、命を賭けて手に入れました。この鍵は、仲間の命そのものです。私は命に代えても、貴女たちにお渡しできません」

 セレスティナが、反論した。

(いいぞ、やれ!)

と、ジョニーは心の中で手を叩いた。セレスティナを応援した。

 アイシャが慌てふためいた。王家の人間であるアイシャが、奴隷のセレスティナに気圧けおされているのである。

 アイシャの表情 鍵は光を放った。

「これで二つの鍵がそろった。四つの扉のうち、三つを選べるぞ」

 意気揚々と階段を降りる。

 だが、足下が覚束ない。目が回る。ジョニーは階段の手すりにもたれ掛かった。

(なんだ、この感覚は……?)

 ジョニーは、鋼鉄の怪物であるかのように、空中回転軌道ジェットコースターを見上げた。

 鉄の柱に敷かれた、空中を走る線路が、無機質で不気味な威圧感を見せている。鉄の骨は突風を受けて、自らの身体を鳴らしている。

 ジョニーにとっては、体調不良の原因である。

 ジョニーの不調を尻目に、前を歩いているゲインとサイクリークスが談笑をしている。

「しかし……。楽しかったな。“空中回転軌道ジェットコースター”……」

と、ゲインが、サイクリークスの脇腹を肘で突っついた。サイクリークスは、いつの間にか変身を解いている。

速度スピードが出ていて、楽しかったですね。最後は全然乗れなかったので、もう一度乗りたいな」

と、サイクリークスが、“空中回転軌道”を見上げた。

 ゲインは豪快な笑いをして、サイクリークスの肩を叩いた。続くセレスティナも、二人の輪に入って、機嫌良さげに背中を揺らしている。

「こいつら、“空中回転軌道”が楽しかっただと……?」

 ジョニーは肩を落とした。

 自分だけが楽しめていないのである。劣等感が生まれてきた。

「俺は空中回転軌道ジェットコースターなど、金輪際、乗ってやらないぞ」

と、決意したのであった。悔しい気持ちでいっぱいだ。

        2

「何ィ? 俺たちは石にされていたのか?」

と、ボルテックスが驚きの声を上げた。

「石にされたにしては、よく寝たぁ……気がする」

 覆面越しで大欠伸おおあくびをしている。

 他の仲間たちも、石化から生身の姿に戻っている。

 片腕を失ったクルト、片眼を失ったフィクスは、歩き方に生気がないが、ダルテもプリムも比較的軽傷組は、元気に歩いている。

 全体的に、仲間たちは元気を取り戻していた。

「石化している間は、休めたようだな……」

「リコ、俺たちが石にされている間に、鍵を二つ取ってくれたんだな。俺は嬉しいぞ」

 ボルテックスが巨体を小躍りさせて、ジョニーの手を握る。巨大な両手は、岩石のようだった。

 ボルテックスら仲間たちとともに、扉の前に集まった。

 左から金、銀、銅、塗装されていた。だが、最後の扉は色が塗られておらず、錆とカビで黒かった。扉の色は、難易度を示している。金がもっとも安全だと聞いている。

 銀の扉には、鍵穴が二つある。

 ジョニーは、手にした鍵を二つ、空中に放り投げては掴み、もてあそんだ。

「……銅の扉に向かいます」

 セレスティナの態度と声は、威厳に満ちていた。予想外の回答に、仲間たちから感嘆の息が漏れる。

「待て待て!」

と、アイシャが割り込んできた。

「シグレナスの同志諸君。それは、規則ルール違反だ。僕たちは、大いに抗議をする」

「俺たちが、どのような違反をしたのだ? むしろ、貴様らがやっていたような気がするぞ?」

 ジョニーは、あえて冷たい口調で返事をした。

 銀の扉を開けるには、二つの鍵が必要だ。一つの鍵で開く銅の扉をジョニーたちが進んでしまえば、鍵を一つしか持っていないアイシャたちヴェルザンディは、黒の扉を進むしかない。

(これも喧嘩だ。セレスティナなりの、やり方なのだ)

 ジョニーはセレスティナの考えを気に入った。

 だが、アイシャは、ジョニーの思惑が乗った冷淡さに反応しなかった。聞こえても聞こえないふりをしている。

「シグレナスの同志諸君。まず諸君らが銀の扉を進み、我々が銅の扉を進むべきだ。それが祖国と理念のためだ。同志である我々に対する、気遣いと思わないか?」

 アイシャが食い下がる。

 都合が悪くなると、仲間のふりをする。ジョニーは、苛立った。何か皮肉の一つを食らわしてやろうか、と思った。

「いいえ、それは認められません。私たちは、銅の扉に向かうべき理由があるのです」

 セレスティナが、背筋を伸ばして応えた。声に張りがある。

 ジョニーは、セレスティナの横顔を見た。凜としている。これまで、アイシャの言動に怯えていたセレスティナの姿はない。

「だったら、鍵の一個が無駄であろう? ……諸君らの鍵を一つ寄越したまえ。我々が銀の扉に進む」

 滝の激しい水流のように、アイシャはまくし立てた。細い眉をひそめるほど、必死な表情である。アイシャは黒の扉を恐れすぎている、とジョニーは思った。

 だが、セレスティナは目を伏せて、毅然とした態度を崩さなかった。

 アイシャが激しい滝だとしたら、セレスティナは滝に立ち向かう魚だ。

(どうして、この魚は、これほどまでに美しいのか?)

