魔王像
1
隠し階段の先は、黄色であった。床や壁から、黄色い光が放出されている。
「……この場所でなら、変身できる」
心なしか、足取りが軽くなった気がする。
ジョニーは階段を駆け上がった。フリーダも従いてくる。
階段の踊り場に扉があったが、鍵が掛かっている。
迷っている暇はない。ジョニーは、扉を蹴り飛ばした。
だが、中身は、埃まみれの空き部屋だった。ジョニーは、部屋の狭さから、使われていない倉庫だと解釈した。少なくとも、目的の動力源はない。
倉庫を諦め、階段を昇る。
昇った先は、展望が広がった。セレスティナたちがいた通路が見下ろす。目に見えない透明の壁が、ジョニーの姿をかすかに反射させている。
フリーダがジョニーの隣で、見えない壁に触れた。
「おい、リコ。これは硝子だ。硝子の杯なら見た記憶があるが、こんな壁一面に硝子が張られているだなんて、初めてだ」
「ただの硝子ではない。外から見れば、ただの壁に見えるのだ。つまり、こちらにいれば、一方的に中を監視できる」
ジョニーは、硝子に顔に張り付けて、セレスティナを探した。
「リコ。硝子は割れやすいから、あまり強く押すんじゃねえぞ」
フリーダの注意を耳にしながら、仲間たちを発見した。
遠くにある扉の前で、セレスティナたちが座らされている。“毛深き獣”たちは、両手をあげ、扉の前で平伏したり、身体を起こしたり、とお辞儀を繰り返している。
「奴らは何をしているっ」
腹が立つ。ジョニーは、硝子を叩き割りたくなった。
(緊急事態には、霊骸鎧に変身し、硝子を割って、襲いかかってやる。だが、変身禁止区域に飛び込んだ瞬間、変身が解除するので、注意が必要だ)
と、ジョニーは怒りながらも、冷静になった。セレスティナたちの救出には、思案が必要なのだ。
「動力源……を見なかったか?」
と、フリーダに質問した。
「ここには、動力源はねえよ、ここは、多分、連絡通路か、見張りに使う場所だろうな」
フリーダは、首を振って応えた。
遺跡内の配置や仕組みが過去と比べ、変わっている。セレスティナですら知らない秘密が、この遺跡に隠されている。
「動力源だったら、いかにも動力源らしい見た目をしていると思うぜ?」
と、フリーダが推理した。ジョニーは、納得した。
「なあ、ヴェルザンディに助けてもらっては、どうだ?」
と、フリーダが提案する。真剣な表情をしている。だが、ジョニーは賛成できなかった。
「ヴェルザンディの連中を探していたら、間に合わん。それに、奴らは“毛深き獣”よりも、俺たちを殺したがっていたぞ。“毛深き獣”は、すぐに殺さなかった分、まだ優しかったからな。……追いかけるぞ」
ジョニーは、走り出した。
だが、フリーダに腕を引っ張られ、阻止された。
「何をする? ……遊んでいる暇はないのだぞ?」
ジョニーは、自分の腕を離さないフリーダの指を睨んだ。
「……先にクルトを助けよう、な?」
と、フリーダが懇願してきた。ジョニーは、仲間がいた場所に目を向けた。武器が無残に散らばり、クルトが、仰向けになって倒れていた。
「だめだ。先にセレスティナたちを助ける。……セレスティナの護衛が、俺たちの最優先事項だ」
と、ジョニーはフリーダに伝えたものの、胸が痛んだ。クルトはなんだか面倒くさい奴だが、曲がりなりにも仲間である。仲間を見捨てるような、自分の冷血な思考に、罪悪感が生まれた。
「あたしは、孤児だった。ボルテックスの親父さんが、身寄りのない、あたしを引き取ってくれた。あたしにとって、自警団は家族同然なんだ。この前は、スパークを殺しちまった。あのときから、あたしは、あたしを許せなくなった。あたしは、家族を見殺しにしちまったんだ! 次は、クルトまでも失うなんて、耐えられない。頼む、リコ。クルトを助けてやってくれ! 頼む……。お願い……」
と、フリーダは玉のような涙を、頬に流した。普段は強気な女だが、仲間に対する想いが強い。
ジョニーはスパークを思い返した。スパークは、フリーダをかばって“黄金爆拳”に殺された。
フリーダがジョニーの片腕を掴んで離さない。爪が食い込む。
