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変身禁止区域

        1

 ジョニーは目を覚ました。

(朝だ……)

 もっとも、日光の届かない地下世界で、朝を朝だと実感がない。

 仲間たちの話し声で、朝だと判断するしかなかった。仲間たちは円陣を作って、食事の準備をしている。

 ジョニーは、自分の太ももを見ると、青いあざができていた。ボルテックスが眠ってできたあとだ。

 ジョニーと一夜をともに過ごしたボルテックスは、腰を下ろし、セレスティナと話をしている。ジョニーにできた痕など知らない様子で話をしているボルテックスに、ジョニーは腹が立ってきた。

 クルトはボルテックスの隣に控えていた。白いまぶたが腫れ、鋭い眼が血走っている。

 クルトの隣には、欠伸あくびをしたセルトガイナーが、さらに隣にフリーダが片腕を伸ばして身体を柔らかくてしている。

 フリーダの隣でサイクリークスは、器用な手つきで、プリムのくせっ毛に櫛をとおしていた。セルトガイナーとサイクリークスは、意外とプリムと仲が良い。ビジーたちと一緒にいるときよりも、プリムは話をしている。年齢が近いせいだろう、とジョニーは解釈した。

 プリムの横でダルテが槍を立てて座っている。隣のフィクスは、槍を腰の後ろに横たわらせている。

 やぶにらみのゲインは虚空を見つめている。何か見えない存在と交信をしているかのようだ。

 シズカは正座をして、杯に入れた水を両手で隠すかのように飲んでいる。

 一番最後に目覚めたジョニーが、輪の中に入る。

 シズカの隣、セレスティナの横が空いていた。

(別に、やましい行為をするわけではない)

と、ジョニーは言い訳を思い浮かべた。誰に対して、どんな意味なのか、不明である。横顔を覗くと、セレスティナは、一切視線を合わせようとはしない。氷壁のように、表情が固まっている。

(セレスティナに告白をするだと? 無理な話だ)

 ジョニーは、投げやりな気持ちになった。

 皆が目覚める状態を確認して、少ない食糧を小分けにして食べる。

「はらがへった」

 プリムが、一口で終わった食事に不満を漏らした。全員の代弁者であるかのようだった。 ジョニーも、プリムの発言に納得した。空腹しか感じない。労力の割には、栄養素が少なさ過ぎる。

 仲間たちは、力を失ったかのように、うなだれた。

 食糧事情は、霊骸鎧の運用に強い影響を及ぼす。

 いや、霊骸鎧の問題だけではない。

 子どもの頃、ビジーと食事の奪い合いをした経験がある。当然、ジョニーの勝利で終わったが、あの温厚なビジーですら、顔を真っ赤にして怒っていた。それほど、食い物の恨みは凄まじい。

 セレスティナが、目を伏せ肩を落としていた。責任を感じている、とジョニーは思った。

(仲間たちの落胆が、いつかは、怒りに変わるかもしれない)

 怒りが、ボルテックスやセレスティナに向く、と予想した。

 ボルテックスが恨まれて殺されても、なんとも思わないが、セレスティナが恨まれる状況を想像すると、辛くなってきた。

(食糧問題の対策も考えなくてはいけないな……。だが、こんな地下迷宮で、どうやって食糧を調達する?)

 セレスティナの力になりたい。ジョニーが必死に頭を動かしたが、特に何も思いつかなかった。

 ジョニーの逡巡など、知らないセレスティナは立ち上がり、黙って一角の壁まで歩いて行った。

 壁の一部を、手で押す。岩と岩がこすれる音を立てて、壁に細い空間が現れた。

「また、隠し通路か……」

 仲間から、そんな声が上がった。

 ボルテックスが先頭となって、隠し通路に入った。セレスティナが続く。ジョニーも後を追いかけた。仲間たちも従いてくる。

 霊力に反応して、壁が黄色い光を放った。壁と壁に、つなぎ目がない。一枚の岩をくり抜いて作った通路であった。

 隠し通路は、細く、人が一人通れるほどの狭さだった。巨体のボルテックスが、身体を縮めて、窮屈そうに歩いている。

「おい、ボルテックス。奴ら……“毛深き獣(トロール)”の食糧を奪ってみないか?」

 ジョニーは、セレスティナを挟んでボルテックスに声をかけた。

 ボルテックスに話しかけているふりをして、あわよくばセレスティナに話しかける作戦であった。

「奴らの食い物なんぞ、人間の干し肉とかだぞ。俺たちでは食えないな」

と、ボルテックスに一蹴された。ジョニーは、それ以上は追求しなかった。別の案を提示すべきだ、と判断したからだ。セレスティナの様子を見ても、全く反応がない。冷たい吹雪が、ジョニーの前に通り過ぎたようであった。

