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職業魔法少女  作者: 襟裳岬
2/3

仕込七割魔法三割


 初夏の日差しが照りつける、東京のとあるビジネス街。

 平日の昼間だというのに、街は静まり返っていた。

 …ぽちゃん。

 高校指定の薄い夏服のまま、ビルの谷間の路地裏で息を潜めるかなみの前髪から、一滴の汗がしたたり落ちる。

 この間、床屋で更に短く刈上げた茶色い髪も、言い知れぬ緊張感に重くまとわりつく。 

 右腕に巻いた、流行の樹脂製デジタル時計を見ると、時刻は十一時三十分を過ぎようとしていた。

 ぽちゃん。

 腕時計のガラスに汗が落ち、あっという間に数字がにじんで読めなくなる。

「…っ!」

 振り捨てるように右腕を振り払い、苛立つ気持ちをなんとかなだめつける。

 覚悟を決め、右手を空に掲げて目を閉じる。

 思い出すだけでいい。自分が、誰であったかを。

 誰であったかを。

 再び目を開いた時、空に掲げていたその右手には、あるはずのないバトンが握られていた。

 魔法少女。

 かなみにとっては、最も忌まわしい別名。

 奇妙な静けさが広がる路地裏から、表通りの様子を伺うように、かなみがこっそり顔を出した。

 まぶしい程明るく広がる表通りにも、奇妙な沈黙が満ちていた。

 片側六車線の道路を丸ごと塞ぐ、巨大な透明水まんじゅうが、涼しげな光をきらめかせていた。










「やーっと行く気になったんだね」

「っ?!縞!」

 不意に背後から聞こえた声に振り向けば、一歩と離れていない所で、すらりとした黒い猫が一匹、かなみを横目で見ながら毛繕いをしていた。

「これで五回目だろ?もういいじゃん。和美はもう慣れてんだから、かなみもいい加減慣れてよ」

「あいつと一緒にすんなぁっ!」

 びゅんっ!

 ゴルフスィングよろしく、かなみが振るったどピンク色の小学校低学年向け魔法のバトンが、軽く避けた縞の頭をかすめる。

「じゃ、変身しないでそのまま出てみる?そうすりゃ一躍有名人になれるよ。大学の一芸入試にもぴったりじゃん」

 振りぬきついでに第二弾をぶちかまそうとしたかなみが、その言葉にぴたりと止まる。

「ちゃんと変身して身元も隠せば、明日からも平穏な毎日を暮らせるんだけどなぁ…」

「…あーもぉ、やりゃいいんでしょやりゃあ!」

 もはややけくそ、思いっきりふりかざしたバトンを、そのままコンクリートの外壁に叩きつける。

 きぃんっ!

 脳天を貫くような甲高い衝撃波が、かなみの意識を一瞬白い世界へ叩きこむ。

 その瞬間、かなみの姿が掻き消え、小学生の魔法少女の姿が現れる。

 ピンクミニスカに派手なフリフリ、胸元にはでっけかいリボンと少女マンガそのままの姿だ。

 が、変身した早々、いきなり立ちくらみに襲われてバトンを地面についてよろよろする。

「…っ…う~、きっつ~…」

「だから変身の前フリちゃんとすりゃいいじゃん。前から言ってんのに」

 縞が言うには、「ちゃんとした変身手順を踏んでゆっくり変身しないと、虚血症状を起こす」ということらしいが、この方法があると知って以来、一度も「バンクシーン」を見せた事はない。

 別に服が分解してストリーキング状態になるとか、そういうヤバい事はないのだが、

「アカペラでパラパラなんかでけるかっ!だいたい、なんで和美は何にもなくても変身できんのよ!」

 自分が「かわい~」魔法少女であるとゆー意識も自覚もまったくなく、力いっぱいかなみが吼える。

 友人の栗山和美も、彼女と同じ魔法少女をしているものの、彼女の場合はそれこそボタン一発という簡潔な変身なのだ。

「和美は脇役だから。じゃ、後は頼んだよ。和美はもうあっちの上で待ってるから、後はいつもどおり…」

「偽者の悪の魔法少女と戦うフリして、魔法少女は世間の役に立っている事を見せつけてこい、ね」

「それで時給二万円なら、安いと思うよ」

 …はぁ。

 戦う前からどーしようもないくらいの疲れにさいなまされ、かなみがうなだれる。

 あたしって…もしかしてAVに出演するくらい、とんでもないことしてんじゃないかな…


 新城かなみ、一七歳。

 都立高校の現役三年生にして、ひょんな事から魔法少女の使命を受けた、ごく普通の女の子。

 普通とちょっと違うことといえば、それが「ヤラセ」であることぐらい。





「ちょ、ちょっとちょっと、次は来週月曜の夜だって話でしょ?!今日の昼ってどーゆー事よ?」

 その日の朝のこと。

 二十四時間電源入れっぱなしの携帯電話に、外も暗いうちから叩き起こされたかなみが、眠気もすっとぶような声を上げた。

『すまん、社長が今日、政府関係者呼んで予算会議やるから事件起こしてくれって、急に言ってきたんだ。今日の昼頃の予定なんだが、頼む!やってくれ!』

 電話の向こうで土下座でもしかねない声で、派遣担当の鉤が頼み込む。

 以前会った時、一見スマートな悪の青年幹部に見えて実際そうだった彼だが、本社に戻れば今回の魔法少女演出業務の担当者という肩書きを持っている。

「いいじゃない、昼休みだったらなんとか手も空くし、場所はどこでもいいんでしょ?」

 三者通話になっているのか、和美の声がした。

「いいじゃないって、あたし昼休みに大学の推薦の事で相談あんのよ?!」

「あっちゃ~、そりゃまずいな」

 さすがに鉤の声のトーンが落ちた。

「かなみ、推薦ったってまだ先の話でしょ?今度も仕事があたるわけじゃないんだし、今日はフケたら?」

「あんましフケたくないんだけどなぁ。約束したのは今日なんだしさぁ」

「うーむ、何とか頼めんかなぁ。こっちも会社の命運に関わる問題なんだ」

「会社の命運って、そんな大事な会議なの?」

「ああ、今後の魔法少女の運営方針を、前回までのものから大きく変更するんで、社長がその事を担当者を交えて説明する事になってる。実は、先週から予算が通ってないんだ…」

「あ…そうだったの?」

 今度はかなみの声のトーンが落ちる。

「じゃあ決定。鉤さん、昼ごろって何時ごろ?」

「会議が十時から、実際の仕事は十一時ごろにピークを迎えるように調整して、半頃にまとまるようにやってくれと、それだけだ」

「あ、あたしの相談が十二時過ぎてからだから、うまくいけばこっちも休まずにやれるわね」

「…って、授業はいいのか…?推薦なんだろ?」

「仕方ないでしょ。…まぁ、なんか適当に理由つけるから、昼には帰してよ」

「ああ、こっちもできる限りそっちの要望にあわせるようにするつもりだ。じゃあ、当日十時ごろに携帯に電話するから、後はその時に」

「はーい」

 ぴっ。

携帯電話をベッドサイドの充電スタンドに突っ込み、パジャマ姿のままベッドの上で大きく伸びをする。

 ふと目に入った目覚まし時計は、午前三時五十分を指している。

 電話する時間も考えてほしいもんだけど…しゃーないか、急だってんだから。

 再びかなみが、ベッドの中にもぐりこむ。

 しばらくもぞもぞして、やがて静かになった。

 …がばっ。

「あーもぉ、やっぱ寝れんっ!」

 「仕事」が入って緊張したか、もはや目は冴えまくり。

 タンスの引き出しから、畳んであったトレーニングウェアを引っ張り出してぱぱっと着替え、かなみが部屋から飛び出していった。

 三年生のくせに未だ現役陸上部の彼女、緊張すると無性に走りたくなるのだ。

 初めてではないとはいえ、魔法少女の「仕事」をする前日は、いつもこうである。




 さんさんと日が昇り、かなみ達が通う高校も、通学時間も終わりに近づいていた。

 校門からずっと走ってきた生徒が下足置き場に飛び込み、息もつかせぬ勢いで靴を履き変えて校舎の中へと駆け込む。

 かなみ達の学校では、遅刻かどうかの判定は「教室」だけで行われていることもあり、校門をくぐってからが勝負なのだ。

 だが、急ぐ生徒を尻目に、髪の長い優等生のような女子生徒が一人、ずっと下足置き場にたたずんでいた。

 きーんこーんかーんこーん…

「あっちゃー、時間きちゃった」

 ずっと下足置き場で壁によりかかっていた和美が、舌うち一つ。

 何故教室にも入らず、こんなところにいたのかというと、珍しい事に朝の待ち合わせにかなみが来なかったのだ。

 彼女もかなみと同じ陸上部、去年までなら後輩どころか同級生まで巻き込んで、ぎりぎりまで朝練でもやっているんだろうと推測できたが、今年に入って、正確には先週ぐらいからは事情が違う。

 さすがに魔法少女の仕事をするようになってからは、朝練には出てきてはいない。

 今日は欠席、かな…?仕事もあるし、その方がいいかもね。

 と、和美が一度履き変えた下足を戻そうと、壁から背を浮かせた時。

 がしゃっ、がたんっ!ざっざっざっ…

 フェンスを蹴飛ばすような音に続き、下足置き場裏の砂利を蹴飛ばす音。

「そー来たか…」

 かーんこーん…がらっ!

