表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/170

共闘

        1

 目を閉じても、砂嵐は消えなかった。

 不愉快な雑音が、耳にまとわりつき、外部からの音を遮断した。

 ただならぬ状況に対して、ジョニー本人は冷静である。

 魔王は、“星幽界アストラルワールド”の存在を知っていた。

(立体映像は、兵士たちに、“星幽界”を紹介するために作ったのだ。“星幽界”に対する理解が深まれば、霊骸鎧に変身したり、霊力を操作したりできる)

 思考を巡らせる。

(“星幽界”に行く方法は、瞑想である。瞑想とは、肉体と魂を分離させれば良い。……俺の身体が動かない理由は、魂が、肉体から離れて、迷子になっているからだ。この状態を“金縛り”、と呼ぼう)

 ジョニーは今、自分たちの世界と、“星幽界”の隙間にいる。肉体が魂と中途半端につながっているので、意識があっても、自由に動けない。

(ならば、こちらで霊力操作をして、魂を“星幽界”か肉体に戻せばよい。そうすれば、今の金縛りは解除される)

 ジョニーは流れるように対策を思いついた。自分でも驚くほどの理解力だ。

(“星幽界”に行く、反対の方法をすればよいのか? ちがう。基本に戻れ……!)

 ジョニーは目を閉じた。おへその奥側に光……霊力を合わせる。

 ジョニーの眉間に光が宿った。

 眉間の光は、上下左右に拡散された。砂嵐の世界を切り裂き、雑音を包み隠していく。世界は光で満たされた。

 光は、熱を帯び、ジョニーの全身から暖かさが放出された。

 温度が下がっていく。涼しげな風が吹いている。

 ジョニーが目を開くと、いつもの通り、赤と青の組み合わさった眼鏡の不可思議な視界に戻った。

(元の世界に戻れたぞ!)

