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第45話 レンデンブルグ防衛戦【後編】

 アグサルはこの砦に配属され二〇年にもなるベテランのドワーフの戦士である。百騎長である彼がこの西門の防衛を任されて以来、一度も破られたことは無かった。

 だが今回の戦いは何かが違った。いつもであれば軽く一当てした後に、毒キノコでも投げつけて帰っていくエルフが今回は魔獣を繰り出してきたのだ。

 いや、今までの戦いも楽な戦いなどは一度もなかった。百発百中の弓の腕を持つエルフが弩弓の届かぬ遥か先より矢を放ってくるのだ。幾人もの仲間が、友が倒れる中、彼は時に弩弓を繰り、時には打って出て斧をふるった。

 百戦錬磨のアグサルとて二頭のグリフォンを目の当たりにしたときは肝を冷やした。しかし、彼は直後にさらに目を見開くことになる。馬よりも早く地を駆けるグリフォンが突然その首を落としたのだ。

 地響きを立てて崩れ落ちた二頭のグリフォンの間には赤く光る魔剣を手にした幼子が一人、佇んでいた。

 その幼子の事は聞き及んでいた。この戦いのおり直前になって配備された新型の弩弓。今、彼の手に握られているポンプ式クロスボウは彼の幼子の手による作品であるらしい。

 その新型の弩弓は仕組みは単純だが、今まで誰もが考えつかなかったような画期的なものであった。そう単純で、画期的なのだ。ドワーフの筋力を持ってしか使えぬその弩弓だが、一目見てその有用性が理解できる代物であった。

 この弓であれば打って出てエルフに当てられる。ドワーフの振るう斧は一撃必殺の威力を持つが、素早いエルフにはかすりもしないのだ。何度歯がゆい思いをしたであろう。あの時この弓があればと神を呪いたくもなった。だがこれは天より与えられた希望だ。長き戦いに終止符を打つ希望の光なのだ。


「エルフ多数出現! 数およそ三〇〇!」


 見張りの声がアグサルの意識を戦場へ引き戻した。グリフォンから時を置かず、森からエルフどもが駆けだしてきた。相変わらず猿のように速い。見る見るうちにあの幼子に迫る。

 この時はまだアグサルは余裕を持っていた。グリフォンを瞬殺するような英雄を倒せるほどの者がエルフにいるとは思えなかったのだ。撤退の支援をするため城壁の上から弩弓による支援射撃を行えば良かろうなどと考えていた。

 しかし、その甘い考えは脆くも打ち砕かれる。彼の幼子の様子がおかしいのだ。極端にエルフから距離を取り、逃げ回っているのだ。なにか遠距離の武器を持っているようだが、その攻撃は腕や足に集中している。


 人を殺したことが無い。


 アグサルは後悔した。かような幼子が人殺しに慣れているわけがない。精霊術を警戒して離れたところから遠距離攻撃。基本は守っている。戦いの才はあるようだが、凄腕の狩人であっても兵士ではないのだ。


「ダグザ! グロレル! ラウダ! アドス!」


 彼は次々に仲間の名を叫ぶ。総勢二〇人、いずれも死地を共にしてきた猛者揃いだ。アグサルが最も信頼を寄せている戦友たちである。

 彼らは短く「応!」と答えるとアグサルの元へと集う。皆、その手には新型の弩弓が握られている。そんな彼らをアグサルは見渡した。彼の心はすでに彼らには伝わっているのだろう。皆晴れやかな笑顔だ。


「すまん! お前たち、死んでくれ! 今からあのワッパを救いに行く! エスレタフ! 後は頼む!」


 信頼するレイブンの副官に後を頼むと彼らは城門をあけ放ち打って出た。

ドワーフたちの剛声が大地を揺るがす。彼らの短い脚では速度は出ない。しかしその声を聞けば誰しも魂から震え上がるだろう。その矮躯は二倍にも三倍にも見えたはずだ。

 ドワーフたちの出現にエルフたちも素早く対応する。その手にした弩弓を見て精霊術で風をまとう。矢避けの精霊術だ。弩弓には効かぬと分かってはいても、使わずにはいられない。

 風をまとったエルフたちが、まさに風のようにドワーフに迫る。真っ先に接近したエルフたちからその矢の餌食になるが、彼ら勢いは止まらない。弩弓ならば次は無い、損害を気にせず友の死体を踏みつけ彼らは進む。


 ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン!