「っしゃーっ!まだ間に合うっ!」

 いきなり通路の「窓」が開き、かなみが外での勢いそのままに廊下に飛び込んできた。もちろん下足はお構いなし。

「かなみ、遅かったじゃない」

「和美?!教室じゃなかったの?」

 下足置き場の自分の下駄箱に飛びついたかなみが、和美の姿を見つけて驚いたように言った。

「かなみが来るの、待ってたのよ。今日は仕事もあるじゃない、少しは話しとこうかと思ってさ」

「ふーん…んでも時間なさそうだし、その話は一時間目が終わった後にしよ。それよか珍しいわね。あたしが遅刻しそうになったら、あんたってさっさと教室行くのに」

 脱いだ靴を下駄箱に突っ込み…いや、投げ込み、返す手で内履きを下駄箱からぶっこ抜いて床に放り出す。

「今日は間に合いそうだったから。それよか早くしないとほんとに遅刻するわよ」

 といいつつ、和美はちっとも焦っていない。

「わかってるって!」

 内履きに足を突っ込んだかなみが廊下をステップを踏むように走り、つっかけ履きだった内履きにつま先をねじこむ

 そして両足のかかとが収まった瞬間、

 しゅぱたっ!

 陸上のスタンディングスタートよろしく、両足を強引にグリップさせてかなみが廊下を突っ走る。




 …

「まぁ、はじめから遅刻は覚悟してたけどさ…」

 教室に入った早々、遅刻者として名前を控えられたかなみが、ぶつぶつと不服そうな顔で自分の席へ戻ってゆく。

 そして、ある席の隣で足を止めた。

「…和美、なんであたしより後に出て、余裕で間にあってんのよ…」

「魔法があるから」

 まだ肩で息をしているかなみの隣で、汗一つかかず、悠々としている和美がすっとぼけたように言った。





「…だからさぁ、いくら魔法が使えるからってそりゃまずいわよ」

「ちゃんとバレないようにやってるって。今日は仕事の話しようかと思って、それで遅刻しそうになって仕方なく使ったんだしさぁ」

 一時間目の授業が終わり、次の時間の準備もそこそこに賑やかになった教室の片隅で、かなみと和美が話し込んでいた。

「だいたい、うまく切りぬけられたんだからいいじゃない」

 教室の隅にある掃除用具のロッカーに寄りかかり、和美が束ねられたカーテンに半分頭を埋めてそっぽを向く。

「今回は、ね。いつどこで誰に会うかわかったもんじゃないんだし」

「まーね…かなみの方が大変だもんね…あたしは辞めりゃいいけど」

 …はぁ。

 一気に空気がどんより重くなる。

「…考えても仕方ないわ。やんなきゃなんない事らしいし」

「新城!」

 と、そこへ担任の男性教師がやってきた。

「今日の進路相談の事で話があるんだが、…」

 急に小声になって、かなみに耳打ちする。

「次の授業、休んで進路指導部に来い。実は今、例の大学の担当が来てるんだ。うまくすれば、おまえの推薦、こっそり内定取れるかもしれん」

「えっ?!」

 今日、有名体育系大学への推薦の相談をするつもりだったかなみが、寝耳に水の話に驚く。

 かなみの実績だと、推薦をかけられるかどうか微妙なセンで、今日の進路相談で推薦期限までに、どれだけ実績を積めばいいかを話し合う予定だったのだ。

「あ、ちょっとちょっと、それならあたしもっ!」

 それを聞きつけ、同じ体育系の和美もしゃしゃりでる。

「栗山はだめだ」

「なんでっ?!」

 ぴしゃりと言い放つ先生に、すかさず切り返す。

「ここしかないここしかないって、栗山、何回推薦先を変えたんだ?お前が推薦先を変える度に、他の生徒達の推薦と調整しなきゃならんのに、ちょっと自分勝手すぎるぞ」

「先生、これが最後、最後っ!」

「あのなぁ…本当に今回だけだぞ。今日、担当と会ってみて、もしも内定が取れるようなら変えてもいいぞ。元々あの大学には、うちからの推薦枠なんてないも同然だしな」

 拝み倒す和美に、担任教師がやれやれ、という風に言った。

「教科担任にはこっちから説明しておくから、二人とも昼まで授業全部休んでくれ。担当の方は午後まで居るそうだから」

「ご、午後までぇ?!」

 仕事にもろブチ当たるじゃないっ!

「はーい、わかりました」

「ちょ、ちょっと和美…」

 二つ返事で了承した和美に、かなみが慌てた。

「…?新城は用事でもあるのか?」

 かなみの態度に、先生がいぶかしがる。

「い、いえ…」

「もう先方は待ってらっしゃるんだ。くれぐれも失礼のないようにな」

「はーい…」

 先生の後について、和美とかなみが休み時間の教室を出てゆく。

「和美…仕事、どーすんの…」

「ま、なんとかなるんじゃない?あたし達だって将来の事がかかってるんだからさ」






 一方そのころ、魔法の国にある魔法少女管理会社「アースプランニング」では、今日の説明会の為の準備が続いていた。

「ちょっと!会議室の机並べたの誰?!一列足りないわよ!二十人分しかないじゃないっ!」

 慌ただしく人が出入りする事務室に、会議室の最終確認から戻ってきた柚岐慧の怒号が響く。

 普段はクールな銀髪をなびかせて、冷徹な印象さえある彼女だが。

「えっ?!今日は十八人ってーんじゃ?!」

 たぶん無関係だったはずだろう、会議資料の製本をやっていた人間からかなり焦った返事が返ってくる。

「こっちの人間も入れて二十三人だっ!!まさか資料も十八人分しか作ってないんじゃないでしょうねっ?!」

「今コピーしますっ!」

 書類の束を引っつかみ、コピー機が置いてある部屋へと飛び出して行く。

「ところで鉤はどうしたのよ!?現地の殺陣の打ち合わせしなきゃなんないのに!あと社長!あいつはどこ行ったっ!」

「鉤さんなら柚岐慧さん探してましたよ。大事な話があるみたいです」

 別のところから、返事が返ってくる。

「大事な話?」

 ちょっと…勘弁してよほんとに…

 柚岐慧の背中を、悪い予感がかけぬける。

 今日の会議は、半端じゃなく大事なものなのだ。

 政府から魔法少女運営業務を引き継ぎ、はや五年。

 魔法少女の運営方針を大幅転換する為、政府官僚を迎えての大事な会議なのだ。

 社長がじきじきに参加する会議もさることながら、シームレスで連携する「魔法少女の活躍」が非常に大事なポイントとなる。

 その為にも、舞台を勤める善と悪の魔法少女の準備がかかせない。

 それを担当するのが、黒猫の姿でかなみ扮する善の魔法少女をサポートする縞と、悪の幹部として和美扮する悪の魔法少女を支える鉤なのだ。

 今日も縞と鉤が現地に回り、無事に事を運ぶ計画になっている。

 その鉤から、「大事な話」があるというのだ。

「あ、柚岐慧さん、こんなところにいたんですか」

 かなり疲れたような声に、柚岐慧の予感が確固たるものになってゆく。

「…で、何のトラブルなの…?」

「現地と、連絡がつかないんです。縞の奴、今朝から携帯にも出ないし、新城達とも連絡がつかない状態で…」

 一瞬、柚岐慧の表情がこわばった。

「…すぐに現地に行って!なんとしても間に合わせるのよ!」

「わかりましたっ!」





 きーんこーんかーんこーん…

 二時間目の開始を告げるチャイムが、静かな廊下に響く。

 ほとんど授業中と変わらぬ時間、廊下を歩く生徒は誰もいない。

 担任の先生に連れられて歩く、かなみと和美以外。

 隣の教室の中から、いい加減な礼をするみんなの声が聞こえる。

 いきなり本番なのね…あたしって…

 かすかなざわめきも、階段を下るにつれて聞こえなくなる。

 そして、一階の事務室を過ぎたあたりから別の賑やかさに取り囲まれる。

「なんていうか…日本ってなんでこんなに大学があるんだろ…」

 所狭しと壁に押しピン止めされた、格調とは無縁の色彩に包まれた大学案内のパンフレットを横目に、かなみが辟易する。

「ここが東京だからじゃない?あ、この大学昨日までなかったとこだ」

 親鳥がヒナの中からわが子を見つけるような感覚で、和美が見覚えのないパンフレットを探し当てる。

「よく気づいたな…そこの大学な、調べてみたら去年定員割り込んでてな。悪いとは立場上言えんが、やめとけ」

「じゃあなんで出してあんのよ?」

 足を止めた担任の先生に、かなみが聞いた。

「募集が来たのに出さないと、隠しただとかなんとか言われるからさ。ま、箸にも棒にもかからん連中を入れるにはいいだろ。栗山もどうだ?滑り止めにはこれ以上はないぞ」

「遠慮しまーす。滑り止めならもう四つぐらいつけてますしぃ」

 にこにこしながら、遠慮ない言葉で和美が言う。

 振る相手を間違えた事を痛感したか、先生が何も言わずに歩きだす。

「…新城、お前も栗山を見習え、とは言わんが、一応滑り止めぐらいは選んだらどうだ?一本に絞りたい、って気持ちもわかるが、世の中保険は必要だぞ」

「その話、二年生の時から聞いてます。だけど…」

 と、不意に先生が足を止めた。

「ま、今、決めてしまえばいいさ。滑り止めが必要かどうかは」

「決めればって…」

 先生にぶつかりそうになって慌てて足を止めたかなみが、いつのまにか目的の部屋に着いた事に気づいた。

 ドアをノックしようと手を上げ、それを軽く止め。

「新城、栗山、覚悟はいいな?」

『…はいっ』

 こんこん。

「失礼します」

 そして、担任の先生が「進路指導室」のドアを開けた。







 ざっぱ~ん…

 乾いた夏の日差しが、湘南の海岸にさんさんと降り注ぐ。

 夏…涼しげな潮風、際立つ太陽…なんて心地いいんだろ…

 猫の姿をした縞が、ビーチパラソルの日陰でうとうとしていた。

 こんがり焼けたビキニライン、都会からようやく飛びだしたのか、白い肌のスクール水着、そして炊きたての白いご飯…ほかほかご飯…にょ~…

「なぁに寝ぼけとるかコラアァッ!!!」

 すっぱぁんっ!

