表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/170

魔王像

        1

 隠し階段の先は、黄色であった。床や壁から、黄色い光が放出されている。

「……この場所でなら、変身できる」

 心なしか、足取りが軽くなった気がする。

 ジョニーは階段を駆け上がった。フリーダも従いてくる。

 階段の踊り場に扉があったが、鍵が掛かっている。

 迷っている暇はない。ジョニーは、扉を蹴り飛ばした。

 だが、中身は、ほこりまみれの空き部屋だった。ジョニーは、部屋の狭さから、使われていない倉庫だと解釈した。少なくとも、目的の動力源はない。

 倉庫を諦め、階段を昇る。

 昇った先は、展望が広がった。セレスティナたちがいた通路が見下ろす。目に見えない透明の壁が、ジョニーの姿をかすかに反射させている。

 フリーダがジョニーの隣で、見えない壁に触れた。

「おい、リコ。これは硝子ガラスだ。硝子のコップなら見た記憶があるが、こんな壁一面に硝子が張られているだなんて、初めてだ」

「ただの硝子ではない。外から見れば、ただの壁に見えるのだ。つまり、こちらにいれば、一方的に中を監視できる」

 ジョニーは、硝子に顔に張り付けて、セレスティナを探した。

「リコ。硝子は割れやすいから、あまり強く押すんじゃねえぞ」

 フリーダの注意を耳にしながら、仲間たちを発見した。

 遠くにある扉の前で、セレスティナたちが座らされている。“毛深き獣(トロール)”たちは、両手をあげ、扉の前で平伏したり、身体を起こしたり、とお辞儀を繰り返している。

「奴らは何をしているっ」

 腹が立つ。ジョニーは、硝子を叩き割りたくなった。

(緊急事態には、霊骸鎧に変身し、硝子を割って、襲いかかってやる。だが、変身禁止区域に飛び込んだ瞬間、変身が解除するので、注意が必要だ)

と、ジョニーは怒りながらも、冷静になった。セレスティナたちの救出には、思案が必要なのだ。

「動力源……を見なかったか?」

と、フリーダに質問した。

「ここには、動力源はねえよ、ここは、多分、連絡通路か、見張りに使う場所だろうな」

 フリーダは、首を振って応えた。

 遺跡内の配置や仕組みが過去と比べ、変わっている。セレスティナですら知らない秘密が、この遺跡に隠されている。

「動力源だったら、いかにも動力源らしい見た目をしていると思うぜ?」

と、フリーダが推理した。ジョニーは、納得した。

「なあ、ヴェルザンディに助けてもらっては、どうだ?」

と、フリーダが提案する。真剣な表情をしている。だが、ジョニーは賛成できなかった。

「ヴェルザンディの連中を探していたら、間に合わん。それに、奴らは“毛深き獣”よりも、俺たちを殺したがっていたぞ。“毛深き獣”は、すぐに殺さなかった分、まだ優しかったからな。……追いかけるぞ」

 ジョニーは、走り出した。

 だが、フリーダに腕を引っ張られ、阻止された。

「何をする? ……遊んでいる暇はないのだぞ?」

 ジョニーは、自分の腕を離さないフリーダの指を睨んだ。

「……先にクルトを助けよう、な?」

と、フリーダが懇願してきた。ジョニーは、仲間がいた場所に目を向けた。武器が無残に散らばり、クルトが、仰向けになって倒れていた。

「だめだ。先にセレスティナたちを助ける。……セレスティナの護衛が、俺たちの最優先事項だ」

と、ジョニーはフリーダに伝えたものの、胸が痛んだ。クルトはなんだか面倒くさい奴だが、曲がりなりにも仲間である。仲間を見捨てるような、自分の冷血な思考に、罪悪感が生まれた。

「あたしは、孤児だった。ボルテックスの親父さんが、身寄りのない、あたしを引き取ってくれた。あたしにとって、自警団は家族同然なんだ。この前は、スパークを殺しちまった。あのときから、あたしは、あたしを許せなくなった。あたしは、家族を見殺しにしちまったんだ! 次は、クルトまでも失うなんて、耐えられない。頼む、リコ。クルトを助けてやってくれ! 頼む……。お願い……」

