第38話 リユー村奪回戦
お待たせしました。
「まんてぃこあ?」
「うむ。マンティコアじゃ。獣の体にサソリの尾、蝙蝠の羽根をもち顔はグールじゃな。異常なまでの膂力もさることながら、長いサソリの尾からは毒を霧状に噴き出すこともできる。この毒にやられると体が動かなくなる。強敵じゃな」
「はやく たおす いけない」
ヴォルフラムはジンの言葉に眉間の皺を深くする。
「うむ、急がねばなるまい。今は食事中らしいからの、居場所を補足するのも難しくなかろう」
「しょくじちゅう?」
「うむ、恐ろしいほどの巨躯の持ち主であるが、顔はグールなのじゃ。食うのに時間がかかる」
ジンはイルに周囲スキャンをさせるが、三キロ圏内にはいないようだ。
周囲を見渡す。そこは老若男女問わず傷つき倒れた者たちがうめき声をあげる地獄のような光景であった。彼らは襲われた村の住人達らしい。彼らを救うため多くのミロルの兵たちが散っていったという。
ジンはバックパックを下ろすと中から自分の顔ほどもある布袋を取り出すと、先ほどまで自分を追いかけまわしていた女性兵士の元へ歩み寄った。
「くっころ」
「なんだ、その袋は?」
差し出された布袋を訝しんでいると、彼女に駆け寄る数人の男たちがいた。
「シャルロット!」
「父上!」
紋章を大きく描いたサーコートに身を包んだ男性が駆け寄ってきた。彼女の父親であるらしい。
「今、戻った。 おお、ヴォルフラム殿よくぞ参られた。戦神ラハラムに感謝を! まさに天の采配!」
「おお、其方、ジョルジュ候か。そうか、ここは其方の治める地であったか」
両者は拳を左胸に当てる礼を取ると肩を叩き合い再会を喜ぶ。
「姫に此度のことを聞きましてな。今、重傷者から治癒を与えておった所じゃ」
「忝い。心より感謝申し上げる」
姫という単語にジンはピクリと反応した。
「くっころ ひめさま?」
「その、くっころとはなんだ。なにか不穏な響きしかしないぞ」
「シャルロット! 其方、またそんな男のような口の利き方をしおって!」
「ち、父上! 今はそのようなことは良いではありませぬか!」
シャルロットの男勝りは父泣かせのようである。ジンにしてみれば、これこそまさに姫騎士。大満足のくっころクオリティである。
「くっころ これ あげる つかう」
先ほどの布の袋を重そうに抱えなおすと、再びシャルロッテに差し出す。シャルロッテは訝しみながらもそれを受け取ると意外な重さに僅かによろめいた。
「重いな。なにが入っているのだ?」
一度、地面に置くと袋の口を解いた。
「金貨ではないか! それもこの量!」
「うむ、ゼノア金貨じゃ。ジン殿の好意じゃ、受け取るがよかろう」
ヴォルフラムはその光景を見て深く頷いた。
「これだけあれば、村も再建できるし、散っていった兵たちの家族にも報いることができる。……しかし、私は其方に剣を向けた身。なぜここまでしてくれる?」
「ひろいもの きにしない」
「ワシらはゼノアの地を通ってこの地に参った。その折、拾い搔き集めた物じゃ。なに、まだあるし貰っておきなされ」
「ジンと申したか。先ほどはすまなかった、許してほしい。そしてありがとう」
シャルロットの頬を一粒の涙が伝った。さきほど釘を打つ金槌のように斬りかかられたがジンは気にしないことにした。
「おお、ジン殿。すでにここに来ておったか、先ほどエッダを使いに出したところじゃ。今頃探しておるかもしれんのう」
ラウロが長い髭を扱きながら現れた。姿を見ないと思ったら、ジンを呼びに行っていたらしい。
「ラウロ殿、こちらミロル卿である。ジョルジュ候、こちらは旅の仲間で魔法使いのラウロ殿じゃ」
「ミロル領主、ジョルジュと申します。高位の魔道士殿とお見受けいたす。ご助力いただけますか」