 空手家の修行かはたまたライフセーバーか、砂浜に派手な足跡刻みながら突っ込んできた鉤が、湘南の海岸でのんびりしていた縞を空高く蹴り飛ばす。

「んなぁぁぁぁぁぁあっ?!」

 ぐんっ!

 弾道ミサイルよろしくカッ飛ぶ縞が、急に見えない力に引き戻される。

 がしっ。

「おい、お前こんなとこで何やってんだ?」

 魔法の力を込めた右手で縞をがっちりキャッチした鉤が、縞の鼻っ面に顔を突きつけて尋ねた。

「何もどーも、今日は休みでしょ?!縞さんこそ何なんですかっ!」

 何も言わず、鉤がポケットから携帯電話を取りだした。

「これは、いったい誰のものだ?」

「え…それ、俺のっすよ…」

 そのまま、携帯の液晶部を縞の鼻先に突きつける。

『留守メモあり 05:20』

 ちなみに今は十時半。

 縞が顔を上げて、鉤と目を合わせる。ついでにヒクツに笑う。

「あは、あは、あははははは…オレ、寝てたんスかね…」

「ふ、ふふ、ふふふふふ…」

 縞の引きつった笑いに合わせ、鉤がフシンな笑い声を上げる。

 さすがは悪役、目つきの怖さは一級品。

「もう予定を過ぎてるんだっ!お前はすぐに二人を呼んで準備しろ!駅裏に回したら電話だ!」

「はっ、はいっ!!!」

 鉤に放り出された縞が、転がるような着地と同時に突っ走る。

 が、すぐに足を止めて振りかえった。

「鉤さんはどうするんですか?」

「こっちも準備を山ほど残してるんだ!そっちには構ってられん!」

 直後、二人の姿がかき消え、二つの気配が東京都を目指して飛びだした。





「つまり、二人を推薦したい、という事ですか…」

 安そうな来客ソファーに足を組んだまま腰かけ、担任教師の説明…というよりはお願いに近い話を聞いていた中年の男が、重々しい口ぶりで言った。

「はい。二人とも運動に関しては、我が校でも成績はさることながら、都大会でも毎回の上位進出を果たしており、去年もインターハイ出場こそ逃したものの、その後の大会では優勝も重ねています」

 そうそう、去年はおしいところで逃したのよねぇ。

 かなみ達を紹介する担任教師の隣で、かなみが心の中でうなずく。

 去年のインターハイの事は、今でも時々思いだす事がある。

 予選から好調だったかなみと和美は、四百m予選で二人揃って、都大会記録を塗り替えるタイムをマークしたのだ。

 その調子で臨んだ決勝で、三人もの選手が自分達の記録を塗り替えさえしなければ。

「あの大会ねぇ、あぁ、私も見てたよ。四百mは新記録ラッシュだったようだが」

「ええ、その時の予選トップだったのが、この二人です」

 担任教師が、誇らしげに語る。

「予選で力を使い切ってしまって、決勝でぼろぼろだったあの二人かね?」

 半ば笑い顔で言う担当者の言葉に、担任教師は苦笑いで済ませたものの、かなみと和美はそういうわけにはいかない。

「力を使い果たしたわけじゃありません。決勝でも予選並のタイムは出しました!」

 さっと目配せで止めようとした担任の先生を無視して、かなみがかなりむっとした口調で言った。

「でも、決勝で負けたのは間違いないだろう?予選と同じタイムしか出せなかった方にも問題があるんじゃあないのかね?」

 憤る彼女を楽しむように、ねちっこく言葉をつなぐ。

「すみませぇん、もうちょっと決勝に力を残すようにすれば良かったと、あたしも思います」

 ちょっと…和美…こんな物言いされてんのに、何言ってんのよ!

 さっきから怒りもせず、ずっと笑顔を絶やさなかった和美の言葉に、かなみがけげんな顔をする。

「そうだろう、予選であれだけトバせば、逆に他の選手が『あれが限界なんだ』と安心するだけだ。そこのあたりも少しはわからんとな」

 和美の言葉に大きくうなずき、再びソファーに腰かけなおす。

「で、推薦の話だがな…」

 担当者の言葉に、担当教師とかなみと和美が大きく身を乗り出す。

「正直言って、難しいな」

「いえ、そこの所をなんとかお願いして…」

 あっけなく言い崩され、担任教師が低姿勢になる。

「彼女達の成績は確かにすばらしい。去年の大会はああいう結果となったが、うちに来れば十分見込みはあるだろう。だがな…」

「だが…?」

 多少もったいつけた言い方をして、担当者が一呼吸置いてから言った。

「来年はどうかね?その次の年やその更に次の年、この学校には十分有望な生徒はいるのかね?」

 はぁ?

 誰一人として言葉にはしなかったが、三人の心に同じ疑問が浮かんだ。

「あの、今お話しているのは、あくまでこの二人の事なのですが…?」

「事はそういう問題ではないんだよ。問題なのは、『この学校に』推薦枠を作るかどうか、という事なんだ。わかるかね?」

「あの、話がよく見えないんですが…」

「山津さん、その話だったら前に言ったでしょ」

 黙々と事務作業を続けていた進路指導部の事務員が、担任の教師に向かって言う。

「いい生徒がいたって、枠がなきゃどうにもならないって」

「いや、松浦さん、だけどこの二人なら…」

「だから、今年だけじゃ済まない問題なんだよ」

 事務椅子を回し、膝にひじをついて面倒臭そうに言った。

「今年、枠を作ったとして、今年はその二人があるだろ?だけど来年はどうする?この大学に見合う生徒を出せるのか?」

「い、いや…」

 担任教師が口篭る。

「出せないならどうなる?枠があるのに推薦も出せない。大学だって推薦枠はちゃんと埋めないとならないんだ。しょっちゅう志望変えする生徒を抱えて、あんたもその苦労ぐらい、わかるだろうが」

 ちら、と和美の方を見て言う。

「わかっただろ。後先考えんで推薦なんて言いだすから、こっちがどれほど面倒してるか…」

 椅子をきしませ、進路指導部の事務員が背を向けて事務机に向かう。

「…まぁ、みもふたもない話だが、そういう事だ」

 場の主導権を持って行かれ、意味も無くワイシャツの襟元を直しながら担当者が言った。

「ちょ、ちょっと何よそれ!じゃあ、優秀な後輩がいないとあたしたち、大学にも行けないわけ?!」

 さすがに慌てたか、和美が立ちあがろうとする担当者を引きとめるように言った。

「そうは言わんが、そんなにウチに来たい、というなら一般入試で来る事だ。二次選考ぐらいなら多少面倒は見るぞ。では、私は用事があるので…」

 我関せず、という感じで言いきり、担当者がすたすたとドアへと向かう。

「ちょっとかなみ、あんたもこのままでいいの?!」

「…もういいよ、こんなの…」

 かなみは、途中ぐらいから完全にふてくされていて、もはやそっぽを向いたまま。

「…ねぇ、先生」

 急に、和美がよく通る大きな声で言った。

「な、なんだ?」

 気圧されたように、先生が答えた。

「かなみのお父さんってさ、文部省に勤めてんのよね。しかもかなり上のとこで」

 ドアを開けようとした担当者がはっとして立ち止まり、声の方を振りかえる。

 担任教師、生徒指導部の事務員、そして唖然とするかなみの視線を受けたまま、和美が勝ち誇った目で担当者を見据えていた。





「くっそー、こんな時に…なんであの二人、教室にいないんだよっ!」

 下足置き場の上で、猫の格好をした縞が絶望的な声を上げた。

 あれから随分探し回っているのに、一向にかなみと和美の姿が見当たらないのだ。

 教室に行ってもいない、保健室にも、職員室にも、屋上やトイレにもいない。

 なのに、下駄箱にはちゃんと外履きがあるのだ。

 時間は刻々と過ぎてゆく。下足置き場に掲げられた時計は、もう十時四十五分を過ぎている。

 電話をかけても、当然のように交換機の留守番サービスが応対するのみ。

 下足があるってことは、学校にいるのは間違いないんだ。ほかにいそうな所なんて…

 考えを巡らせていた縞の目に、下足置き場の壁にあった、赤いスイッチが目に止まった。

 …そうか、探すんじゃなくて、追い出す、って手もあるか…





「へーっ、そういう事言うわけぇ?いーのかなぁ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、何も私は絶対とは言ってはいないんだ…」

 さっきの余裕はどこへやら、額の汗を拭いながら担当者がなだめている。

「かなみがもしも、大学に落ちたって事になったら、かなみのお父さん、心配するわよねぇ。それがまして、事前に面接もしてた所だったら、たぶん根掘り葉掘り、聞くんじゃないかなぁ」