 一枚岩の通路は短かった。終点は、小さな上り階段である。階段は天井で止まっており、天井には、四角い木製の蓋があった。

 ボルテックスが天井の蓋を押し開けると、階段は暗い部屋につながった。ジョニーたちの霊力を感知し、青白い光で明るくなる。

 階段を昇ると、まず、椅子の背面が見えた。

 椅子は、アイシャが座っていた玉座に似ている。

「ここは魔王の執務室だ。……ヴェルザンディだと、謁見の間って呼ばれている。玉座の裏には、隠し階段があるものさ。……大抵は、寝室はつながっていて、お偉いさんは、庶民に個人情報プライベートを見せたがらない。そこらへんの心理は、魔王も皇帝も同じらしいな」

と、ボルテックスが説明した。ボルテックスは、魔王と帝を同一と考えている。

 玉座の背もたれを正面から見てみると、蝙蝠こうもりを思わせるような形状をしている。

 魔王の玉座は、想像以上に小ぶりだった。

「魔王は、以外と小さかったのだな。……体格が俺とさほど変わらない」

「そりゃそうだ。魔王は、人間だからな……」

「魔王は、人間だと……? 俺たちと同じ……? 魔王は人間の身でありながら、怪物たちを操っていたのか?」

 周りを見渡した。部屋は、ジョニーたち十二人で満員になるほどの狭さだった。

 ジョニーは、“毛深き獣”の代表者を一人だけ呼び出して、魔王の前で喋らせる光景を想像した。

 玉座から、部屋の出口まで絨毯が敷かれていた。寝室と比べて、狭く、全体的に質素であった。

 魔王といえど、あくまでも、臨時の執務室なのである。

「この部屋には、何もない。さっさと次に行くぞ」

 ボルテックスは、クルトとともに、両開きの扉に手をつけた。

「この扉は、左右同時に押さないと開かないんだ」

 腰を落とし、力を込めた。うなり声をあげているが、扉は動かない。

 ジョニーが振り返ると、プリムが引きつった顔をしている。小刻みに震え、自分の唇を舌でめている。

「いやなよかんがするぞ……。ひきかえすなら、いまのうちだ。ここをでたら、もうひきかえせない。ほんとうにいくのか?」

と、何か譫言うわごとのように言葉を並べているが、ジョニーは無視した。

 扉は開かない。ボルテックスがすぐに降参した。

「だめだ、開かねえや。……クルト、変身して開けろ」

鉄兜アイアンヘルム”に変身したクルトは、銀色の全身をしならせて、重たい扉をこじ開けた。

 人が一人通れる隙間を作ると、クルトは、扉の先に、足を踏み入れた。

 壁や床が白色の灯りが点る。

鉄兜アイアンヘルム”クルトが、黒い煙に覆われた。中から、生身のクルトが、驚いた表情で姿を現した。

変身禁止区域アンチ・オーラアーマー・エリアだと……?」

と、ボルテックスが驚いた。セレスティナと顔を合わせる。セレスティナも、目を見開いている。

「なんだそれは?」

と、ジョニーが質問をした。この世界は、ジョニーにとって知らない情報が多すぎる。

「知らないのか? あの白い光は、霊骸鎧の力を無効化するんだ。……魔王は、霊骸鎧との戦いで、霊骸鎧の弱点を突き止めたんだ。……変身を解除させてしまえば良い、変身をできない場所を作ればいいってな」

「魔王は魔王なりに霊骸鎧との戦いに勝とうとしていたのだな。……間に合わなかったようだが」

「今のシグレナスだったら、変身禁止区域は、刑務所とかに利用されているぞ。……魔王の技術を再現できる奴がいないから、魔王城の跡地に無理矢理牢屋を建てたんだけどな」

 ジョニーは、セイシュリアの王子カーマインを思い返した。カーマインの霊骸鎧であれば、脱獄は容易たやすいはずだ。それでも脱獄できなかった理由は、変身禁止区域にあったのだった。

「ここには変身禁止区域はなかったはずです……。地図と違う」

 セレスティナが、口に手を当て、思考を張り巡らせている。星空に輝く瞳に、動揺が走っている。

 変身禁止区域の先には、赤い洞窟以前と同じ景色が見えてきた。石造りの壁が広がり、天井が目に見えないほど高い迷宮である。

 全員が、扉から出ると、扉は自動的に閉まった。ジョニーが振り返ってみると、扉には、巨大な蝙蝠こうもりの絵が描かれていた。

「俺は、お前らと違うのだ……!」

と、どこからともなく声が聞こえた。声はかすれ、聞いた記憶がない。ジョニーは、周りを見渡したが、該当する声の持ち主はいなかった。

(魔王の声なのか……?)