「しかたあるまい。助けるぞ。だが、手短にすませる」
ジョニーは折れた。フリーダと一緒に、階段を降りて、来た道を帰る。
二人は無言で、白い道を通った。伏兵を警戒する余裕などなかった。
クルトが目視できた。
一切動いていない。
フリーダは、クルトの傍まで走った。
普段は色白のクルトが、全身を赤く火照らせ、大量の汗を吹き出させていた。
左の上腕が紫色に腫れている。
「クルト、助けに来たよ。ほら、肩を乗せろ」
と、フリーダがクルトに肩を回す。ジョニーも反対側から抱え込んだ。クルトの身体が、燃え上がるように熱く、汗で湿っぽい。
「マミラ、俺は、もう駄目だ……。助けてくれ……」
クルトが、譫言を呟いている。ここにいないマミラに、必死に話しかけていた。
「幻覚を見ているな……。おい、クルト。しっかりしろ」
と、フリーダがクルトに話しかける。だが、クルトは、返事をしない。フリーダの表情が、黒い絶望に満たされてきた。ジョニーには、対処のしようがなかった。
「会長、すみません、すみません……。俺は、このまま死にます」
クルトは、フリーダに返事をせずに、ボルテックスに謝っている。早口で、日頃のクルトからは想像ができないほど、弱々しい口調であった。
「だめだ、クルト。負けんじゃねえよ、根性見せろや? おめえだけ死んで、家族のあたしたちを置いていくな。もし死んだら、ぜってぇゆるさねえからな」
意識が混濁しているクルトを背にしたフリーダが、声を張り上げた。目に涙を浮かべている。
ジョニーとフリーダは歩き出した。クルトは自分たちよりも重く、前に進みづらい。
角を曲がる前に、大きな壺があった。木の板で蓋をされている。
壺は最初、小さく揺れた。揺れがより激しくなった。構えた。
フリーダが小さく悲鳴を上げた。
ジョニーは、クルトを抱えたまま、対策の錬りようがなく、唇を噛んだ。
木の蓋が、宙を飛んだ。
壺の中から、見覚えのある少女……プリムが姿を現した。
「……プリム!? 貴様、無事だったのか?」
頭にかぶった帽子のプロペラが力なく回っている。くせっ毛の少女、プリムが半べそをかいていた。
「やつら、みょうなきかいをもってきやがった。きけんをさっちして、おれは、かくれた。そしたら、みんなのへんしんがとけて、あいつらにつかまった。みんなをつれさって、おれ、おれ……」
と、静かに泣きはじめた。自分だけ助かった、と自分を責めている。
「分かった。大丈夫だ、プリム。貴様は貴様なりに頑張った。一人でも助かってくれれば、俺たちも動きやすい。……生きていて、偉い」
と、ジョニーはプリムのくせっ毛を撫でた。プリムは自分よりも年上だが、完全に子ども扱いである。
クルトを隠し通路に連れて行く。
階段の段差を枕にして、クルトを寝かせた。
「どうする? こういうときって、どくでもすいだすのか? すいだして、はきだすやつ」
と、プリムが、クルトの傷口に自分の唇を近づけた。ジョニーは止めた。
「……毒は吸い出すな。貴様まで毒にかかってしまうぞ。……クルトの霊骸鎧には、自分の怪我を治す、自己回復能力がある」
ジョニーの説明に、フリーダの表情は、閃きの光で明るくなった。
「クルト、ここでなら変身できる。変身して、毒を治せ」
と、フリーダはクルトの胴体を揺さぶった。だが、クルトは動かない。
「おら、根性見せろよ。男だろう? 強引に印を組ませてやる」
と、フリーダは、クルトの腕を掴んで、動かした。
クルトが“鉄兜”に変身した。
朦朧とした意識の中で、クルトは、生き延びようとしている。霊骸鎧“鉄兜”は、苦しんでいたが、能力を開放すると、徐々に力を取り戻していった。
変身が解ける。
生身に戻ったクルトの顔色は、良くなっていた。
だが、左腕だけは、紫色になっていた。
「だめだ、クルトの体力を回復できても、毒そのものは消えねえんだ」
と、フリーダが吐き捨てるような口調で、悔しがった。説明した。
毒は、まだ残っている。
クルトが、また苦しみだした。体温が急激に上昇し、汗をかき、唸りだす。
「毒消しがあれば……」