 ソファーの背もたれに両手を広げ、別に担当者に目を向けるわけでもなく、和美がそらすっとぼけな声で言う。

 ダシにされているかなみは、呆れて物も言えん、という表情でずっと肘掛のところに肘をついて、外を眺めている。

 ほかの先生達はもはや我関せず、触らぬ神にたたりなしという格好だ。

 なにしろかなみの父は文部省官僚、しかも局長クラスのエリート官僚だ。どんな形であれ、そんなものに関わると後々ロクな事にはなりはしない。

 実際、和美がかなみの親の事を持ちだしたのは、まるっきり脅迫である。

「だから、あたし達の成績は問題ないって、そっちも認めてるんでしょ?なのにどーして推薦を受けられないのぉ?さっきの言葉、もう一度聞かせてもらえないかしらぁ?」

 ちらちらと和美の方を見ていた進路指導部の事務員が、槍玉に上げられて慌てて和美から視線をそらす。

 もしもこの事がかなみの父の耳に入り、一言名指しで「正論」が出れば、すべての責任は自分に降りかかるのだ。

「おい、栗山…いい加減にしないか…」

 という担任教師自身、及び腰である。

「かなみも、こんなくっだらない理由で推薦が流れるの、許せるの?」

「…もうどーでもいいよこんなの…元々推薦自体無理だったんでしょ?先生」

 かなみに聞かれ、担任教師が言葉に詰まる。

「じゃ、いいじゃん。今度の事は黙っとくから、なかった事にしとこ…」

「ちょっとぉっ!せっかくの推薦でしょぉっ?!」

 和美がかなみに詰め寄ろうとした時。

 ジリリリイリリリリリリリリリリリリ!!!

 けたたましい非常ベルが、校舎全体に鳴り響いた。

「な、なんだ一体?!」

 先生達が何が起こったのかと、右往左往する。

「!!っ」

 同時にかなみが、舌打ち一つ。

「かなみ、もしかして!」

「ああ、そうみたい…」

 和美の耳打ちに、かなみが冷や汗を浮かべた。

「仕事の時間、忘れてた!」





「…まだかよ…早く出てきてくれよ…」

 校舎の屋上から、次々と出てくる生徒達を見つめながら、焦りに満ちた声で縞が言った。

 やがて、ほとんどの生徒達が出てきたのか、校舎から出てくる人の数が減りはじめた。

 点呼が続くグラウンドを見つめても、かなみと和美の姿はない。

 時間だけが、刻々と過ぎてゆく。

「あーっ、こんな所にいたっ!」

 ネコの目をそれこそ皿にして必死にかなみ達の姿を探す縞が、待っていたその声にはっとして振り返る。

「かなみっ!一体どこにいたんだよっ!」

「朝っぱらに鉤さんから電話あった時、今日は推薦の相談があるってちゃんと言ったわよ!それよりなんで電話に出ないのよ!」

「でっ、電話ぁっ?!」

 慌てて、縞が懐から携帯電話を取りだした。

『着信あり 11:03』

 …何故だか、けたたましく鳴り響く非常ベルが、涼しげなそよ風にすら思える一瞬が過ぎる。

「とにかく、悪いっ!面接が入っちゃって、時間に抜けられなかったのよ」

「いや、もういいや。どっちにしろもう時間も押してるし…」

 縞が携帯電話のボタンを器用に押して、鉤に電話をかけた。

「…鉤さん?縞です。今、二人を捕まえました。…はい、すぐに、…はい!」

 電話から顔を離し、

「専務の柚岐慧さんから話があるって」

「え、どっちに?」

「二人とも!」

 縞が言ったそばから、いきなり二人の携帯電話が鳴りだした。

「電話に出て!多重通話になってるから全員で話せるよ」

 言われて、慌てて二人が電話に出た。

「もしもし、…」

『このバカたれっ!こんな時間まで何しとったんじゃぁっ!』

 いきなり鋭い女性の声で一喝され、二人が引いた。

『専務!これ二人も聞いてますっ!』

 慌てた鉤の声が聞こえた。

『え…あ、今のは縞に、よ。二人とも事情は聞いてるわ。ごめんなさいね、こっちの事情で仕事に呼びつけて…』

『…い、いえ…こちらこそ…』

 さすがに和美もこれが精一杯だった。

「それより、今日の仕事の事、ただ会議があってそれに関連してやる、としか説明受けてないんです」

『そうそう、そのことよ。今日は会議資料の一つ、としてライブ中継をするの。だから、絶対にミスはしないこと!絶対に裏方が見えないようにね!それ以外は現場に聞いて!』

『鉤だけど、こっちはもう現場に入ってる。そういえば専務、会議は?!』

『…社長が無理やり遅らせてるわ…』

『…了解…』

 青筋が浮きそうなほど震えた声からすると、ただ単に「待たせている」らしかった。

『じゃあ、二人ともすぐにこっちに来てくれ。場所は縞が知ってる。専務、社長にはこっちの準備が整った事伝えて下さい』

『あー、もう中継始めちゃってるわよ。始めていーわ』

 と、いきなりもう一人、女性の声が割り込んだ。

『社長!なんで電話に出られるところにいるんですかっ!』

『いーじゃないそんなこと。会議室の方ならさっきから現場の映像流してあるわよ。鉤ぃ、よろしく頼むわよ』

 柚岐慧の怒号もどこ吹く風、社長らしい女性がそんな事を言う。

『ちょ、ちょっと!まさかこっち、もう映してるんじゃっ?!』

『あったりー。あんたも悪役なんだから、ちゃーんと仕事しなさい!』

 ぴっ。

 軽い電子音が鳴り、それっきり鉤の声は聞こえなくなった。

「あ…あの…社長さん、ですか?」

 かなみが、恐る恐る尋ねた。

『え?あぁ、今の声、かなみ?』

「はい、そうです」

『そーよ。あ、知らなかった?』

 知るもなにも、今までに会ったのは鉤と縞、それと前回ちょっとだけ見た悪役の人だけなのだ。

 社長の顔も、自分を任命したとかいう女王の顔も名前も知らないのだ。

 もっとも、それ以前に任命された仕事が八百長魔法少女だとしって愕然としていたが。

『今日は大学の進路相談だっけ?今朝方鉤から聞いてびっくりしたわよ。まぁ、進路なんて必ず大学にいかなきゃならんわけでもなし、これも運命だと思って諦めてちょーだい』

『そんな簡単に言わないでくださいっ!』

 かなり怒った口調で、和美が割り込む。

『今日の面接で、うまくすれば推薦が内定したかもしれないのに!』

「もーその話はいーじゃんよぉ。だいたい、うまくすりゃ、だったんでしょ?」

『うまくするのよ!』

『あっはっはっ、そーだねぇ。物事うまくしなきゃ、うまく動かないもんよ。ンな話が出るとこ見ると、かなりゴタゴ…』

 ぱっかーんっ。

 いきなり空気のはじけるような音がして、社長の声が途絶える。

『なにすんのよいきなりっ!』

『こんな時間までなにもたもたしてるんですかっ!さっさと議場に行ってくださいっ!』

「…なんか、あっちも大変みたいねぇ…」

「まぁ、昔は悪の女王もやってた社長だからね」

 電話を離し、かなみと縞がなげやりに笑う。

『もう鉤が現場立ち上げてるはずだから、二人とも、それと縞もすぐに現場に回って!』

『了解!』

 柚岐慧の言葉に三人が揃って答え、電話を切った。

「で、現場の場所は?」

「駅裏のビジネス街だって。鉤さんがもう準備にかかってるから、あっちについたら電話してくれって」

「駅裏ってことは、あっち…」

 みきっ…

 かなみがフェンス越しに駅の方を見ようとした時、どこからともなくフシンなきしみ音がした。

「…なに?今の」

「なんか、後ろからしたような気がしたけど」

 かなみと和美が、そっと後ろを振り返る。

 目の前に広がるのは、別にどうとうこともない、いつもの屋上の風景。

「…?!」

 ばきっ。

 音の方向を瞬間的に見れば、出入り口の上で不格好に膨れ上がった給水タンクに、はっきりと亀裂が走ったところだった。

 水が吹き出すと思い、二人がとっさに両手を広げてガードする。

「…あ、なるほどなぁ」

「…どーなってんの…?」

 一人納得する縞はともかく、かなみと和美はその目の前の状態に唖然とするばかり。

 十cmは広がった亀裂から、透き通った水がまるで風船のように膨らんでいるのだ。一滴の水もこぼさずに。

「水の分子特性を変化させて、表面張力を強力にしたんだ。言ってみれば巨大な水玉になってるってわけ」

「へー…これがねぇ…」

 なんてかなみが感心したその途端。

 みきべりばきぃっ!!!

