攻撃手段
「水中橋……?」
右手左手、それぞれに一本ずつ電磁棍棒を手にして、棘肩は羽を広げたように、貝殻頭の群に飛びかかった。
右腕の電磁棍棒で、貝殻頭の頭部を殴りつけた。殴られた貝殻頭は、青白い光を発して肩を震わせて、その場で崩れ落ちた。
棘肩は、もう片方の棍棒で、他の貝殻頭を横殴りにする。脇腹を食らった同僚に密着していた貝殻頭も感電し、同時に身体を振るわせて膝から崩れ落ちた。
貝殻頭たちは、お互いに距離をとった。手強い相手と認知したらしく、棘肩を半包囲する。
同僚を囮にして、一体の貝殻頭が槍を繰り出した。槍は棘肩の脇腹を突き刺さる。他の一体が、怯んだ棘肩のそれこそ肩に手斧を打ちつけた。
攻撃を喰らいながらも、棘肩は電磁棍棒でやり返した。
手斧を持った貝殻頭の頭を割り、電気を流し込む。もう片方の電磁棍棒を、槍に当てた。電撃が槍に伝わり、貝殻頭に感電させた。怯んだところを、電磁棍棒で殴りつける。
だが、他の貝殻頭が、片刃の剣で棘肩の胸を斬りつけた。
棘肩が反撃はしても、多勢に無勢である。一方的に攻撃を喰らっている。
「援軍が必要だ……!」
カレンは横目で蛇姫を見た。姿は女性で、何も武器を持っていない。
カレンは蛇姫に「戻って!」と命令した。緑色の煙とともに消えていった。
他の霊骸鎧を呼ばなくては。
「自殺者、ホップ・スティーラー!」
頭部が渦巻き状の植物になった、黒い霊骸鎧が現れた。
小型の短刀“自決剣”を手に、戦場に向かって突進した。
一体の貝殻頭が、自殺者に気づく。
自殺者が立ち止まった。自決剣を、逆手に持ち替える。自分の胸に向かって、突き立てた。そのまま地面に口づけをするように、倒れ込んだ。
「なんでぇー? 霊骸鎧って、自殺するの?」
カレンの叫び声もむなしく、自殺者は動かない。貝殻頭が槍でつついているが、反応はない。
動かぬと見るや、敵の一体が、同僚と棘肩の応戦を通り過ぎ、カレンに向かってくる。
カレンは次の霊骸鎧を呼び出した。
「“革命”、マゼラ・ケプール!」
四角い体格の霊骸鎧が現れた。
胸に、いくつか穴が横に並んでいた。四角い穴の内部で、何かが早く、縦に回転している。
胸を突きだしてくる。
穴の下部にはそれぞれボタンがあった。
「押してほしいの?」
カレンはよく分からないが、ボタンを押した。
穴の中で回転していた物体が、止まった。何かの絵柄と数字が書いてあった。ボタンを押すたびに中の絵が止まっていく。
ボタンは四つあったが、すべて押した。
絵柄は出てきたものの、何も起きない。
武器も持っていないし、この霊骸鎧“革命”は、どんな力を持っているのだろうか?
カレンの疑問を無視して、革命の背後に貝殻頭が襲いかかる。
貝殻頭の攻撃を受け、革命は倒れた。煙を出して消えていく。
「霊骸鎧って、よく分からないー」
カレンは、混乱した。だが、すぐに冷静になった。
貝殻頭はすぐに向かってくる。
霊骸鎧は、個性が強すぎる。戦いに向き不向きの存在もいる。向いている霊骸鎧を選ぶべきだ。
「火の(ナイト・オブ)騎士、ナイトハルト・ダガーロード」
カレンの目前で、炎が舞い上がった。
中から、甲冑を着た霊骸鎧“火の騎士”が立っていた。
接近してきた貝殻頭は、火だるまになっていた。慌てふためいている。水の方向に逃げる。逃げた先が海水であると、貝殻頭は忘れていたようだ。だが、その心配は不要であった。海水に溶けるまでに、燃え尽きたのだから。
火の騎士は、燃える炎の戦袍を翻した。十字突剣を天に向かって突き上げた。十字突剣は、太い針のような刀身をしていて、突き専門の武器だ。
刀身の先端を戦場に向けて、駆けだした。炎の戦袍が更に燃え上がり、火の騎士を炎で包み込んだ。十字突剣から火が吹き出て、火の騎士自体が、炎をまとった槍のようになった。
棘肩が、貝殻頭から攻撃を一方的に喰らい続けている。攻撃を耐えきれず、地面に這い蹲った。
炎の槍となった火の騎士が、突撃する。貝殻頭たちは焼かれ、その場で地面にのたうち回った。
たまたま地面に伏していた棘肩は、火に巻き込まれず無事だった。
火の騎士の背中が見えた。火の騎士が萎んでいくように、カレンには見えた。いや、正しくは、火の騎士から火が消えていっている。
無事だった貝殻頭の一体が、火の騎士に矢を放った。