 幻聴にしては、はっきりと聞こえた。

 魔王は元々は人間だった。

(人間を嫌い、怪物たちと手を組んだ……? 怪物側の立場に立って、世界を支配しようと目論んだのか?)

と、ジョニーの想像は膨らんだ。

 人間嫌いの魔王。人間でありながら、怪物の王となった。

 ジョニーは閃いた。 

「ボルテックス。やはり、“毛深き獣”の食料庫を襲うべきだ」

と、ジョニーはボルテックスに提案した。ボルテックスとセレスティナが振り返った。

「だーかーらー、俺たちが食べられる代物シロモノは、ねえよ」

 ボルテックスが先に進む。セレスティナも続く。セレスティナに無視をされた気がして、ジョニーは悲しくなった。

「ちがう、魔王の食事を狙うのだ」

 ボルテックスが立ち止まった。仲間たちが息を呑む。

「寝室は、人間向けに作られていた。……奴ら“毛深き獣”は、魔王の復活を信じて、魔王を迎え入れる準備をしているのだろう? 魔王に献上する食事があるはずだ。……人間向けの食事が、な」

と、ジョニーが、自分の閃きを披露した。

 ボルテックスは覆面から見える口で驚きの表情を作った。

 セレスティナは、まっすぐにジョニーを見ていた。驚いているわけでもなく、怒っているわけでもない、ただ見ている。

「それもそうだな。貯蔵室が、この先にある。魔王向けの食材があるかもしれんな。……いかがです、レディ。貯蔵庫に向かう時間はありますか?」

と、ボルテックスが、セレスティナに同意を求めた。セレスティナは軽く頷いた。ジョニーの提案がセレスティナに通った。

  ジョニーは、胸の奥から、あふれる光を感じた。心が洗われていく。

 だが、セレスティナは一切、ジョニーには目を合わさなかった。

 複雑に枝分かれした迷路を進む。

「……地図が古すぎたのかな? “毛深き獣”が改築したのかな?」

と、ボルテックスは、受け取った地図を広げた。逆さまである。

「“毛深き獣”には、そこまで能力はありません。地図が間違っている可能性が高いです……。あるいは……」

 セレスティナは、口元に手をやった。伏せた目から、長い睫毛まつげが見えて、ジョニーは心を動かされた。

 だが、会話がすぐに打ち切られた。

 角の影から“毛深き獣”が現れたからだ。

        2

 仲間たちが身構え、変身する。

「“包囲殲滅陣ダイヤモンドフォーメーション”で確実に倒していくぞ。……リコ、セレスティナを連れて後ろに下がれ」

 命令を終え、ボルテックスは、ジョニーとセレスティナを手で追いやった。ジョニーはセレスティナの手を取ろうとした。

 だが、セレスティナはジョニーの手を睨みつけた。仲間たちが激しく戦闘態勢を整えている中、ジョニーとセレスティナの二人だけは、動きを止めていた。

 場違いな行動をとった、とジョニーは手を引っ込めた。

 セレスティナは何かを切り捨てるような目つきをした。セレスティナの真意がわからず、ジョニーは傷ついた。まるで、自分に価値がないかのようである。

“毛深き獣”は、横一列の隊列を作って、毒針散弾銃ポイズンニードルスプレーを構えている。

 ボルテックスは、仲間たちを率いて、徐々に距離を詰めていった。

“毛深き獣”が、矢を掃射した。だが、ボルテックスたちは矢を物ともしない。金属音を鳴らして、矢が床に転がる。

“毛深き獣”が撤退した。だが、背中を見せるのではなく、武器を構えたままの後退である。 ボルテックスも仲間に合図を送って、前進した。

 鬼ごっこが始まった。

 ボルテックスが進行速度を上げると、“毛深き獣”も速度を上げ、矢の射程距離を確保した。

 サイクリークスが、発砲した。

“毛深き獣”の一体が倒れる。

 後ろにいた“毛深い獣”が入れ替わり、隊列は整えられた。死骸を置き去りにして、“毛深き獣”たちが、後退していく。

「ボルテックス。さがれ。俺たちは誘われている……。この先に奴らの罠があるはずだ」

と、ジョニーは“光輝の鎧(シャイニングアーマー)”ボルテックスに進言した。

 だが、ボルテックスは指を振って、ジョニーの提案を受け入れなかった。

鉄兜アイアンヘルム”クルトが、ボルテックスとダルテの隙間から、“毛深き獣”に近づいた。鬼ごっこに飽きたのか、一人だけ突出していた。両腕を広げ、余裕の態度である。“毛深き獣”は後退しなかった。鉄壁のように腰を据え、毒針散弾銃を構えた。