 ジョニーはセレスティナの睫毛が長い、と思った。

「いいえ、譲れません。この鍵は、私の仲間……仲間たちとともに、命を賭けて手に入れました。この鍵は、仲間の命そのものです。私は命に代えても、貴女たちにお渡しできません」

 セレスティナが、反論した。

(いいぞ、やれ!)

と、ジョニーは心の中で手を叩いた。セレスティナを応援した。

 アイシャが慌てふためいた。王家の人間であるアイシャが、奴隷のセレスティナに気圧けおされているのである。

 アイシャの表情が、最初はくすぶっていたが、一瞬にして烈火のように燃え上がった。

 自分以外の存在が、命令に従わない。それだけでも、王女としての誇りが踏みにじられた、と考えているのである。

「ゴルゴッザ、この不敬者を石に変えてしまえ!」

 アイシャはセレスティナを指さした。怒り狂うドラゴンのように真っ赤な顔で、地団駄を踏んでいる。

 呼応するように、老婆ゴルゴッザは、大蛇の霊骸鎧“蛇髪メデューサ”に変身した。 両のまなこを赤く光らせ、石化光線を発射する。

 ジョニーは、自分のてのひらを、セレスティナの眼前にかざした。

 ジョニーの掌は、赤い光線……“蛇髪”の石化光線を屈折させた。

 石化光線は、セレスティナの胴を避け、地を走り、あらぬ方向に向かっている。ジョニーは掌の位置を調整して、石化光線を“蛇髪”の両眼に突き刺さした。

“蛇髪”が両腕で自分の顔をかばったが、遅かった。

「ゴルゴッザ!」

 アイシャが悲鳴を上げた。

“蛇髪”が、足下から石化していく。霊骸鎧の装甲であっても、石化からは免れられないのだ。

 “蛇髪”ゴルゴッザは、石になった自身の下半身に、長い爪を食い込ませている。もがき苦しんでも、もう遅い。なにもかもが、無駄な抵抗であった。

「どうして……!? 何をしたのですか?」

 セレスティナが、目を見開き、口を押さえている。驚いた顔も可愛いな、とジョニーは内心、微笑んだ。

 ジョニーは、自分の掌をセレスティナに見せた。セレスティナが、眉間に軽くしわを寄せて覗き込む。覗き込む顔も可愛い、とジョニーは思った。

「偶然にも、俺の懐に手鏡が入っていた。……それだけの話だ」

 ジョニーの掌には、パルファンから借りていた、化粧用の手鏡があった。

 赤い髪のセルトガイナーが、黒い扉まで脚を伸ばした。

 わざとらしい動きで、ドアノブに手を掛ける。

「ほらほら、時間がないっすよ。早く石像を抱えて、黒い扉を通りなさいな。あれ、石化して、腕も動かないのかな? ……だったら、俺が開けてやりますよ」

 セルトガイナーが黒の扉を指でつまんで開いた。この男、相手の立場が弱くなると、容赦がなくなる。

 黒い扉から、風が吹き付けてくる。下水のような臭いが伴った。

「臭ぇ。豚小屋見てえだ」

 セルトガイナーが鼻をつまむと、仲間たちが笑った。

 ヴェルザンディの者たちが、怒りで肩を震わせている。とくに身体の大きい“悪鬼大王ゴブリンキング”ベラヒアム・デビアスは、歯を剥いて怒りを露わにしていた。

 ジョニーは溜飲を下げた。たまには、悔しい思いをさせるのも、薬だ。

「さあ、行きましょう。私たちには、時間がありません」

 セレスティナが威厳を込めて、歩を進めた。ボルテックスが胴の扉を押し開けた。扉に踏み込む瞬間、セレスティナは自分の口を隠して、ジョニーに微笑みを見せた。

 ジョニーは足を止めた。

 セレスティナが笑ってくれた。

 なんて太陽のように笑うのだろう……。

 セレスティナという太陽の下、ひなたぼっこをしているような暖かさに、ジョニーは包まれた。

 これまで生きてきて、幸せな気持ちになれた経験は初めてかもしれない。

「どうした、後ろがつっかえているぞ?」

 後ろでゲインに脚を蹴られた。

 ジョニーは咳払いをして、誤魔化した。

「貴様のおかげで、俺たちが生き残れた。黒い衝撃波は、強力だったな。貴様が仲間で頼もしい」

と、ジョニーは、ゲインの功労をねぎらう。自分の気持ちを、誰にも悟られたくない。 ゲインが、やぶにらみの目でにらみ返してきた。

「俺の能力を、黒い衝撃波と呼ぶな。“闇の衝撃波(ダークウェイブ)”と呼べ」

 片方の眉毛をつり上げる。怒っているが、口元が緩んでいる。怒りながら喜ぶ、器用な奴である。

 褒めたのに、反対に怒られた。呼び方とかどうでも良いような話題である。

 黒い衝撃波と、“闇の衝撃波”……同じですよね、とジョニーは思った。

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