「どぅわわわわわっ?!」

 水の張力に耐えられずにまっ二つに割れた給水タンクから、自動車一台もありそうな巨大な水まんじゅうが落ちてきたのだ。

「かなみぃ、なんか…外もすごいことになってるよ…」

 フェンス越しに外をみていた和美が、頭痛でもしてきたかへなへなとへたりこむ。

 かなみが言われて路上を見れば。

「…うっわ…ゼラチン大行進…」

 路上の至る所がはじけ飛び、そこたらじゅうの水道管からうねうねと水スライムが路上に這いだしていた。





 ガチャ。

「失礼」

 ビデオプロジェクターの光がまたたく薄暗い会議室の後方に、開いたドアから漏れる光が差した。

 音声が随分と絞られている事もあって、ドアが閉まる音がはっきりと響く。

「魅亜か。随分と手の込んだ演出だな」

 再び薄暗くなった室内の、最後列に陣取った年老いた男が言った。

「いえいえ、まずは私達の今の仕事振りをじかに拝見していただくのが一番かと」

 前方のスクリーンには、どこから撮影しているのか、ビルの広告塔の中に埋もれた魔法機材の中で、モニターを見ながら調整作業を続ける鉤の姿が映っている。

 片隅のビルの谷間から、次々と路上に沸きだす「水まんじゅう」を垣間見ることができるが、画面の上では余計なフレーミング程度の扱いを受けている。

 今までの魔法少女なら、決して表にならなかった部分だ。

「映像が逆ではないのかね?こんなものを我々に見せてどうしようというのだ?」

「あら、言ってくれますわね」

 魅亜がビデオプロジェクターを挟み、男の反対側に腰を下ろした。

「今まで一度も見たことがないんじゃありませんか?自分が予算を決定している、こういう『公共事業』を」

「予算使途の報告は受けとる」

 苦虫を噛み潰したような声が返ってきた。

「それより、肝心の魔法少女はどうした。魔法少女を活かすのが、君らの仕事だろう」

「ええ、もうじき現れると思いますよ」

 他の委員はさっきから黙りこくっている。

 無理もない。政府の極秘事項映像を。目の前で長々と流されているのだ。

 魅亜だけが、余裕の表情でスクリーンを眺めている。

 しばらくして、空間の歪みがスクリーンを横切り、その存在に気づいた鉤の隣で実体化する。

「あれは…お前が任命した魔法少女…?!」

 プロジェクターを挟み、息を飲むような音がした。

「魅亜!これはどういう事だ!何故、正義の魔法少女が裏舞台に表れる?!」





「鉤さん、ご苦労様ですっ!」

「よう、なんとか間に合ったみたいだな」

 かんかん照りになった広告塔の内側で、かなみが仕事中だった鉤と挨拶を交わす。

 姿を消し、風を操って飛行する間は十分涼しかったのだが、ここに入った瞬間、全身からどっと汗が出るような蒸し暑さに包まれる。

「あっつー…ずっとここにいたんですかぁ?あっちっ!」

 降りた早々半分くらくらしている和美が、へなへなとへたりこもうと鉄骨に座った瞬間、あまりの熱さに飛びあがる。

「そこったへんはずっと太陽が当たってたからな。焼けてるから座らないほうがいいぞ」

「なんか靴底まで変になってる~」

 安物の学校指定の内履きだったこともあってか、焼けた鉄骨にふんばる度、ゴム底が溶けかけてずるずる滑るような感触がする。

 その度にまたふんばり直し、またぬらぬらと滑っている。今日の天候は半端じゃない。

「んで、これっていったい何やってるんですか?」

 接合部の鉄鋲に足を乗せ、けっこう安定しているかなみが、額から垂れる汗を手で拭きながら聞いた。

「あぁ、これか?今回は役者は出さずに、機材でモンスターを作る事になったんだ。っていっても、これも数少ない機材なんだがな」

 広告パネルの裏からアンカーで打ちつけられた、大振りの旅行トランクを広げたような機材を操作しながら、縞が言った。

「このメインモジュールが魔法増幅、んで、そこに突っ込んであるプログラムカートリッジが今度の奴、水を固めて操る為の魔法モジュール、後は発信用のアンテナやレベル計測用のモニターってとこだな。そうそう、こっから向こうも見えるぜ」

 さりげなく、モジュール機材の隣に幅一cm、高さ三cmほどの穴が開いている。

「んしょ…へー、けっこー地味な作業してるんだ」

 鉤が開けたのぞき穴にとりついた和美が、下界で繰り広げられている異常事態を見下ろしながら、率直な感想を漏らした。

「地味っていうなよ。このおかげで、表向きは派手な演出ができるんだからさ。さて、そろそろ始めようか」

 鉤が、プログラムカートリッジが取りつけられたトランクボックスに取りつき、下半分を隠していたパネルを跳ね上げ、その中にあったキーボードと向かい合う。

 垂直に切り立ったキーボードを器用な手さばきで叩く。途中、ところどころ考えながら打ちこみ作業を続けてゆく。

「…よし。表の動き見てみな」

 作業を完了したか、手をおろした鉤が自信に満ちた表情で言った。

「あー、すごいすごい!ちゃんと動いてる!」

「ちょっと和美、あたしにも見せてよ!」

 ずっとのぞき穴をひとりじめしている和美をひきはがそうと、不安定な鉄骨の上でかなみが四苦八苦する。

「ちょっと待ってろ。今もう一つ開けるから」

 鉤が腰につけた皮製のホルスターから、金属製のくいのようなものを取りだし、そのまま広告パネルむかって突き立てる。

 だすっ!

 鉄板だった裏板に、軽々と穴が開く。

「そんなもんまであるの?」

「あ、これか?いや、ここのホームセンターで見つけたんだ。何に使うか知らんかったが、薄板のパネルに穴開けるのに便利だと思っな。この道具入れもホームセンターで買ったんだ」

 よく見れば、腰に巻いた緑色の、安全ベルトらしい二重のごついベルトに、他にもかなづちにペンチにスパナ、工具袋もぶら下がっている。おそらくこの魔法機材を設置するのに使ったんだろうが、これでヘルメットを被っていれば電気工事屋だし、ニッカズボンなら鳶職である。

「それより新城、そろそろ魔法少女の出番だぞ。栗山も準備頼むぜ」

「はーい」

「え?外、どうなってんの?!」

 いったいどんな状況になったのかと、今開けてもらったのぞき穴から下界を見下ろす。

 オフィスビルに挟まれた片側六車線の幅広い道路は、見渡す限り水たまりの海が広がり、まるでプールのように水面がたゆたっている。

「げー、ここまで水が出てんの?」

「いや、出てるんじゃない。集まってるんだ」

「集まってる?」

 のぞき穴から顔を上げたかなみが、けげんそうな表情をする。

「ここから半径五キロの水に影響を与えてあるんだが、さっき、その水すべてをここに集めるように命令を組んだんだ。全部で十二万五千キロリットル…ぐらいかな?あと一時間もしないうちに、ここに集まるぜ」

「じゅ、十二万五千キロリットルっ?!…ってどのくらいの量なんだっけ…」

 さすがに量で言われてもすぐにわからず、かなみも首をかしげた。

「ん、まぁ…八階建てのビルと同じぐらいか?そうそう、この建物ぐらいの量だな」

 …かなみが、もう一度のぞき穴から下界を見下ろす。

 そういえば心なしか、水面がだいぶ上がっている…今や、向かいのビルの三階まで水面が伸びている。

「…今回のあたしの敵ってのは、…もしかして…」

「そう、この『水』だよ。正確にはこの『水』を操る、栗山扮する悪の魔法少女かな?」

「ま、そーゆーわけ」

 いきなりかわいく響いた黄色い声に振り向けば。

「じゃんっ!いーでしょー、新調してもらっちゃった」

 リベットだらけの黒のエナメルレザーのタイトスーツに身を包む、金髪魔法少女(推定年齢十歳)に変身した和美の姿があった。


 そして、話は冒頭へと戻る。





「うっひょー、こりゃいー眺めだわ」

 既に高さ十mぐらいになった巨大水まんじゅうの頂上から、和美扮する「悪の魔法少女」が手をかざして遠くを見やる。

 大通りを平行するようにそびえる商業ビルのかなた、かすかに東京都心のビル群らしきものが見える。

「鉤さん、聞こえる?」

 と、魔法少女には似つかわしくない、左耳に隠すようにつけた魔法無線ヘッドセットから、今も広告塔裏で指揮している鉤を呼ぶ。

『おう、どした?操作方法がわからなくなったか?』

「そーじゃなくてぇ、やっぱ悪の魔法少女だし、一度はあそこまで行ってみたいもんよねぇ」

『あそこって…新宿新都庁か?そーだなぁ、いつかはやってみたいもんだな。昔は東京タワーも使った事あるんだぜ』

「へー、すっごーいっ!…でも、それっていつの話?」

『四年ほど前…そーだなぁ、俺もまだ三年目ぐらいだったか。誰もいない午前二時頃に、ちょっとだまくらかして昼間に仕立てあげてやったから、誰も知らないはずだぜ。元々ここんとこ、魔法少女の存在すらバレた事はないんだがな。それよりそろそろ水が集まり終わるぜ。マイク、増幅かけるぞ』

 一呼吸置くか置かないか、ヘッドセットを隠した側の耳がぽーんと気圧が変わる感触がした。

『さぁーて愚民の皆さんお立会い!日頃お世話になってるくせにぜんっぜん感謝もしないおミズなみなさんから…』

「…お礼のお参り」

 セリフを忘れて一瞬あうあうした和美の耳に、鉤の声が聞こえた。

『…こほん、おミズなみなさんから、水もしたたる新鮮なお礼たっぷり、皆さんにおっとどけに参りました~っ!さー、じゃんじゃんお礼に参りましょっかーっ!あ、ほい!』

 和美がバトンで指差した方向向かって、水まんじゅうから巨大な水柱が噴き上がる!

 ばしゃばりぃんっ!

 もはや普通の水に戻ったか、窓ガラスをぶちやぶって無人の事務室を水浸しにしてゆく。

『あ、ほいっ!』

 ばしゃばしゃばしゃばしゃっ!

 今度は路上の乗用車めがけて水柱が噴き上がり、あっという間に横転させてしまう。

 …けど、なんか空しいなぁ…無人なの、わかっててやってんだもん…

 目標が無人なのを確認してから、和美が次々と目標を指差し、水柱で破壊してゆく。

 それから、何度目かの目標を破壊した頃、

『あ、ほいっ!』

 ばしゃばしゃばしゃっ!

