“毛深き獣”
1
赤い壁は、目に悪い。赤い光が眼球に残って、点滅する。
下から吹いてくる風が、生臭い。臭い、というより、気配に近い。何か不快な存在がいる。
この臭いは、“動く死体”とは違う、生物の息づかいだった。
赤い岩壁を見ていると、解体された鶏の内臓を思い浮かべた。まるで動物の体内にいるかのような錯覚に、ジョニーは陥った。
不気味な雰囲気に、仲間たちが緊張感を漂わせていた。
ジョニーはなんだか楽しくなってきた。大暴れできる相手が見つかれば、それで良い。
喧嘩相手は壁にすぎない。自分の拳で壁画を描いてやる。
階段が終わる。
赤い大広間が見えた。この世の存在とは思えない生き物が、ひしめき、蠢いている。
人間と同じくらいの背の高さだった。全身は、つま先から頭まで体毛で埋め尽くされていた。毛の隙間から、小さな眼を覗かせている。
節くれ立った、細長い指が、体毛が多い茂る腕から飛び出ている。指だけ見れば、鶏の爪に似ている。
長毛の怪物たちは、ジョニーたちに気づいた。お互いに何か叫び声をあげ、ジョニーたちを爪で指さした。
ボルテックスは、ジョニーやセレスティナを、太い腕で守る仕草をした。
「あいつらは、“毛深き獣”だ。……気をつけろ、奴らの武器には毒を仕込まれている。毒は、霊骸鎧には効かないが、生身の人間には危険だ。リコ、お前はここから動かず、レディ・セレスティナを守れ。シズカ、プリムも待機。他の奴らは、俺に続け」
と、ボルテックスは“光輝の鎧”となり、“毛深き獣”の群れに飛び込んでいった。
クルトが、ボルテックスを追いかけ、ジョニーの傍を通り過ぎた。
最初は、赤い洞窟の異様な空気に飲まれていた仲間たちだったが、恐怖の原因が、“毛深き獣”という殲滅対象として具体化すると、俄然と勇敢になった。仲間たちは怒濤のように戦場に殺到した。
ジョニーは“影の騎士”に変身して“小型円盾”を構えた。
階段から、殺し合いが行われている現場を覗き込んだ。
“光輝の鎧”ボルテックスが“毛深き獣”の一体に跳び膝蹴りを食らわし、顔面を割る。近くにいる“毛深き獣”の首を抱えて、地面に叩きつける。叩きつけた奴の両足首を掴み、回転した。
得意の“大車輪投げ”だ。捕まえた奴を振り回し、で、周囲の“毛深き獣”に叩き込んだ。台風に巻き込まれたかのように、次々となぎ倒されていく。
あらかたなぎ倒すと、ボルテックスは投げ飛ばした。壁に衝突した“毛深き獣”は、ドス黒い染みになって飛散した。
サイクリークスはセルトガイナーを連発し、ゲインは黒い衝撃波を打ち鳴らし、ダルテはフィクスと一緒に槍を振り回して“毛深き獣”を斬り払い、フリーダは“毛深き獣”の脚を食い千切った。
戦い、と呼ぶより、害虫駆除のようである。
だが、“毛深き獣”も黙って駆除されなかった。
隊列をつくって、石弓を構えた。
木製の石弓の上には、木製の箱があった。普段は蓋のように開いているが、片手で頭を抑えると、矢が発射された。手を離すと、蓋が開いて元通りになる。蓋を閉めると、また矢が出てくる。普通の弓と違って、弦を弾く必要がなく、ただ、箱を倒すだけだ。無駄な労力が、ない。
一斉に発射された矢が一塊になって、“鉄兜”クルトの胴に当たったが、すべて跳ね返って、地面に落ちて、飛び散った。
箱に矢を補充している“毛深き獣”の中に、クルトは飛び込んでいった。
「霊骸鎧の装甲には通用しないんだな?」
と、ジョニーは納得した。“動く死体”と同様、“毛深き獣”も、霊骸鎧に勝てる要素がない。
ジョニーは振り返った。すでに“螺旋機動”に変身しているプリムはともかく、生身のセレスティナやシズカには、矢は危険である。