「クルト! 下がって!」

 ジョニーの隣で、セレスティナが叫んだ。セレスティナが感情的な声を出すとは、以外であった。

 緑色の空間にクルトが足を踏み込んだ瞬間、クルトの周りは、色が変わった。白色の空間になった。

 クルトが、黒い煙に包まれる。

「変身禁止区域? さっきまで色が違っていたぞ?」

 ジョニーは驚いた。

“毛深き獣”たちが矢を放つ。クルトを覆い隠した黒い煙に、矢が殺到する。

 ダルテとボルテックスが、とっさの判断で、黒い煙の中から、クルトを自分たちの背後まで引きずった。

 ボルテックスは、白い床……変身禁止区域を踏まない位置までに、後退した。お返しとばかり、サイクリークスやシズカに命令して、飛び道具を放った。

“毛深き獣”が数体、倒れる。“毛深き獣”は、死骸を後方に引きずり込み、後列の奴が交代して、また矢を放つ。

“毛深き獣”の放った矢は、ボルテックスの数歩先に落ちた。

(武器の射程距離は、俺たちが勝っている。毒針散弾銃は、飛距離も威力もない。……毒で殺傷力のなさを補強してるのだろう)

と、ジョニーは仲間の優位を再確認できて、嬉しくなった。

 だが、“毛深き獣”も愚かではない。ボルテックスたちの攻撃が届かない位置まで後退を始めたのである。

 ボルテックスは追いかけなかった。いや、迂闊に前進できなかった。敵に武器が届く位置に到達するには、白い床……変身禁止区域の中に足を踏み入れなければならなかったからだ。「我慢比べか……」

と、ジョニーは分析した。だが、圧倒的に、味方が不利である。霊骸鎧は長期間、戦えない。 変身状態では、霊力を消耗し、霊力を使い果たしてしまえば、霊骸鎧の変身は消える。

 しかも、ジョニーたちはヴェルザンディと競争中である。時間が掛かれば掛かるほど、ヴェルザンディに有利な条件を与える結果になる。

 セレスティナが、“光輝の鎧(シャイニングアーマー)”ボルテックスに駆け寄った。「ボルテックス。変身禁止区域を稼働させるには、より強力な霊力が必要です。とすれば、霊力を供給する、動力源が、どこかにあるはずです。動力源のスイッチを見つけ出し、破壊するか、霊力を通して切り替えれば、変身禁止区域を解除できるかもしれません。……すべては、推測ですが」

と、セレスティナが対策を提言した。ボルテックスは、顎に手を当てた。どうするか悩んでいる。

 ジョニーは、ボルテックスとセレスティナの間に割り込んだ。

「白い奴を破壊すれば良いのだな? ……俺が行こう。場所はどこだ……?」

 ボルテックスは驚いた動きをした。手を振って、反対の意思を示す。

 だが、真剣な表情をしていたセレスティナは、目を閉じた。目を開いて、指さした。

「向こうの角を左に曲がり、区画ブロックを三つ進むと、白くて、菱形のスイッチがあります。過去の記録……地図と実体がかけ離れているので、これが、変身禁止区域のスイッチだと確証は、ありません。ただ、試す価値はあると思います。霊力を送り込めば、操作が可能です。……できれば、ですが」

と、セレスティナは、ジョニーに伝えた。ジョニーに話しかけているのに、ジョニーから顔を背けている。独り言みたい、とジョニーは思った。

 セレスティナが指示した先に、横道がある。横道の脇に大きな壺が置かれている。子どもが一人入れるくらいの大きさで、木の蓋がされていた。

「セレスティナ。……この横道から、行けばいいのだな?」

と、ジョニーはセレスティナに確認した。

 セレスティナは、不機嫌そうな表情で頷いた。ジョニーはセレスティナの感情がよく分からない。話をしたくないみたいだ。

 ジョニーは話を続けた。

「俺の霊骸鎧には、“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力がある。この能力を使えば、霊力を壁や床に反応されずにすむだろう。そうすれば、灯りを点けずに、暗闇の中を移動できる。変身禁止区域も反応しないだろう」