 エルフたちは聞きなれぬ音を耳にした。次の瞬間、前を走っていた友の身より血しぶきが吹き上がる。ドワーフたちが二の矢を放ってきたのだ。


「ハッハー! 当たる! 当たるぞい!」


「道を開けろ! ドワーフ様のお通りだ!」


「どうした猿ども! 飛びまわって避けてみろい!」


 エルフたちの情報に連射のできる弩弓の話は無かった。オーガがやられていく様の情報は伝わっていたが、弩砲を大量に準備していただけだと思われていたのだ。弩弓も弩砲も連射ができると知って彼らは混乱の極みに陥った。あるものは尻餅をつき、あるものは背中を向けて逃げ出した。

 野蛮にも斧を振り回すだけのドワーフどもが次々と矢を放ちながら駆け寄ってくるのだ。


「ワッパアアアアア!」


 ジンは背後で巻き起こった怒声にビクリと跳ね上がった。恐る恐る振り返ると、鬼のような形相のドワーフがニタリと笑っているのだ。

 アグサルはジンの頭をむんずと掴む。


「ヌシはようやった! じゃがここはワシらの戦場じゃ! 後は任せい!」


 そう叫ぶとジンをポイと砦の方へと放り投げた。


「あばばばば」


 首がもげそうな激痛に襲われながらジンはなされるがまま宙を舞った。ドワーフの怪力で放り投げられたジンははるか後方、敵の姿が無いところまで軽々と宙を舞う。

 地面に叩きつけられそうになったところでようやく我に返り、何とか着地に成功する。耐環境防護スーツが守ってくれたのか、首に違和感はない。いや、ドワーフの投げ方が良かったのかもしれない。

 ジンは離れてしまった戦場を見渡した。僅かな数のドワーフが大量のエルフに囲まれながら獅子奮迅の活躍を見せていた。しかし、相手の指揮官も混乱から立ち直ったのか、遠巻きに彼らを包囲しながら矢を放ちつ戦法に切り替えてきた。

 ドワーフの板金鎧はエルフの筋力から繰り出される矢など物ともしない。だが、相手は針の穴をも通す弓の名手揃い。一本また一本と鎧の隙間を縫いドワーフたちの体に矢が突き刺さる。


「あ、あ、あ、あ、あ」


 ジンは後悔した。今彼らが死地にいるのは自分のせいなのだと。精霊術を恐れず戦うことができたなら、彼らがここにいることは無かったのだ。

 だが精霊術に対する術がない。また我を失って、今度は誰を傷つけるか分からないのが怖かった。砦には顔を見知った者たちがいる。ともに旅した仲間たちがいる。彼らを傷つけるのが怖かった。彼らを殺してしまうのではないかと恐怖した。


 ジンはこの砦に来たときに出会ったドワーフの店番の言葉を思い出した。


"間違っても戦に加わろうとするんじゃねぇぞ。戦ってのは兵士の役目だ。冒険者の戦いとは勝手が違うからどうしても邪魔になる。おとなしく地下に籠っておけよ"


 そうだ。自分は兵士じゃない。ここは自分が関わるような戦いじゃないんだ。彼は必死に自分に言い聞かせる。そしてそっと一歩、後ろに足を引く。


<主様(ぬしさま)、引くなどあってはなりんせん>


それはイルとは違う女性の合成ボイスだった。


「誰ちゃん!?」


<アポーツでありんす。魔法の解析が終わりんした。まずは聞きなんし。魔法とは人がアストラル帯、精霊と呼ばれるアストラル体、または神と呼ばれる環境支援AIに向けて放たれた通信を受信し、それぞれが具現化させる現象でありんす。わっちはアポーツ。転送通信を司るAIでありんす。ならばその妨害もできんす>


「え? え?」


<行きなんし。魔法を恐れる必要はもうありんせん>


 なんで廓言葉なのか。ジンの脳みそからデータを拾って日本語変換しているAIがジンもよく知らない廓言葉を話しているのが気になった。だが、ジンはかぶりを振る。今はそんなこと考えている時間じゃない。

 自分のために血を流している人がいるのだ。

 ジンは一歩踏み出した。命を奪うのにもはや躊躇いはない。今までも沢山奪ってきた。彼を恐れさせたのは自分自身にだ。もはやそれが振り払われた。


 ジンは宙を駆けた。



◇◇◇



「ご報告申し上げます。西門の状況が終了いたしました。エルフ勢は敗走、西門指揮官のアグサル百騎長以下二〇名が重傷、戦列を離れました。今は副官のエスレタフが指揮を執っております」


