第44話 レンデンブルグ防衛戦【前編】
お待たせしました。
しかも前編、中途半端なところで切れています。
レンデンブルグ砦の城壁を夕日が赤く染めはじめたころ、遠くから一定のリズムを刻む太鼓の音が聞こえ始めた。
「ふん! 山猿どもめ。性懲りもなく北側から攻めてきおったか。毎度のことながら他の戦術を取れんのか。他の備えが無駄になってしまうぞ」
スローディンは太鼓の音の響く北の平地を睨みつけながら鼻で笑う。平原の切れ目、森が始まるところからちらほらと動く影が見えた。
「スローディン殿、今回はあ奴らも策を弄しております。ご油断なされますな」
隣に立つラウロは髭を扱きながら同じく北の森を睨みつける。
「うむ。各隊! 配置はそのまま、奇襲に備えるよう他の三方の隊に伝えよ!」
その言葉が合図になったようかのように森の切れ目から敵が姿を現した。
横一列に整然と並んだその敵は身長三メートルは越えようかとういう体躯を誇り、さらには全身を覆うほどの巨大な盾を前面に押し立てていた。
「ハッ! こうもラウロ殿の読み通りとは!」
「使い捨てできるオーガを主力にしようと思えば、これが最も簡単でしょうからなぁ。あとは大型魔獣を何時、何処で投入してくるかですな。しかし、私ならば大型魔獣を先に嗾けますな。流石に揃えられなかったのでしょうか」
オーガは盾を揃え一歩一歩確実に前進してくる。盾の後の列には長槍を何本も持ったオーガ兵が続き、さらにその後ろには長梯子を抱えたオーガ兵も続いている。
「敵、射程に入りました!」
「まだだ! 十分に引き付けよ!」
槍を抱えたオーガ兵がそれぞれ片手に槍を逆手で持ち始める。
「今じゃ! てぇええええ!」
城門に備えられた一〇門のバリスタから槍のような矢が放たれる。その矢の数本は大盾を貫きオーガまでをも貫いたが、ほとんどは大盾に阻まれてしまった。
一斉射を耐えたオーガ兵は盾を構えなおすと一気に走り出す。次の矢が降ってくる前に投げ槍兵の射程圏まで近づく必要があるのだ。この隙を見逃すわけにはいかない。
しかし、彼らにその好機はやってこなかった。
続けざまに矢が降ってきたのだ。
再び亀のように盾を並べるが、一匹また一匹と隙間を、または盾を貫いた矢が突き刺さり倒れていく。彼らは一度たたらを踏むと混乱するさまを見せたが、すぐさま立て直すと再び整然と行進を始める。
「ふむぅ。使い捨てできる駒とは厄介じゃのう」
スローディンは真っ白になった髭を扱くと唸った。
「それでは少しばかり減らしてまいりましょう」
「うむ、お頼み申す」
ラウロはフェリエラ式の礼を取るとその場を後にした。
「弩弓隊、そろそろ出番ぞ、矢を番え控えさせよ」
スローディンの言葉に控えていた武官が旗を振って合図を送る。弩弓隊はジンがそろえた新型が三〇丁、試験的に配置されている。新型バリスタの活躍に時代の風を老司令官は感じていた。しかし新型と言うのは実積と言う面で信頼するわけにいかない。ここまで戦果を出せるならもう少し頼めば良かったかと苦い思いをするが、現状ではこれが精一杯だったであろうと自分を納得させる。
弩弓は従来の物が三〇〇丁、今までの戦であればこれが一斉射された後は近接戦に移行する。
そこまで進むと一定の被害を出した後、後退する。いつものエルフたちの戦略は砦を攻めている間に他の集落を襲撃する戦法をとるが、今回は逆に周辺集落、リユー村を先に攻めた。その失敗にも関わらずさらに誘導を見せている。本命はこの砦であろう。個体数の少ない彼らが魔獣、妖魔を操るという手段で数を補うことに成功している。相手の指揮官は何が何でも戦果が欲しいのであろう。
三〇年前のゼノア戦は成功と言えるだろうが、その後ゼノア領は彼らも手が付けられないほどのグールが満ちた地となった。さらにその後は無念を晴らさんと数年にわたり森に火を放ち続けたゼノア残党の猛攻によりかなりの痛手を被り膠着状態に陥っていた。
ここで戦果を挙げればその後の戦略的にも弾みになることだろう。
スローディンは戦場を睨みつけながら唸り声をあげた。老司令官にはこの機にジンと言う英雄が現れたのはまさに神の采配と思えてならなかった。彼の言葉をどこまで信じるか迷っていたが、信じたいと言う信仰心と自らの目に見える情報のみを信じる司令官としての立場が拮抗していた。