と、フリーダは玉のような涙を、頬に流した。普段は強気な女だが、仲間に対する想いが強い。

 ジョニーはスパークを思い返した。スパークは、フリーダをかばって“黄金爆拳ゴールデンボンバー”に殺された。

 フリーダがジョニーの片腕を掴んで離さない。爪が食い込む。

「しかたあるまい。助けるぞ。だが、手短にすませる」

 ジョニーは折れた。フリーダと一緒に、階段を降りて、来た道を帰る。

 二人は無言で、白い道を通った。伏兵を警戒する余裕などなかった。

 クルトが目視できた。

 一切動いていない。

 フリーダは、クルトの傍まで走った。

 普段は色白のクルトが、全身を赤く火照ほてらせ、大量の汗を吹き出させていた。

 左の上腕が紫色に腫れている。

「クルト、助けに来たよ。ほら、肩を乗せろ」

と、フリーダがクルトに肩を回す。ジョニーも反対側から抱え込んだ。クルトの身体が、燃え上がるように熱く、汗で湿っぽい。

「マミラ、俺は、もう駄目だ……。助けてくれ……」

 クルトが、譫言うわごとを呟いている。ここにいないマミラに、必死に話しかけていた。

「幻覚を見ているな……。おい、クルト。しっかりしろ」

と、フリーダがクルトに話しかける。だが、クルトは、返事をしない。フリーダの表情が、黒い絶望に満たされてきた。ジョニーには、対処のしようがなかった。

「会長、すみません、すみません……。俺は、このまま死にます」

 クルトは、フリーダに返事をせずに、ボルテックスに謝っている。早口で、日頃のクルトからは想像ができないほど、弱々しい口調であった。

「だめだ、クルト。負けんじゃねえよ、根性見せろや? おめえだけ死んで、家族のあたしたちを置いていくな。もし死んだら、ぜってぇゆるさねえからな」

 意識が混濁しているクルトを背にしたフリーダが、声を張り上げた。目に涙を浮かべている。

 ジョニーとフリーダは歩き出した。クルトは自分たちよりも重く、前に進みづらい。

 角を曲がる前に、大きな壺があった。木の板で蓋をされている。

 壺は最初、小さく揺れた。揺れがより激しくなった。構えた。

 フリーダが小さく悲鳴を上げた。

 ジョニーは、クルトを抱えたまま、対策の錬りようがなく、唇を噛んだ。

 木の蓋が、宙を飛んだ。

 壺の中から、見覚えのある少女……プリムが姿を現した。

「……プリム!? 貴様、無事だったのか?」

 頭にかぶった帽子のプロペラが力なく回っている。くせっ毛の少女、プリムが半べそをかいていた。

「やつら、みょうなきかいをもってきやがった。きけんをさっちして、おれは、かくれた。そしたら、みんなのへんしんがとけて、あいつらにつかまった。みんなをつれさって、おれ、おれ……」

