第8話 ボザ村
今回も短めです。
畑、家、人、ヤギ、ブタ、ニワトリ。この農村を構成する要素はこれだけに見えた。村人は広大な畑を人力のみで維持しているようだ。
しばらくブラブラと歩いていると、村はずれまでやってきた。そこにポツンと建つ一軒家には助けたバルトロ老がいた。庭先に出したロッキングチェアに揺られ黄昏れている。老齢の域に達しているにも関わらず筋骨逞しいこの老人は村でも数少ない狩人らしい。
「おぉ、これはジン殿。恥ずかしいところを見せてしもうた。流石に疲れて何もする気力が沸かんのだ」
トテトテと近づくと足元にはショートボウと矢筒がある。
「不思議な技を使う妖精には弓矢は珍しいかな?」
じっと弓矢を見つめるジンが気になったのだろう。しかし、ジンとしては少し慌てていた。いや、慌てるというよりも興奮していた。
〈この世界の武器ですね。スキャンしています。終了。材料があれば生産可能になりました〉
え、作れんの? 作って売ったらボロ儲けじゃね? など考えていた。これまでもクラフターでいろんなものを作ってきたが、労力なんてものは無い。一瞬で作れるのだ。材料も森でとれるものであるならば作り放題に思えた。
「あなたは必要です、休息。」
「そうだなぁ、二、三日は休ませてもらうとしよう」
バイバイと手を振って分かれる。もう見えないだろうという所まで来ると走りだした。生産可能と聞いて試してみたくてたまらないのだ。
少し村を離れ森へわけ入る。キョロキョロとあたりを見渡し、ケヤキを見つける。ケヤキは日本でも丸木弓の材料であったことはジンも知っていた。ケヤキがどんな木か知らない人のほうが多いかもしれないが、街路樹などに使われ町中でもよく目にすることができる。マンションなんかが新しくできると広告にその完成予想図が使われているのを見たことがある人は多いだろう。その足元に描かれている木はほとんどがケヤキだ。建築関係者にとってケヤキはデザイン的にも使いやすいらしい。
回りの木々や、その木の状態から野生の木だろうと当たりをつけ、太い枝を選び生産に入る。枝一本から、弓本体に弦まで作ることができた。矢は鉄がないので鏃は石で、矢羽はその辺の葉っぱで代用できないか聞くと、やってみましょうと言われ、しばし待つと一〇本完成した。その辺の雑木から矢筒も作ってもらい、装備する。
早速、矢をつがえ一本射ってみる。バツン! と弓鳴りを響かせて放たれた矢は一〇メートルほど先の雑木にスコンと刺さる。ただの丸木弓だが、それなりの精度は出せているように見える。
作った弓矢を持ってバルトロ老の所に行く。また現れた妖精が弓矢を持っていたのをみて驚く。なにせ自分が使っている弓と瓜二つなのだ。
丁度、湯を沸かしていたのでジンにも一杯差し出す。
「私は作りました、短い弓」
「作ったと!こんな短時間で?」
バルトロ老はジンの弓矢を渡されてまじまじと観察する。
「幾らですか、これは」
バルトロは弓から顔を上げハッとなりジンを見る。
「はぁ、これで商売でもはじめる気かね。しまったな。……あ、いやな。ワシは罠専門の猟師でな、この弓は仕掛けた罠を見回る際に道すがら鳥でも見つけたら射ってやろうと持ち歩いているだけの物での。ワシが暇にあかして作った粗悪品なのでな、売ったところで値がつくとは思えんのだよ」
コピー商品でボロ儲け作戦終了のお知らせである。もっと良い品さえスキャンできればまだチャンスはあるだろうが、今回はこれで引き下がる。ちょっと悔しくなったジンは作った弓矢に矢筒をバルトロ老に押し付けると、村長宅に帰る事にした。
村長宅に帰ると鉄屑を集めて待っていてくれた。
「取り敢えず集めてみましたが、こんな物で良かったでしょうか?」
かつては農機具だった物で、一抱えほどの山ができていた。いつか鋳溶かして打ち直してやろうと、納屋の肥やしになっていた物らしい。
「十分です、量」
さっそくクラフターを起動させると子どもの頭ほどの球体ができる。錆だらけだった鉄屑は見事な金属光沢を放っていた。
「おお! これが妖精の技か!」
深く考えもせず、人前でクラフターを起動させたことを若干後悔しつつも、このままやってしまうことにする。庭先にテーブルがあったのでそこで作業の続きをやろうと、鉄球を抱えよたよたと歩く。テーブルの上に載せようとして若干背が届かないでいると村長さんがそっと手を貸してくれた。
椅子の上に立ち、空のマガジンと残弾の少ないマガジンを並べる。
両手を天に向かって突き上げクラフターを起動させる。本当は何もする必要はないのだが、魔法使ってますアピールである。これで妖精の仕業ぐらいに思ってもらいたい。
とくに光ったりとそんなエフェクトも無く、にじみ出るように新たなマガジンが四つ現れる。先に出していたマガジンにも弾が補充されていた。
純正品のマガジンは腰ポーチに収納し、コピー品をマグポーチと銃に収める。
鉄球はひと回り小さくなっていたが、これを持ち歩くのも重いので返却した。
その日の晩はまたヤギの乳の麦粥をいただき就寝。
翌朝、助けた中年男性と革鎧の若い男性が荷馬車で現れた。
中年男性はダニオという名で行商人らしい、あの時一緒にいたのは奥さんのダリアと娘さんのベルナというらしい。若い方は冒険者のエッツィオだそうだ。
「もう、出発するのかい?」
「ええ、妻を町の医者に診てもらおうと思いまして」
「ああ、ああ、それが良い。早くよくなるように祈っているよ」
エッツィオも町の冒険者ギルドに事の顛末を報告するために同行するらしい。彼は別の行商人の護衛をしていたらしいが、彼以外は全滅だったようだ。
ゴブリンリーダーが持っていた剣は彼の物だったらしい。取り返してくれてありがとうと何度も言われた。安物とは言え、中銀貨で一二枚もしたんだよとの言葉にゴクリと喉がなる。貨幣価値が全くわからないが、剣は意外なお値段がするらしい。
「私はしたいです、行く町」
町に行けばコピーやりたい放題じゃね? と、ヘルメットの下では目が¥マークになっていた。
なにより、ヤギ乳粥地獄から脱出のチャンスなのだ。
「おお! ジン殿に護衛して頂ければ心強い!」
その後はトントン拍子に話が進み町へ同行させてもらえることになった。
いざ、町を目指して東へ!
〈ルートを外れています〉
世界観的には中世ヨーロッパの11世紀から13世紀ごろの都合の良いところを抽出しています。
ヤギの乳ですが、このあたりの時代では常に手に入る物ではなく、その大半はチーズになってしまいます。乳粥は昔から滋養が高いと言われ、酪農が盛んな地域でのちょっとした贅沢だったようです。村長さんの思いやりだったのですが、現代日本人には分からないでしょうねw