ジョルジュはロルシエ式の礼を取ると、ラウロも微笑んでフェリエラ式の礼で返す。
「うむ、これはご丁寧に。階位は故合って申せませぬが、この老骨、微力を尽くさせていただきましょう」
年寄りたちの挨拶を尻目に、ジンはシャルロットの裾を引いた。
「くっころ まんてぃこあ どこ?」
「くっ、ま、マンティコアだな。ここから北東に徒歩で半日ほど行ったリユーという村だ」
「これ もってて いってくる」
ジンはバックパックをシャルロットに預けるとその姿をじわりと風景に溶け込ませた。
「ど、どういうことだ! 行ってくるとは! 一人で行くのか!」
シャルロッテは見えなくなったジンを探してあたりを見渡す。
「あぁ、行ってしもうたか。なに、ジン殿に任せておけば心配あるまい。ワシよりも強いぞ」
ヴォルフラムはそう言うとガハハと笑った。
「ヴォルフラム殿より強いと申されるか」
信じられないといった顔でジョルジュはヴォルフラムを見つめた。
「うむ、じゃが座して待つのも興ざめであろう。ワシらも後を追うとしよう。案内してくれますかの?」
◇◇◇
半重力発生装置とシールドによる震脚を併用したジャンプでジンはリユーの村へ急いだ。しばらく進むとすイルが対象を捉えた。周囲には人間サイズの生命反応も複数あるようだ。
「生存者がいるか。急がないとな」
ジンは高く飛ぶのをやめ、地表すれすれを舐めるように飛んだ。しばらく進むと視界にマンティコアを捉えた。
その姿はあまりにも巨大だ。バス一台か列車一両と言ったところだろう。その巨躯に似合わず顔はグールである。確かにこれならば食べるにも時間がかかるだろう。
ジンは久しぶりに腰から銃を抜くと顔に向かって三連射する。するとマンティコアはその巨躯に似合わぬ素早さでその場を飛びのき銃弾を躱す。その視線はまっすぐジンを捉えていた。
「探知能力はグール並みってか?」
ジンは光学迷彩を解いて姿を現した。ホルスターに銃をしまうと半身に構え腰を落とす。左手をすっと前に突き出すと掌を上にして指をクイクイと曲げる。
「頭だけ使いまわしとかジ○ンの新兵器かよ。来いよ、山、震わすぞ」
マンティコアも獲物を狙う猫のように低く身構えると蝙蝠の羽根を広げジンを威嚇する。グール同様、声帯が無いのか溜息のような息を吐く音だけが聞こえる。
「でかいな」
広げた羽根は片翼だけでも二〇メートルはあろうか、持ち上げられたサソリの尾も二〇メートルはありそうだ。
最初に仕掛けたのはマンティコアだった。地を這うようにジンに飛び掛かると前足で薙ぎ払う。ジンはシールドを信じて余裕の表情だったが、蒼い燐光が飛び散った次の瞬間、彼は宙を舞っていた。
「おおお?」
<シールドごと飛ばされているのだよ。打撃面が広すぎたな>
その光景は猫がボールで遊んでいるようであった。ジンは半重力発生装置を一気にマイナスに振り切ると運動エネルギーを相殺してふわりと着地する。
「今度はこっちから行かせてもらうぜ!」
震脚で地を蹴ると砲弾のようにマンティコアに突撃する。マンティコアは再び前足を振り上げて迎撃するが、その一撃を横っ飛びに躱す。
「戦いはパワーじゃないってことを教えてやんよ!」
再び突っ込もうと顔を上げると眼前に黒いものが視界一杯に広がっていた。マンティコアは羽根をはばたかせることでジンを吹き飛ばそうと試みる。次の瞬間、暴風がジンを襲う。ジンは四つん這いになって地面にしがみついて耐える。時折蒼い燐光が飛び散るのは羽根が当たっているのだろう。
「うおぉおお! ここだ!」
羽根が上に上がった瞬間を見逃さず、地を蹴りマンティコアの腹の下に潜り込む。すかさず銃を抜くと柔らかい下腹にありったけをぶち込んだ。一〇発も撃ち込むとマンティコアはたまらず後ろに飛びのいた。