火の騎士は肩に矢を受けた。怯んだ火の騎士に、生き残った貝殻頭が殺到した。
火の騎士は十字突剣で貝殻頭の一体を突き殺した。だが、貝殻頭はまだ二体も生き残っている。二人がかりで、頭と胴に攻撃を喰らい、よろめいた。
貝殻頭は、手斧と片刃の剣で武装しており、まとわりつくように攻撃を繰り返している。
対して、太い針のような十字突剣は、突き刺すには間合いが必要だ。突きに強いが、振り下ろす刃がない。接近されると弱い。
もう一度さっきの強力な攻撃でやり返せばいいのに、とカレンは思った。
炎で燃え上がっていた戦袍が、今では火が消え、黒くなっている。
(強力な攻撃は、一度しかできないんだ)
と、カレンは理解した。苦戦する火の騎士を見て、申し訳ない気持ちになった。
「ダメか……わっ」
誰かに、足首を掴まれた。カレンの足下に這い寄ってきた。
棘肩だった。
棘肩の全身は痛々しくへこみ、肩の棘もいくつか折れていた。
左足は折れ、あらぬ方向に曲がっている。
「レミィ、棘肩の傷を治してくれないか?」
墓石に避難させていたレミィに話しかける。
(無理だ……。もうこの霊骸鎧は死ぬ。僕が治療しても間に合わないだろう)
レミィに断られた。冷たいな、とカレンは思った。
だが、レミィの全身は、無力感で包まれていた。無力からくる、悲しみも感じた。レミィは、自分を責めている。カレンには分かった。
レミィ自身、助けられなかった相手が過去に何度もいたのだろう。棘肩もまた同じ状況だと、一目で経験から見抜いたのだった。
カレンは、一瞬レミィの責任にしようとしていた自分を恥じた。
棘肩が、うなだれて、一瞬だけ輪郭を残して白く透明になった。輪郭すら煙となり、消えていった。
水中橋と同じ現象である。これが霊骸鎧の死、だとカレンは悟った。
「ごめんね……可哀想なことをした。僕を頼りにしに来てくれたんだね」
助けを求めてきたのに、助けられなかった。
戦場に目を移すと、貝殻頭たちが、火の騎士を一方的に攻撃している。
映像が切り替わった。
カレンの記憶が甦っていく。
シグレナスの森の中で、虐殺があった。
貝殻頭たちに殺されていく人々の姿が、何人かの無抵抗な子供たちが連れ去られていく様子が、カレンの脳裏を過ぎった。
「誰も殺させないぞ……」
自然とカレンは走り出していた。
ニ体の貝殻頭が、カレンに気づいた。火の騎士に対する攻撃を止め、カレンに向き合った。
なめらかな無面から、捕食者のような凶悪さを放出している。カレンは反射的に逃げようとした。
だが、貝殻頭は襲ってこない。そのまま煙となって消えていった。
カレンは、右手から不思議な感触を感じた。右手を見る。自分自身が細長い針のような剣を握っていた。
舞い降りた、というべきか。生まれてきた、というべきか。
斬る、というより刺す剣であった。十字突剣に似ている。十字突剣を小型にした感じである。より細く、より短い。
もう一体の貝殻頭が、迫ってくる。
カレンは、一突きしてやろうと待ちかまえたが、剣は白い煙とともに、消えていった。
「嘘? なんで消えるの?」
カレンが慌てても、貝殻頭は遠慮しない。が手斧を振り上げた。カレンは咄嗟に腕で顔を隠した。
だが、何も起きなかった。目を開くと、貝殻頭の手斧は、カレンの足下に落ちていた。当の貝殻頭は、前のめりに倒れていた。
カレンの反応は早かった。手斧を素早く拾い上げ、応戦の構えをとった。
だが、貝殻頭の足首を、誰かが掴んでいる事実に気づいた。貝殻頭は、足首を掴まれて転んだのだった。
足首を掴んだ腕は、黒くて長かった。
腕の持ち主は、頭が渦巻き状になっている“自殺者”であった。
自殺者は軟体動物のように、地面を這いずった。貝殻頭の足首から手を離し、膝上を掴む。貝殻頭の上を這いずり、片手で貝殻頭の顔を押さえ、首に短剣で突き立てた。自分に、ではなく、今度こそ敵に、である。
「死んだふりをしていたんだ?」
カレンは自殺者を見た。死んだふりをして、敵を油断させる。これが自殺者の戦い方であった。
貝殻頭が消えていく。自殺者は、ぬるり、と立ち上がった。
「霊骸鎧って、それぞれ戦い方が違うんだね……」
棘肩は、電磁棍棒を振り回し、火の騎士は、燃え上がる突撃をする。
自殺者は、自殺剣をまた自身の胸に向けた。
「もう死ななくてもいいから!」
カレンは止めた。