『鉤さん、かなみ、今出ます』

 おっ、やっと来た!

 ヘッドセットから流れてきた縞の声に、退屈していた和美がようやく気力を取り戻す。

『よーし、栗山、いっちょ派手にやろうか!』

『りょーかいっ!』

 そしてようやく、見下ろすビルのふもとの影から、待ちにまった正義の魔法少女、新城かなみが現れた。

『またあんたねっ!何度も何度も懲りないわねほんとにっ!』

『あーら、あたしが一度でも懲りたなんて言ったかしらぁ?あんたこそ「今度こそ覚えてなさい!」って言葉忘れっぱなしじゃない!』

 黄色い声を張り上げるミニスカピンクの魔法少女ルックのかなみ向かって、まけじと和美も黄色い声を張り上げる。

 んーっ、やっぱこの瞬間が一番楽しいわよねっ!

『じゃあもう一回思い知らせてあげるんだからっ!覚悟しなさいっ!』

『覚悟は一生に一度だけよんっ!あ、』ほい!」

 和美が気合入れてかなみを指差したその時、いきなり途中でマイクの増幅が途切れ、水柱が連動しなくなった。

 え?!機材の故障?!

 その直後、

『栗山、ちょっと沈むぞ!』

 ヘッドセットから慌てた縞の声が響き、突然足元の感覚がなくなる。

 ばしゃっ!

「がぼぼぼっ!!」

 しゅんっ、しゅしゅんっ。

 いきなり水の中に引き込まれ、焦った和美の目前を、いくつもの白い筋が横切った。

「…ぷはっ、なんなのよ一体!」

 やがて水の中心部で泡のような空気室に吸い込まれ、びしゃびしゃになった和美が悪態をつく。

『ちょっとやりすぎたな…狙撃された…』

 へ…?

 和美が呆然として、筋が走った方向を見れば。

 ぐにゃぐにゃと歪むビルの頂上に、確かに数人の人影が見えた。





「おい、今のは何だっ!カメラで映せ!」

 和美扮する悪の魔法少女が、実弾で狙撃された瞬間、会議場が騒然となる。

 これまでの魔法少女の歴史の中、このような危険な状態は、一度も起こり得なかったのだ。

 魔法少女が、魔法少女以外によって危機に晒されるなど。

 それがよりによって、現地の治安機関であるなど。

「魅亜!これでは魔法少女の意味がないではないか!悪の魔法少女は、あくまで魔法少女に倒されねば…」

「あら、ギャグのつもり?」

 詰め寄る委員に、椅子から立ちあがろうともせず余裕の笑みを浮かべる。

「貴様、正気か?!」

「正気か尋ねたいのは、あたしの方よ」

 突然、魅亜の表情が激変する。

「昔からの言い伝えみたいなきれい事を抜かし続けて、取りあえず形だけ魔法少女が存在していればいいなんて状況を作り上げたのは、いったい誰なの?」

 薄暗い会議室の中、ゆっくりと魅亜が立ち上がる。

 見えないはずなのに、気配だけで縛られているような錯覚に襲われる。

 過去には悪の女王という「仕事」を、立派に勤め上げた彼女だからこそ、この貫禄があるのだ。

「そんな腑抜けた魔法少女の為に、あたし達は存在するんじゃない!」

 再び、スクリーンの水球に白い筋が横切る。

 だけど、今度は誰一人として声を上げない。

「あたしが社長である以上、魔法少女の運営はあたしがすべて握っているのよ。文句を言われる筋合いはないわ」

「…いったい、貴様はいったい、魔法少女に何を求めている…正義の存在を、地球に知らしめる以上の何を…」

「正義の対極にあるべき、『事実』の存在よ」

 それが、長年魔法少女の運営に携わった、社長「魅亜」の答えだった。





「和美、今のは?!」

 散発的に銃声が轟く現場で、いったん路地裏に戻ったかなみが、和美と同じく左耳の後ろに隠したヘッドセットに向かって聞いた。

『こっちからだと歪んでてよくわかんないっ!でも、どっかのビルの屋上なのは間違いないわ!』

『新城!こっちは心配いらん!水の中なら銃弾は全部防げる!』

 和美の悲鳴に近い声に続いて、激しくキーを叩く音をバックに、鉤の声がした。

『それより縞、聞こえてるか!』

「あ、はい!聞こえてます」

 すぐ隣で、猫の姿の縞が答える。無線にも流れているということは、どこかに無線を持っているのだろう。

『半分は覚悟してたが、やっぱりやられたな…そっちも狙われるかもしれんが、出ても大丈夫だな?』

「えっ?!オレも出るんスかぁっ?!」

「その前にあたしに出ろってか?!」

『そーゆー事だ。心配ない、今までもこうやって魔法少女のガードも引き受けてきたんだ。ただ単に襲うだけなら誰でもできるが、なおかつそれ以外の外敵から魔法少女を守るのが、俺達の役目なんでな』

『ってさっきはいきなり引き込んだじゃないっ!』

『あ、いや、ちょっと調子に乗ってたら見落としてて…でも心配せんでも、魔法少女なら銃弾が当たったところで、体の表面で弾かれて終わりだ。栗山、なんなら試してみるか?』

「『試さんでいいっ!』」

 思わず和美とかなみの声がハモる。

「とにかく、一応タマが当たっても大丈夫って事ね?」

『ああ、怪我させるんならせめて、二十ミリぐらい持ってこないと話にならんな』

「わかった!」

「お、オレは勘弁してぇっ!」

 かなみが逃げようとした縞の背中をひっつかみ、バトンを握り直す。

「じゃあ、行くよっ!」

 掛け声一発、派手派手魔法少女のかなみが、狙撃班の銃弾飛び交う表通りへ踊りだした。

 まずは…

 弾道から先に予想していたビルの頂点…いたっ!

 きゅんっ!

 かなみの足元のアスファルトが弾ける。やっぱりこっちも狙われてる。

「先にちょっと黙ってて…」

 右足を右、後ろとステップを踏み、予め決められたモーションでバトンを振りかぶる。

 そのトータルのモーションから「魔風」コマンドを認識したバトンが、一気に魔法エネルギーを蓄積する。

 とりあえず軽くぶちかましておけば、しばらくは動けまい!

『でも、一応は当たらないようにしろよ。怪我はないけど、当たると「かなり」痛いからな。目とかそーゆー所には絶対当てるなよ』

 …ひゅんっ。

 かなみの顔面すれすれを、銃弾が突き抜ける。

「…そーゆー事はさっさと言えぇっっっ!!!」

 多少セーブするつもりが抑制まったくなしに、爆弾の爆風並の「魔風」が狙撃班のいるビルの屋上めがけてぶっ飛んだ!

 ばがぁんっ!

 目標にしたビルの屋上に命中した途端、屋上付近のガラスどころかコンクリートの外壁までが吹き飛び、派手にほこりが舞い上がる。

「げっ?!」

 空気を叩きつけただから、どうということもあるまいと思っていたかなみには、かなりのショックだった。

「ちょっとタンマ!やりすぎたっ!」

『あ~、あのぐらいなら心配ないぞ』

 焦るかなみのヘッドセットに、鉤ののんびりした声が聞こえた。

『今まで、どうして魔法少女事件でケガ人が出てないか、知ってるか?それらの防護措置も、俺たちの仕事なんだよ』

 ビルの頂上をかくしていた霞が風に流れ、その惨状が明らかになる。

「あ、あれ…?」

 ビルの外壁を引きはがすほどの威力だったはずなのに、そこから先、たとえばビルの屋上に設置されたCSらしいパラボラアンテナや、防災用に設置された風速計は、何事もなかったかのように無傷でそこに存在していた。

 そんな状態に慌てている狙撃隊が、何か指示があったのか、いっせいに退却してゆく。

『さっき見た機材あったろ。あれでそのバトンの魔法もかなり制御できるんだ。効果範囲をどこからどこまでにするとか、どこまで威力を出すかとか、小さく見えてもこういう現場にはなくちゃならないモノなのさ』

「へー…あたしゃてっきり、この水まんじゅう作るだけだと思ってた…」

 技術の結晶ともいうべきそのシステムに、かなみが素直に感心する。

『これでしばらくは狙撃も止むだろ。その間に終わらすぞ!』

「はーいっ」

 ヘッドセットにかけた手を離し、かなみが水まんじゅうと再び向かい合う。

「えーいっ!」

 再びさっきとまったく同じモーションを、今度は少し愛嬌込めて踏む。

 コマンドを受け付けたバトンを振りかぶり、今度ははっきり意識して威力調整。

 ふぅんっ!

 軽くまとまった見えない風が、和美が真ん中にいる水まんじゅうめがけて流れてゆく。

 しゅばんっ!

 見えないはずの空気が、水まんじゅうの水面に突き刺さった途端、はっきりと見える「白い刃」となって中心部めがけて突き進む。

「っしゃあっ!」

 和美が微妙に孤を描いて迫り来る空気の刃を、機敏なフットワークに魔法を重ね、自分が居る巨大な泡ごときっちり避ける。

 さっきまで和美がいた場所を、派手な白刃が泡の軌跡を残して横切り、泡だった空気が上昇する。

「じゃあこっちもっ!」

 バトンごと差しだした右手に力を込める。こっちは連動というわけではなく、それを縞が見て操作するのだ。

 水まんじゅうがびぐんっ、と震え、絞りだされるように和美の指し示した方向めがけ、滝のような水柱が突っ走る。

 もちろん、かなみはそれまでにモーションを起こし終え、既に飛び避ける体勢ができている。

 いっけーっ!