と、静かに泣きはじめた。自分だけ助かった、と自分を責めている。

「分かった。大丈夫だ、プリム。貴様は貴様なりに頑張った。一人でも助かってくれれば、俺たちも動きやすい。……生きていて、偉い」

と、ジョニーはプリムのくせっ毛を撫でた。プリムは自分よりも年上だが、完全に子ども扱いである。

 クルトを隠し通路に連れて行く。

 階段の段差を枕にして、クルトを寝かせた。

「どうする? こういうときって、どくでもすいだすのか? すいだして、はきだすやつ」

と、プリムが、クルトの傷口に自分の唇を近づけた。ジョニーは止めた。

「……毒は吸い出すな。貴様まで毒にかかってしまうぞ。……クルトの霊骸鎧には、自分の怪我を治す、自己回復能力がある」

 ジョニーの説明に、フリーダの表情は、閃きの光で明るくなった。

「クルト、ここでなら変身できる。変身して、毒を治せ」

と、フリーダはクルトの胴体を揺さぶった。だが、クルトは動かない。

「おら、根性見せろよ。男だろう? 強引に印を組ませてやる」

と、フリーダは、クルトの腕を掴んで、動かした。

 クルトが“鉄兜アイアンヘルム”に変身した。

 朦朧もうろうとした意識の中で、クルトは、生き延びようとしている。霊骸鎧“鉄兜”は、苦しんでいたが、能力を開放すると、徐々に力を取り戻していった。

 変身が解ける。

 生身に戻ったクルトの顔色は、良くなっていた。

 だが、左腕だけは、紫色になっていた。

「だめだ、クルトの体力を回復できても、毒そのものは消えねえんだ」

と、フリーダが吐き捨てるような口調で、悔しがった。説明した。

 毒は、まだ残っている。

 クルトが、また苦しみだした。体温が急激に上昇し、汗をかき、唸りだす。

「毒消しがあれば……」

 フリーダが、眉間にしわを寄せた。自分の無力さを、責めているかのような表情であった。

 クルトは、残った体力を振り絞るかのように、口を開いた。唇が、紫色に変色している。

「リコ、頼みがある。俺の腕を斬り落としてくれ……。俺は、このままでは助からん。さっきの変身で、毒をどうにか左腕に追いやった。……俺の荷物から、手斧ハンドアクスがある。それを使え」

 クルトは、荷物を床にいた。荷物の中に、小型の斧が見つかった。ジョニーは手斧を手をつけた。

「フリーダ、ひもでクルトの腕を絞れ」

 ジョニーはフリーダに命令した。フリーダは息を呑んだ。

「本当にやるのか?」

 瞳は涙で赤らみ、信じられない、という表情をしている。

「他に方法があるか?」

 クルトの腕に紫色の斑点が広がる。毒が、血管を食い破っているのだ。クルトの全身が寒さで震え、大量の汗であふれた。

「……時間がない、やるしかない。早くしろ、フリーダ」

と、ジョニーはクルトの腕に触れ、切断する箇所を関節部分に決めた。

「フリーダ。……クルトの動きを押さえてくれ。クルトが舌を噛むかもしれん。布で猿ぐつわをつくって、噛ませろ」

「おい、リコ。おれは、なにをすればいい?」

と、プリムが自分を指さして、ジョニーに指示を仰いだ。赤くなった目には、真剣な強さが籠もっていた。口元が震えている。

 初めて見る表情であった。

 プリムは変わった。面倒事になると、いつも糸の切れた凧のように、我関せずに態度でどこかに行っていた。だが、今は、自ら地面に足をついて、仲間のために力を発揮しようとしている。

「……プリム。貴様は、いてくれるだけで良い。クルトの手でも握ってやってくれ」

 ジョニーは思考を巡らせたが、特に何も思いつかなかった。プリムがクルトの傍に寄り添って、クルトの手を取った。怪我をしていない、右手である。プリムは、クルトの手を、自分の太ももの上にのせる。

「……覚悟は良いか?」

 ジョニー、クルトに顔を近づけて、確認を取った。クルトは、そんな質問など愚問だ、とばかり強くうなづく。

 ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身して、斧を構えた。

 だが、斧の刃に映る自分の姿を見て、躊躇ためらった。知り合いの腕を斬り落とした経験は、これまでにない。

(他に方法があるのではないか……?)

 回避する方法を模索したが、ジョニーは頭を振った。他の手段を模索しているうちにも、クルトに毒が回っているのだ。それに、なによりもセレスティナたちの命が危険に晒されている。少しでも、時間を無駄にできない。

 ジョニーは反動をつけて、手斧をクルトの腕に叩きつけた。

 肉と骨が切断される音がして、クルトの左腕が空中に舞った。

「クルト!」

 フリーダが呼びかける。

 クルトが“鉄兜”に変身した。霊骸鎧の中で、クルトが腕を失った痛みで悶えている。霊骸鎧に変身しても、左腕はなくなっている。

 よく片腕で印が組めたな、と思った。

 離れたクルトの左腕は、床に転がり、黒い土塊つちくれとなって、朽ち果てた。

 腕を斬り落とされた激痛に、クルトは身悶えした。だが、能力を回復すると、次第に、クルトの容態は安定していった。フリーダが呼びかけると、クルトは、手の動きで自分の無事を知らせた。

