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赤の洞窟

        1

 門の先を通ると、更に二つの門が現れた。

 二つある選択肢のうち、セレスティナが、一方を指さす。

 ボルテックスが先頭になって、片方の門をくぐった。セレスティナが、ボルテックスを小走りで追う。

 ジョニーは、仲間たちを先に行かせた。最後尾を守るつもりだからだ。

 仲間たち全員がくぐり終え、ジョニーもくぐると、釣り天井が降りる音が、後方から聞こえた。もう片方の門を閉じ込めたのである。

 門の先は、階段となった。

 だが、これまでの螺旋階段ではなく、細くて直線的な階段だった。

 階段は長かった。先は一直線なのに、暗くて見えない。

 仲間たちは慎重に降りていった。急な傾斜のせいで、フィクスが一度だけよろけたが、両腕を広げて耐えきった。

「でも、帰りの上りが大変そうだ。……プリム。背の低いお前は、泣いちゃうかもな」

と、セルトガイナーが、プリムをからかった。プリムは唇を尖らせた。

「おれは、とべるから、こまらない。ここから、おれが、なげとばしてやるから、おまえ、けんじゅうになれ。そうすれば、だれよりもはやく、したにいけるだろう」

と、プリムがやり返すと、仲間たちが笑った。セルトガイナーは口を結んで、苦い表情をしている。

 セルトガイナーとプリムのやりとりは、ジョニーにとって新鮮だった。二人はやり合っても、普通に話をしている。結構、あの二人は仲が良いな、とジョニーは思った。以外と気が合うのかもしれない。

 長い階段を降り終えると、細長い通路に出くわした。生き物の訪問を拒んでいるような、冷たい空気が手を伸ばして、ジョニーの肌に寒気を引き起こした。

 ジョニーは、死体の安置所を思い返した。いや、このガレリオス遺跡そのものが、遺体安置所なのかもしれない。

 通路は三人くらいが通れるくらいの幅で、割と窮屈であった。だが、天井は、遙か高く、闇に吸い込まれて見えない。空間的に狭いのか広いのか、通る者を混乱させる構造である。

 ボルテックスを先頭に、ジョニーたちは通路を歩く。

「はらがへった」

 プリムが、文句を垂れはじめた。食事は出発前に摂ったが、大食い少女のプリムを満足させるには、量が少なかった。たとえ同意見であっても、項垂うなだれるプリムを、誰も相手にしなかった。

「ねむい。もうそとはよるだぞ? そろそろねないか?」

 だが、プリムは口をつぐんだ。

 細い通路の角から、一体の“動く死体(ゾンビ)”が白い顔を見せたからだ。

 まるで情報を共有している昆虫であるかのように、一体の“動く死体”が現れると、武具の音を立てて、他の“動く死体”が集まってきた。

 クルトとダルテが変身をして、前線に立った。代わりに、セレスティナが後ろに下がる。

 ジョニーとしては、セレスティナが近くに来て、嬉しい。セレスティナと目が合った。怒っているようでも、笑顔でもない。何かジョニーの意図を探っているかのような表情に、ジョニーには見えた。

 セレスティナと視線を合わせても、ジョニーは、なるべく気にしない素振りをした。自分の顔がにやけていないか、不安になったからである。

 ボルテックスたちは、地形に応じた戦闘隊形を整えている。十分なほど練習を積んできたと分かるが、練習に呼ばれていないジョニーとしては、的確に動く仲間たちの中で、右往左往するしかなかった。

「リコ、お前はそのまま最後尾にいろ、動くな。レディ・セレスティナを守れ」

 ボルテックスの怒鳴り声が、前方から聞こえる。ジョニーは、任せろ、と内心喜んだ。

 すぐに戦いは始まった。

 仲間たちが殺し合いに身を投じている中、ジョニーはセレスティナの横顔を覗き見ていた。小さな肩をふるわせて、緊張している。焦っているような、心配をしているかのような表情にも見える。もう一度見つめ合いたいジョニーとしては、視線を何度も送っているが、セレスティナは決して目を合わせようとはしない。顔、いや全身すら向こうともしない。

 ジョニーは、どちらかというと、他の男と比べて、女に好意を持たれやすい性格だと自覚はある。少なくとも、ビジーよりは女性人気がある。

 これまではジョニーは力を発揮したり、活躍したりすると、女性に好かれる傾向にあった。

 だが、セレスティナには、まったく好かれる気配がない。見向きすらされない。恩を売るわけではないが、釣り天井から、セレスティナの生命を救ったジョニーの実績は、セレスティナの内部でどうなっているのか、ジョニーは知りたかった。

(セレスティナは、何を考えているか分からん。……俺は嫌われているのだろうか?)