 黒い垂れ幕から、立体映像がジョニーの目元に飛んできた。

 立体映像は、とりとめのない内容で、見知らぬ女の顔が出てきたかと思えば、見知らぬ草原に、花びらが舞い散っている。

 めぐるめましく情景が変化している。出てくる映像に一貫性がない。

「まともに相手にしていたら、頭がおかしくなる。……情報化社会の弊害だな」

 ジョニーは、眼鏡を外して、投げ捨てた。

 セレスティナの苦しげな声が聞こえた。ジョニーの隣で、セレスティナが眠っている。

「セレスティナ! どういう状況だ? 何が起きている? 眼鏡が原因なのか?」

 周辺を見回した。振り返ると、隣のアイシャも苦しんでいる。アイシャが苦しむ様子は珍しい。

「かーちゃん……勘弁してくれ。俺が悪かった」

 ゲインの懇願する声が聞こえた。寝言のようにも聞こえる。

「お袋……。すまん。子どもを、孫を見せてやれなかった。お袋が生きているうちに、見せてやりたかった」

 次は、サイクリークスの声だった。

 声が悲しみに震えている。ジョニーよりも年上で、落ち着いた大人の雰囲気が、サイクリークスにはある。子どもっぽい従兄弟のセルトガイナーとは、対照的だ。

 サイクリークスは、普段、前髪で両眼が隠れていて、表情が読みづらい。

 そんなサイクリークスが母親との記憶で悲しんでいる状況は、ジョニーにとって新鮮だった。

「こいつら、母親の夢を見ているか……? 同時に同じ夢を見るなんて、ありえないぞ。それとも、魔王の仕掛が原因なのか?」

 味方は、セレスティナ、ゲイン、サイクリークス、と、行動不能になっている。ジョニーを残して、全滅しているのである。

 ジョニーは、アイシャたちヴェルザンディ側の人間も観察した。

 グルステルスは力なく、背もたれに崩れていた。ゲンロクサイは親指を噛んで泣きべそをかいている。

 アイシャから、悲しい音色の寝言が聞こえる。

「母上、母上……」

 ジョニーの眼前に、少女の立体映像が、現れた。小さい頃のアイシャであった。

 この立体映像も、魔王の仕掛なのだろうか? だが、ジョニーは自分自身の力だと分かった。根拠はないが、直感で分かった。

「ひょっとして魔王が仕掛けたせいで、俺の中で、なんらかの変化が生じているのか……?」

 魔王の仕掛から、ジョニーは霊的な影響を受けている。理屈が分からないが、ジョニーには分かった。

 アイシャは、柱に囲まれた、立派な庭が見える廊下で泣いていた。背の高い女……アイシャの母親は、アイシャを汚物であるかのように睨みつけている。

「母上は、僕を見捨てた。僕は、殺される……。兄上や姉上から……」

と、小さい頃のアイシャが泣いている。両腕で涙を拭いて、泣きじゃくっている。

「母上は、お母さんは、僕を助けてくれない。誰も助けてくれないんだ……! だから、僕は強くなくてはいけない。どこの誰よりも強くならなくては」

 子どもの頃のアイシャは消えていた。今のアイシャが、子どもの口調で悲痛な叫びをあげている。

 アイシャは、小さい頃から兄弟同士で命の取り合いをしていた。

 弱みを見せてはいけない。相手の弱みをつけ込んでくる性格は、後天的に身につけたのである。

(今、俺達に見せているアイシャは、本来のアイシャではないのかもしれん)

 ジョニーは、アイシャの心に触れたような気がする。今は、アイシャと命の奪い合いをしているが、状況が変われば、分かり合える関係になれる気がしてきた。

 ジョニーは、アイシャから眼鏡を剥ぎ取った。今、何が起きているか状況を見極める必要がある。

 アイシャは眠ったまま、苦しんでいる。目を閉じたまま、悪夢を見ているかのようだ。セレスティナたちと同じだ。

「眼鏡の影響で、皆が、催眠状態に陥っている。眼鏡を外しても、この催眠状態からは抜け出せないのだな」

 戦う前に、ヴェルザンディが総崩れをしている。図らずも勝利してしまった。

 だが、味方も崩壊してる。……とくにセレスティナも苦しんでいるので、勝利とは誇れない。

 セレスティナの小さな口が震えだし、声を絞り出す。

「お母さん……」

 セレスティナの眼鏡を取り上げる。

 セレスティナは眉間に、険しいしわをつくり、苦悶の表情を見せている。クリーム色の金髪が、汗で白い額にまとわりついている。色っぽいな、とジョニーは得をしたような気分になった。

 だが、熱病に苦しんでいるようなセレスティナを見ていると、ジョニーにも苦痛が伝わってくるような気になった。

 視界が切り替わった。

 映像は、荒涼とした砂漠だった。燦々とした太陽が砂漠を照りつけているが、熱さなどなく、むしろ冷え冷えとして、肌寒い。

(セレスティナも、アイシャと同様に、魔王の仕掛に心を浸食されているのだな)

 ジョニーにとって、意外だった。

 セレスティナは、霊力操作ができる。セレスティナの“星幽界”は星々に囲まれていて、むしろ、ジョニーよりも、高性能である。セレスティナであれば、ジョニーよりも先に、魔王の罠から脱出できる、と思っていた。

 凍りつく砂漠の中で、セレスティナは、その場にしゃがみ込み、震えていた。

(セレスティナ、助けるぞ……!)

 ジョニーは、自身の腹から燃え上がる炎を想像した。

 ジョニーはゆっくりと指を伸ばし、セレスティナの額を撫でた。自分の意志ではない。まるで、自分以外の存在に操られているかのようだった。

 ジョニーは燃える赤い炎を全身に宿し、指先を通してセレスティナの額に、熱量を送り込んだ。

 セレスティナの額に、うっすらと、汗がにじみ出る。

 ジョニーは、セレスティナの汗を指でぬぐった。

 拭い去った瞬間に、芳しい匂いが、ジョニーの周りを覆った。

 セレスティナの肌は、高級な陶器のように、滑らかである。セレスティナは寝返りを打って、ジョニーの指から逃れた。

 指に電流でも走ったかのように、ジョニーは手を引っ込めた。

(俺は何をしている?)

 電気のせいで、手が震える。

 電気は、指先から腕を通り、胸に到達して、心臓を激しく打たせている。指から甘い薫りが漂ってきた。

 電流はジョニーの肩や背中に広がり、血管を脈打たせた。

(もうやらない。セレスティナ本人の気持ちを無視した、してはいけない行為だ)

 ジョニーが反省していると、背中に悪寒が走った。

 ジョニーの背後に、黒い影が走り去る。

(これも立体映像か……?) 