シズカは扇子で顔を隠しているが、口元の半分が見えていて、すべて隠し切れていない。微笑を浮かべている。シズカの顔を隠す理由がよく分からない。少なくとも防御にもなっていない。
セレスティナが心配げな表情を浮かべている。
ジョニーはセレスティナの不安げな顔を眺めて、胸が締め付けられる気持ちになった。
(セレスティナを守りたい)
セレスティナの表情は、いちいち守りたくなる。可愛くて仕方ない。
(不安や恐怖からセレスティナを守れるようになれないかな? 嫌われてもいいさ、セレスティナが笑顔でいてくれたら。……俺は、セレスティナが笑顔でいて欲しい)
何体かの“毛深き獣”が階段に顔を出す。
矢が放たれた。
ジョニーは矢の軌道上に、“小型円盾”を出して、セレスティナたちを守った。
一本だけが“小型円盾”の枠に入りきらず、弾き返せなった。ジョニーは左脚を伸ばして、矢を蹴り上げた。
衝撃の痛みはあるものの、装甲は貫通はしないので、怪我にはならなかった。
(この身が砕けても、セレスティナの笑顔を守り抜く。セレスティナが幸せだったら、俺は何もいらない。死んでもかまわない)
これまでは、喧嘩ばかりの人生を歩んできた。
殴り飛ばした相手が地面を舐める様子を見て、楽しい気持ちになっていた。相手の命をすべて握っている状況を作り出して、支配欲を満たしていた。反対に、誰かに殴られるなんて、絶対に許せなかった。
今は、セレスティナのために痛みを感じて、とても幸せだ。むしろ、“毛深き獣”に感謝をしたいくらいだ。
(殺されても、俺はセレスティナを守りたい。……やはり、俺は、セレスティナが好きだ!)
胸の真ん中で、何かが割れたような強い響きを感じた。暖かくて優しい自信に満ちあふれた熱く流れる強さだった。
セレスティナが、息を呑んだ。危険を察知している。
“毛深き獣”が棍棒を振り回してくる。ジョニーは頭を下げ、横殴りの攻撃を回避し、お返しに鎖鉄球を“毛深き獣”の左頬に埋め込んだ。反動で右頬を差し出してきたので、要求に応じて、右頬を殴ってやった。
後続の“毛深き獣”たちは、背中を向けて逃げ出した。動物的本能で、ジョニーが一番危険な存在だと察知したのである。
ジョニーは捕食動物のように“毛深き獣”を追いかけると、遠くで“光輝の鎧”ボルテックスが手で制した。
「これ以上は追撃するな……か」
仲間の経験値稼ぎ……ジョニーはそう自分に言い聞かせて、踵を返して、セレスティナの護衛に戻った。護衛も待機も仕事のうち、腕の見せ所だ。
不利と見て、“毛深き獣”たちは、我先に逃げ出した。逃げた先は、広場の奥にある鉄の扉であった。
一体が逃げれば、総崩れとなった。最後の三体を置き去りにして、内側から鍵を閉めた。
三体は鉄の扉を叩いたが、背中に弾丸を受け、絶命していった。
「この辺で良いだろう」
ボルテックスは、変身を解き、生身の姿に戻った。
洞穴の広場を眺めた。ダルテとフィクスは“毛深き獣”の死体を一体ずつ、槍を刺して回っている。死んだふり対策である。クルトやサイクリークスは、死体を壁際に移動させている。
「誰も殺さない決まりだったけど、こいつらは人間じゃないから、良いとしよう」
と、ボルテックスは困惑した口調で、自分の顎を指で掻いた。
「おい、お前ら。矢を裸足で踏むなよ? 矢には毒が塗られているからな。下手に触れたら、助からねえぞ」
ジョニーは変身を解かず、大広間に入った。
セレスティナが、大広間に足を踏み入れる。フィクスが霊骸鎧に変身したまま、手を取った。矢のある場所を避けるためだ。
(気遣いが、フィクスの良いところだ。俺も見習おう)
と、ジョニーは感心した。自分もセレスティナの手を取れば良かった。
(……待てよ、俺は、セレスティナの手を、俺は握れるのか?)