 ジョニーは、自分の表情が“動く死体”と同じく干からびていないか心配になった。

 占いの結果に、舞い上がっていた気分は、もうどこかに消え失せている。むしろ、占い師の占いが間違っているとさえ思うようになってきた。

 ふと、背後に気配を感じた。振り返ると、ただの壁である。

 壁の向こうに、何かがいる。

 ジョニーは腕を広げ、セレスティナの背中を守った。セレスティナはジョニーの行動を理解できない様子だったが、ジョニーはそのまま、壁を注視した。

 壁に、横一本の筋ができる。筋は長く広がり、長方形の形になった。人が一人か二人くらい通れるくらいの大きさである。長方形に囲われた部分は消えてなくなった。

 中から、白骨死体となった白い顔の“動く死体”が湧いて出てくる。

 ジョニーはセレスティナの肩を押して、距離を取らせた。小さくて柔らかい感触だったが、今は非常事態である。喜んでいる暇はない。

 ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”と身を変え、“動く死体”たちに襲いかかった。

 鎖鉄球モーニングスターを喰らわして、“動く死体”の頭部を吹き飛ばした。セレスティナに近づく不埒ふらちな“動く死体”には、胸にお見舞いして、後ずさりをさせた。“動く死体”であっても、社会的距離を叩き込んでやらなくてはならない。

“動く死体”の相手をしながら、セレスティナを、フィクスやプリムに引き取ってもらう。

 安全を確保したのに、セレスティナがジョニーを氷のような冷たい目つきで見ている。

 ジョニーは胸に、氷の刃が突き立てられたような感覚に陥った。

 この痛みを怒りに変えて、“動く死体”を鉄球で殴った。完全に八つ当たりである。

(“動く死体”はそんなに強くないな)

と、後方に吹き飛ばされた“動く死体”を見て、思った。

“動く死体”の槍や剣は、霊骸鎧の装甲には通用せず、表面を滑るか、かすり傷を付ける程度である。

(“動く死体”なぞ、霊骸鎧の前では、無力だ。魔王は、こいつらをなぜ配置したのだ?)

 ただ、“動く死体”は数が多い。倒しても倒しても湧いて出てくる。

(霊力切れを起こしかねない。霊力がなくなり、生身になると、一気に勝率が減るだろう)

 ジョニーの鎖鉄球が、骸骨を粉砕する。壁の光を反射して輝く破片が、ジョニーの顔に跳ね返る。

(骨を砕くには、剣よりも鎖鉄球が便利だ。“動く死体”との相性が良い。ボルテックスめ、これを見越して俺にこの鎖鉄球を渡したのか)

と、ジョニーは、ボルテックスの、細部まで行き届いた視野の広さに驚かされた。

無花果の騎士(フィグナイト)”フィクスが加勢してきた。洗練された手槍ハンドスピア捌きで、“動く死体”の群れに飛び込んでいった。

 槍の穂先で足の甲を叩き壊し、そのまま顎を叩き上げ、胸を突き貫く。

無双三段スリータイムズアタック”……流れるような連続攻撃は、素直な性格を反映していて、直線的な攻撃に強い。

 動きは基本に忠実で、一つ一つ丁寧で、他の誰よりも綺麗な戦い方をするが、勝負強くない印象を受けた。“動く死体”が鉄槌ハンマーを振り上げて、フィクスを真横から襲いかかってきた。直線的な攻撃は、敵の側面攻撃に弱い。

 だが、鉄槌の一撃は空振りに終わった。“四ツ目(フォー・アイズ)”のダルテが、フィクスの腕を引いて避難させていたからである。

 ダルテは荒々しい動きで、長槍を振り回し、フィクスを襲った“動く死体”を十字に四分割した。

 ダルテは四本ある腕のうち、二本の腕でフィクスを、自分の背後に誘導した。“動く死体”の攻撃を長槍で弾く。相手が怯むと、ダルテはフィクスを前方に解き放った。フィクスは“動く死体”に“無双三段”を食らわせた。

 ダルテは四つの眼を活用して、フィクスの死角から攻撃してくる相手を見つけて殺し回った。小回りの利かないダルテの周囲を、フィクスが倒していく。

 ダルテとフィクスの連携に、ジョニーは目を奪われた。霊骸鎧の連携攻撃は、お互いの短所を補い、長所を伸ばす効果がある。

(やはり、霊骸鎧の神髄は、連携だ)