スローディンはレイブンの伝令の言葉に目を瞑ると深く息を吸い込んだ。


「ジンとやらはどうした。苦戦しておったのではないか?」


「はっ。序盤は苦戦していたそうなのですが、アグサル百騎長の加勢後は息を吹き返したように飛び周りエルフ勢を蹴散らしたそうでございます」


「して、今はどうしておる?」


「神聖術が使えるのか、アグサル百騎長たちの治療を行っているそうです」


スローディンは報告に安堵したのかその白髭をゆっくりと撫でつけると、深く息を吐いた。


「そうか、治療は神官たちに任せ、ワシのところに来るように言うてくれ」


 レイブンの伝令は優雅な礼を見せると、影に消えるようにその場を後にした。

 伝令が消えたのを見送ると、老将はその視線を戦場へと戻す。現時点での勝敗は喫した。歴史的な圧勝である。この勝利を土産に花道を飾りたいほどの誘惑にかられる。

 この勝利は真に幸運のなせる業であった。東より来たりし英雄の加勢、それ無くばこの砦は今頃攻め滅ぼされていただろう。

 しかし、その英雄の言葉通りならこの戦いはまだ終わってはいない。スローディンは自らに喝を入れた。他人のもたらしてくれた幸運に酔いしれていた己を恥ずかしく感じたのだ。


「くる おおきい とても おおきい くる」


 老将の傍らにいつの間にか小さな人影が現れていた。


 ドーン、ドーンと森の奥から不気味な太鼓の音が響いてくる。エルフたちが使う進軍の太鼓だ。


 森が動いていた。


 遠目からでもその異様な光景は目に入った。森を割り、森が進んでいるのだ。

地響きが遠く離れたジンたちにも伝わる。それは巨大な何かが大地を踏みしめ、こちらに向かっていることを示していた。

 さしもの老将も思わず立ち上がった。オーガの死体の散らばる戦場のさらに奥、その森の切れ目より木々を踏み倒しその異様が姿を現す。

 それは巨大な亀であった。甲羅には何年の月日を経たのであろうか大木を生やし、人など一〇人単位で踏みつぶしそうな足を生やし、その顔は龍の如き異形であった。


「砦亀じゃと!」


 スローディンが叫ぶ。全高は四〇メートルを超え、全長も一〇〇メートルはあろうかと言う巨体である。その巨体が一糸乱れぬ太鼓の音とともにゆっくりとこちらに向かってきていた。

 ジンも索敵にその姿を捉えていたが、その異様な姿に本来の大きさよりも巨大に見えていた。レーザーソードで切り付けても、シールドで殴りつけても、倒すまでどのくらいかかるのだろうかと思考をめぐらす。

 今のジンに引くという考えはない。この砦にいるすべての者たちがもはや友なのだ。

 城壁の淵に飛び乗ったジンは、引き絞られた弓のようにその足に力を籠める。震脚による長距離の飛び蹴り、それであの巨大な頭蓋のどこまでを掘り進めることができるのか。

 ジンの周りに蒼白い燐光が舞う。


 その時、砦亀の横顔を一条の光が貫いた。


「来おった! 奴が来おったか!」


 スローディンはストンと椅子に腰を下ろした。安堵したのか、そのままズルズルと滑り落ちる。

 その声にジンは一瞬振り返るが、再び砦亀へと視線を向けたとき、信じられない光景を目にした。

 その異様を誇った巨躯が、地震でも起きたかのような振動を巻き起こし崩れ落ちたのだ。

 一撃、ただの一撃で勝負を決めたのだ。


「ガハハ! ジン殿、何も英雄は其方だけではござらんぞ」


 スローディンは戦場の東側を指さす。そこにはヴォルフラムを先頭に数人のドワーフたちが見えた。


 その中に、人間と同じような体形の人物がいた。




「紹介しよう。今、この砦に食客として招いておる。……リウル殿じゃ!」





 その姿はジンと同じ服を着ていた。








 やっちまった感が強いのです。

廓言葉とかよう分からんくせに使ってしまったのです。

どうしよう?


 ようやくリウル訓練生を出すことができました。長かった(;´Д`)

ようやく物語も折り返しと言ったところでしょうか、もう少しお付き合いいただけると幸いです。


 ブックマーク、日に日に増えております。みなさまありがとうございます。

書き始めたときはこんなにブックマークが貰えるとは思ってもいませんでした。

40話ぐらい書いた時に2、3件あれば良いかなと思っておりました。

 こんな駄文にお付き合いいただき本当にありがとうございます!


 ちょっとリウルを出せて、やり切った感が強いです。

リアムの個性をどう出そうか、迷ってるところがあるので次回の投稿がちょっと伸びるかもしれませんがご容赦ください(;´Д`)


 まずいまずい、肝心のリウルの名前を間違ってました。こっそり修正(;´・ω・)

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