セレスティナの手を握る状況を想像して、頭や顔が沸騰したかのように熱くなった。その場で飛び上がりたい衝動に駆られた。
(無理だ、無理。俺にはできない。セレスティナに気味悪がられるだけだ。邪な考えは捨てろ)
ジョニーは、自分の妄想をかき消すために、冷静に振る舞った。
「……毒針散弾銃って、ところかな。なかなか仕掛けの凝った武器を使っているな」
と、ボルテックスは“毛深き獣”の死骸から、木製の石弓を拾い上げて、真剣な口調で呟いた。
だが、散弾銃、というより、連発銃である。
「毒針散弾銃は、俺たちの武器にならないのか? ヴェルザンディどもを驚かせてやろう」
と、ジョニーが提案した。ヴェルザンディの奴らに穴を空けたくなった。
「やめておけ。一般人、生身の奴なら殺せるが、霊骸鎧には通用しない。持っていても、恥をかくだけだ。時代錯誤の、無用の長物よ」
「霊骸鎧は、魔王軍を討伐するために発明されたのだったな」
ジョニーは、霊骸鎧がなかった時代に、我が物顔で辺りを闊歩する“毛深き獣”の姿を想像した。
「俺たちの先祖が必死に討伐してくれたから、今では、魔王軍の怪物どもは、絶滅寸前なんだよな。……霊骸鎧の始祖シグレナスに感謝しよう。ご先祖様、ありがとう! ナンマイダブ」
ボルテックスは両手を合わせた。必死に念じている。
壁に鎖が打ち付けられている。鎖には、なにかの干し肉らしき物体がぶらさがっていた。
「これは、人間の腕……?」
ジョニーは顔をしかめた。
「奴らにとって、人間はエサだからな。どこだか知らないが、直接外に出る出入り口があるのかもしれん。に外に出て、人間をさらい、食事にする。……繁殖期には人間の女をさらうらしいな。一人の女に子どもを二十匹生ませるらしい。繁殖力だけはある」
「とんでもない絶滅危惧種だな。……俺たちで蹴散らしてやろうか?」
「やめとけ。俺たちには、他の目的がある。時間と余力はない。討伐は最低限に済ませておこう」
鋸のついた机に、木材が捨てられている。机の上には、羊皮紙が残されていた。
何かの設計図だとは思われるが、ジョニーにはまったく理解できなかった。
「なかなか文明的な生活をしているな」
壁には三枚の張り紙が貼られている。このうち二枚は、共通語で「整理整頓」、「毛を残すな」と書かれていて、最後の一枚は、意味不明の文字が書かれていた。
「人間の言語を使うとは、意外だな。しかも、残り毛を気にしている」
「魔王時代からの流れだろう。奴らは共通語と自分たちの言葉を同時に併用していた。……魔王とやりとりをしていたんだ。言葉が通じないから、文通だな」
巨大な壺を逆さまにした容器があった。壺の隙間から、僅かに水滴が垂れて、下の樽に水を蓄積していった。隣には、泥水の入った丸い桶が隣にあった。
「これは、なんだ?」
「多分、浄水器だろう。泥水を濾過して、飲み水に変える装置だ。……シズカちゃん」
シズカが樽から水を掬って、手のひらにのせた。
目を閉じ、霊力を発動させている。青色……水の霊力が煙となって、シズカの周囲から立ちこめた。
「シズカは水の声が聞こえるんだ……。水の記憶をたどる能力を持つ」
と、ボルテックスは、自分の唇にて指を当て、ジョニーを黙らせた。
「清らかな水じゃのう。……ふむふむ、元々は沼の泥水だったそうじゃ。奴ら物の怪どもは、自分らの技術で水を清らかにしたのじゃ。……我々人間が飲んでも毒にはならぬのう。ほれ、妾が飲んでしんぜよう」
と、シズカは掬った水を飲み干した。
「……いと、うまし」
“毛深き獣”の技術もさることながら、水を飲み干すシズカの豪胆さに、ジョニーは驚いた。
変身したままのクルトたちが、“毛深き獣”の死体処理を始めた。死体処理といっても、広間の隅に死体を積み上げるだけである。
セレスティナが壁に向かって、手のひらを当てている。
赤い壁の一部に線が生まれて、長方形を作り、長方形は、扉となった。扉を軽く押すと、簡単に開いた。
セレスティナの後をボルテックスが続き、ジョニーも従いていった。
扉の先は、寝室だった。
