共闘
1
目を閉じても、砂嵐は消えなかった。
不愉快な雑音が、耳にまとわりつき、外部からの音を遮断した。
ただならぬ状況に対して、ジョニー本人は冷静である。
魔王は、“星幽界”の存在を知っていた。
(立体映像は、兵士たちに、“星幽界”を紹介するために作ったのだ。“星幽界”に対する理解が深まれば、霊骸鎧に変身したり、霊力を操作したりできる)
思考を巡らせる。
(“星幽界”に行く方法は、瞑想である。瞑想とは、肉体と魂を分離させれば良い。……俺の身体が動かない理由は、魂が、肉体から離れて、迷子になっているからだ。この状態を“金縛り”、と呼ぼう)
ジョニーは今、自分たちの世界と、“星幽界”の隙間にいる。肉体が魂と中途半端につながっているので、意識があっても、自由に動けない。
(ならば、こちらで霊力操作をして、魂を“星幽界”か肉体に戻せばよい。そうすれば、今の金縛りは解除される)
ジョニーは流れるように対策を思いついた。自分でも驚くほどの理解力だ。
(“星幽界”に行く、反対の方法をすればよいのか? ちがう。基本に戻れ……!)
ジョニーは目を閉じた。おへその奥側に光……霊力を合わせる。
ジョニーの眉間に光が宿った。
眉間の光は、上下左右に拡散された。砂嵐の世界を切り裂き、雑音を包み隠していく。世界は光で満たされた。
光は、熱を帯び、ジョニーの全身から暖かさが放出された。
温度が下がっていく。涼しげな風が吹いている。
ジョニーが目を開くと、いつもの通り、赤と青の組み合わさった眼鏡の不可思議な視界に戻った。
(元の世界に戻れたぞ!)
黒い垂れ幕から、立体映像がジョニーの目元に飛んできた。
立体映像は、とりとめのない内容で、見知らぬ女の顔が出てきたかと思えば、見知らぬ草原に、花びらが舞い散っている。
めぐるめましく情景が変化している。出てくる映像に一貫性がない。
「まともに相手にしていたら、頭がおかしくなる。……情報化社会の弊害だな」
ジョニーは、眼鏡を外して、投げ捨てた。
セレスティナの苦しげな声が聞こえた。ジョニーの隣で、セレスティナが眠っている。
「セレスティナ! どういう状況だ? 何が起きている? 眼鏡が原因なのか?」
周辺を見回した。振り返ると、隣のアイシャも苦しんでいる。アイシャが苦しむ様子は珍しい。
「かーちゃん……勘弁してくれ。俺が悪かった」
ゲインの懇願する声が聞こえた。寝言のようにも聞こえる。
「お袋……。すまん。子どもを、孫を見せてやれなかった。お袋が生きているうちに、見せてやりたかった」
次は、サイクリークスの声だった。
声が悲しみに震えている。ジョニーよりも年上で、落ち着いた大人の雰囲気が、サイクリークスにはある。子どもっぽい従兄弟のセルトガイナーとは、対照的だ。
サイクリークスは、普段、前髪で両眼が隠れていて、表情が読みづらい。
そんなサイクリークスが母親との記憶で悲しんでいる状況は、ジョニーにとって新鮮だった。
「こいつら、母親の夢を見ているか……? 同時に同じ夢を見るなんて、ありえないぞ。それとも、魔王の仕掛が原因なのか?」
味方は、セレスティナ、ゲイン、サイクリークス、と、行動不能になっている。ジョニーを残して、全滅しているのである。
ジョニーは、アイシャたちヴェルザンディ側の人間も観察した。
グルステルスは力なく、背もたれに崩れていた。ゲンロクサイは親指を噛んで泣きべそをかいている。
アイシャから、悲しい音色の寝言が聞こえる。
「母上、母上……」
ジョニーの眼前に、少女の立体映像が、現れた。小さい頃のアイシャであった。
この立体映像も、魔王の仕掛なのだろうか? だが、ジョニーは自分自身の力だと分かった。根拠はないが、直感で分かった。
「ひょっとして魔王が仕掛けたせいで、俺の中で、なんらかの変化が生じているのか……?」
魔王の仕掛から、ジョニーは霊的な影響を受けている。理屈が分からないが、ジョニーには分かった。