 ジョニーは変身を解いて、立ち上がった。

「……俺は行くぞ。仲間たちを助けにな。……フリーダ、クルトを頼む」

 フリーダは頷いた。不安げな表情で、クルトの頭を優しくでている。

 クルトは生身の姿に戻っていた。血は止まり、毒の驚異は去ったが、片腕を失い、生命力や大量の霊力を消耗したのである。もともと白い顔が、青ざめていた。

「まて、リコ。おれも、ついていくぞ」

と、プリムは、涙を浮かべて立ち上がった。フリーダに向き直る。

「あんしんしろ、フリーダ。かならず、みんなをたすけにつれてかえるからな。……おれたちには、リコがいる」

 プリムが優しくフリーダの背中をさすった。泣いている妹をあやしている、姉のようであった。ジョニーにとって、意外な光景である。普段はフリーダが大人っぽいのに、小柄なプリムが一回り年上に見えたからである。

 ジョニーは、フリーダに背を向け、セレスティナのいる地点に向かって、走り出した。

 だが、プリムは足が遅いので、ときどき立ち止まって、振り返らなくてはいけなかった。

        2

 ジョニーたちは、すぐにセレスティナたちに追いついた。

 硝子から見下ろすと、拘束されたセレスティナたちが、扉の前で座らされている。

 毒針散弾銃ポイズンニードルスプレーを構えた“毛深き獣(トロール)”たちが周りを取り囲んでいる。

「セレスティナを拘束するとは、なかなか楽しい真似をしてくれるな。貴様らには、もっと楽しい遊びを、その身体に教え込んでやるからな」

と、ジョニーの腹に怒りが湧いてきた。

 一体の“毛深き獣”が、扉の前で立っていた。

 頭から、ところどころ毛が抜け落ち、皮膚が露出していた。

 毛の抜けた頭に木の枝や葉っぱで組んだ王冠をかぶっている。“毛深き獣”の指導者……長老だと、ジョニーは思った。

 長老は、自身の片手を、白い菱形のスイッチに捧げて、何か呪文を唱えている。

 他の“毛深き獣”たちも、長老の後ろで、ひざまづき、両手を上げ、祈りを捧げていた。

「扉がなかなか開かなくて、立ち往生しているのだな」

 扉を開けるには、時間が掛かりすぎている。クルトを助けて、追いつく程度だ。

“毛深き獣”が、霊力を操っているとは、ジョニーにとって意外だった。

 ジョニーとプリムは、簡単に扉の向こう側に入れた。

 部屋と通路の壁は、内部的にはつながっている。壁の内部は、二手に分かれ、大広間を取り囲んでいた。扉を越えると、隠し通路は黒くなった。

 壁の中が空洞だと、天井の重さに耐えきれない気がする。

「さては、“毛深き獣”どもめ。この隠し通路の存在を知らないな」

と、ジョニーは気づいた。

 この隠し通路を自由に出入りできれば、いつでも奇襲攻撃を仕掛けられるし、向こうから攻撃される心配もない。

 不意に、階下から、“毛深き獣”たちの歓声があがった。

 扉が開いたのである。

「マオウサマにエイコウあれ」

と、長老は、自分の手のひらに口づけをした。手のひらには、毛の塊……鼠の死骸があった。「しんだねずみで、しかけがうごくのか?」

と、プリムが疑問を口にした。硝子に顔をはり付けている。

「鼠と霊力操作に関係があるとは、思えん。たまたま開いただけだろう。……奴らめ、頭が良いのか悪いのか分からんな」

 扉の向こうは、白い空間……変身禁止区域であった。

 部屋の奥に、巨大な像が鎮座していた。ちょうど、ジョニーたちと同じ目の高さに、像の顔がある。

 長老をはじめ、“毛深き獣”たちが、像に向かってうやうやしくお辞儀をしている。

 ここは、“毛深き獣”にとって、神聖な場所なのだ。シグレナスにとっての、大神殿と同じである。

