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空中二段跳び

        1

毛深き獣(トロール)”の一体が、綱を引っ張って、機械を動かした。

 変身禁止区域発生装置が、鉄の身体を震えさせ、金切り声が上がる。金属の隙間から、霊力が蒸気のように吹き出した。

「だめだ、間に合わん……!」

 ジョニーは、拳を握りしめて、悔しがった。

 魔王像の上から、発生装置まで距離がある。

 自分が生身の姿になっても、せめてセレスティナだけを助ける方法はないか、と、ジョニーは思考を切り替えた。

 だが、黒い影が、ジョニーの眼前を横切った。

 頭部に巨大なプロペラを付けた霊骸鎧、“螺旋機動ヘリコプティア”であった。

「……プリム!」

 ジョニーは、魔王像から身を乗り出した。

 プリムは、ボルテックスたちや、“毛深き獣”たち、見上げる者たちすべての視線をものともせず、発生装置に向かって飛んでいく。

“毛深き獣”の一体が我に返り、矢を放った。プリムは空中で矢をかわした。次々と“毛深き獣”がプリムに向けて連射した。矢のクラスターが、プリムを襲った。

 プリムは巧みな飛行術で矢を避けていく。だが、一本だけ片脚に喰らった。空中でプリムが苦しげな動作を見せた。

「逃げろ、プリム。貴様のような飛行系の霊骸鎧は、飛び道具が弱点だ」

 ジョニーは叫んだ。霊骸鎧の構造上、口が塞がっているので、声が出ない。

 たとえ霊骸鎧の装甲をもってしても、食らう矢の痛みは、飛行系のプリムにとって倍増されるのであった。

 それでもプリムは、飛び続けた。進み方は力なく蛇行し、高度が落ちていく。だが、発生装置に近づくと、プリムは両手で顔を守り、一気に下降した。

 陶器が割れた音が、部屋に響いた。

 プリム自身が軽くても、霊骸鎧には重量がある。プリムの体当たりに、発生装置の槍部分が、真っ二つに折れていた。

 発生装置は、霊力を放電して、沈黙した。

「やったぞ、プリム!」

 ジョニーは拳を握りしめた。あのプリムが、活躍している!

 最初は呆然としていた“毛深き獣”であったが、一体が、棍棒をもって、プリムに近づく。プリムは頭を振って立ち上がったところ、肩を殴られた。別の奴が、プリムの頭を殴る。