アイシャは、柱に囲まれた、立派な庭が見える廊下で泣いていた。背の高い女……アイシャの母親は、アイシャを汚物であるかのように睨みつけている。
「母上は、僕を見捨てた。僕は、殺される……。兄上や姉上から……」
と、小さい頃のアイシャが泣いている。両腕で涙を拭いて、泣きじゃくっている。
「母上は、お母さんは、僕を助けてくれない。誰も助けてくれないんだ……! だから、僕は強くなくてはいけない。どこの誰よりも強くならなくては」
子どもの頃のアイシャは消えていた。今のアイシャが、子どもの口調で悲痛な叫びをあげている。
アイシャは、小さい頃から兄弟同士で命の取り合いをしていた。
弱みを見せてはいけない。相手の弱みをつけ込んでくる性格は、後天的に身につけたのである。
(今、俺達に見せているアイシャは、本来のアイシャではないのかもしれん)
ジョニーは、アイシャの心に触れたような気がする。今は、アイシャと命の奪い合いをしているが、状況が変われば、分かり合える関係になれる気がしてきた。
ジョニーは、アイシャから眼鏡を剥ぎ取った。今、何が起きているか状況を見極める必要がある。
アイシャは眠ったまま、苦しんでいる。目を閉じたまま、悪夢を見ているかのようだ。セレスティナたちと同じだ。
「眼鏡の影響で、皆が、催眠状態に陥っている。眼鏡を外しても、この催眠状態からは抜け出せないのだな」
戦う前に、ヴェルザンディが総崩れをしている。図らずも勝利してしまった。
だが、味方も崩壊してる。……とくにセレスティナも苦しんでいるので、勝利とは誇れない。
セレスティナの小さな口が震えだし、声を絞り出す。
「お母さん……」
セレスティナの眼鏡を取り上げる。
セレスティナは眉間に、険しいしわをつくり、苦悶の表情を見せている。クリーム色の金髪が、汗で白い額にまとわりついている。色っぽいな、とジョニーは得をしたような気分になった。
だが、熱病に苦しんでいるようなセレスティナを見ていると、ジョニーにも苦痛が伝わってくるような気になった。
視界が切り替わった。
映像は、荒涼とした砂漠だった。燦々とした太陽が砂漠を照りつけているが、熱さなどなく、むしろ冷え冷えとして、肌寒い。
(セレスティナも、アイシャと同様に、魔王の仕掛に心を浸食されているのだな)
ジョニーにとって、意外だった。
セレスティナは、霊力操作ができる。セレスティナの“星幽界”は星々に囲まれていて、むしろ、ジョニーよりも、高性能である。セレスティナであれば、ジョニーよりも先に、魔王の罠から脱出できる、と思っていた。
凍りつく砂漠の中で、セレスティナは、その場にしゃがみ込み、震えていた。
(セレスティナ、助けるぞ……!)
ジョニーは、自身の腹から燃え上がる炎を想像した。
ジョニーはゆっくりと指を伸ばし、セレスティナの額を撫でた。自分の意志ではない。まるで、自分以外の存在に操られているかのようだった。
ジョニーは燃える赤い炎を全身に宿し、指先を通してセレスティナの額に、熱量を送り込んだ。
セレスティナの額に、うっすらと、汗がにじみ出る。
ジョニーは、セレスティナの汗を指で拭った。
拭い去った瞬間に、芳しい匂いが、ジョニーの周りを覆った。
セレスティナの肌は、高級な陶器のように、滑らかである。セレスティナは寝返りを打って、ジョニーの指から逃れた。
指に電流でも走ったかのように、ジョニーは手を引っ込めた。
(俺は何をしている?)
電気のせいで、手が震える。
電気は、指先から腕を通り、胸に到達して、心臓を激しく打たせている。指から甘い薫りが漂ってきた。
電流はジョニーの肩や背中に広がり、血管を脈打たせた。
(もうやらない。セレスティナ本人の気持ちを無視した、してはいけない行為だ)
ジョニーが反省していると、背中に悪寒が走った。
ジョニーの背後に、黒い影が走り去る。
(これも立体映像か……?)
