劇場
1
アイシャが、片手を挙げ、天に向かって指さした。
「では、こちらの出撃メンバーを紹介する……出でよ、“火車”ハバナ・ゲンロクサイ!」
進み出たゲンロクサイは、風変わりな男だった。金と銀で刺繍された、異国の着物を着ている。袖や裾が長く、腕と脚をすべて覆っていた。裾を引きずるような歩き方をしている。 長く伸ばした髪は黒く、後ろに結ばれていた。
ジョニーは、ゲンロクサイの白く化粧された顔面に目を引いた。目や口の周辺を、紅い隈取りをしていた。
シズカが黒髪を振り乱して、うめいた。ジョニーはシズカとゲンロクサイが同郷だと、一瞬で見抜いた。シズカは、ジョニーの背後で小さくなっている。
ゲンロクサイは、両手を自分の太ももに添える、独特なお辞儀をした。
「お久しぶりでござりまする。姫様。……ソノセツハオワセニナリマシタッ」
「オセワニナリマシタッ」
シズカも独特な挨拶を返した。
シズカの顔が熱く火照る。扇子を取り出し、片手で広げて、顔の半分を隠した。扇子には、小鳥が羽ばたいている絵が描かれていた。
「シズカ、どうした?」
と、ジョニーはシズカの異変に困惑した。シズカは眉間にしわを寄せて、赤い眼に涙を浮かべている。
ゲンロクサイも扇子を取り戻して、口元を隠していた。金と銀がちりばめられた、派手な扇子である。
シズカが恐る恐る、顔から扇子を外して、ゲンロクサイを覗いた。とっさに、ゲンロクサイが顔を隠した。ゲンロクサイが扇子を外すと、シズカが慌てて顔を隠す。シズカの様子を見て、ゲンロクサイが隈取りされた眼を細めて喜んでいる。
片方が扇子から顔を出すと、もう片方が顔を隠す。交互に視線の矢を放ち、扇子を盾にして、攻撃を躱している。
「なんなんだ、こいつら? めちゃくちゃ仲が良いな」
ジョニーは当惑した。いや、ジョニーだけではない。シグレナス、ヴェルザンディ、両陣営が動揺している。あのアイシャですら言葉を失っている。
ついに、お互いの視線が交錯した。
「尊しっ」
顔を背けたシズカは、腰が砕けたかのように、よろけた。
ジョニーは、シズカの肩を抱き止めた。ヴェルザンディを含め、他の仲間たちも反応できなかった。
「シズカ、さっきから何をしている? ゲンロクサイを知っているのか?」
と、ジョニーはシズカとゲンロクサイを見比べた。生き別れの兄妹かと勘違いするほど似ている。見た目は違うが、雰囲気が似ている。
「……さっきの儀式は、我が祖国アシノに伝わる“お見合い”じゃ。ゲンロクサイは、妾の幼なじみじゃ。いとおかし」
顔が紅潮し、上気していた。細い目が開いて、黒目が潤んでいる。
「“お見合い”をした男女は、夫婦になる、アシノの習わしなのじゃ」
「知らん。……あいつの姿は派手なのに、これまでよく気づかなかったな」
シズカとゲンロクサイ二人がシグレナスの雑踏に紛れこんでも、瞬時に見つける自信がジョニーにはある。
「……気づいておったわ」
「なぜ話しかけなかったのだ?」
「恥ずかしかったのじゃ。声をかけるなど、無理の大納言じゃ」
「多分、相手も気づいていただろう」
「それならば、奴は、ゲンロクサイは妾に話しかけようか迷っておったのじゃな? ゲンロクサイも照れておった。……いとあわれ!」
「貴様ら、本当に面倒くさいな」
「気をつけろ。ゲンロクサイは美しい。あの美貌に騙されるでないぞ。幼少の折、顔面人間国宝と、妾が密かに呼んでいたのじゃ」
シズカが耳打ちをしてきた。白く塗りたぐった、ゲンロクサイの顔を見ていると、どう見ても美しいとは思えない。国宝ではない。
「それに、ゲンロクサイの“火車”は強いぞ……」
ゲンロクサイを見ると、片膝をついていた。
扇子で顔を隠しているが、白化粧の隙間から、耳が赤くなっている。
「尊し、姫尊し。姫が尊すぎて、我が輩、魔王の要塞にて討ち死にして候。これを尊死と呼ぶ。……尊死の兵法」
と、腰砕けになったゲンロクサイが、ヴェルザンディの仲間たちが心配されている。
「あまり強そうには見えないぞ。知性も感じられないし」