そう、ジンの能力により森の中に潜んでいる敵も丸見えになっているのだ。だがスローディンとしてはそれをすぐに信じるわけにはいかなかったのだ。
「にし おおきい くる」
彼の横にいつの間にかジンが立っていた。
「まかせる いてくる」
短くそう言うと景色に溶け込むようにその姿を消した。
◇◇◇
「準備は良いかの?」
「いつでも行けるぜ!」
ラウロの言葉にカルロが答える。彼らはジンの作った自動馬車の中にいた。御者席はロドヴィコが板で覆って矢ぐらいは通さないようにしている。この改造を見たらドワーフたちは失笑してしまうだろうが、彼らの手を借りるにはあまりにも忙しそうだったのだ。そのロドヴィコはラウロの横で盾を握りしめている。
「良いか! そなたらの役目はワシを敵の眼前まで運ぶことじゃ! 今はそれだけを考えよ!」
「お師匠様、今までの旅路でため込んだ魔石、使い放題で構いませんね?」
エッダはじゃらりと革袋の中からすでに魔力の込められた魔石を取り出す。
「構わぬ。使い切る気持ちで行きなさい。ヴェラもよいか?」
「はい!」
ヴェラもラウロの言葉に破顔する。魔法使いにとって魔法が打ち放題などと夢にまで見た状況である。ラウロもラウロで革袋からボーリング玉のような魔石を取り出しにんまりと笑う。
「フハハ! 目にもの見せてくれようぞ!」
今の世であればその魔石は神話級の代物であろう。まさか自分がそんなものを使える日が来るとは長生きはするものだと彼は心底愉快であった。
「ニコ! 出すぜ!」
天井に穴を開け、自動式の弩弓を外に向けたニコロの姿があった。
「いつでも構わないよ!」
全員の覚悟が決まった。ここから向かうのは戦場である。カルロは二本の操作レバーをゆっくりと前に倒した。
◇◇◇
砦の北門が開く。そこから進み出たのは一台の馬なしの馬車。
「弩弓隊! 全力射撃じゃ!」
スローディンの怒号が響く。それと同時に雨のように矢が降り注ぐ。彼らの行く手を切り開くかの如く、放たれた矢は空を裂き、オーガへと突き進む。
「二の矢装填急がせ! 自動式は二射目じゃ! 放て!」
間髪無く次の矢が降り注ぐ。その矢の雨の中を荒れた大地を踏みしめ馬車は進む。
「弩砲! 敵陣中央! 狙いをつけ待機せよ! 合図を待てい!」
◇◇◇
西門からでるとそこは数百メートルほどの草原が広がっている。この地もまた数多の戦士たちがその命と引き換えに守り通してきた数少ない平原である。
その草原を駆け抜ける巨躯の魔獣がいた。獅子の体に鷲の頭と翼をもつ魔獣。グリフォンである。その巨躯は地球でいえばバスか電車かと言ったほどの大きさである。それが二体。
本来ならば彼らは大空の覇者である。そんな彼らが今は大地を抉り、草花を蹴散らしながら突き進んでいる。彼らに意識があるのならばそれは屈辱であっただろう。操っているエルフには手足がそれぞれ二本ずつしかない。エルフに翼は無いのだ。
そんな彼らの眼前に滲み出るように小さな人影が姿を現した。速度に乗ったその巨躯は止まれない。そんな小さな人影などまるで気にしたそぶりも見せず、その横を掠めて走り抜ける。
操っていたエルフはその瞬間、景色が揺れたように感じ、魔獣との接続が途切れる。
ジンの手には赤い糸のような細い光を放つ剣が握られていた。すれ違いざまに一回転、舞を舞うようにその巨大な首二体同時にを刎ね落としていた。
グリフォンは首を刎ねられたことが分からなかったかのか、数歩進んだのちにその巨躯を大地に沈める。
そしてジンは滲むように再びその姿を消していった。
◇◇◇
「じいさんまだか!」
カルロの絶叫が馬車内に響く。
馬車はオーガたちの投げ槍によってハリネズミのような姿に変わり果てていた。
「オーガに体当たりするぐらい行かんか!」
「無茶言うなよ! 分解しちまう!」
「もうちぃーとじゃ! 踏ん張れい!」
接近すれば中には槍を構えこちらに向かってくるオーガも現れる。そんなオーガに対応するのは他のメンバーたちだ。
「力の円環よ、一握のマナをもて顕現せよ、魔力矢!」
「力の円環よ、一握のマナをもて顕現せよ、魔力矢!」
二人の少女の手から二条の光の矢が放たれる。しかし、その威力はオーガにとって痛手には違いないがその足を止めるまでには至らない。
「任せろ!」