と、再認識をさせられた。ジョニーの中で、わだかまりのようになっていた感情が解けていったような気がしてきた。

 前線で戦っている“光輝の鎧”ボルテックスが、ジョニーに視線を送ってくる。ボルテックスは周りの“動く死体”の首を両脇で締め上げていた。“動く死体”の頭を鉢合わせにして、活動停止に陥らせている。

 ボルテックスは自分の顎をしゃくって、ジョニーに「戦うな」と指示を出している。言葉を分からなくても、なんとなく理解できた。

 ジョニーは引き下がった。殿しんがりはダルテとフィクスに任せておけば良い。

 ジョニーは変身を解いた。

「ボルテックスめ。お望み通り、見物をしてやる。俺のせいで貴様が死んだら、俺を恨むなよ。貴様の命令だからな」

 へらず口を叩いたが、内心では、ダルテとフィクスから、霊骸鎧の連携攻撃を学びたくなった。

 単体では、直線的な攻撃が多いフィクスだったが、ダルテと組むと曲線的で変則的な動きが増えた。戦場を軽やかに舞う、踊り子のようだ。

「単調で直線的で、騙されやすいフィクスが別人のようだな」

 反対に、ダルテは、どっしりと構えていた。フィクスの手を引いて、フィクスに攻撃の指示をしている。ときにはフィクスの撃ち漏らしを処理し、ときにはフィクスとともに挟み撃ちをし、ときにはフィクスを守った。

 フィクスの美しい攻撃を引き立てる役に徹している。

「ダルテの奴、フィクスの才能を引き出させたら、世界一だな」

と、ジョニーはダルテの隠れた能力に驚嘆した。隣でボルテックスが変身を解いている。

「ダルテもフィクスも、もともと家が近いからな、子どもの頃から戦い方を一緒に学んだ仲なんだとよ。ダルテは壁役タンクとしても優秀だし、フィクスと組ませると攻撃役アタッカーにもなるし、攻守どちらで使っても活躍するから、どっちに運用するか困る悩ましい奴なんだよ」

と、ボルテックスは嬉しそうに困っていた。地味ながらも、ダルテの有能さをジョニーは意外に感じた。本当に有能な人物は、目立つ行為はしないのである。

“動く死体”は残り二体となった。戦いは終わりを迎えている。

 ダルテとフィクスが手を握り合い、回転を加えて、抱きしめ合った。

 ダルテの槍が、フィクスの背後にいた“動く死体”を貫き、フィクスの槍はダルテの背後にいる“動く死体”を貫いていた。

 粉々に崩れる“動く死体”を前に、仲間たちは拍手をした。まるで、舞踏会の終幕を見せられたような気持ちである。

“無花果の騎士”フィクスがダルテを上目遣いで見た。霊骸鎧に変身しているので、内部での表情かは分からない。

 だが、フィクスの態度が、不機嫌になった。抱かれているダルテの胸を、両手で突き飛ばして、きびすを返して離れた。

 変身を解く。緑色の煙から、頬を膨らませたフィクスが現れた。白い肌の額に青い血管が浮き出ている。

 ダルテが下を向いたまま、四つの眼で床を見下ろしている。煙を出して変身を解除した。

(ダルテめ。俺と同じ状況か……)

 ジョニーはセレスティナを横目で見た。はかなげな横顔から、安堵した表情を浮かべていた。だが、ジョニーはダルテと違う。ジョニーは、セレスティナと共同作業すらしていないのである。

 セルトガイナーとフリーダが、楽しげに話をしている。

 片思いで苦しんでいたセルトガイナーが、嬉しそうだ。

(フリーダにまったく相手にされていなかった、あのセルトガイナーが……。俺もセルトガイナーを見倣わなくてはな)

 諦めない、とジョニーは思った。

(生きていて何が起こるか分からん。これまで殺し合いをしてきた奴らと一緒に冒険をしている)

 ブレイク家の中で、ビジーと二人っきりで過ごしていた頃と比べると、ジョニーの人間関係が激変している。

(クルトはともかく、喧嘩をしたセルトガイナーたちとすら、仲直りもできている。今の関係だけを見て、いちいち不安がっても、話は始まらん……)

 セレスティナとの問題は、持久戦で行くべき、とジョニーは決意した。

 戦いが終わり、仲間たちが、息を整えている中、ボルテックスが“動く死体”の頭部を踏んで転がしながら、サイクリークスに問いかけた。

長弓ロングボウはないか?」

「ありませんね」

 サイクリークスは前髪で視線を隠し、“動く死体”の死体を漁っていた。

 いつもボルテックスは長弓を探している。

「おかしいなぁ。なんでこいつらは短弓ショートボウしかもっていないんだ?」

 ボルテックスが、足下の頭部を蹴った。頭部は壁に当たって、粉々になった。

        2

 ジョニーたちは更に進む。

 ボルテックスが先頭に立ち、後をセレスティナが追いかける。ジョニーはセレスティナの横を陣取った。別にやましい気持ちはない。護衛対象の傍にいて守る行為は、褒められても、おとしめられる行為ではない。