と、ジョニーは呟いた。むしろ、ヴェルザンディが哀れに思えてきた。
「そろそろ、次に進めてもよいかな?」
と、アイシャは咳払いをした。ジョニーは初めて、アイシャに共感した。
「気を取り直して、次の参加者を紹介するよ。……出でよ、“十字”サロメ・グルステルス!」
全身を黒い布で覆い隠した女……細い体型から、ジョニーにはすぐ分かった……グルステルスが、アイシャの隣に進み出た。
グルステルスの全身を覆った黒い服には、要所要所に、紫色の刺繍がされている。
顔面は、隠されているが、覗く穴から、緑色のかかった眼が見える。
「グルステルス……。聞いた記憶がある」
と、ボルテックスが口を開いた。セレスティナの分析通り、声に疲れを感じる。
「知っているのか、ボルテックス?」
「前回の遺跡調査にも来た再出場者だ。なんなら、ゲンロクサイもだ。ゲンロクサイは、でっけぇ燃えさかる輪っかを振り回し、グルステルスは、敵の能力を封じる、とか聞いた」
ボルテックスの発言を無視して、アイシャが続ける。
「出でよ、“砲拳”トルトオク・ゼルエム!」
甲冑を身にまとった、屈強な男……ゼルエムが現れた。ボルテックスほどではないが、身体の横幅が大きい。頭頂部を残して、頭を剃り上げている。
重心の座った歩き方をする。足取りが強い奴は、喧嘩が強い、というジョニーは、自身の経験則を思い返した。
だが、眼に活力が無い。どこか死人に似ている。アイシャの隣に立つと、倉庫に保管された操り人形のように、前傾姿勢になった。
「あのモヒカン野郎、初めて見る奴だな。どんな能力をもっているかは知らん。ヴェルザンディの強い奴なら、風の噂に乗って、名前が聞こえてくるんだが、聞こえてこねえのなら、大した奴じゃねえだろう」
と、ボルテックスは、腕を組んだ。
「そして、最後の四人目は……」
と、アイシャはマントを翻し、その場で一回転をした。無駄な動きだな、とジョニーは思った。
「最後の四人目は、この僕だ」
2
会場が、騒然となった。
「何ぃ? いきなりか?」
と、ボルテックスが驚く。
シグレナスのみならず、ヴェルザンディの陣営も驚いている。
「ふふふ。どうしたのかね? なにか不満なのかね?」
と、アイシャが、薄い胸を張った。
(アイシャは“龍王”に変身する、この狭い空間で貴様の霊骸鎧は、役立たずだ。何を考えているのだ?)
ジョニーは思案した。だが、何も思いつかない。
「総員、配置に付け。試練が、僕たちを待っている。理念と祖国のために戦う瞬間が来たのだ! ……試練の場までは、彼らが導いてくれるであろう」
と、アイシャは、遠くを指した。その先には、三体の人工生命体が立っている。
三体とも、子豚の頭部をもっていた。
それぞれ被っている帽子や、背の高さや表情が微妙に違う。兄弟のように見える。
三匹の子豚は、首を傾けて、手招きをしている。
アイシャが大股で歩み出す。両肩から自信があふれ出ていた。口元は不敵に笑い、眼は青白く涼しげに輝いていた。
ヴェルザンディの三人も後を追う。
「セレスティナ、何が起こる? アイシャは何を企んでいる?」
と、ジョニーはセレスティナに問いかけた。セレスティナの横顔に見とれた。
睫毛が長い。知性と神秘さを称えた双眸に、ジョニーは、吸い込まれそうになった。
「二つ目の試練……何か映像を見せられるようです」
「映像? どんな映像だ?」
「心を試す仕掛になっているようです。前回の記録では、虎の虚像が出て、襲われても恐怖に打ち勝った人が多ければ、勝利となっていました」
と、セレスティナが返事をした。冷たい口調で、感情を圧し殺しているような、事務的な対応であった。話しかけて迷惑だったのか、ジョニーは、自信を失った。
「魔王の要塞は、日々、進化しているようです。大まかな構造に違いはありませんが、迷宮の配置、敵の配置が、文献と微妙に違っています。まるで意思を持った生き物であるかのようです」
セレスティナが瞳を伏せた。声が機械的だ。人工生命体が言葉を発すれば、このような響きになるだろう、とジョニーは思った。だが、割と丁寧に応えてくれてはいる。