 ジョニーは怒りで肩を振るわせた。無抵抗のプリムが、一方的に殴られているのである。

 プリムを助けたい。

 ジョニーは、手の動きでセレスティナに同意を求めた。セレスティナの護衛が、最優先事項であるが、プリムを見殺しにはできない。

 セレスティナは、力強い表情で頷いた。

 ジョニーは嬉しかった。仲間を助けたい想いをセレスティナと共有できただけでなく、セレスティナの優しさを間近に感じられたからである。

 ジョニーは、魔王像から飛び降りた。地上で待ち構える“毛深き獣”を利用して着地の衝撃を和らげる。

 死体を蹴って、ジョニーは走った。

 プリムは、“毛深き獣”から逃げ惑っていた。背中に、いつの間にか突き刺さった矢が、痛々しい。

「このまま攻撃を食らい続ければ、プリムの変身が解けてしまう……」

 ジョニーの前に、“毛深き獣”たちが、一斉に立ちはだかった。棍棒や毒針散弾銃ポイズンニードルスプレーを構えている。

 敵の数が多すぎる上に、ジョニーは武器を持っていない。いちいち構っていては、プリムの命が危ない。

 ならば、戦いを避けるまでだ。

 高い天井を見上げた。

「俺の近道は、空中だ!」

 ジョニーは、空中に、霊力の足場を想像した。

 霊力を具現化するのだ。霊力の具現化ができるかどうかは、霊骸鎧が出現しているので、証明はされている。

 今は、踏み台が欲しい。踏み台は霊骸鎧よりも構造は簡単なので、具現化はそれほど難しくはない。あとは、霊力操作をやるだけだ。

 ジョニーは目を閉じた。

 額からへその奥側に向かって、一筋の光が走らせた。

 ジョニーが目を開くと、霊力の円盤が涼しげな煙を放出して、宙に浮かんでいた。

 セレスティナを助けたときと比べて、わずかに形が洗練されている。

 より薄型で円に近い形状になっている。だが、見た目に、こだわりはない。とにかく足場になれば、問題ないのだ。

 ジョニーは、両足を揃えて飛んだ。

 霊骸鎧だと、生身と比べて、更に跳躍力が増している。

 自作の足場を踏みつけて、更に飛んだ。足場が割れるかと思ったが、特に何も起こらなかった。

 時間がゆっくりと流れる中、ジョニーは驚きと羨望に似た眼差しを一身に受けていた。

 空中で前転をして飛距離を稼ぎ、プリムの隣に着地する。

 プリムを殴っていた“毛深き獣”たちの、慌てふためく顔面に拳を叩き込んだ。

 ジョニーがプリムの腕を引っ張り、自分の胸に抱き寄せた。すると、プリムの変身が解けた。煙の中から現れた、プリムのくせっ毛からは力がなく、普段の元気が失われている。

 霊骸鎧時に突き刺さっていた矢が、背中から落ちた。衣服には矢傷は残っておらず、毒にはかかっていない。プリムの霊骸鎧は、見た目以上に頑丈であった。

 プリムは、鎖鉄球モーニングスター……ジョニーの武器を大事そうに抱えていた。

「プリム、俺に武器を持ってきてくれたのだな?」

 鎖鉄球を手にし、ジョニーは胸が熱くなった。

 プリムは単独行動が多く、自分以外に興味の無い、自分勝手な性格だと思っていた。だが、自己犠牲の精神と、強い仲間意識を持った事実が証明されたのだ。ジョニーはプリムを見直した。心の中で、プリムを見くびっていた自分を恥じた。

 プリムを抱えたまま、ジョニーは、敵陣に突入した。怒りに身を任せて、鉄球を振り回す。“毛深き獣”の中から眼球が飛び出る者、頭部から血を吹き出す者、と犠牲者が出たが、怒りに震えたジョニーは容赦しなかった。

 ジョニーの迫力にされ、“毛深き獣”たちは武器を捨て、逃げ惑った。霊骸鎧の唯一の対抗手段を失い、怪物以上に危険なジョニーが、布を切り裂く切りばさみのように、暴れているのだ。戦意を喪失して、当然である。

「雑魚は相手にしても、時間の無駄だ。長老を狙うぞ」

 ジョニーは、直進した。たとえ部屋が“毛深き獣”に埋め尽くされようとも、自室であるかのように振る舞うまでだ。

「望まぬ客は、御退室願おう! さもなければ、対価として流血を要求する!」

 ジョニーによる血祭りが始まる中、長老は身じろぎせず、ただジョニーを見ていた。

 ジョニーは、逃げ遅れた奴を蹴り飛ばし、邪魔する奴を挽肉に変えていった。プリムをかばいながらであったが、戦闘力に差がありすぎて、ジョニーにとっては何ら不利益条件ハンディーキャップにはならなかった。

「マオウサマ……?」

と、長老が、小さな瞳をしばたたかせた。ジョニーを見る視線には、懐かしさと憧憬しょうけいが含まれていた。

 周囲の“毛深き獣”に腕を取られると、長老は我に返った。壁の一部に鼠の死骸を当てた。“毛深き獣”式の霊力操作である。壁には隠し階段が現れ、長老たちは、降りていった。