 いつの間にか、黒い影が、ジョニーの前に立っていた。

 少年の影であった。自分の腰よりも、背が低い。

 少年の顔は見えないが、ジョニーを見ている。ジョニーは少年の影を見下ろした。

(魔王の立体映像……とは、無関係だな)

 手で触れると、影が、揺れた。形を失い、波打つ感じがする。

「触らないで!」

 悲しい声が聞こえた。影からではなく、セレスティナからだった、当のセレスティナは目を閉じて眠っている。

「その子に触れないで!」

 ジョニーは棘にでも刺さったかのように、手を離した。少年の影が、元の形……人間の輪郭を取り戻した。

「放っておいて」

 セレスティナの声は、幼くなった。影の前に、両手を広げた少女の影が現れた。

 クリーム色のかかった金髪をした、見覚えのある少女……セレスティナである。

        2

 どこからともなく、叫び声が聞こえる。

 叫び声で、ジョニーは目を覚ました。

 声は、頭上から鳴り響いている。頭上は、もやに覆われている。

 もやの中から、叫び声がとぎれながら続いている。

 声を聞いていると、人間の叫び声ではなかった。金属と金属が擦れ合う、機械の音であった。

 だが、音が、近づいてくる。

 上から、危険が迫っている。まるで、夢でもみているかのように、ジョニーはもやを見上げた。

 ジョニーは、我に返り、頭を振った。

 張り詰めたようなこの空気は、戦いの前触れだ。決して、遊びではない。

 夢の世界に浸る時間が長くて、現実の問題に対して、身体が鈍くなった気がする。素早く印を結び、“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

 もやの中から、鉄柱が縦に振り下ろされてきた。

 避けられない!

 だが、自分だけ逃げては、セレスティナを助けられない。

 ジョニーは全身をひねって、鎖鉄球モーニングスターで鉄骨を打ち返した。

 重量がある。鉄柱の先端が、火花を散らして、空中に舞う。

 轟音とともに、座席の背後に突き刺さる。

 鉄の塊が、もやから現れた。鉄の塊は、鉄骨や蝶番、配線といった、部品の組み合わせであった。

 もやが晴れるたびに、人間に似た姿を見せてきた。

 ジョニーが先ほど打ち払った鉄骨は、人工生命体の人差し指であった。

 顔は、人間の女を思わせる形状になっている。

 雌型の人工生命体ガーゴイル……。

 両眼から、雌型の人工生命体は、赤い光を細く放出した。 

 ジョニーには敵意を感じた。自分は攻撃の対象になったのだ。

 サイクリークスが、急に席を立った。

「母さん……。これが俺たちの子どもだ。元気に生まれたよ……」

 サイクリークスが、空気……架空の赤ん坊を抱えている。

 夢遊病者のように、ふらつく足取りで、雌型の人口生命体に引き寄せられていく。

 サイクリークスの隠れた両眼から、細い涙が流れた。

「雌型の人工生命体が、母親に化けているのだな……。“母型マザータイプ”と呼ぼう」

と、ジョニーは勝手に名付けた。

 サイクリークスは“母型”から、放たれている赤い光に誘導されている。

“母型”は鋼鉄の腕を、鉄骨と滑車が軋む音を立てて、振り上げた。サイクリークスを叩き潰すつもりだ。

「騙されるな! サイクリークス! そいつは、貴様の母親ではない!」

 ジョニーは席を蹴って、サイクリークスに向かって飛びついた。

“母型”の腕は空を切り、床を破壊し、タイルを巻き上げた。

 ジョニーは、動かなくなったサイクリークスを抱きかかえたまま、“母型”を観察した。“母型”は上半身だけしかない。胸から下は、頭上の鉄骨から、吊り下げられていた。鉄骨は、複雑に組み合わされいる。“母型”の胴体には、滑車が取り付けられていて、鉄骨の上であれば、自由に動ける。

「“母型”の稼働範囲は限られているが、奴の腕は、セレスティナたちに届くだろう。セレスティナたちを、安全な場所まで引き離すには、俺一人では難しい。誰か奴を陽動してくれる仲間が欲しい」

 向こうにいる、ボルテックスたちの手助けは期待できない。試練の決まりでは、手助けができないのである。

 ジョニーは周囲を見渡した。

 まるで、ジョニーの願いに呼応するかのように、人影が現れた。

 身につけた甲冑には、身体の逞しさを隠せない。座席の上に立ち、腕を組み、うつむき加減の視線をしている。

 馬のたてがみを思わせる髪型、モヒカンのゼルエムだった。死人に似た、虚空の視線をジョニーに送っている。

 ゼルエムは微笑んだ。

「やあ、帝国の黒い貝殻頭シェルヘッド。こいつの催眠光線が効かないとは、どうやら俺ときみは、仲間らしい」

(仲間……? ゼルエムは、ヴェルザンディの人間じゃないな)

 ヴェルザンディの人間は、シグレナスと同じ共通語を喋るが、独特の響きがある。乾燥した喉から出てくる、ざらついた声質である。砂漠や乾燥した地域に住んでいるからだとジョニーは思うが、ゼルエムには、ヴェルザンディ特有の訛りがない。

(こいつも、俺と同じ、“星幽界アストラルワールド”に入門していたのか……?)