 心なしか、セレスティナの歩行速度が増したような気がする。

 途中で分かれ道がいくつかあった。ボルテックスはセレスティナと相談して、分かれ道を次々と選んでいった。

“動く死体”とは、二度ほど遭遇した。

 ボルテックスの指示で、ジョニーは戦いに参加できない。仲間たちが戦っている様子を、ただ眺めていた。セレスティナの隣にいるだけで、幸せな気持ちになったが、特に関係は進展しない。

 喧嘩しか取り柄のない、と思っているジョニーとしては、戦わないでいると、自分が必要とされていない感じがしてきた。セレスティナに相手にされていない分、余計に空しさが増えていった。

 戦いが終わり、クルトは仕事を終えると、首を鳴らした。動きに余裕がある。昔のクルトは、構えが穴だらけで、少しでも劣勢になると、弱腰になっていたが、今では無駄な動きが減り、堂々と戦う癖がついた。

 強い奴ほど、動きが美しく、無駄がない……ジョニーの持論だった。

 ジョニーの喧嘩理論でいけば、クルトは過去と比べて、強くなっている。戦うたびに、動きが洗練されていっている。

 いや、これは味方全員に言及できる。

 前回の冒険では、危なっかしく、動きに堅さがあったが、今では緊張が解け、自信に満ちあふれている。

 ジョニーは認識を改めた。

 自分が置いて行かれているというより、むしろ仲間たちが自分の水準に近づいているのだ、と解釈できた。ジョニーが休んで見学をしている中、仲間たちが実戦経験を積んでいるのである。

 これからは、仲間同士の連携が必要となる。霊骸鎧の戦いで、連携が神髄であるとすれば、ジョニー一人だけが強くなっては、溝は開いたままで、連携など不要になる。

 そう思うと、ジョニーの温存は、決して無駄な時間ではない。

(ボルテックスはそこまで計算をしているのか、あんな図体だけが大きい下品な男が、そこまで考えていたとは……)

と、ジョニーは感心した。むしろ、ボルテックスに対する評価を一新すべきであった。

“動く死体”の死体を踏み越え、ボルテックスが歩く中、セレスティナが呼び止めた。

「待って」

 細い指がボルテックスの背中に絡まる。ジョニーはボルテックスが羨ましくなった。

「ここに隠し扉があります」

 セレスティナは、壁を手で優しく触れた。自分の肩と同じくらいのの高さだ。

 その壁は一カ所だけ光っておらず、暗かった。

「誰か、灯りを持って来い」

 ボルテックスの指示で、サイクリークスが、素早い手つきで松明に火をともした。

 光らない壁には、壁画が描かれていた。古代の服装を身にまとった、女の姿が描かれていた。

 壁画の女は、白い突起物を両手でかざしている。

 白い突起物は、絵ではなく、物体であった。半透明で、菱形をしていて、何かの宝石を模しているかのようにジョニーには思えた。

 白い宝石を手に翳した女……に、セレスティナは、手を伸ばした。狙いは白い宝石だが、つま先立ちをしても、手が届かない。セレスティナが横目で、ボルテックスに助けを求めている。

「へいへい、台になりますよ」

 ボルテックスが壁を背にして、ひざまずき、両手を差し出す。セレスティナは、自身の小さな足を、ボルテックスの両手の平に乗せた。

 ジョニーは、羨ましすぎて、ボルテックスを殴りたくなってきた。殴り飛ばして自分がボルテックスの役割をしたかった。

 セレスティナの足に触れる。

 想像しただけで、幸せすぎて死ねる自信がある。

 白い宝石に触れたセレスティナは、目を閉じた。セレスティナから黄色い霊力が立ち上った。

(セレスティナの霊力は、光なのだな……。心が美しい者が持つという、光……)

 ジョニーは、セレスティナに関する新情報を知って、胸が高鳴った。

 絵画の女の足下に、横一本の線が生まれた。

 しゃがんでいるボルテックスの背後を囲うかのように、線は広がった。線に囲まれた壁は消え、空間が生じた。

(“動く死体”が現れた壁と同じ仕組みだ)