「成長する建造物とは、奇妙だな。まるで、子どもから大人になるようだ。……これほどまでの文明を誇った魔王を、シグレナスは勝てたな?」
「さあ」
セレスティナの反応は冷たかった。足早に、ジョニーから離れていく。
(知らない、というより、会話を打ち切りたいのだな)
と、ジョニーは、絶望的な気分になった。胸の中で氷が浮かび上がったような、冷たさを感じた。
ジョニーは立ち尽くした。
セレスティナと、もっと話をしたい。
セレスティナが離れていく。
足取りは早く、アイシャや人工生命体を抜き去ってしまうほどだ。そんなにイヤなの、とジョニーは思った。
胸の中にある氷河が、ジョニーを凍らせている。
(だが、以前と比べて、話せるようになったな)
過去のジョニーは、遠巻きで、セレスティナをただ眺めているだけだった。
セレスティナとは、手の届かない、身分違いの存在であった。今は無視されたり冷たくされたりする状況ばかりだが、まったく会話のなかった時期と比べれば、関係性は、確実に進歩している。
ジョニーは、胸の中に、暖かい湯が流れた。氷を溶かしてくれるような気分になった。
ゲインに追いつかれた。
ゲインはジョニーを追い抜いた瞬間、振り返って、手を挙げた。
向けた相手は、角刈りで黒い肌をした、ヴェルザンディの女、“刃の鎧”バニラ・ターキエだった。
ゲインは、乱ぐい歯を見せて、ターキエに何か目配せをしている。ターキエは、腕を組み、素知らぬ顔をしていた。
(ゲイン、何をやっている……? ターキエと知り合いなのか? ターキエは相手にしていないようだが……)
誰も、ゲインの様子を気にしていない。
ジョニーのみがゲインの異変に気づいている。だが、ジョニーには、相談相手になるボルテックスはいない。
セレスティナは、先に行っている。
アイシャが、立ち止まる。
「不参加組は、どこにいても構わないが、手出し厳禁だ。邪魔をしたら、たとえ試練に勝てても、鍵が渡されないぞ。ちなみに、誰かが死んだら、交代しても良いぞ。……会場に到着した」
ジョニーは、ボルテックスたち不参加組を見た。一カ所に固まっている。数歩先に、ヴェルザンディの不参加組が集まっていた。
アイシャの前に、劇場の舞台があった。
半円形をした舞台の前には、椅子が並んでいる。ジョニーは、人工生命体たちが、一生懸命になって椅子を並んでいる様子を想像した。
各種動物の頭部を持った、人工生命体たちが優しく、手招きをしている。椅子に座れ、と指示しているのだ。
アイシャが颯爽とマントを手で払い、一席に腰掛け、白くて細い足を組んだ。
背筋を伸ばし、腕を組む。不敵な笑いを続けている。
アイシャの座った席は、中央だった。ぞろぞろとゲンロクサイ、グルステルス、そして、末席にはゼルエムが座った。
「遠慮はいらないぞ、シグレナスの同志諸君。僕の隣が空いているぞ。……座り給え」
アイシャが隣の空席を指さした。
座席の半分が埋まった。ジョニーは腕を組んで立っていた。仲間たちも座るか迷っている様子だ。
ジョニーとしては、アイシャの隣に座りたくない。
「どうしたのかね、誰も僕の隣に座ってくれないと、ちょっと寂しいぞ」
腕を組み、前をまっすぐ見据えるアイシャの目尻から、薄い光が漏れていた。
「やむを得ん」
ジョニーは、アイシャの隣に腰を下ろした。セレスティナをアイシャの隣に座らせたくない。
(アイシャがセレスティナに危害を加えるだろう。俺は、セレスティナの盾になる)
アイシャの顔を見ていないが、悲しみが消え、温かい雰囲気になった。
ジョニーが座ると、仲間たちも次々と座る。
ジョニーの隣は、セレスティナであった。セレスティナは靴の不具合を整備して、屈んでいる。クリーム色の金髪が、一瞬だけジョニーの鼻先をかすった。
甘い薫りがする。
ジョニーは、気を失いかけた。アイシャの肩を借りるわけにはいかず、その場で耐えきった。
(俺は、何をやっているのだ……? 犬ではあるまいし、何を嗅いでいるのだ?)