いつの間にか、黒い影が、ジョニーの前に立っていた。
少年の影であった。自分の腰よりも、背が低い。
少年の顔は見えないが、ジョニーを見ている。ジョニーは少年の影を見下ろした。
(魔王の立体映像……とは、無関係だな)
手で触れると、影が、揺れた。形を失い、波打つ感じがする。
「触らないで!」
悲しい声が聞こえた。影からではなく、セレスティナからだった、当のセレスティナは目を閉じて眠っている。
「その子に触れないで!」
ジョニーは棘にでも刺さったかのように、手を離した。少年の影が、元の形……人間の輪郭を取り戻した。
「放っておいて」
セレスティナの声は、幼くなった。影の前に、両手を広げた少女の影が現れた。
クリーム色のかかった金髪をした、見覚えのある少女……セレスティナである。
2
どこからともなく、叫び声が聞こえる。
叫び声で、ジョニーは目を覚ました。
声は、頭上から鳴り響いている。頭上は、もやに覆われている。
もやの中から、叫び声がとぎれながら続いている。
声を聞いていると、人間の叫び声ではなかった。金属と金属が擦れ合う、機械の音であった。
だが、音が、近づいてくる。
上から、危険が迫っている。まるで、夢でもみているかのように、ジョニーはもやを見上げた。
ジョニーは、我に返り、頭を振った。
張り詰めたようなこの空気は、戦いの前触れだ。決して、遊びではない。
夢の世界に浸る時間が長くて、現実の問題に対して、身体が鈍くなった気がする。素早く印を結び、“影の騎士”に変身した。
もやの中から、鉄柱が縦に振り下ろされてきた。
避けられない!
だが、自分だけ逃げては、セレスティナを助けられない。
ジョニーは全身を捻って、鎖鉄球で鉄骨を打ち返した。
重量がある。鉄柱の先端が、火花を散らして、空中に舞う。
轟音とともに、座席の背後に突き刺さる。
鉄の塊が、もやから現れた。鉄の塊は、鉄骨や蝶番、配線といった、部品の組み合わせであった。
もやが晴れるたびに、人間に似た姿を見せてきた。
ジョニーが先ほど打ち払った鉄骨は、人工生命体の人差し指であった。
顔は、人間の女を思わせる形状になっている。
雌型の人工生命体……。
両眼から、雌型の人工生命体は、赤い光を細く放出した。
ジョニーには敵意を感じた。自分は攻撃の対象になったのだ。
サイクリークスが、急に席を立った。
「母さん……。これが俺たちの子どもだ。元気に生まれたよ……」
サイクリークスが、空気……架空の赤ん坊を抱えている。
夢遊病者のように、ふらつく足取りで、雌型の人口生命体に引き寄せられていく。
サイクリークスの隠れた両眼から、細い涙が流れた。
「雌型の人工生命体が、母親に化けているのだな……。“母型”と呼ぼう」
と、ジョニーは勝手に名付けた。
サイクリークスは“母型”から、放たれている赤い光に誘導されている。
“母型”は鋼鉄の腕を、鉄骨と滑車が軋む音を立てて、振り上げた。サイクリークスを叩き潰すつもりだ。
「騙されるな! サイクリークス! そいつは、貴様の母親ではない!」
ジョニーは席を蹴って、サイクリークスに向かって飛びついた。
“母型”の腕は空を切り、床を破壊し、タイルを巻き上げた。
ジョニーは、動かなくなったサイクリークスを抱きかかえたまま、“母型”を観察した。“母型”は上半身だけしかない。胸から下は、頭上の鉄骨から、吊り下げられていた。鉄骨は、複雑に組み合わされいる。“母型”の胴体には、滑車が取り付けられていて、鉄骨の上であれば、自由に動ける。
「“母型”の稼働範囲は限られているが、奴の腕は、セレスティナたちに届くだろう。セレスティナたちを、安全な場所まで引き離すには、俺一人では難しい。誰か奴を陽動してくれる仲間が欲しい」
向こうにいる、ボルテックスたちの手助けは期待できない。試練の決まりでは、手助けができないのである。
ジョニーは周囲を見渡した。
まるで、ジョニーの願いに呼応するかのように、人影が現れた。
身につけた甲冑には、身体の逞しさを隠せない。座席の上に立ち、腕を組み、うつむき加減の視線をしている。
馬の鬣を思わせる髪型、モヒカンのゼルエムだった。死人に似た、虚空の視線をジョニーに送っている。
ゼルエムは微笑んだ。
「やあ、帝国の黒い貝殻頭。こいつの催眠光線が効かないとは、どうやら俺ときみは、仲間らしい」
(仲間……? ゼルエムは、ヴェルザンディの人間じゃないな)
ヴェルザンディの人間は、シグレナスと同じ共通語を喋るが、独特の響きがある。乾燥した喉から出てくる、ざらついた声質である。砂漠や乾燥した地域に住んでいるからだとジョニーは思うが、ゼルエムには、ヴェルザンディ特有の訛りがない。
(こいつも、俺と同じ、“星幽界”に入門していたのか……?)