 長老の消えた姿を見て、戦いは終わった。

“毛深き獣”は皆、逃げていく。

 ジョニーは深追いしなかった。

 逃げる奴は逃げるに任せた。相手の殲滅よりも、セレスティナや仲間たちの無事が最優先だったからである。

        2

 廊下に出る。

 クルト、ダルテ、フィクス、プリムの四人が、並んで横たわっていた。

 クルトは片腕を失い、熱で顔が真っ赤になっている。苦しそうな表情で、激痛に耐えていた。

 シズカがプリムの上着をまくり上げると、背中に青あざ……打ち身ができていた。プリムが一番、軽傷にすんでいた。

 ダルテは顔を腫らして、重体だった。返事がない。

 毒を吹き付けられたフィクスの右目は閉じたままだ。毒の影響で、周辺の白い肌が黄色く変色している。

 サイクリークスは短刀で器用に布きれを切って、負傷者たちの傷口に巻いた。

 フリーダは、水筒に入った水を飲ませて回っている。

 魔王像の部屋は、“毛深き獣”の死体で溢れていた。死臭の充満した部屋で、負傷者の治療は難しい。廊下に避難してきたのである。

「負傷者は四人か……。戦力が半壊してしまった」

と、生身に戻ったボルテックスが、苦い声を出した。自分の顎を押さえ、動揺を隠している。「“癒やしの木(ヒーリングツリー)”の実は、もうないのか……?」

 ジョニーはボルテックスに質問をした。一番の解決策だと思った。

「ない……。奴らと戦う前に、使い果たした」

と、フィクスが応えた。負傷した片目には、布が巻かれていた。眼帯である。

「次の“癒やしの木(ヒーリングツリー)”が生える地点まで、四人には戦わせる真似はできないな」

 ボルテックスは周りを見渡した。土はない。

 ジョニーは周囲を見渡した。

「セレスティナは、どこにいる?」

 そういえば、セレスティナの姿が見えない。“毛深き獣”たちに誘拐されたのか、自分の心臓が抉られたような気持ちになった。

「……セレスティナは探索を続けている。魔王像の足下に隠し通路がある。おっと、俺たちは行けないぞ。セレスティナにしか入れない場所だからな」

と、ボルテックスは、部屋の内部を指さした。

「ところで、リコちゃんや。さっきの技、お前が空を飛んだ技はなんていうんだ?」

 ボルテックスは、あえて明るい声を出して、話題を変えた。

「……足場あしばの塩」

 ジョニーの命名的才能ネーミングセンスが炸裂した。

「……ダセぇ。そんな名前はやめろ。せっかくだから、俺が名付けてやる。……“空中二段跳び(ダブルジャンプ)”にしておけ」

「“空中二段飛び”……悪くないな」

 ジョニーは少し気分が良くなった。

 だが、明るい話題に触れても、状況は変わっていない。どこかで回復する手段を見つけなくてはならない。

「会長。あれ……」

 セルトガイナーが、廊下の奥にある扉を指した。

 鉄の扉は半開きになっていて、中から、匂いが漂っている。

 食欲がそそられる匂いであった。

「この匂いは、調理場だな……。セルトガイナー、リコ。行ってみよう。従いて来い」

 ボルテックスに誘われて、ジョニーは調理場に入った。

 煉瓦で組まれた竈には、火がくすぶっていた。

 竈には、鍋があった。肉と野菜が浮かんだ汁物が、沸々と優しく煮えている。木製の長机には、皿が並んでいる。焼かれたパンや生野菜、焼き魚が、香ばしく匂いを放っていた。

 料理は手つかずであった。

“毛深き獣”たちは戦局が不利とみて、慌てて逃げたのだ。

 こんな密閉した地下迷宮で、料理をして、換気はどうしているのか、ジョニーは疑問に思った。いくつもの排気口が、部屋の天井につながっていたが、それでも、料理中は煙だらけになりそうだ、とジョニーは思った。

「こりゃあすげえや」

 ボルテックスは手もみをして、喜んだ。

「リコちゃんや。お前の読みは当たっていたな。……あいつら、“毛深き獣”は、いつでも魔王が戻ってこれるように料理を作っていたんだ。見かけによらず、健気けなげだよな」

 ボルテックスが食事を分配する。一人前の焼き魚を一二人分に切り分けると、一口になった。

 だが、口に入れると、焼き魚の火加減がほどよく、皮の歯ごたえと、白身の柔らかさが、抜群の調和を誇っていた。

 皿に甘い砂糖が振りかけられた小麦粉のケーキがある。

「この場で食える物は食い、持って行ける物は持って行こう……」

 ボルテックスが干し肉を失敬した。セルトガイナーはかしたジャガイモを懐に忍ばせた。各自が食糧を盗みとった。

 サイクリークスが、ケーキの一部をむしって、プリムの口に近づける。プリムは、眠っているかのように横たわっていたが、素早い動きで甘いケーキにかぶりついた。釣り餌に引っかかった魚のようである。目を閉じて咀嚼すると、また眠ったふりをした。