ニコロが自動式弩弓の引き金を引く、その矢は狙い過たずオーガの眉間に突き刺さった。流石のオーガと言え、眉間に矢羽まで埋まるような矢を喰らっては無事では済まない。派手に土煙を上げながらその体を大地に沈める。
「危ねぇ!」
身を馬車の外に乗り出していたニコロめがけてオーガの大槍が飛来していた。それをロドヴィコが馬車の残骸を盾代わりに弾き飛ばしたのだ。今、このメンバーの中で一番満身創痍なのがロドヴィコである。飛来する大槍を防ぐため、剣を失い、盾を失い、鎧もちぎれ飛んだ。今はその辺に散らばっている物、何でも構わず、飛来する槍にぶつけて防いでいた。
「よくぞ踏ん張った! 行くぞ! 魔法を使うぞ! 力の円環よ! ニ十握たるマナもて寥郭たる境域を穿て! 眠りの霧!」
その一撃は半円状に陣を敷いていたオーガたちを飲み込んだ。オーガは魔法に対する抵抗が低い。第一位階の魔法でも充分に効果を発揮するのだ。
魔法の霧が晴れると、バタバタとオーガたちが崩れ落ちる光景が目に飛び込んできた。だがすべてではない。歴史上類を見ないほどの拡大魔法を打ち込んだにもかかわらず、すべてを範囲に入れることはできなかった。
範囲外に逃れていたオーガたちが、原因である馬車へと向かって走りこんでくる。
「撤収じゃ! 全速で逃げるぞい!」
待ってましたとばかりにカルロは操作レバーを後退に入れる。ただまっすぐ、後ろに逃げるのだ。
「次はもちっと派手なのが撃ちたいのぅ」
崩れ落ちる魔石を眺めながらラウロは惜しげに呟いた。
◇◇◇
「今じゃ! 弩砲! 放てええええ!」
スローディンの声が響く。一斉に放たれた矢は無様に倒れ伏しているオーガたちに容赦なく突き立っていく。
ここまでの戦いで、レンデンブルグ砦側に死傷者が一人も出ていないという、今までの歴史の中で類を見ない展開にスローディンは椅子に深く腰掛けると唸った。弩が連射ができる。変わったのはそのぐらいであろう。しかし、この小さな変化に時代の変わり目を感じさせた。
「いや、妖魔の類を操るというのも大事なのじゃがな」
「閣下、ご報告申し上げます」
歴史の傍観者気取りに陥っていた老将の心をレイブンの下士官が引き戻した。
「西門よりの報告です。先ほど2体のグリフォンが現れましたが、これをジン殿が撃退」
「おお、グリフォン。それを撃退とな」
「はっ。しかし現在三〇〇人ほどのエルフの部隊に包囲され、苦戦されているようです」
「エルフが西側を攻めてきおったか!」
スローディンの脳裏にジンの言葉がよぎる。彼の言葉通りであれば大型魔獣があと一体潜んでいるのだ。三〇〇と言う数はエルフの本隊と言うには少ないが、少なすぎるということもない。
相手の指揮官の目的が読めない。ここまで戦力を逐次導入するなど愚の骨頂である。それを犯してまでやらなければいけない目的が見えない。
西門の救援に部隊を裂くべきか。しかし陽動はエルフのお家芸、どちらが本命なのか。
◇◇◇
ジンの目の前にエルフの大集団が迫っていた。グリフォンを倒したと思ったらその後ろから現れたのだ。
ジンは体から血の気が引くのを感じた。エルフの使う精霊術に対してなんの対策もないのだ。
距離を取りつつ銃を撃つ。露店の番をしていたドワーフの言葉を思い出し、そのぐらいしか策が思いつかなかった。
ジンは銃を撃ちながら南側に逃げる。西門の守備隊の数は少ない。西門に近づけるぐらいならと囮になる決意をしたのだ。
「情報通りだ! こいつ単体攻撃しかできんぞ! 数で押しつぶせ!」
エルフの一人が妖精語で叫ぶ。エルフたちの目は皆ジンを見ていた。
「目的は俺か!」
ジンの日本語での叫びがむなしくヘルメットの中で響いた。
大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。
実は裏で別作品書いておりました。そちらが筆がのってしまいまして、こちらを書くのを忘れておりました。
なんとまだこの作品が終わっていないにもかかわらず。続編を公開しました。
『スターダスト・オデッセイ2』(https://ncode.syosetu.com/n6743eh/)
こちらは不定期更新です。今作と似たよーな話となっております。
お暇な方、少しでも覗いていただけるとありがたいです。