「魔王の配下にとって、白く神聖な場所が安全で、俺たち霊骸鎧にとって黒くて身を隠せる場所が安全だとは、皮肉な話だな」

 巨大な像を、もう一度見る。

 全体的に蝙蝠の羽を思わせるマントを身にまとい、顔は蝙蝠に似ていた。

 ……魔王。

 ジョニーは、すぐに分かった。

 魔王像の眉間には、白い菱形があった。

「あそこだな。……変身禁止区域の動力源だ」

 わかりやすい。フリーダの推理通りだった。

 ジョニーは思案した。このまま硝子を突き破って、あのスイッチを起動させる。だが、ジョニーがやると、時間がかかる。毒針散弾銃の餌食になるだけだ。

「くっ、殺せ……!」

 像の部屋で、フィクスが、ダルテの制止を振り切って、わめき散らしていた。

「お前たちのような下賤な怪物どもの慰みものになるくらいなら、末代までの恥だ。さあ、ここで殺せ! お前たちの子どもなど、産んでたまるか!」

「ダマレ」

と、“毛深き獣”の長老が、騒ぎ立てるフィクスに霧吹きで何かを吹き付けた。スプレーした。

「ワレワレはオマエらニンゲンのオンナにテをダスな、とメイレイサレテイる。……ソノヨウなヤカラは、ホコリタカきトロールのカザカミにもオケナイ」

 長老が、舌を鳴らし、人差し指を振った。

「お前ら、よくも女の顔を穢したな?」

 フィクスが叫ぶ。黄色い粘液が、フィクスの右目を覆い隠していた。

 怒り狂い、暴れるフィクスに、長老は周りの“毛深き獣”に目配せをした。

 棍棒を手にした“毛深き獣”が、フィクスに殴りかかった。両腕を縛られたダルテが、“毛深き獣”に背を向け、フィクスをかばった。

“毛深き獣”がダルテを棍棒で殴る。

「オマエらのオヤダマは、ダレだ?」

 代わりに殴られているダルテのうめき声を背景に、長老が淡々と質問をした。

「オマエラはワレワレのドウホウをコロシ、シンセイなマオウサマのヘヤをケガシタ。ワレワレのヤリカタでムクイをウケテモラウ」

 ジョニーには、長老の発音が独特すぎて、半分以上、聞き取れなかった。

「待て、交渉しよう。金はいらねえか? 俺が用意してやるから、なんでも来い」

と、ボルテックスが命乞いをした。すぐに殺されそうな奴の発言だ、とジョニーは思った。

「……オマエらニンゲンはウソをツク。シンヨウにアタイしない。コロスシカナイのダ」

 長老はボルテックスの提案に乗らなかった。

「オヤダマをダサナイなら、ヒトリづつコロセ。マズ、あのオンナからダ。……ムネにアナをアケテ、シンゾウをトリダシテヤル」

と、長老はフィクスを指さした。わめき散らすフィクスの表情に、恐怖が横切った。

「俺だ……っ。俺がリーダーだ。殺すなら、俺にしろ。他の奴らに手を出すな」

と、ボルテックスが立ち上がり、叫んだ。

 長老がかすれた鳴き声を出して、部下たちに指示を出した。

 ダルテを殴っていた“毛深き獣”が、ダルテを投げ捨て、代わりにボルテックスの両脇を抱えて、ボルテックスを立ち上がらせた。

「オヤダマをコロスなら、ホカのヤツラはイカシテオク。シヌまでドレイダ」

「死ぬまで奴隷だなんて……」

 セルトガイナーは狼狽している。自分の将来を想像し、囚われた小動物のように怯えている。

「だったら、私を殺せ!」

と、フィクスがまたわめいた。そんなに殺されたいの? とジョニーは思った。右目が黄色く変色している。何か薬物の影響を受けている。

「待て、俺を殺せ」

「いいや、私が死ぬ。まっさきに私を殺せ。こんな辱めを受けて、もう生きてはいけない」

と、フィクスが自暴自棄になっている。 

 責任感で命を投げ打つボルテックスと、誇りのために死にたがっているフィクスが譲らず、言い争っている。

 一体の“毛深き獣”が長老に耳打ちをする。