ゼルエムは印を組んだ。
「出でよ、“砲拳”!」
ゼルエムは自身の霊骸鎧を呼び出した。
“砲拳”は、ゼルエム本人に似た、逞しい体つきの霊骸鎧であった。兜の面には、細い単眼が刻まれ、兜の頭上には、モヒカンに似た突起物がある。変身者ゼルエムをそのまま再現したかのような形状をしていた。
両腕を広げて、セレスティナたちを、守る動きを見せた。
“母型”が、細長い金属の腕を振り上げて、“砲拳”ゼルエムに向かって殴りつける。
ゼルエムは、逃げなかった。“母型”の顔面に向かって、自分の両腕を突き出した。
“母型”の顔面に、爆発が起きた。
“母型”が顔面を震わせた。顔面に刺激物でも喰らったかのように顔を揺り動かしている。
ゼルエムの攻撃に、怯んでいるのだ。
「何をしたのか分からんが、頼もしいぞ、ゼルエム。たとえ貴様がヴェルザンディでも、協力してくれれば、助かる……!」
ジョニーは走って、席に戻った。
セレスティナは、まだ眠っている。ジョニーはセレスティナの背中に手を回し、片腕で担ぎ上げた。
振り返ると、ゼルエムが“母型”と殴り合っている。腕の長さは圧倒的に“母型”が勝っているが、ゼルエムが、“母型”の両腕を殴りつけて、ジョニーたちをかばってくれている。
セレスティナを抱える一方、アイシャを背負った。アイシャなんか助けたくもないが、ゼルエムが“母型”とやりあって時間を稼いでくれているのである。無視をするわけにはいかない。
何者かに腕を掴まれた。
野蛮人風の男、ゲインだった。口から泡を噴き、やぶにらみの両眼が真っ赤になっていた。酒を飲み過ぎたかのような症状を起こしている。
「ゲイン、意識を取り戻したか?」
ジョニーはゲインを立たせた。ジョニーはアイシャとセレスティナを抱えて走った。
他の人工生命体は、攻撃をしてこなかった。兎の顔をした人工生命体は、両手で自分の顔を隠して、様子を窺っている。自分たちを襲ってくる気配はない。
ゲインが、もつれる脚でジョニーに従いてきた。
セレスティナを極力“母型”から離れた場所……馬の模型が、たくさん入った小屋に寝かせた。
セレスティナは、どこにも傷を負っていない。
アイシャも肩から降ろす。二人とも眠っている様子を見ていると、とても平和に見えた。セレスティナは皇帝の愛人であり、アイシャは大国の王女である。二人の少女が眠っている様子は、なかなか壮観だ、とジョニーは思った。
安心したジョニーは、ゲインに向き直った。
「ゲイン、戦えそうか?」
口が塞がっている状態で質問をしたが、ゲインは、口から荒い息を吹いている。無意味な質問であった。
意識が朦朧としているゲインを、戦力として数えられない。
ジョニーはゲインを無視して、もう一度、ゲンロクサイとグルステルスを担ぎに戻っていた。
“母型”は、ゼルエムを横から殴った。
ゼルエムが両腕で自分の顔を守り、防戦一方となっている。
ゼルエムのおかげで、ジョニーはヴェルザンディを含め、仲間たちを安全な場所に避難させた。
サイクリークスも手を引いたら、従いてきた。意識は取り戻しているが、意識が混濁した、目覚めているかあともう少し眠っていたいような感じである。寝ぼけている感じだ。
“砲拳”ゼルエムは、“母型”を殴りつけ、怯ませる。両脚を引きずるような動きで、歩みは鈍いが、“母型”と殴り合うほど頑丈であった。
(……頼もしい! ヴェルザンディにしては、良い奴だ。ゼルエム。今、助けるぞ!)
ジョニーに向かって、“母型”が殴りつけてくる。ジョニーは最小限の動きで回避し、手の甲を鎖鉄球で殴りつけた。
“母型”が殴られた手を振って、もがいた。
「攻撃が効いている。見た目に反して、脆いな。催眠光線さえ気をつければ、大した相手ではない」
機械に痛覚があるのかジョニーは別の意味で驚いたが、冷静に分析をした。
他の人工生命体は、ボルテックスに貫かれていた。
この“母型”も、他の人工生命体と、強度はそれほど変わらない。
ジョニーは、近くに鉄柱がある、と気づいた。
鉄柱には輪っかがあり、“母型”の肘に、フックがあった。
「これだ……!」
ジョニーは地面を蹴って、“母型”の顔面よりも高く飛んだ。
「弱点……!」
滞空中に、ジョニーは観察をした。
頭部。頭部を飛ばせば、死ぬはず。両腕が長いので、なかなか武器が届かない距離にある
ジョニーは“気配を消す”能力を開放した。
“母型”の背後に着地した。ただ回っただけではない。“母型”の上半身そのものの影に隠れた。
だが、“母型”の頭部が回転した。
背中越しに、ジョニーを睨みつけた。
(人工生命体には、俺の能力が通用しない……!)