フリーダが、眉間にしわを寄せた。自分の無力さを、責めているかのような表情であった。
クルトは、残った体力を振り絞るかのように、口を開いた。唇が、紫色に変色している。
「リコ、頼みがある。俺の腕を斬り落としてくれ……。俺は、このままでは助からん。さっきの変身で、毒をどうにか左腕に追いやった。……俺の荷物から、手斧がある。それを使え」
クルトは、荷物を床に撒いた。荷物の中に、小型の斧が見つかった。ジョニーは手斧を手をつけた。
「フリーダ、ひもでクルトの腕を絞れ」
ジョニーはフリーダに命令した。フリーダは息を呑んだ。
「本当にやるのか?」
瞳は涙で赤らみ、信じられない、という表情をしている。
「他に方法があるか?」
クルトの腕に紫色の斑点が広がる。毒が、血管を食い破っているのだ。クルトの全身が寒さで震え、大量の汗であふれた。
「……時間がない、やるしかない。早くしろ、フリーダ」
と、ジョニーはクルトの腕に触れ、切断する箇所を関節部分に決めた。
「フリーダ。……クルトの動きを押さえてくれ。クルトが舌を噛むかもしれん。布で猿ぐつわをつくって、噛ませろ」
「おい、リコ。おれは、なにをすればいい?」
と、プリムが自分を指さして、ジョニーに指示を仰いだ。赤くなった目には、真剣な強さが籠もっていた。口元が震えている。
初めて見る表情であった。
プリムは変わった。面倒事になると、いつも糸の切れた凧のように、我関せずに態度でどこかに行っていた。だが、今は、自ら地面に足をついて、仲間のために力を発揮しようとしている。
「……プリム。貴様は、いてくれるだけで良い。クルトの手でも握ってやってくれ」
ジョニーは思考を巡らせたが、特に何も思いつかなかった。プリムがクルトの傍に寄り添って、クルトの手を取った。怪我をしていない、右手である。プリムは、クルトの手を、自分の太ももの上にのせる。
「……覚悟は良いか?」
ジョニー、クルトに顔を近づけて、確認を取った。クルトは、そんな質問など愚問だ、とばかり強く頷く。
ジョニーは“影の騎士”に変身して、斧を構えた。
だが、斧の刃に映る自分の姿を見て、躊躇った。知り合いの腕を斬り落とした経験は、これまでにない。
(他に方法があるのではないか……?)
回避する方法を模索したが、ジョニーは頭を振った。他の手段を模索しているうちにも、クルトに毒が回っているのだ。それに、なによりもセレスティナたちの命が危険に晒されている。少しでも、時間を無駄にできない。
ジョニーは反動をつけて、手斧をクルトの腕に叩きつけた。
肉と骨が切断される音がして、クルトの左腕が空中に舞った。
「クルト!」
フリーダが呼びかける。
クルトが“鉄兜”に変身した。霊骸鎧の中で、クルトが腕を失った痛みで悶えている。霊骸鎧に変身しても、左腕はなくなっている。
よく片腕で印が組めたな、と思った。
離れたクルトの左腕は、床に転がり、黒い土塊となって、朽ち果てた。
腕を斬り落とされた激痛に、クルトは身悶えした。だが、能力を回復すると、次第に、クルトの容態は安定していった。フリーダが呼びかけると、クルトは、手の動きで自分の無事を知らせた。
ジョニーは変身を解いて、立ち上がった。
「……俺は行くぞ。仲間たちを助けにな。……フリーダ、クルトを頼む」
フリーダは頷いた。不安げな表情で、クルトの頭を優しく撫でている。
クルトは生身の姿に戻っていた。血は止まり、毒の驚異は去ったが、片腕を失い、生命力や大量の霊力を消耗したのである。もともと白い顔が、青ざめていた。
「まて、リコ。おれも、ついていくぞ」
と、プリムは、涙を浮かべて立ち上がった。フリーダに向き直る。
「あんしんしろ、フリーダ。かならず、みんなをたすけにつれてかえるからな。……おれたちには、リコがいる」
プリムが優しくフリーダの背中を擦った。泣いている妹をあやしている、姉のようであった。ジョニーにとって、意外な光景である。普段はフリーダが大人っぽいのに、小柄なプリムが一回り年上に見えたからである。
ジョニーは、フリーダに背を向け、セレスティナのいる地点に向かって、走り出した。