 ゼルエムは印を組んだ。

「出でよ、“砲拳パワーランチャー”!」

 ゼルエムは自身の霊骸鎧を呼び出した。

“砲拳”は、ゼルエム本人に似た、逞しい体つきの霊骸鎧であった。兜の面には、細い単眼が刻まれ、兜の頭上には、モヒカンに似た突起物がある。変身者ゼルエムをそのまま再現したかのような形状をしていた。

 両腕を広げて、セレスティナたちを、守る動きを見せた。

“母型”が、細長い金属の腕を振り上げて、“砲拳”ゼルエムに向かって殴りつける。

 ゼルエムは、逃げなかった。“母型”の顔面に向かって、自分の両腕を突き出した。

“母型”の顔面に、爆発が起きた。

“母型”が顔面を震わせた。顔面に刺激物でも喰らったかのように顔を揺り動かしている。

 ゼルエムの攻撃に、怯んでいるのだ。

「何をしたのか分からんが、頼もしいぞ、ゼルエム。たとえ貴様がヴェルザンディでも、協力してくれれば、助かる……!」

 ジョニーは走って、席に戻った。

 セレスティナは、まだ眠っている。ジョニーはセレスティナの背中に手を回し、片腕で担ぎ上げた。

 振り返ると、ゼルエムが“母型”と殴り合っている。腕の長さは圧倒的に“母型”が勝っているが、ゼルエムが、“母型”の両腕を殴りつけて、ジョニーたちをかばってくれている。

 セレスティナを抱える一方、アイシャを背負った。アイシャなんか助けたくもないが、ゼルエムが“母型”とやりあって時間を稼いでくれているのである。無視をするわけにはいかない。

 何者かに腕を掴まれた。

 野蛮人風の男、ゲインだった。口から泡を噴き、やぶにらみの両眼が真っ赤になっていた。酒を飲み過ぎたかのような症状を起こしている。

「ゲイン、意識を取り戻したか?」

 ジョニーはゲインを立たせた。ジョニーはアイシャとセレスティナを抱えて走った。

 他の人工生命体は、攻撃をしてこなかった。兎の顔をした人工生命体は、両手で自分の顔を隠して、様子を窺っている。自分たちを襲ってくる気配はない。

 ゲインが、もつれる脚でジョニーに従いてきた。

 セレスティナを極力“母型”から離れた場所……馬の模型が、たくさん入った小屋に寝かせた。

 セレスティナは、どこにも傷を負っていない。

 アイシャも肩から降ろす。二人とも眠っている様子を見ていると、とても平和に見えた。セレスティナは皇帝の愛人であり、アイシャは大国の王女である。二人の少女が眠っている様子は、なかなか壮観だ、とジョニーは思った。

 安心したジョニーは、ゲインに向き直った。

「ゲイン、戦えそうか?」

 口が塞がっている状態で質問をしたが、ゲインは、口から荒い息を吹いている。無意味な質問であった。

 意識が朦朧もうろうとしているゲインを、戦力として数えられない。

 ジョニーはゲインを無視して、もう一度、ゲンロクサイとグルステルスを担ぎに戻っていた。

“母型”は、ゼルエムを横から殴った。

 ゼルエムが両腕で自分の顔を守り、防戦一方となっている。

 ゼルエムのおかげで、ジョニーはヴェルザンディを含め、仲間たちを安全な場所に避難させた。

 サイクリークスも手を引いたら、従いてきた。意識は取り戻しているが、意識が混濁こんだくした、目覚めているかあともう少し眠っていたいような感じである。寝ぼけている感じだ。

“砲拳”ゼルエムは、“母型”を殴りつけ、怯ませる。両脚を引きずるような動きで、歩みはのろいが、“母型”と殴り合うほど頑丈であった。

(……頼もしい! ヴェルザンディにしては、良い奴だ。ゼルエム。今、助けるぞ!)

 ジョニーに向かって、“母型”が殴りつけてくる。ジョニーは最小限の動きで回避し、手の甲を鎖鉄球で殴りつけた。

“母型”が殴られた手を振って、もがいた。

「攻撃が効いている。見た目に反して、もろいな。催眠光線さえ気をつければ、大した相手ではない」

 機械に痛覚があるのかジョニーは別の意味で驚いたが、冷静に分析をした。

 他の人工生命体は、ボルテックスに貫かれていた。

 この“母型”も、他の人工生命体と、強度はそれほど変わらない。

 ジョニーは、近くに鉄柱がある、と気づいた。

 鉄柱には輪っかがあり、“母型”の肘に、フックがあった。

「これだ……!」

 ジョニーは地面を蹴って、“母型”の顔面よりも高く飛んだ。

「弱点……!」

 滞空中に、ジョニーは観察をした。

 頭部。頭部を飛ばせば、死ぬはず。両腕が長いので、なかなか武器が届かない距離にある

ジョニーは“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力を開放した。

“母型”の背後に着地した。ただ回っただけではない。“母型”の上半身そのものの影に隠れた。

 だが、“母型”の頭部が回転した。

 背中越しに、ジョニーを睨みつけた。

(人工生命体には、俺の能力が通用しない……!)