 フリーダが、人間の姿で進み出た。どこからともなく、首輪をもってきた。首輪には、鎖が付いている。

「あたしも行こう。暗い場所でも目が利く。リコ、おめえの能力は、触れた者にも影響があるんだよな? ……これを、あたしの首につけな。そうすれば、あたしにも反応しなくなるだろう」

と、フリーダは鎖の付いた首輪をジョニーに寄越した。ジョニーが首輪を受け取ると、フリーダは犬型の霊骸鎧“猟犬ハウンドドッグ”に変身した。

「ボルテックス。構わんだろう?」

 ボルテックスから承諾をもらい、ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

“猟犬”フリーダの首に、首輪を巻き付ける。

 ジョニーは能力を解放し、暗い場所に足を踏み入れた。

 普段だと、灯りが点くが、点かなかった。ジョニーの見立ては正解だった。

 だが、灯りが点かないと、まったくの暗闇である。霊骸鎧に変身していると、視力が上昇し、暗視できるが、あまりよく見えない。

 首輪の鎖を掴んで、足下の覚束なさに戸惑っていると、フリーダに、引っ張られた。

 暗視能力の高いフリーダは、暗闇を裂くように走り出した。フリーダから、躊躇ためらいを感じられない。

 引きずられ気味であったものの、ジョニーは、目的地までフリーダに身を委ねた。

(猟犬、というより、盲導犬ガイドドッグだな)

 フリーダが、立ち止まる。

        3

 壁の前で、吠える仕草をした。霊骸鎧なので、声が出ない。

 白い菱形のスイッチが、壁の高い位置にあった。ジョニーがつま先立ちで、手を伸ばし、どうにか届く位の位置である。

 遠くから、白い光が差し込んでいた。

 空間が見える。白い空間には、“|毛深き獣”たちの横顔があった。ボルテックスたちに視線が向いていて、ジョニーたちに気づいていない。

(まだ気づかれていないうちに、スイッチを破壊する……!)