 まるで和美の意識と連動するように、かなみが飛び退いたその場所に、超高圧となった水柱が激突する。

 アスファルトが歪み、叩きこまれるように反対側を派手に跳ね上げ、道路の中へと陥没した。

『路面以外に当たると、自動的にただの水になるようになってる。当てたっていいぞ』

「了解!」

 この魔法を制御している縞の言葉に、和美がうきうきしながら答えた。

 何しろ相手は勝手知ったるかなみなのだ。この真剣勝負が面白い。

 当てられないが、必ずかすめる!

 余波で歪む水の外で、着地したかなみがフシンな動きをする。

 来るかっ!

 その予想がぴたり的中、一瞬の間を置いて、今度はかなりのスピードで白い刃が飛びこんできた。

 今度はきわどいっ!

 一気に避けた和美に空間がついてこれず、ぐにゃっと泡の空間が伸びる。

 しゅばっ!

 それを、かなみが放った空気の刃がまっ二つに切り裂き、切り離された片方の空間が泡となって空へ舞い上がる。

 一瞬で、和美の頭にゲームの図式が浮かんだ。

 和美のいる泡の空間が、全部なくなれば自分がゲームオーバー。

 もちろん、かなみに一発当てればこっちが一本。

 どちらにしろ、それは二人の対戦成績として残るまで。リターンマッチは何度でも。

「鉤さん、しっかり頼むわよ!せっかく派手にやれるんだからっ!」

『こっちも久しぶりに楽しくなってきたとこだ。たまには魔法少女負かせてみるか?』

「問題ないなら、こっちもないっ!」

『了解っ!』







 ずがしゃぁっ!

 ほとんど横ッとびで避けたかなみのその場所に、巨大な水柱が文字どおり突き刺さる。

「うぉっとぉっ!」

 派手に弾けた水をかぶり、右手をついた体勢のまま吹き飛ばされ、路面を転がりながらなんとか跳ね起きる。

「…っ、あいつらちょっと調子に乗りすぎじゃないの?!」

 びしょぬれになった魔法少女のかなみが、さっきから水柱攻撃を次々と放つ和美向かって吠える。

 …いちおう、変身してて小学生なみの身長しかないのだが…

「どんまいどんまい、和美がいるところの泡ももうほとんどないじゃん。もう二、三回でこっちの勝ちだよ」

 と、その反対側、だいぶ離れたところにいる縞が無責任な応援をする。もちろん自分は狙われていないから、離れてれば被害もない。

「てめぇ…軽く言うなぁっ!」

 わなわな震えるかなみの前髪から、ぽたぽたとしずくが垂れる。

 直撃ではないとはいえ、さっきから破裂する水をかぶりっぱなしで、このクソ暑い中冷やしきれないぐらい熱くなっている。

「こっちも手伝いできればいいんだけど、端末は鉤さんとこだから俺はなんにもできないんだ。悪いねぇ」

「へー、そういう事言うか…」

 へろへろしている縞を睨んでいたかなみの視界の脇で、再び水まんじゅうが震えた。

 だが、今度は避けない。それどころか、コマンドモーションとは違うモーションを起こし始めた。

 左手を大きく広げ、意識を集中する。

 見える。気配の流れが。自分を包む、魔法の流れが。

 あくまで柔らかく、結集させず、あたかも吸い上げるように強く左手を引いた。

 ひゅぅうんっ!

「えうゎぁあっ?!」

 縞の体がいきなり吸い寄せられ、かなみの左手に風のように収まる。

「え…自由魔法…?!」

「へへっ、あたしだって何にも練習してないわけじゃないもんねー。じゃ、後は頼んだからね!」

 と、かなみの姿が秒速で消えた。

「へ…ぇぇぇぇぇっっっ?!!」

 いまいち状況を把握していなかった縞が空を仰いだ瞬間、和美と鉤が放った水柱が縞向かって迫る!






 ばっしゃーん。

「を?!直撃?」

 逃げなかったかなみに命中した水柱に、和美が面食らったような声を上げた。

『逃げなかったし、別に防御したような感じもなかったなぁ…どっちにしろ、効果範囲に入ると自動的にただの水になるから、影響はないんだがな。だけど、どうしたんだ?防御術ミスったか?』

 縞もけげんそうな声で言う。

「もらったぁっ!」

 ぱしゃっ!

 しかしその瞬間、はるか頭上の太陽に隠れ、宙を舞うかなみが白い刃を叩きこむ。

『姿消して飛んだかっ!栗山っ!』

 げっ!避けらんないっ!

 だけど、当の栗山は余裕こきすぎて動く体勢ができていない。

 これが悪の魔法少女の宿命か…今日の所はゲームセット。

 和美が負けを覚悟した、その時だった。

 ずぅんっっっ!!!

 突如、和美の目の前が真っ白になり、息さえ止まるような衝撃波に水の中へ叩きこまれる。

 なっ?!

 さすがに意識までは失わなかった和美が、はっきりとそれを見た。

 自分がいた泡のすぐ上に、商業ビルと張り合うほど巨大な水まんじゅうの端から端まで、直径二mはあろうかという「穴」が開いていたのだ。

 まさしく、どてっぱらに風穴。

『…あいつら…本気で二十ミリ用意したらしい…』

 ひくつきながらの鉤の言葉が、和美の耳にやたら絶望的に感じられた。





 自分の放った「空気」を蹴散らし、巨大な白いトンネルが泡になって浮かび上がって行く。

「な、なによ一体…」

 いや、聞かなくともかなみにも状態はわかる。

 さっき退いた狙撃隊が、銃弾では効かぬと悟って、「砲弾」を撃ち込んできたのだ。

 ぃぎゅんっ!

 今度はかなみの目の前を砲弾がかすめ、その衝撃波なのかそれとも自動防御が動いたか、かなみが横手のビル向かって弾かれる。

 ビルのガラスに激突する寸前、とっさに体を大きく広げ、全力で壁に「気配」を押しつけて粘る。

 みしっ…

 ガラスに軽くヒビが入りながらも、かなみがかろうじて持ちこたえた。ガラスをブチ破る以前に、魔法少女以外の相手にひるむのはかなみのプライドが許さない。

 やりたい放題やってくれるじゃない…

『新城!退け!勝ち目はないぞっ!』

 ヘッドセットから、焦る鉤の声が聞こえた。

 和美はといえば、わたわたと小さくなった泡ごと、地上を目指している。縞はもう姿もない。

 っしゅばっっっ!!

 逃げる和美のそのすぐ脇を、再び巨大な泡柱が、わずかに弾道をねじまげられてかすめる。

「ちょっと、弾けないの?!」

『だから言ったろ!こっちでなんとか防げるのは、二十ミリぐらいまでだって!あいつら、本気で撃ってきやがった!』

「弾けないって…このまま逃げたら、今度はいきなり最初からあれで撃たれるわよ!」

『仕方ないだろ!今度からは撃たれる前に逃げるっ!』

「なんとかなんないのっ?!」

『なんとかできる状態かっ!』

「あーそぉ!わかったわよっ!」

 吐き捨てるように言ったかなみが、地上へと急降下する。

「あーもぉ、ひどい目にあったっ!びしょびしょになっちゃったじゃないの!」

 慌てて泡を抜けたせいで、かなみ以上にべしょべしょになった和美が、降りてきたかなみの前で悪態をつく。

「このままじゃ、あいつらずっと付きまとうわよ。どーする?」

「どうするって…防げないって鉤さんも言ってるしさぁ…」

 不服そうに言う和美に、かなみが何か決めたのか、水まんじゅうごしに発砲してくる狙撃班に向き直る。

「要はさ、あたしたちに絶対かなわない、ってあいつらに見せつけりゃいいのよね…」

「…?」

 和美がけげんそうな顔をする。

「ねぇ鉤さん、どーせこのままじゃまともにやってらんないんでしょ?荒らしちゃっていい?」

『ちょ、ちょっと待て…荒らすって…一応会議で見てんだぜ、これ…』

「魔法少女が現地の警察に蹴散らされて、おめおめと引き下がるとこを?」

 しばらく、何も聞こえなくなる。

 ひゅばんっ!

 かなみ達の頭上を、水まんじゅうを突きつけた砲弾がすっ飛び、巻き上がった風に二人の髪が舞い上がる。

「…返事なしね」

『ま、待ておいっ!』

 慌てて呼びかける鉤を無視して、かなみがバトンを持った両手を大極拳のように構える。

「…………」

『気を練るな!おい!自由魔法を使う気か!』

 まさにその通り。鉤の制御をまったく受けない、バトン組みこみではない魔法。

 適性があったかなみだからこそ使える、もっとも原始的な魔法。

 さっき、縞を捕まえた時と良く似た、だがはるかに濃密な「気配」がかなみの周辺に集まる。

 もっと強く、もっと激しく。

 さんざん妨害されて、いきり立つかなみの心そのままに、溶岩のような熱く押しつぶされるような「気配」が、かなみの周囲で見えない渦を描く。

 ばしゅんっっ!!!

 その時、いきなりかなみの真っ正面、まっすぐかなみを狙うコースで砲弾が飛んできた!