 痛覚があるのに、能力が効かない理由がよく分からない。ジョニーは“母型”の背中を蹴って、肩に飛び移った。肘まで走って、フックに鎖鉄球を引っかけた。

「あそこだ!」

 鎖鉄球を引っ張って、飛んだ。体重を掛けて、強引に鉄柱めがけて、“母型”の腕を誘導した。

“母型”はジョニーの行動を理解できないでいる。

 鉄柱の輪っかに、鎖鉄球の鎖を引っかける。

「これでもう、攻撃はできないぞ」

“母型”は、片腕を鉄柱にはめられ、片腕だけを動かして暴れている。

“母型”は混乱している。

「……やったか?」

 だが、だが、“母型”のは、口が開いた。砲台が、開口部分から飛び出してくる。

 砲台から、炎が噴き出た。

(火炎放射……だと?)

 不意打ちに、少しだけ霊骸鎧を焼かれた。装甲を貫通されなかったが、装甲の上からも十分に熱い。遠い位置から、炙られた肉の気持ちが分かった。

 ひりひりする痛みが広がる。

“母型”が炎を掃射する。

 地を這う炎を、ジョニーは横回転をしながら、回避していった。

“砲拳”ゼルエムは、炎を喰らいながらも、両腕で顔を覆い、少しずつ前進している。

(耐火性能があるのだな。よく囮になってくれた。その献身的な行動に、敬意をもって、応えよう!)

 ジョニーは、空中に跳んだ。

 同時にジョニーは全身を広げて、飛びかかった。

“母型”が頭部を旋回して、ジョニーを睨む。

空中二段跳び(ダブルジャンプ)”でジョニーは、火炎放射を避けた。

 ジョニーは、体勢を入れ替え、きりもみ回転しながら、“母型”の顔面を、両足で踏みつける。

 蠅でも落とすかすのような“母型”の片腕を回避し、ジョニーは、“母型”の首に巻き付いた。

 全体重を掛ける。金属が金属から分離する、不愉快な音を立てて、脊髄ごと頭部を引きずり降ろした。

 頭部のみになった“母型”を地面に叩きつけ、ジョニーは、一回転して着地をした。

 破片が飛び散り、頭蓋骨が真っ二つに割れた。

 中から光る物体が見えた。

 ジョニーは邪魔な部品を蹴飛ばし、手に取ると、鍵であった。

「これが、試練の報酬か」

 ジョニーは空中に鍵を投げ飛ばし、変身を解いた。生身の姿で鍵を取る。

「今回の勝利は、貴様のおかげだ。貴様が奴の攻撃を受けきってくれたから、トドメを刺せた。……貴様の手柄だ」

 ジョニーはゼルエムに鍵を投げ渡した。ゼルエムも、変身を解いている。

「いいや、敵の動きを封じ、王女たちを安全な場所に避難させたのも、君だ。君が受け取るべきだ。俺は奴の攻撃を食らい続けただけだよ」

 ゼルエムは、鍵を投げ返してきた。優しく微笑んでいる。行動も態度も、本当に敵だとは思えない。

「ありがたく受け取っておこう。敵にしておくには、惜しい奴だ」

 ジョニーは、鍵を懐にしまった。内心、鍵を返してくれて助かった。

「ヴェルザンディばかりを勝たせるわけにはいかんのでな……」

 ゼルエムが口元を綻ばせた。

「何?」

 ジョニーはゼルエムの真意がつかめない。ゼルエムは話を続けた。

「貝殻頭くん。俺も、きみも、生まれた時点で、定められた使命がある。運命? ……いや、指示、仕事、と呼ぶべきかな。いいや、役割と定義すれば、正しいかもしれない。いいか、貝殻頭くん。運命の日が、必ず来る。……もう気づいているだろう? 世界が変わる日の到来が来る。そのときこそ、俺たちは俺たちに課せられた役割を果たすときなのだ……」

 ジョニーは、ゼルエムを見た。図体が大きく、寡黙な風貌とは裏腹に、意外と、お喋りな性格である。だが、ゼルエムが喋る内容に、まったく従いていけなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