 ジョニーは、鎖鉄球モーニングスターで殴りつけた。

 だが、鉄球は、スイッチに、はじき返された。

「なに?」

 ヒビが一つも入っていない。瞬時に、物理が通用しない相手だとジョニーは理解した。

「セレスティナはこうやっていたな……」

 ジョニーは、スイッチに触れた。

 目を閉じる。

 菱形の空間が見えた。スイッチの内部に、ジョニーは接続アクセスしたのだ。

 白い菱形の中で、左側から、菌のような、黒い触手が伸びてきた。

「なんだ、これは……?」

 黒い触手は細い手を反対側に伸ばしていく。菱形の中心に到達すると、すべてが消えた。

 消えると、もう一度左側から黒い触手が伸びてくる。

 中央に来ると、また、消える。

「わかった。二つを結びつければ良いのだな。今、俺は霊力の操作を要求されている。基本に戻れ……」

 ジョニーは目を閉じたまま、へその奥側に霊力を合わせた。

 霊力操作の基本である。

 すると、反対側から触手が伸びてきた。ジョニーが集中すればするほど、中心に向かっていく。

 だが、なかなか両者はつながらない。

 ジョニーが操作している右側の触手が、あらぬ方向に進む。左側が中央に来た時点で、左側も右側も両方とも消えた。

 操作が難しい。セレスティナは、難なく扉を開けていた。

 ジョニーは、かすってもいない。

 急激に負けず嫌いな気持ちが発動した。だが、また上手くいかなかった。

「おい、リコ! 様子が変だ」

 フリーダの焦った声が聞こえる。フリーダは変身を解いていた。

 ジョニーは目を開いた。

 横穴から様子を覗くと、“毛深き獣”たちが荷車を押している。

 荷車には、白い槍のような物体が置かれていた。槍の周りには、白い綿毛のような物体が螺旋状に巻き付けられている。

 一体の“毛深き獣”が、槍の一部を叩いた。

 槍から、金属の擦れる音が聞こえだした。擦れる音は止まらず、それどころか速度を増し、金切り声のようになった。槍の周りを、電気に似た霊力が帯びる。

「……まずい。伏せろっ」

 ジョニーが危険を察知する。だが、遅かった。

 空気が空気を吸い込む一瞬は静かだった。

 だが、集約されたエネルギーが外部に解き放たれたとき、爆発音を立てて、地震のように地下遺跡を揺るがせた。

 ジョニーは、突風を受けた木の葉のように、吹き飛ばされた。背中を壁に打ち付け、視界が真っ白になる。

 ジョニーの全身から黒い煙が巻き起こった。

 ジョニーは自分の手のひらを見た。生身の腕に戻っている。

 変身が解けたのだ。

 視界が白い。視覚に異常が出たのかと思ったが、壁や床が白くなっただけであった。

「変身禁止区域が広がった、だと……? さっきの兵器は、変身禁止区域を作り出す装置だったのか……! “毛深き獣”たちは、長い年月を有効活用していたのだな」

 仲間たちから悲鳴が上がった。

「テをアゲロ! ソのママウゴクナ!」

“毛深き獣”の一体が、ボルテックスたちに向かって、声を張り上げた。

 聞き慣れない、かす声が聞こえた。カラスといった、鳥類が人語を話しているかのようにも聞こえる。

(みんな……! セレスティナ……!) 

“毛深き獣”たちが、前進した。毒針散弾銃の照準を合わせたまま、足取りは堂々としている。まるで、勝利を確信しているかのようだった。

 フリーダがジョニーの顔をのぞき込む。

「リコ、どうする? みんなを助けに行かないと……」

 フリーダが絶望的な声を出した。先ほどから印を組んで、変身を試みているが、何も起こらない。泣きながら、印を組んでいる。

「無理だ。……このまま助けに向かっても、霊骸鎧に変身できない以上、毒針散弾銃の餌食になるだけだ。今は、変身禁止区域の動力を断つしかない」

 フリーダが取り乱しているおかげで、ジョニーは冷静になれた。今すぐにでもセレスティナを助けに行きたかった。だが、今の状態で助けに行けば、確実に死ぬ。

「ふざけるな!」

 クルトの声が聞こえる。

 クルトが"毛深き獣”が言い争いをしている。

「クルト……!」

 フリーダが苦しげな声を出している。

 ジョニーはもう一度目を閉じて、スイッチに触れた。

 右側から来る触手を操作して、左側から来る触手に、握手させる……。

 自分の触手は不器用で、なかなか命令を聞いてくれない。

「ブキをステロ……!」

“毛深き獣”の声が聞こえる。ジョニーは、集中できない。仲間たちに死の危険が忍び寄っているのである。

「リコ……!」

 目を開くと、フリーダが涙を浮かべている。普段は強気なフリーダだったが、仲間意識が強く、仲間の危機に対しては感情的に弱くなる傾向にある。

 ジョニーの額に汗が、通り過ぎる。霊力の消耗が激しい。操作に手間取り、消耗がさらにひどくなった。

「オタガイにテジョウをカケロ。……ソイツはホオッテオケ」

“毛深き獣”の要求が聞こえた。仲間たちが拘束された。

「マオウサマのゴゼンにヒキダス。ツレテコイ!」

 手錠をかけられた仲間たちが、連行されていく様子が見えた。変身の解けたボルテックスをはじめ、ダルテ、フィクス、サイクリークス、シズカ、セルトガイナー、ゲイン、そして、セレスティナが続く。

「リコ。クルトの姿がない。きっと殺されたんだ。早くなんとかしておくれ……!」

 フリーダが悲痛な声を上げている。フリーダの動揺が、ジョニーを冷静にさせた。

「こんなはずじゃなかった……。こんな仕事、断れば良かった……」

 フリーダの涙声が聞こえる、気持ちは分かるが、ジョニーとしては、あまり焦らせないでほしかった。

(そうだ、ここで俺が冷静になれば良い)

 ジョニーは、へその奥側にある、霊力に集中した。さっきまでは、触手をどう動かそうか必死になっていたが、返って上手くいかなかった。喧嘩と同じだ。殴り合いに必要な力は、腕力ではなくて、腕力を制御する足腰なのである。

 へその奥側から、霊力が放出される。黒い霊力が、ジョニーの胴体から腕に、腕からスイッチにと伝わった。

 ジョニーの霊力は触手となって、左右ともに、一瞬でつながった。

 目を開くと、壁に線が生まれ、線は長方形となった。長方形、人が一人通れるほどの空間となる。

「動力源……?」

 動力源は見つからなかった。代わりに、上り階段が現れた。

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[一言] 仲間達の危機にハラハラします。 ジョニー頑張って仲間を助け出して欲しいです!
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