 セルトガイナーとサイクリークスが笑った。

 シズカは、小皿に乾いた葉っぱを入れ、棒で煎じ、お湯に溶かした。

「アシノ国伝来の薬草じゃ。飲むが良い」

と、クルトたち怪我人たちに飲ませていた。クルトが迷惑そうな表情をしている。

「クルト、しっかりしろ。おめえも儀式に耐えた仲だろう? おめえなら、こんな怪我、たいしたことねえよ」

と、フリーダが、クルトに顔を近づけて励ました。

 クルトは返事をしない。目を閉じたまま、汗をかき、時折、うなり声を出していた。クルトは、毒と戦っている。腕を切り落としても、毒は残っていたのだ。

 クルトの苦痛が、ジョニーに伝わる。全身に回る熱が、気だるく、妙に汗ばむ。

(俺が、クルトに同情している? ……いや、セレスティナの苦しみも感じ取っていた。俺には、他人の苦しみを共有できる能力があるのかもしれん)

 クルトから、発せられる重苦しい感覚に耐えられなくなった。

「自警団の儀式とは、なんだ?」

 ジョニーは、クルトから目をそらすため、セルトガイナーに話しかけた。

 セルトガイナーが、恥ずかしそうな表情をしている。

「自警団の、入団式ですよ。入団したい奴がいたら、皆で殴るんです。耐えられたら、入団を認められます」

 ジョニーは納得した。自警団の構成員は、一度死を体験する。死を体験したクルトであれば、毒などたいした問題ではない、とフリーダが主張しているのだ。

「死んだら、いや、聞くまでもないな……。フリーダも殴られたのか」

 ジョニーはフリーダを横目で見た。女に暴力を振るう輩は、ジョニーにとって、軽蔑の対象であった。

「それは……」

 セルトガイナーは、言葉を詰まらせた。

「女は殴られたりしませんけど……」

と、言葉を濁し、声を潜めた。気を遣うような目つきで、フリーダを見ている。

「女を殴らないとは、貴様ら自警団にしては紳士的だな」

と、ジョニーは微笑んだ。

 だが、セルトガイナーもサイクリークスも笑っていなかった。二人が醸し出す暗い雰囲気の前に、ジョニーは困惑した。

        3

「セレスティナが戻ったぞ」

 ボルテックスの呼びかけに、ジョニーは魔王像の部屋に戻った。

 魔王像の足下には、床がくぼんでいた。底から床が、せり上がった。

 床には、セレスティナが、うつぶせていた。

 ロングスカートから生足が出ている。なんら一点の曇りもない、大理石のように白くて細い曲線を描いている。

 セレスティナが眉をしかめつらせて、目を閉じている。困ったような眉間の動きに、胸の鼓動が鳴る。

(俺は何を見ているんだ?)

 ジョニーは慌てて目を伏せた。自分の視線をセレスティナに気づかれていないか、不安になった。

 ボルテックスが、セレスティナの手を取り、起こした。セレスティナは、髪を整えて、ボルテックスに微笑みかけた。

「ありがとう、ボルテックス。おかげで捜し物は見つかりました。これで、次の階層に行って、目的物が手に入ります」

 ボルテックスに、もたれかかるような仕草で話しかける。全身から体力と霊力を失っていた。

 セレスティナはジョニーの視線を感じとり、ジョニーを見た。

 ジョニーは銃にでも撃たれたかのように、身体を震わせた。セレスティナがボルテックスに見せた笑顔が残っていたからだ。

 セレスティナの笑顔は太陽のように眩しかった。暖かい光が、ジョニーの全身から疲れを取り除いてくれる。

 だが、セレスティナの目つきが、急速に冷たくなっていく。

 急速冷凍された視線には、光は消えている。

 ジョニーは、底冷えするような感覚になった。

(どうしてだ……? 魔王像にいた時点で、嫌われる真似はしていなかったはずだぞ……?

 何がいけなかったのだ?)