ジンの頭上に青空が広がる。銃撃の効果はあったようだが、針で刺したようなものであるらしい。一つ舌打ちすると豆鉄砲をホルスターにしまう。
マンティコアと目があった。そのマンティコアの頭上から赤い塊が降ってくる。サソリの尾だ。
ジンは前に踏み込む。後退など考えられなかった。のど元に飛び込むと地を蹴りその顎を蹴り上げる。とっさに仰け反ることで顎を掠るに留まった。しかし、その顎を粉砕することには成功した。
失った下顎から血を撒き散らしマンティコアは痛みに暴れる。羽根をばたつかせ、尾の先端からは緑の毒霧を撒き散らす。
ジンは空を蹴る。蒼い燐光を撒き散らし、さらに前へ飛び込む。空中で一回転すると蹴りを繰り出す。その一撃はマンティコアのコメカミを捉えた。
頭蓋を粉砕されたマンティコアは一度ビクンと震える。ジンが着地すると同時にその巨体を沈めた。
◇◇◇
ジンは周囲をスキャンする。複数の生命反応が見受けられる。負傷兵が大半であるようだ。彼らに応急処置を施すと、小さな荷車を作り一か所に運ぶ。誰もかれも身動きすらしない。毒にやられたのであろうか。イルの報告によれば時間が経てば回復するらしい。
村内を見渡すと半壊した民家の中に四つの反応が固まるポイントを見つけた。近づくと小さな地下室に子どもが四人詰め込まれているようだ。瓦礫を分解すると母親だろう女性の死体が現れる。地下室へつながる跳ね上げ戸に覆いかぶさるように事切れていた。
可能な限り外傷を修復すると戸の脇に除け、その両手を腹の上で指を組ませた。ジンは子どもたちへ呼びかけようと戸に向かうと、ふと顔を上げた。
村へ向かって急速に接近してくる反応が一つ。
「もう一匹いやがったか」
ジンは戸を開けるのをあきらめると民家を飛び出した。遠くにこちらへ駆けてくるマンティコアが見える。
「基本は地上ユニットってか。その巨体で飛ぶのはキツイわな」
地を蹴ると砲弾のようにマンティコアに向かって突き進む。相手もジンに気づいたようで進行方向をジンに変え突進してくる。
ジンは一定の距離まで近づくと足を止め構えを取った。マンティコアもジンの異常性を感じ取ったのか足を止めジンを睨む。
「良いのか? こっちばっかり見ていて」
姿勢を低くして飛び掛からんとしていたマンティコアの横腹に槍が突き立った。いや、それは槍ではなく極太の矢であった。射線を追って視線をめぐらすと派手に土煙を上げて突き進む車が見える。その屋根の上には弩砲を構えたカルロの姿があった。
さらに追い打ちをかけるようにラウロの雷撃魔法にエッダとヴェラの魔力矢が突き刺さる。
遠距離攻撃が終わるころにはミロルの騎兵たちによる突撃によりその巨体に次々と槍が突き刺さる。騎兵は刺さった槍をそのままに脇を駆け抜け距離を取る。
マンティコアは痛みに暴れる。ボロボロの羽根を広げ、尾を天に突き上げる。しかし、その天を突いた尾は力なく地に落ちた。そこには斧を振りぬいたヴォルフラムの姿があった。
マンティコアは混乱の極致にあった。普段ならただの餌であった人族に翻弄されている。羽根はもがれ、四肢は岩でも括り付けてあるように重い。首をめぐらし敵を探す。その視界いっぱいに黒い人影が覆いつくした。それがマンティコアの見た最期の光景であった。
「せいぞんしゃ ふくすう」
車に駆け寄ったジンは短くラウロに告げる。
「うむ、シャルロット殿! 負傷者の救援と警戒をお願いいたす!」
遠くから承ったと女性の声が響いた。
「ジン殿、またもお手柄じゃの」
「まだ おわり ちがう」
ジンのバイザーには村から遠ざかる人サイズの反応が映し出されていた。
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