だが、プリムは足が遅いので、ときどき立ち止まって、振り返らなくてはいけなかった。
2
ジョニーたちは、すぐにセレスティナたちに追いついた。
硝子から見下ろすと、拘束されたセレスティナたちが、扉の前で座らされている。
毒針散弾銃を構えた“毛深き獣”たちが周りを取り囲んでいる。
「セレスティナを拘束するとは、なかなか楽しい真似をしてくれるな。貴様らには、もっと楽しい遊びを、その身体に教え込んでやるからな」
と、ジョニーの腹に怒りが湧いてきた。
一体の“毛深き獣”が、扉の前で立っていた。
頭から、ところどころ毛が抜け落ち、皮膚が露出していた。
毛の抜けた頭に木の枝や葉っぱで組んだ王冠をかぶっている。“毛深き獣”の指導者……長老だと、ジョニーは思った。
長老は、自身の片手を、白い菱形のスイッチに捧げて、何か呪文を唱えている。
他の“毛深き獣”たちも、長老の後ろで、跪き、両手を上げ、祈りを捧げていた。
「扉がなかなか開かなくて、立ち往生しているのだな」
扉を開けるには、時間が掛かりすぎている。クルトを助けて、追いつく程度だ。
“毛深き獣”が、霊力を操っているとは、ジョニーにとって意外だった。
ジョニーとプリムは、簡単に扉の向こう側に入れた。
部屋と通路の壁は、内部的にはつながっている。壁の内部は、二手に分かれ、大広間を取り囲んでいた。扉を越えると、隠し通路は黒くなった。
壁の中が空洞だと、天井の重さに耐えきれない気がする。
「さては、“毛深き獣”どもめ。この隠し通路の存在を知らないな」
と、ジョニーは気づいた。
この隠し通路を自由に出入りできれば、いつでも奇襲攻撃を仕掛けられるし、向こうから攻撃される心配もない。
不意に、階下から、“毛深き獣”たちの歓声があがった。
扉が開いたのである。
「マオウサマにエイコウあれ」
と、長老は、自分の手のひらに口づけをした。手のひらには、毛の塊……鼠の死骸があった。「しんだねずみで、しかけがうごくのか?」
と、プリムが疑問を口にした。硝子に顔をはり付けている。
「鼠と霊力操作に関係があるとは、思えん。たまたま開いただけだろう。……奴らめ、頭が良いのか悪いのか分からんな」
扉の向こうは、白い空間……変身禁止区域であった。
部屋の奥に、巨大な像が鎮座していた。ちょうど、ジョニーたちと同じ目の高さに、像の顔がある。
長老をはじめ、“毛深き獣”たちが、像に向かって恭しくお辞儀をしている。
ここは、“毛深き獣”にとって、神聖な場所なのだ。シグレナスにとっての、大神殿と同じである。
「魔王の配下にとって、白く神聖な場所が安全で、俺たち霊骸鎧にとって黒くて身を隠せる場所が安全だとは、皮肉な話だな」
巨大な像を、もう一度見る。
全体的に蝙蝠の羽を思わせるマントを身にまとい、顔は蝙蝠に似ていた。
……魔王。
ジョニーは、すぐに分かった。
魔王像の眉間には、白い菱形があった。
「あそこだな。……変身禁止区域の動力源だ」
わかりやすい。フリーダの推理通りだった。
ジョニーは思案した。このまま硝子を突き破って、あのスイッチを起動させる。だが、ジョニーがやると、時間がかかる。毒針散弾銃の餌食になるだけだ。
「くっ、殺せ……!」
像の部屋で、フィクスが、ダルテの制止を振り切って、わめき散らしていた。
「お前たちのような下賤な怪物どもの慰みものになるくらいなら、末代までの恥だ。さあ、ここで殺せ! お前たちの子どもなど、産んでたまるか!」
「ダマレ」
と、“毛深き獣”の長老が、騒ぎ立てるフィクスに霧吹きで何かを吹き付けた。スプレーした。
「ワレワレはオマエらニンゲンのオンナにテをダスな、とメイレイサレテイる。……ソノヨウなヤカラは、ホコリタカきトロールのカザカミにもオケナイ」
長老が、舌を鳴らし、人差し指を振った。
「お前ら、よくも女の顔を穢したな?」
フィクスが叫ぶ。黄色い粘液が、フィクスの右目を覆い隠していた。
怒り狂い、暴れるフィクスに、長老は周りの“毛深き獣”に目配せをした。