 ジョニーの心配をよそに、セレスティナが食事を始めた。

 ボルテックスはセレスティナの姿を見て、ジョニーに話しかけてきた。

「もうセレスティナとチューをしたか?」

と、巨体のボルテックスがしな垂れかかってきた。

「してたまるか」

と、ジョニーは、はねのけた。

「してねえのか? 二人っきりだったろう? いくらでもブッチュブッチュできただろうが? 情けない奴だな。……じゃあ、もう告白はしたんだろうな?」

と、ボルテックスが続ける。情けない奴、と呼ばれてジョニーは腹が立った。

「……まだだ」

「何故しない? グズグズするなよ。男なんだろう? 愛しているんだろう? ……ありのままの自分を見せるだけだ」

「……ありのままの俺は、何もない、空っぽな男だ。セレスティナに、本当の俺なんて見せられない」

「あのな。恋愛は自分を知るために、本当の自分に出会うためにやるんだよ……」

「意味が分からん」

「お前は、喧嘩に関しては最強だが、それ以外の分野は、本当に子どもなんだな。……まあいい。そのうち分かるさ。本当の自分に背を向けるな。お前がお前と向き合ったとき、セレスティナとの恋が成就するかもな」

 ふと、ジョニーの脳裏に魔王像が横切った。魔王は孤独で、世界に、自分以外の存在に、背を向けていた。魔王から、一抹のさみしさを感じ取った。

 セレスティナの食事が終わった。

 出発の時間である。

 ボルテックスが立ち上がり、クルトに肩を貸した。

「ほらほら、クルト。立てるか? しっかりしろよ」

 優しい口調でボルテックスはクルトを担いだ。

「すみません、会長。俺は、ここに置いていってください。……皆の足手まといになりたくねえ」

と、クルトが謝っている。

 現在地は、“毛深き獣”の居住区である。“毛深き獣”に見つかれば、重傷者のクルトは、確実に死ぬ。

「てめえ、クルト。なに舐めた口を訊いているんだ? 俺の命令に従えねえのか? おおん?」

と、ボルテックスが殴るふりをした。クルトの頭上を、大きな掌が通過する。

「いいか、クルト。願い事リストって、知っているか? 俺は昔から書いてきた。これまでの人生で、願い事を全部叶えてきたんだ。これも、全部、願い事リストのおかげだ。……願い事を書いて、上手くいったら、願い事の横に、クマさんの絵を描いていくんだ」

 ボルテックスの説明に、ジョニーは、クマさんとか意味が分からない、と思った。

「クマさんの絵が隅から隅まで埋まると、気分が良くて仕方ねえ。今回の冒険では、俺は誰も死なせねえって決めたんだ。クルト。もし、お前が死んだら、クマさんの絵が描けねえだろうが? だから、死ぬな、この馬鹿野郎」

 ボルテックスの奮闘は、クマさんのためだったのか、と、ジョニーは肩から力がなくなった。

 負傷者の運搬をどう手分けをするか、自然と決まった。

 ダルテがもっとも重体であった。

 ジョニーとセルトガイナーが、ダルテを担架で運ぶ。担架はサイクリークスが用意していた。サイクリークスは、便利な奴だとジョニーは度々思った。

 フィクスは、片目を負傷した以外は、無傷であった。ダルテに寄り添って歩いている。片目で視力が安定していないのか、足取りが悪い。

 疲れた顔つきのセレスティナが、フィクスの手を握った。二人は、仲の良い姉妹のようにお互いに笑顔を見せ合った。髪の毛の色も二人とも金髪である。

 サイクリークスは、プリムを背負っている。

 プリムは仲間の中で、一番体重が軽い。器用だが、非力なサイクリークスには最適だった。

 プリムはサイクリークスの背中にしがみつき、だ。いている。意識はあるのだが、半分眠っているかのように見える。“毛深き獣”たちに襲われた恐怖で、プリムは心を閉ざしている、とジョニーは思った。

 野蛮人風のゲインが、首を傾げている。遠巻きで、仲間たち全員を観察している。

(女が怪我をしているのだから、肩でも貸してやれば良いのに)

と、ジョニーは、ゲインの態度に憤慨した。ゲインは、非協力的すぎるのである。

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