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花詞


 アナタの帰りを、ずっと待つ。

 何時までも、何時までも。

 そう、アナタは帰ってきてくれるの。

 絶対に。


 そう信じている。誰が何と言おうとも、信じているから。


 こんなに、冷え込む寒い冬の夜も外に静かに積もる雪も平気。



 花瓶に添えられた、季節外れの紫色の花。




 雪の降りしきる、冬の夜。私は、いつも通りアナタを待つ。

 夕飯の準備をして、お風呂の準備をして、部屋を暖かくして、お帰りなさいと笑顔でアナタを出迎える。

 そうして、アナタは私にただいまと言って微笑む。私は、アナタに寒かったでしょうって肩に積もった雪を払ってあげて、アナタの外套と荷物を手にアナタと軽い会話をしながら、リビングへ移動するの。そう、後はアナタが帰って来るだけなのに。


 冷え込む窓辺に凭れては、寒暖差から結露し曇った窓から外を眺める。他の家々には、暖かい昼光色の明かりが灯る。その漏れ出す暖かい明かりと共に、団欒を過ごす家族の笑い声も聞こえて来そうだった。無意識に、私は爪を噛んでいたらしく歯軋りの音と軋み爪が欠ける小さな音が、独りきりの静かな部屋に響く。


 そうよ、後はアナタが私の待つこの家に帰って来るだけなの。そうしたら、私は窓の外のあの家の家族の様にアナタと暖かい部屋で過ごすの。だから、私は何も羨んだり、僻んだりしなくて良い。

 依然と噛み続ける爪は欠けて、ガタガタになってしまっている。アナタを迎えるために綺麗に整えたのに、また……。あれもこれも、アナタが帰って来てくれないからだ。私の所為じゃない、アナタが帰って来てくれないから……。


 朝から部屋を掃除して、洗濯をして、夕飯の下拵えをして、お風呂を洗って……。何もかも、アナタの為なの。大好きなアナタの為なの。だから、アナタが帰って来なければ、私のしていることは何の意味も為さないの。

 ねぇ、アナタは今何処にいるのかしら。まだ仕事が終わらないの? それとも、他の人と一緒なの?

 嗚呼、やっぱりアナタをこの家から出してしまっては駄目ね。直ぐに、逃げてしまうの。私が嫌いになる筈がないわ。一寸、用事が長引いているだけよね。何の連絡もくれないアナタだけど、私はアナタが大好き。アナタも私と同じ気持ちでしょう? だから、早く帰って来て欲しいの。



 カリカリと欠けて爪を噛む音が止むことはない。硝子越しにリビングの棚に置いてある、花瓶に活けた紫色の花が二輪揺れた。




 私は、何時の間にかリビングのテーブルに俯せて寝てしまっていた。この部屋に、時計なんて物は無いので今が何時かは定かではないのだけど、大分時間が経っていたのだと分かる。それは、窓の外の景色からも窺える。向かい側の家は、しんと静まり返り暖かな明かりは消えてしまっていた。嗚呼、もう良い子は眠る時間なのね。アナタは、また今日も帰って来なかった。


 アナタを信じて、待ち続けて待ち続けて……何度目の雪夜か。

 私は、準備していた夕飯をシンクに投げ捨てた。アナタの為に、用意したのよ。アナタが帰って来なければ、私の用意した夕飯はゴミにしか成らないじゃない。勿体ないことね。


 ……アナタは、何時になったら帰ってくるの。

 悪い子ね。私を待たせるから、イケないの。そう、そう……アナタがイケないの。私は何時も、アナタが暖まるように家を温めて……身体も暖まるように暖かい夕飯を用意して、湯冷めしないようなお風呂も用意した。


 なのに……私の想いを踏みにじるように、アナタは何時も帰って来ない。そう……アナタは何も知らない。テーブルの上の花瓶に活けた紫色の花も。

 私が、アナタを信じて待っていることも、知らないの。


 アナタを知っている。私は、アナタを知っている。何時帰って来ても良いように、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日!! 私は……私はっ!! そう、アナタの為に、アナタの為だけに、私は……!



 私は、アナタが好き。アナタだけ世界に居れば良い。早く、早く……アナタ……アナタを……私と甘い甘い城に……閉じ込めなくちゃ。


 二度と、出られないようにね。そうしたら、帰って来るのを長く永く待たなくて済むから。


 私が悪いんじゃない。


 私は、ただ、アナタを――。


 ………………………………………。


 ――そうだね。


      ・・

 ――早く、キミをお帰りなさいと出迎えてあげなくちゃ。


 ――早く、キミを救ってあげなくちゃ。

   ・

 ――僕は、何時もキミの騎士(ナイト)でなくちゃ、イケないから……。


 ――待てども待てども、帰ってきてくれない……から。


 だから、捜しに行かなくちゃ。





 静まり返った冷え込む冬の夜、幽かに聞こえる軋みの音。

 月も隠れた雪夜、花瓶に活けられた紫色の花が淡く明滅した。




 “アナタ”を待ち続けた“私”。


 “キミ”の騎士(ナイト)である“僕”。


 “私”は華。小さな想いだけを養分に活けられた花。

 花瓶に活けられた季節外れの紫色の花と同じだ。

 “アナタ”を養分に育ち続ける。“アナタ”が帰って来なければ枯れてしまう花。

 “キミ”は“アナタ”で“僕”が“私”で。毎日の雪夜に一人、窓の外の家庭を嫉み僻むんだ、変わらない日常を過ごして待ち人は必ず帰って来るそんな暖かな家庭に憧れて居た。




 アナタに逢った日から。

 キミを見つけた日から。




 僕は、いつだってキミの影に居るのに、キミは気づかない。キミの好みも嫌いもなんだって知っているんだよ。

 私は、アナタに愛でられる花に変わりはないけれど、アナタは自分が愛されていると知らないの。私は、アナタをずっと視ている。



 なのに。



 キミは、アナタは、どうして還って来ない?