「マテ……。ホントウのオヤダマは、ソのモノではナイ……」

と、長老が指を振った。振った指でセレスティナを指さす。

「コのオンナがオヤダマだ。ソのデカイヤツはミセカケのオヤダマ」

 仲間たちは動揺した。

「ちがう、俺だ。俺を殺せっ」

「マオウサマのゴゼンにて、クビをハネヨ」

 悲痛なボルテックスの叫びは無視された。

 セレスティナが手錠につけられた鎖を引かれた。

「アイシャよりも賢いかもしれん」

“毛深き獣”は、洞察力に優れている。地上からほとんど姿を消し、絶滅寸前といえ、古来より、生き延びた種族である。

 巨大な魔王像の前に、岩でできた、寝台があった。セレスティナの手錠は外され、寝台の上に寝かされた。

 巨大な刃物を肩に担いだ大柄な“毛深き獣”が近づいてくる。

 ジョニーの口から苦みを感じた。想定していたよりも、最悪の状況である。

 長老たちは、なにか呪文を唱え始めた。“毛深き獣”なりの儀式だと、ジョニーは考えた。

(儀式が終わったら、セレスティナが殺される。終わる前に、セレスティナを救わなくては……!)

 セレスティナは、青ざめた表情をしている。の確実なる死が、刻々と近づいているのだ。

 ジョニーの隣で、歯を鳴らしている音が聞こえる。

「た、たすけるぞ、みんな。まっててくれ……」

 プリムが、恐怖で錯乱していた。

「プリム、無理するな。貴様は行かなくてもよい。俺がなんとかする」

「いやだ。いつも、おれは、やくただず。しぬときくらい、みんなのためになりたい。おれたちは、なかまだ。ぜったいにみすてない」

 足を震わせている。ジョニーは嬉しく思った。

 ジョニーは、しゃがんで、プリムの視線を合わせた。

「プリム、貴様まで死ぬな。たとえここで全滅をして、貴様だけが生き残ったとしても、俺たちは貴様を恨んだりなんかしない。貴様だけでも生きのびろ。それが、貴様の仕事だ。だから、もし、俺たちが死んだら、逃げろ」

と、なるべく優しい口調で諭した。

 涙と鼻水が合流したプリムは、激しく何度も頷いた。

 だが、時間がない。

(何か方法はないか?)

 もう一度、魔王像を見る。白い菱形のスイッチ……動力源を見た。

(俺が起動させたら、絶対に間に合わない。セレスティナにやってもらおう。まずは、セレスティナを助ける)

 ジョニーは、寝台で縛り付けられているセレスティナを見た。“毛深き獣”たちは両手をあげ、全身をくねらせ、呪文を唱え続けている。

 跳躍力が足りない。

 セレスティナの寝台から魔王像の顔まで、生身の姿では、霊骸鎧に変身しなければ、届かない。だからといって、白い空間……変身禁止区域では、変身は無理だ。

 ジョニーは目を閉じた。だが、すぐに閃いた。

「待てよ……。変身禁止区域では、確かに霊骸鎧に変身できない。だが、扉を開けるといった、霊力の操作はできた」

 “毛深き獣”たちは鼠の死骸を使って、霊力の操作をしていた。もちろん、鼠の死骸に扉を開ける機能が備わっているかは知らないが、鼠の死骸を通して、“毛深き獣”たちは、霊力の操作をしているのだ、とジョニーは仮説を立てた。

「それならば……少なくとも、変身禁止区域では、霊力の操作が可能だ」

と、ジョニーは“影の騎士”に変身した。

「とびこむきか? やめろ、おまえまでしぬぞ?」

 ジョニーは、プリムの制止を振り切って、顔面の前に両腕で十字を作り、飛んだ。透明の壁……硝子を突き破った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これからどうなっていくのかと思うとドキドキします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