と、ジョニーは思った。

 新たに生じた空間は、中は暗い。セレスティナは、ボルテックスに下ろされ、しゃがんで、中を覗き込んだ。

「隠し通路……か?」

 セレスティナと一緒に覗き込んで、ボルテックスが呟いた。

 中から生暖かい空気が吹き出されている。

 生暖かい空気を浴びて、仲間たちは言葉を失った。

 これまでのガレリオス遺跡は、機械的で、無機物な雰囲気だった。住人は“動く死体”くらいで、生者を否定しているかのようだった。

 だが、隠し通路の先はこれまでと違って、生命の息吹を感じる。生命といっても、得体の知れない何かが、奥にうごめきき、潜んでいる、とジョニーは感じた。

 流れ込んでくる異様な雰囲気に、切り込むようにセレスティナは口を開いた。

「ここからは、一方通行です。一度入ったら、引き返す手段はありません。……無駄な時間はありません。先を急ぎましょう」

 仲間たちは戸惑っている。賛同する者も、反対する者もいない。

「うう、おれはこわいぞ。ぜんいんいかなきゃだめか? るすばんなら、まかせろ。おれは、るすばんをするぞ。ここでまつ」

 プリムは、震え上がっていた。明らかに動揺している。全員の気持ちを代弁したかのようだった。

 凍り付く仲間たちを尻目に、ジョニーは、ボルテックスとセレスティナの間に割り込んで、隠し通路に足を踏み入れた。

 仲間たちのうめく声が聞こえる。

「知ったことか」

 セレスティナなら、仲間たちを危険な目に遭わせようとはしない。そんなセレスティナがあえて危険かもしれない道を歩かせるには、それなりの理由があるはずだ。

 空間は赤く発光した。灯りがついたのだ。

 岩盤をくりぬいたような通路で、通路というより、階段だった。

 全体的に赤く発光した、下り階段が伸びている。

 赤い光源は、岩壁からだった。遺跡内部と同じ仕組みである。

 階段の先を見た。遺跡と同じく、遠方の灯りが点かない仕様で、先は見えない。

「セレスティナ。この先は、松明が必要か?」

と、ジョニーはセレスティナに話しかけた。セレスティナが、驚いている。

 今回の冒険で初めて話しかけたような気がする。

 これまでに話しかける機会はあったが、ジョニーは何を話しかけようが迷い、話しかけられなかった。だが、意外にも、素直に言葉が出てきた。

(いや、セレスティナに出会って、初めての出来事かもしれん)

 だが、セレスティナは、手で口を隠して目を見開いている。しばらくジョニーを見ていた。呆気にとられたような顔をしている。

(俺みたいな男に話しかけられて、迷惑だったのか?)

 セレスティナの薄い反応に、ジョニーは罪人にでもなったかのような気分になった。

 セレスティナは返事をせず、顔を背けた。質問に答えられないのか、理由はよく分からない。

「誰も行かないなら、俺が先頭に立つ。おい、サイクリークス。松明をよこせ。この先が暗いかどうかは分からんが、灯りが途切れるかもしれないから、用心のためだ」

 ジョニーは、投げやりな態度でサイクリークスから松明を奪った。

 せっかく話しかけたのに、セレスティナとの初会話は、セレスティナの無視で終了した。

 湿気の含んだ風が吹いた。

 風の音が、何かおぞましい雄叫びのようだった。

「だめだ。リコ。お前を先には行かせられない。先頭は、俺だ。代われ。松明も俺が持とう」

 ボルテックスが階段を降りはじめた。セレスティナが続こうとしたので、ジョニーはセレスティナの前に割り込んだ。少しでもセレスティナを守りたい。

 ボルテックスは仲間たちに話しかけた。

「おいおい、お前ら、レディをあまり困らせるなよ。なあに、ちょっとしたハイキングだ。お茶の時間までには間に合うさ」

と、ボルテックスが仲間に冗談を飛ばして、笑いを取った。

 ボルテックスとジョニーが降りると、仲間たちも従いてきた。仲間たちからためらいを感じるが、ボルテックスの緩い態度が、緊張感を和らげている。

 最後尾は、プリムだ。一人で留守番は、さすがに怖かったのだ、とジョニーは思った。

 背後から、重たい扉が閉まる音が聞こえる。

 ジョニーは振り返った。

 壁が閉じたのだ。

 もう引き返せない。

 急に視線を感じたので、振り返る。視線を追った先は、セレスティナだった。大きな瞳をそらしていた。

(さっきから俺を見ている……? 俺が思っている以上に、セレスティナは俺を見ているのか……?)

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― 新着の感想 ―
[一言] セレスティナの態度を気にするジョニーがかわいいです。
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