と、ジョニーは狼狽えた。先ほどのシズカとゲンロクサイと同じ状況であった。
セレスティナの髪を嗅いだだけでおかしくなる。ジョニーはセレスティナの金髪を危険物であるかのように避けた。
3
人工生命体が、アイシャたちに籠から何かを取り出して、手渡してくる。
「シグレナスの同志諸君。この眼鏡を眼にかけたまえ」
アイシャが器用な手つきで、眼鏡をかけた。黒縁に展開し、片方は赤で、片方は青のレンズがはめられている。ヴェルザンディの者たちも身につけ始めた。
ジョニーは眼鏡なる物体を生まれて初めて見た。黒くて細長い枠は木製で、黒い塗料を塗りつけられていた。レンズ部分の青と赤の素材がよく分からない。
アイシャの見よう見まねで、セレスティナや仲間たちも身につけていた。
後れを取りたくないジョニーも後に続く。
眼鏡をかけると、視界が、青と赤が交錯した色彩になった。
ジョニーは軽い目眩を起こした。セレスティナも慣れない様子だ。アイシャだけが毅然とした態度を保っている。
ジョニーが目を回している一方で、獣面の人工生命体たちが並んで胸に手を当てている。栗鼠の人工生命体が、紐を引き出した。黒い垂れ幕が降りてくる。どこから降りてきたのかジョニーには分からなかったが、急に、あらゆる灯りが消え、周囲が暗くなった。 シグレナス、ヴェルザンディともにざわつく中、荘厳な音楽が鳴り響く。
垂れ幕の中から、鳥頭の人工生命体が出てきた。鳥、というよりアヒルである。
アヒルは実体のない、透き通った身体をしていた。
アヒルは後ろ姿で手を組んでいる。振り返り、睨みつけるような表情で、ジョニーの顔に顔を近づけ、アヒル語で何かをがなり立てた。
ジョニーは反射的に平手打ちをした。だが、ジョニーの手は空を切った。
「なんだ、これは……?」
ジョニーが自身の手を見ていると、アヒルは尻を振りながら、独特な喉を鳴らして、元の位置に戻っていった。
「ふっふっ。あのアヒルは立体映像だ。大丈夫だよ、無害だから」
と、隣でアイシャが微笑んでいる。
立体映像。
聞き慣れない言葉に、ジョニーは頭を悩ました。
立体映像のアヒル頭が怒っている。周りには、笛や竪琴といった楽器たちがいて、自我をもったかのように、踊っていた。
楽器の弾き手である、楽士の姿は見えない。
楽器たちは、アヒルを小馬鹿にする動きをしていた。ときどき、何体かの楽器が、ジョニーの目の前を通った。
怒ったアヒル頭が、指揮棒を投げ飛ばしてくる。笛の軌道が逸れ、ジョニーの真横を通過した。
ジョニーは反射的に手を伸ばして、セレスティナの顔を守った。セレスティナはジョニーの手に驚いて、身を伏せた。
隣から、アイシャの笑い声が聞こえた。蔑むような響きがある。
ジョニーは、ばつが悪くなった。
セレスティナの機嫌を確かめるべく、眼鏡の奥にある、セレスティナの表情を盗み見る。セレスティナは眉間に、しわを寄せて、ジョニーを睨んでいた。
気を取り直して、アヒルと楽器たちのドタバタ喜劇を観る。
アヒルと楽器が、殴り合った。
楽器の数が多く、アヒルは打ちのめされて、床に尻をつけて頭を振っている。
喧嘩で、楽器たちは分解していた。
箒のような怪物が出てきて、掃除を始めた。楽器の残骸のみならず、家具や小物までも部屋の外に排除していった。途中、ジョニーは箒に、水をかけられた。立体映像なので、実際に水分を感じない。
箒に追い払われた、ガラクタの中に、銅でできた人形があった。角張った動きをして、箒が作った水中に潜っていく。
人形が潜った海底には、女が棲み着いていた。女の下半身は、巨大な魚であった。人魚が人形を拾い上げ、中身を覗く。
すると、中には荒野が広がっていた。
夕日に照らされた荒野には、野生動物の影があった。
次々と映像が移り変わっていく。
(高熱で、うなされたときに見る夢のようだな)
ジョニーは苦笑した。
意味が全く分からない。
「ふむふむ、なるほど」
隣でアイシャが腕を組んで頷いている。何を理解しているのかジョニーには理解できない。 夢……。
ジョニーは閃いた。
(立体映像は、“星幽界”に似ている……)
ジョニーが瞑想すると、見えてくる映像である。
ジョニーが見える“星幽界”は、暗くて暗転した世界だ。
セレスティナの手に触れた瞬間、見えた世界は、星のきらめきに包まれていた。
(俺とセレスティナ、“星幽界”は、人によって見える映像が違うのだ。……もしや、魔王も“星幽界”に入門してきたのだろうか? 今見ているアヒルの映像は、魔王が見ている映像かもしれん)
ジョニーの見る映像よりも、色彩が豊かで、音楽が奏でられている。
(“星幽界”は、霊力のなせる結果だ。どんな方法で、俺たちに見せてくるのだ?)