痛覚があるのに、能力が効かない理由がよく分からない。ジョニーは“母型”の背中を蹴って、肩に飛び移った。肘まで走って、フックに鎖鉄球を引っかけた。
「あそこだ!」
鎖鉄球を引っ張って、飛んだ。体重を掛けて、強引に鉄柱めがけて、“母型”の腕を誘導した。
“母型”はジョニーの行動を理解できないでいる。
鉄柱の輪っかに、鎖鉄球の鎖を引っかける。
「これでもう、攻撃はできないぞ」
“母型”は、片腕を鉄柱にはめられ、片腕だけを動かして暴れている。
“母型”は混乱している。
「……やったか?」
だが、だが、“母型”のは、口が開いた。砲台が、開口部分から飛び出してくる。
砲台から、炎が噴き出た。
(火炎放射……だと?)
不意打ちに、少しだけ霊骸鎧を焼かれた。装甲を貫通されなかったが、装甲の上からも十分に熱い。遠い位置から、炙られた肉の気持ちが分かった。
ひりひりする痛みが広がる。
“母型”が炎を掃射する。
地を這う炎を、ジョニーは横回転をしながら、回避していった。
“砲拳”ゼルエムは、炎を喰らいながらも、両腕で顔を覆い、少しずつ前進している。
(耐火性能があるのだな。よく囮になってくれた。その献身的な行動に、敬意をもって、応えよう!)
ジョニーは、空中に跳んだ。
同時にジョニーは全身を広げて、飛びかかった。
“母型”が頭部を旋回して、ジョニーを睨む。
“空中二段跳び”でジョニーは、火炎放射を避けた。
ジョニーは、体勢を入れ替え、きりもみ回転しながら、“母型”の顔面を、両足で踏みつける。
蠅でも落とすかすのような“母型”の片腕を回避し、ジョニーは、“母型”の首に巻き付いた。
全体重を掛ける。金属が金属から分離する、不愉快な音を立てて、脊髄ごと頭部を引きずり降ろした。
頭部のみになった“母型”を地面に叩きつけ、ジョニーは、一回転して着地をした。
破片が飛び散り、頭蓋骨が真っ二つに割れた。
中から光る物体が見えた。
ジョニーは邪魔な部品を蹴飛ばし、手に取ると、鍵であった。
「これが、試練の報酬か」
ジョニーは空中に鍵を投げ飛ばし、変身を解いた。生身の姿で鍵を取る。
「今回の勝利は、貴様のおかげだ。貴様が奴の攻撃を受けきってくれたから、トドメを刺せた。……貴様の手柄だ」
ジョニーはゼルエムに鍵を投げ渡した。ゼルエムも、変身を解いている。
「いいや、敵の動きを封じ、王女たちを安全な場所に避難させたのも、君だ。君が受け取るべきだ。俺は奴の攻撃を食らい続けただけだよ」
ゼルエムは、鍵を投げ返してきた。優しく微笑んでいる。行動も態度も、本当に敵だとは思えない。
「ありがたく受け取っておこう。敵にしておくには、惜しい奴だ」
ジョニーは、鍵を懐にしまった。内心、鍵を返してくれて助かった。
「ヴェルザンディばかりを勝たせるわけにはいかんのでな……」
ゼルエムが口元を綻ばせた。
「何?」
ジョニーはゼルエムの真意がつかめない。ゼルエムは話を続けた。
「貝殻頭くん。俺も、きみも、生まれた時点で、定められた使命がある。運命? ……いや、指示、仕事、と呼ぶべきかな。いいや、役割と定義すれば、正しいかもしれない。いいか、貝殻頭くん。運命の日が、必ず来る。……もう気づいているだろう? 世界が変わる日の到来が来る。そのときこそ、俺たちは俺たちに課せられた役割を果たすときなのだ……」
ジョニーは、ゼルエムを見た。図体が大きく、寡黙な風貌とは裏腹に、意外と、お喋りな性格である。だが、ゼルエムが喋る内容に、まったく従いていけなかった。