巨大な寝台が目に入る。寝台は煌めいた素材の天蓋で覆われ、貴人向けの品物だと分かった。隣には、頑丈な長椅子が置かれている。
壁には壺や棚といった調度品が並んでいた。
棚には、杯が並んでいる。
絨毯が、部屋一面に敷かれている。シグレナスの床は絨毯を全面に敷く風習はなく、石畳にモザイクが彫られているだけだ。絨毯は、足拭き程度の役割しか果たしていない。
ジョニーには、人間向けの寝室だと思った。しかも、“毛深き獣”には似つかわしくない、貴人向けの寝室である。
「ここは、魔王が寝泊まりしていた寝室だ。……奴ら“毛深き獣”にとって、大切な場所でもある」
ボルテックスは、全員に説明をした。ジョニーは納得したが、一方では新しい疑問を持ち始めた。
「それにしては、どれも新しいぞ。魔王が滅んだと同時にシグレナスが皇帝になり、今の皇帝は九六人目だから、かなりの時間が経ったと思うが……。 この部屋だけ時間が止まっているのか?」
「奴らは、世代交代を繰り返して、魔王の技術を受け継いでいったんだ」
「どうして、そこまでする?」
「奴らは、いつでも魔王が帰ってこれるように準備をしているのさ」
「怪物たちは、魔王の復活を望んでいるのか……?」
2
魔王の寝室を、仲間たちは珍しがった表情で見学をした。
壺の中身は空で、プリムは食糧がないと不満をこぼしていた。フリーダは寝台に瞳を輝かせ、クルトは憮然とした表情で辺りを見渡した。セルトガイナーは圧倒された顔をして、サイクリークスは前髪で何を考えているか分からない。フィクスは魔王を非難し、ダルテはフィクスを宥めていた。ゲインはやぶにらみの両目で、天井の一角を見つめている。シズカはいつも通り扇子で顔を隠していた。
ジョニーは寝台の毛布に触れた。毛まみれかな、と思っていたが、清潔な毛布であった。
「想定外でした。“毛深き獣”たちがこれほど繁殖していたとは……」
セレスティナがボルテックスと話をしている。不意にセレスティナがボルテックスに巻物を突き出した。
ボルテックスは断ったが、セレスティナは断固として押しつけた。ボルテックスは巻物を自身の鞄にしまい込み、ジョニーに耳打ちしてきた。
「やれやれ、結構、頑固なんだよ、レディ・セレスティナは」
「なにがどうした?」
「レディ・セレスティナは、俺に地図を渡したんだ。俺は拒否したんだが、な」
「知ったことか。勝手に受け取れば良いだろう」
「……レディは、いつ自分が死んでも良いように、という説明だった」
「死……」
ジョニーは足下が崩れるような感触になった。セレスティナは死を覚悟している。
普段感情を押し殺しているセレスティナであったが、どこか儚げであった。自己犠牲、献身といった感情が、にじみ出ているのである。
(セレスティナが死ぬなんて、ありえない。俺が死んでも必ず守り抜いてみせる)
女性陣は天蓋付きの寝台で、セレスティナを守るかのように身を寄せ合って眠った。男性陣は、出入り口の前で雑魚寝をした。
仲間たちが仮眠を取り始める。
ジョニーは扉の前で、床に腰を下ろした。扉を見ると、内側から閂で閉める仕組みになっていた。
鎖鉄球を携え、腕組みをした。不寝番である。
「今夜は、リコの膝枕で寝るぞ」
ボルテックスの頭部が、ジョニーの太ももに乗りかかる。妙に熱を持った鉄球のようだった。
「やめろ、気持ちの悪い奴だ」
ボルテックスの頭部を太ももから払いのける。
同時に、灯りが消えた。就寝時間になると、強引に灯りが消える仕掛けになっているのだった。
ジョニーは、その場で瞑想を始めた。
暗転した世界の中で、何者かが、ジョニーたちの周囲を囲み、窺っている。
“毛深き獣”たちだ。連中は独自の言語を持ち、相談をしている。
ジョニーは、跳躍して、“毛深き獣”の頭上を越えていた。空を飛んでいた。
両腕に柔らかな重量を感じる。誰かを抱えている。あわや、“毛深き獣”の中心に、同伴者もろとも落ちそうになった。
“毛深き獣”たちは、武器を構えている。そのとき、ジョニーの足が、何か固い物体を踏んだ。
物体……?