と、ジョニーは思案した。眼鏡を外して、手に触れてみる。
かすかに風を感じる。霊力の動きだった。
(魔王は“星幽界”を、子どもや兵士たちに伝えるために、劇場を用意したのだな)
と、ジョニーは仮説を立てた。
(霊力の究極は、具現化、物質化だ。この眼鏡は、霊力を立体映像にする眼鏡と呼べようか……)
飛び出す眼鏡から、ぼんやりとした霊力が、もやのように放出されている。
両脇のセレスティナとアイシャを見た。二人とも眼鏡から霊力を収束させ、二対の光線となって、黒い幕に向かって放出していた。
(やはり、この眼鏡は、霊力に反応し、可視化させる機能を持っている。……霊力に反応する仕組みを、魔王は知っていたのだ)
ジョニーは、魔王の技術に、またもや驚かされた。魔王は、霊力操作の研究すらしていたのだ。シグレナスの知的階級ですら知らない、未知の研究分野に踏み込んでいたのだった。
映像に視線を戻す。
蝶々が、野原の上で飛んでいた。野原には花が咲き並んでいる。
蝶々の頭部は、変わっていた。鼠やアヒル、子豚だった。人間の表情にそっくりで、幸せそうな顔をしている。
野原の先には、森が見えた。
緑が繁る森の木々に、突然、着火した。青い空が、炎にまとわりつかれ、赤く染まった。
森が、焼き払われている。
人間たちが、野原に、木を組んで城を建てた。蝶々は次々と捕らえられていき、羽をもがれ、胴を切り落とされた。
だが、勇敢な蝶々が集まり、人間の顔に食らいついた。
痛がる人間は、自身の皮を剥いだ。
中身は、機械だった。
人間たちは、人間の姿をした機械なのであった。人間の姿をした機械たちは、蝶々たちを奴隷に変えている。
かくして機械たちの支配する国が生まれたのである。
城の上で機械を操り、笑っている存在がいた。鼠の頭をした小ずるい顔の小人だった。
「どういう意味だ……?」
「ふははは、分からないのかい? 真の悪とは、シグレナス帝国なのさ。小ずるい子ネズミに操られた、人の皮を被った、人工国家にすぎんのだよ」
アイシャが、小声で耳打ちをしてきた。いつも、ジョニーの疑問に対して、親切に回答してくれるので、ジョニーは助かっていた。
だが、ジョニーは、余計に頭が混乱した。蝶々とどういう関係があるのだろうか?
例え話だという趣旨は分かる。
「蝶々が魔王の家来たちで、機械がシグレナスなのか?」
ジョニーが仮説を立てると、熱い鉄板に垂らした水滴が蒸発するような音がした。
「あっ」
誰かの叫び声ともに、突然、目の前が灰色になった。
アイシャがうめき声を出した。
周りからうめき声が聞こえる。セレスティナが悲鳴を上げた。
「セレスティナ!」
前が見えない。眼鏡から砂煙のような映像が流れている。砂煙は灰色で、規則性がない。
「機械の故障か……?」
眼鏡が邪魔だ。ジョニーは眼鏡に手を掛けるが、腕が動かない。強い力に押さえつけられているかのようだ。
痺れて、思うように動かない。