 キミの居場所は此処にしかなくて。

 アナタを愛する者は此処に居るのに。



 アナタは、いつもそう。私を待たせるの。

 キミは、いつもそうだ。僕を心配させる。


 雪は降り積もる。まるでアナタを拒絶するように。

 雪は降り積もる。まるでキミを見失わせるように。


 アナタが居なければ、私に存在する意味も価値も無いのに。

 キミが居なければ、僕は生きる光もないんだ。



 キミは、還ってくる。

 アナタは、戻ってくる。


 もうじき、この居場所へ。

 そう信じてる。





 結露した窓の雫が一筋、滴のように流れていく。曇った窓に一筋描かれた線は蚯蚓が這ったように歪んでいる。その窓の向こうの家々も歪んでいく。それは、涙に滲む視界のようで。








 キョウもキノウもアナタを信じて待ってます。







「今日は、一段と冷え込むな……。嗚呼、牡丹雪に変わったのか……。今宵はもっと積もりそうだな。早く終わらせて帰ろう」


 ――カタンッ。


「おや? 誰か居るのか? 全く、こんな廃屋に……?」


 ――キィィッ。


「おや、誰も居ない。まぁ、こんな廃屋に他人が居る訳がないか、まさか、幽霊……なんてな」


「曰く付き物件って訳じゃないだろうし……この家も終わりかねぇ……」


 ――ぴちゃん。


「……? 水の音か。蛇口を閉め忘れかな? ……ソレはないよな」


 ――アナタを信じてる。


「……?」


「紫の花弁……? 廃屋を遊び場にしている子供が散らかしたかな? 片付けるのが面倒だね……」


 ――まだ、帰って来ないの?


「全く……最近の子供は悪戯が過ぎるな」


 ――そう……アナタが帰って来てくれないから。


「こんなに、沢山花弁を散らして……」


 ――きっと、悪い子に捕まっちゃったんだよ。僕が助けてあげなきゃ。僕は騎士(ナイト)だから。


「うわぁっ!? なんだこの部屋、一面紫色じゃないか!!」


 ――アナタと私の甘い城に邪魔者有……。

 ――キミと僕の城に侵入者有……。


 ――討たなきゃね。


 ――邪魔者は要らないから。




 積雪の有る雪の夜、寒さは増して水は凍り大きな牡丹雪が舞っている、こんな夜に纏わる或る噺が有ります。

 或る廃墟に、今も活けてあるらしいのです。


 “季節外れのアネモネ”が。


 その廃墟に一度足を踏み入れたら、帰ってこれず、まるで、神隠しのように姿形、跡形もなく消えてしまうのです。こないだも一人、男が行方不明になったらしいですよ。

 二輪活けてあるアネモネは何れも紫色で、「アナタを信じてる」「キミの騎士(ナイト)だから」と何処からか聞こえるとか。部屋中紫色に染められて、一面アネモネが散っていると。でも、二輪の花が信じて待っているその館の主人は……二輪の花が活けられた直ぐ後に殺され亡くなっているのです。


 だから、帰ってこれないんだな。


 しかし、そんな事を知らない花は主人が生きていると思ってずっと帰りを待っているのでしょう。


 結局、誰も報われない噺か。


 奇しくも紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じる」ですから。花は信じて今も待っているのでしょうね。日の昇らない雪夜を繰り返して繰り返して、待っているのでしょう。


 それなら、消えてしまった人々は?



 花に喰われたと思っています。


 それまた、何故?


 想いだけで生きていくには、養分が足らないからです。


 ほう……。それで、少し前から気になっていたんだが、君はその噺に詳しすぎないか? 何れも、表沙汰になっていない話だ。それに、廃墟の中の様子もしっかり説明している。中に足を踏み入れたら帰ってこれないんだろう? 君は一体何者だ? 関係者か?


 関係者か云々を、貴方が識る必要はないですよ。だって、貴方……今、その廃墟でお話をしているんですから。

 私の可愛いアネモネ達が貴方(ご飯)をお待ちです。



 まさか……。


 ええ、もうお気づきでしょう?


 ――アナタはまだ帰ってこないの。

 ――キミはまだ戻ってこない。

 ――キミが住むこの家を、僕は守っているよ。

 ――アナタが何時帰ってきても良いように、用意してる。

 ――侵入者有。

 ――邪魔者有。

 ――はいじ……ッ……!!

 ――はいじょを……ッ!!


 ああ、可愛い私の花々達、ご飯ですよ。


 ――嗚呼、漸く帰ってきた、お帰りなさい!

 ――嗚呼、プリンセス、我らがプリンセスのおかえりだ!



「ごめんなさいね。私の可愛い可愛いアネモネ達。お待たせしました、少々道に迷ってしまたの」




 誰も居ない冷え切った部屋に女の含み笑いが木霊し、降り積もる白雪とアネモネの花が月光に反射した。





fin.


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