違う、霊力の塊だった。
「なあ、リコ。もう寝たか?」
ボルテックスが小声で話しかけてきた。現実に戻った。瞑想の世界では、同伴者と良い感じだったのに、瞑想の世界から起こされ、ジョニーは気分が悪くなった。しかも、ボルテックスが、自分の太ももを枕代わりにしているのである。
「この中で、お前は誰が好きなんだ?」
意味不明の質問をしてくる。ジョニーは、滑り落ちそうになった。
「知ったことか。そんな奴はおらん。第一、俺が誰を好きだろうと、貴様には、どんな関係があるのだ?」
ジョニーは迷惑げに返事をした。だが、ボルテックスの口調はいたって真面目だった。
「関係あるぞ。ジョエル・リコ。俺は、お前の恋人だ。本気で惚れている。たとえ、お前にいくら嫌われようと、俺はお前が好きだ。リコ、愛しているぞ!」
「……“毛深き獣”と比べて、どっちが獣か分からん。勝手に恋人認定するな。俺は、絶対に貴様を恋人とは認めん」
「そうか、残念だ。お前はレディ・セレスティナが好きだもんな」
と、ボルテックスは声を落とした。
「どうして、そう思う?」
ジョニーは皆が起きていないか、特にセレスティナが起きていないか心配になった。
「バレバレだ。声が震えているぞ? ……お前とレディ・セレスティナ以外は、皆が気づいているよ。いや、もうレディは気づいているかもな」
セレスティナは自分の好意に気づいている。ジョニーは、自分の胸に短刀が突きつけられたかのような気持ちになった。
(気づいているのに、何故こうも冷たいのか?)
気づいていると事実を認めたら、その先の理由を想像してしまったら、ジョニーは自我が保てない。
「お前さ、なんでそんなに素直じゃないんだ? 素直に好き、と伝えれば良いだろうに。好意は示してナンボだぞ? 恋人になれるかどうかは、相手に決めさせればいいんだよ。オッケーならオッケー、駄目なら、駄目。そんときゃ、酒でも奢って、俺が慰めてやるから、気にするな」
と、ボルテックスは笑った。
「人の太ももの上で、何を嬉しそうに笑ってやがる。それに、貴様に慰められたら、何をされるか分からん」
ジョニーにとって意外な事実であった。ボルテックスには、セレスティナではなく、ジョニーが素直でない、と見えるのだった。
「リコ。……まさか、お前、皇帝に遠慮しているだろう?」
「当たり前だ。セレスティナは、皇帝の愛人だぞ。俺とは身分が違う」
「今度、皇帝に会うから、俺が一発お見舞いしてやろうか?」
「不敬罪になるから、やめろ。セレスティナの気持ちを考えろ。そんな真似をしたら、セレスティナの立場が悪くなるだけだ」
ボルテックスが本気でこんな馬鹿な冗談を飛ばしているとは思えなかった。ボルテックスなりにジョニーを励まそうとしているのだ。ただ、あまり上手なやり方ではない。冗談にしては、笑えない。
「ジョエル・リコ。この冒険中に、お前は、レディ・セレスティナに告白しろ。俺からの命令だ」
「馬鹿か。どういう命令だ?」
と、ジョニーは叫んだ。
「しぃっ。声がでけえよ。……あとチューしろ」
ボルテックスの意味不明な提案に、ジョニーの心臓が激しく脈を打っている。ジョニーは必死に平静を装った。
セレスティナの顔が目の前にある状況を想像した。
「ここまでの会話は、魔王の寝室で話すような話題か?」
動揺を悟られないように必死に話題をそらした。
「セレスティナは、ちょっと頑固で抜けているけど、良い子だよ。顔だけじゃねえ。頭が良いだけじゃねえ。なんていうか、皆のために頑張ってくれるところが良いな。……リコ。お前とお似合いかもな」
ボルテックスは、そのまま豪快な鼾を立てて眠った。覆面を付けたままである。覆面を外して、顔でも拝んでやろうかと思ったが、臭そうなので止めた。
「俺が、セレスティナにお似合い……?」
ジョニーの胸が熱く躍った。今夜は眠れないと思った。