棍棒を手にした“毛深き獣”が、フィクスに殴りかかった。両腕を縛られたダルテが、“毛深き獣”に背を向け、フィクスをかばった。
“毛深き獣”がダルテを棍棒で殴る。
「オマエらのオヤダマは、ダレだ?」
代わりに殴られているダルテのうめき声を背景に、長老が淡々と質問をした。
「オマエラはワレワレのドウホウをコロシ、シンセイなマオウサマのヘヤをケガシタ。ワレワレのヤリカタでムクイをウケテモラウ」
ジョニーには、長老の発音が独特すぎて、半分以上、聞き取れなかった。
「待て、交渉しよう。金はいらねえか? 俺が用意してやるから、なんでも来い」
と、ボルテックスが命乞いをした。すぐに殺されそうな奴の発言だ、とジョニーは思った。
「……オマエらニンゲンはウソをツク。シンヨウにアタイしない。コロスシカナイのダ」
長老はボルテックスの提案に乗らなかった。
「オヤダマをダサナイなら、ヒトリづつコロセ。マズ、あのオンナからダ。……ムネにアナをアケテ、シンゾウをトリダシテヤル」
と、長老はフィクスを指さした。わめき散らすフィクスの表情に、恐怖が横切った。
「俺だ……っ。俺がリーダーだ。殺すなら、俺にしろ。他の奴らに手を出すな」
と、ボルテックスが立ち上がり、叫んだ。
長老が擦れた鳴き声を出して、部下たちに指示を出した。
ダルテを殴っていた“毛深き獣”が、ダルテを投げ捨て、代わりにボルテックスの両脇を抱えて、ボルテックスを立ち上がらせた。
「オヤダマをコロスなら、ホカのヤツラはイカシテオク。シヌまでドレイダ」
「死ぬまで奴隷だなんて……」
セルトガイナーは狼狽している。自分の将来を想像し、囚われた小動物のように怯えている。
「だったら、私を殺せ!」
と、フィクスがまたわめいた。そんなに殺されたいの? とジョニーは思った。右目が黄色く変色している。何か薬物の影響を受けている。
「待て、俺を殺せ」
「いいや、私が死ぬ。まっさきに私を殺せ。こんな辱めを受けて、もう生きてはいけない」
と、フィクスが自暴自棄になっている。
責任感で命を投げ打つボルテックスと、誇りのために死にたがっているフィクスが譲らず、言い争っている。
一体の“毛深き獣”が長老に耳打ちをする。
「マテ……。ホントウのオヤダマは、ソのモノではナイ……」
と、長老が指を振った。振った指でセレスティナを指さす。
「コのオンナがオヤダマだ。ソのデカイヤツはミセカケのオヤダマ」
仲間たちは動揺した。
「ちがう、俺だ。俺を殺せっ」
「マオウサマのゴゼンにて、クビをハネヨ」
悲痛なボルテックスの叫びは無視された。
セレスティナが手錠につけられた鎖を引かれた。
「アイシャよりも賢いかもしれん」
“毛深き獣”は、洞察力に優れている。地上からほとんど姿を消し、絶滅寸前といえ、古来より、生き延びた種族である。
巨大な魔王像の前に、岩でできた、寝台があった。セレスティナの手錠は外され、寝台の上に寝かされた。
巨大な刃物を肩に担いだ大柄な“毛深き獣”が近づいてくる。
ジョニーの口から苦みを感じた。想定していたよりも、最悪の状況である。
長老たちは、なにか呪文を唱え始めた。“毛深き獣”なりの儀式だと、ジョニーは考えた。
(儀式が終わったら、セレスティナが殺される。終わる前に、セレスティナを救わなくては……!)
セレスティナは、青ざめた表情をしている。の確実なる死が、刻々と近づいているのだ。
ジョニーの隣で、歯を鳴らしている音が聞こえる。
「た、たすけるぞ、みんな。まっててくれ……」
プリムが、恐怖で錯乱していた。
「プリム、無理するな。貴様は行かなくてもよい。俺がなんとかする」
「いやだ。いつも、おれは、やくただず。しぬときくらい、みんなのためになりたい。おれたちは、なかまだ。ぜったいにみすてない」
足を震わせている。ジョニーは嬉しく思った。
ジョニーは、しゃがんで、プリムの視線を合わせた。
「プリム、貴様まで死ぬな。たとえここで全滅をして、貴様だけが生き残ったとしても、俺たちは貴様を恨んだりなんかしない。貴様だけでも生きのびろ。それが、貴様の仕事だ。だから、もし、俺たちが死んだら、逃げろ」
と、なるべく