『っ!?』

 さざなみのように水のトンネルが崩れる中、気を練りつづけるかなみのほんの目の前。

 いびつに潰れた二十ミリ弾が、まるで水の中を船が沈むがごとく、ゆったりとした動きで落ちてゆく。

『おい…栗山…新城の奴、いったいいつ練習してたんだ…?』

 相当鍛錬されたかなみの気の練り方に、鉤が和美に尋ねた。

「え…そういえばここんとこ、部活に顔出さないのに遅刻間際になること多いのよね…朝練でもしてたのかな…?」

「…無駄口、終わった?」

 動きを止めたかなみの、かなり冷静な言葉に、和美が慌てて首を振る。

「あ、そ。…メラ・ゾーマっ!!!」

 どっかで聞いたような呪文の名前を叫び、溜めに溜めた「気配」をかなみが解放した途端、火山の噴火よろしく火焔の濁流がかなみの両手から噴出し、六万キロリットルはある水まんじゅうを一飲みにする!






 …けほっ…

 もうもうと立ちこめる水蒸気の中、へたりこんだかなみが咳を一つ。

 風が吹けども、霧がなかなか消えない。

『…とりあえず、終わっとけ。もう、誰も撃ってこんぞ…』

「…はーい…和美、やるよ…」

 まだ少しぼう然としているかなみが、鉤に返事をして同じく隣でへたりこむ和美の肩を担いで引き起こす。

「えーと…『今日のところは…げほげほっ…っ…これで勘弁してあげるわ!次は覚えてなさ…げほっ…』」

 またむせたか、どうも咳が絶えない。

『はい、オッケー。今日はこれで解散だ。見つからないうちに逃げろよ』

「オレ、しーらね…」

 鉤の無線も終わり、縞も霧の中、どこへともなく姿を消した。

「かなみ…取りあえず、学校戻ろうか…」

「そだね…その前に、元の姿に戻ろ」

 二人の魔法少女が変身魔法を解き、元の高校三年生へと戻り、姿を消して現場を後にする。

 …やがて、ようやく蒸気がおさまって霧が消えた頃、かなみの魔法で水蒸気爆発を起こし、あたり一面水浸しになった世界と、…その水蒸気爆発で完全に側面が崩壊したビル群が現れた…





 それからだいたい三十分後。

「やっぱり授業、終わりかぁ」

 誰もいなくなった高校の校門で、かなみがため息をつく。

 周辺はいたる所で路面が破れ、さっきまで水が溢れ返った痕跡が大量の水たまりとなって残っている。

「明日までには鉤さん達が修復するんだろうけど、今日は無理そうね」

「駅裏、あれだけふっ飛ばしたもん。仕方ない…この調子じゃどーせあの親父もバックレるだろうし、推薦もお流れ、かな」

「事が水だけに、お流れか。あっはっはっ…」

 かなみが空しく笑ったけれど、何故だかさほど空しくもない。

 なんだか、気分がすっきりしたような気がした。

「…かなみ、次の大学、どうする?」

「…ん?ん…あんまし考えてない。けど、なるようになるでしょ。今回のは、ちょっと早まったかもね」

「それもそーね。無理にねじ込んだって、疲れるだけか…じゃ、あたしはこれで帰るわ」

「うん。じゃ、今日はご苦労様」

「お互い、ご苦労様」

 かなみを残し、和美が一人、帰ってゆく。

 さて、あたしも帰るかな…

 両腕を空まで伸ばし、たまった疲れを絞るように背伸びをする。

「…あ、ここにいたのね」

 不意に、かなみの背後から、女性の声がかかった。

 かなみが振り向くと、いつからいたのか、ワインレッドのビジネススーツでかちっと決めた女性が立っていた。

 それどころか、その隣に鉤と縞の姿もあるのだ。

「え、あの…」

 かなみがけげんそうに、鉤と縞に事情を尋ねるように視線を向ける。

「ごほんっ、…社長だ」

「しゃ、社長?!今日はほんとにすみませんっ!」

 ほとんど反射的に、かなみがぺこぺこ謝った。

 今日は会議で上映する大事な仕事だというのに、ラスト、鉤の指示を無視してあれだけ派手な魔法を、警察相手に見せつけたのだ。

「ん?あぁ、最後のアレ?別にいいわよ。どうせ会議も終わってた時間だし」

 何気に言う社長に、どうやら今日の事を叱責しにきたのではないとわかって、かなみがほっとする。

「それで、会議はどうでした?あたし達の仕事、あれで良かったんでしょうか?」

「あんまり期待はしてなかったんだけど、そうね…七十点ぐらいかしら」

 三十点マイナス、かぁ…まぁ、そんなもんか。

「あたしはもうちょと仕事サボってくれる事期待してたんだけど、随分熱心だったじゃない」

「それが当たり前ですっ!…て、いったい何の会議だったんですか?!」

 さすがにサボりを期待していたと聞かされ、かなみが怒って魅亜に聞いた。

「ここんとこ予算が通らなくてさぁ。ちょっと担当にカツ入れるつもりで今度の会議開いたのよ」

「一応、正義の魔法少女なんですよね?!あたしの仕事って!」

 不意に、魅亜の表情から笑顔が消えた。

「…八百長魔法少女に、始めから誰も期待してないわよ」

 静かに言ったその一言に、かなみの表情がこわばる。

 …結局、そういう事なのね…

 考えてみれば、どんなに頑張ったって、あくまでこの社長が演出する「悪」を、自分が打ち砕くだけなのだ。

 本当に悪を打ち砕いているわけではない。

「でも、今日の仕事ぶり見てて、少しは期待できるようになったわ」

 …え?

 あと一秒遅ければ、渡されていたバトンを叩き返すところだったかなみが、その言葉に顔を上げた。

「鉤に、うちらの仕事があんたにバレたって聞いた時、絶対にやらないだろうって思ったわ。それなのに、一言も馬鹿にしないで、ちゃんと引き受けてくれた。…ちょっと感激したわよ」

「それは…」

 言おうとしたが、思いとどまった。

 女王が迷惑するだろうから、そんな理由でやっているなんて言ったって、仕方がない。

「おかげで今度の会議は決裂したけど、あたしはこの仕事を続けるわ。どんな妨害があってもね」

「決裂…?」

 さっきの口ぶりでは、会議はうまくいったものだと、かなみもそう思っていた。

 魅亜の表情だって、とてもそうは見えないほど嬉しそうだった。

「政府の担当者に、裏事情全部突き付けて喧嘩売ったんだとさ。事実隠蔽をやめろって」

 鉤がぼそっと言った。

「これから政府がどう出てくるかわからんが、たまには火の粉を振りかけんと動きゃせんわ。いずれ、魔法少女制度の見なおしに着手するかもね」

「え…じゃ…」

「今はまだ今までのままだけど、いずれ、ちゃんと魔法少女の存在理由ってのが作られるわ。というか…ちゃんと筋の通った存在理由がないと、こんな理不尽な商売やってらんないわよ」

 すがすがしい表情で、魅亜が言った。

 こんな八百長が理不尽だと思っているのは、かなみだけじゃない。

 それを請け負う悪役派遣会社の魅亜も、そう思っているのだ。

「かなみ…あのクソ官僚共が重い腰上げるまで、辛抱して働いてくれる?」

「ええ…でも、条件が一つあります」

 そして、かなみが人差し指を立ててきっぱり言った。

「あたしが、納得できる理由じゃなきゃ嫌ですよ」

「…フフッ」

 それを聞いて、魅亜が笑った。

「正式な魔法少女を任命されたあんたが納得しないで、何が魔法少女制度よ。いいわ、最終決定権はあんたに任せる!そのかわり…」

 今度は、ミアが人差し指を立てた。

「あたし達までリストラしないこと。みんな、結構必死なんだからね」

「ええ、考えには入れておきます」

 本気か冗談か、かなみが笑っていった。

「あーあ…でも、ほんとにこんな事してもいいのかなぁ…あたしを任命したって女王様も大変だわ」

「…誰も、教えてないの?」

 当惑した顔で、魅亜が後ろに控えていた鉤と縞に聞いた。

「え、あ、てっきり社長が事前に話したか何かしたもんだと思って…」

「もしかして、顔会わせもなんにもしてないんですか?」

「…?」

 何か話が行き違っているような三人に、かなみがきょとんとする。

「女王様って、誰なんですか?」

 改めて、かなみが聞いた。

「…あたしら現場だからね。雲の上の天気なんか気にする必要ないものねぇ」

 誰にでもなくそうつぶやいた魅亜が、かなみの方を向いた。

「心配ないわ。あいつならあんたと同じ考えよ。曲がった事とか、隠し事が嫌いで、そのくせちゃんと理由があればどんな事でもちゃんとやる、そーゆー奴よ」

「ふーん…でも、ちゃんと事前に相談ぐらいしてあげてくださいね。一応あたしは、女王様の魔法少女、って事になってるんですから」

「はいはい、ちゃんと話は通しとくわ」

「じゃ、私これで失礼しまーす。ご苦労様でしたっ!」

「はい、お疲れさん」

 かなみを見送り、そして三人だけが無人の学校の校門に残った。

「鉤、縞、今日の後始末、頼むわよ。何時間ぐらいかかりそう?」

「最後に新城がやったのが面倒ですけど、後は二時間ぐらいでいけます。それより社長、ほんとに女王の事…言わなくて良かったんですか?」

「一つぐらいロマンチックな話があってもいいでしょ。さて、今日はあたしも手伝うわ。現場仕事なんて十五年振りだわっ!」

「社長、ここはちゃんと俺達でやっておきますから、もう戻ってくださいよ」

 ビジネススーツのまま腕まくりする魅亜に、鉤が呆れたように言った。

「たまには黙ってやらせなさいよ。ったく、人がせっかくやる気になってる時に…」

「だったら、ちゃんと女王の仕事をしてください!」

「けちー!」


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