第35話 ピーターパン
なんとか予告通りに投稿できました(;'A')
※誤字脱字を修正しました。
クソ!
クソ!
クソ!
どうしてこうなった!
ここがどこだか分かりゃしない。
感に任せて走りまくった。
逃げるだけなら自信があった。
そうだ、俺はいつも逃げてばかりだ。
クソ! 俺には逃げるしか能がないのか!
どうしろっていうんだ!
立ち向かえばいいのか?
俺に何ができる!
逃げる?
逃げ足には自信がある?
ケチの付いちまった自信に何があるってんだ!
「おじちゃん、もう、はしれない。 マノンだけでもおねがい」
「ふざけるな! しゃべるな! 足を動かせ!」
俺は抱きかかえたガキを抱えなおすと、手を引いていたもう一人のクソ坊主の手を思い切り引っ張る。
クソ! クソ! クソ! どうしてこうなった。
俺はちんけなコソ泥だ。生まれた村をゴブリンに焼かれて一人になった。
そんな奴はこの世界には掃いて捨てるほどいるだろうぜ。
一人になった俺は当てもなく彷徨った。生きて町に辿り着くなんざ奇跡だろうよ。町についた俺は孤児院の世話になった。どいつもこいつもクソが付くぐらいのお人よし揃いさ。村で家族に囲まれて暮らしていた時より不自由は無かっただろうぜ。
あいつらは俺をダンジョンの採掘労働者にしようって、教育までしてくれた。所謂盗賊って奴さ。だが俺はそんな暮らしが嫌でたまらなかった。周りの奴らの笑顔が嫌だった。俺のことを心配する奴らが嫌だった。何もかもが嫌だった。
俺は逃げた。逃げに逃げた。あてどなく歩き、時には行商人の馬車に潜り込んだ。遠くへ行きたかった。誰も俺のことを知らない場所に行きたかった。
思えばあれが俺の人生のケチの付き始めだったのかもしれない。人の親切って奴を信じられなかった俺が悪いんだろうよ。いろんな仕事をしたが、俺の身につくことは無かった。いつまでたっても根無し草さ。
気がついたらチンケなコソ泥になっちまってた。だがコソ泥は俺の性に合ってたんだろうな。どんなヘマをやっても捕まらなかった。逃げ足に自信を持つまでそんなに時間はかからなかった。俺の逃げ足は神に愛されてるってな。
だが、神は恵みを与えてくれる時もあれば試練も与える。人に試練を与えるのは悪魔の仕事らしい。試練を与えられたとき、その試練から逃げたら魂を食われるってのは誰だってガキの頃に一度は聞いたことがある話さ。困難にはまっすぐ立ち向かえ、仕事をさぼるな、親の言うことを聞かないと悪い子は悪魔に食べられちまうぞってな。
そして、俺の前に奴は現れた。全身真っ黒のちっさい悪魔だ。俺は逃げた。あの時逃げずに立ち向かってたら俺の人生はどうなってたんだろうな。俺の逃げ足なら悪魔だって逃げ切る自信があったのさ。あの日も俺は本能に従って逃げた。だが奴は追って来た。どれだけ逃げても奴からは逃げきれなかった。
気がついたら牢屋の中さ。下された刑は都市追放。これが田舎なら即死刑だろうけどな。ちょっとした都市だったから法がなんとかとか言ってしっかりお裁きまでしてもらったぜ。なんせ俺はそれまで捕まったことが無かったからな。初犯って奴らしい。それでも追放刑ってかなり重い罰なんだがな。大半の奴は追放刑喰らったら山賊まっしぐらなんだろうが、俺は殺しはやらない主義だ。
俺はいったん王都まで行くと船に乗り込んだ。村がゴブリンにやられて思い出を振り切るために遠くに行きたいっていえば素直に信じてやんの、チョロイね。船で仕事貰って一路ロルシエまでやってきた。
誰も俺を知らない土地で心機一転コソ泥生活でもと思ったが。やめた。
コソ泥にもケチが付いちまった。もうコソ泥で生きていける気がしなかった。だから俺に何ができるか考えたさ。いろいろ考えた俺は畑を耕したいと思った。ガキの頃に農村を追われてから畑仕事から逃げてたんだな。
悩んださ、農村ってのが嫌だったんだ。ガキの頃の嫌なこと思い出しちまうからな。でも、こんな時ばっかりツイてやがる。すんなりと仕事は見つかった。果樹園で人足を募集してやがった。ここでもゴブリン云々っていったら、農場主は泣きながら俺の肩を叩きやがった。この世界にゃどんだけお人好しがそろってやがるんだ、チョロイね。
村は山の南側の斜面に太陽の光を余すことなく受けるように広がっていた。ほとんどが柑橘だった。一本の木から採れる量はたかが知れてる。村を賄うには木の量を増やすしかないらしく、山の南斜面はほとんど柑橘の木で埋まってやがった。春も中ごろの今の季節は新しい苗木を植え、古い木には腐った葉っぱを根元にまき、藁で根元を覆う。そんな仕事を毎日、日が暮れるまで続けた。クソみたいに植えやがって、来る日も来る日も何本あるかわからない木の世話を続けた。村のガキどもになぜか懐かれ付きまとわれるわ、汗だか泥だかわからないほど汚れるわ、ガキの頃を思い出しちまうだろうが。
そんなクソみたいな日々を一月も続けたある日、奴らは現れた。俺は呪われてるのか? 俺はいつまで苦しまないといけないんだ? 最初は二、三匹だった。ゴブリンだ。時を置かずにわらわらと現れやがった。村人は村の中心にある頑丈な建物に立て籠って狼煙を上げた。気づいた近くの村や町から救援が来るのを待つらしい。
「ドニとマノンがいない!」
集まった村人たちから悲鳴にも似た声が上がる。畜生、ドニとマノンは七才と五才になる兄妹だ。この村のガキどもの中じゃ俺に一番懐いてやがる。なんと言っても果樹に関しちゃ俺の師匠だ。
「あいつらなら行きそうな場所は分かる。俺が探してくる」
三才と二才になる弟と妹を抱えた二人の両親に必ず連れて帰ると約束し俺は飛び出した。最近あの二人はサクランボがなる野生の木を見つけたらしく、暇を見つけてはつまみ食いに出かけていた。日に熟れるのはそんなに数は無かろうに、毎日足しげく通ってやがる。あんな酸っぱいののどこが美味いんだか。
俺はゴブリンどもに気づかれないようにそっと、だが素早く移動する。こういうのは得意なんだよ。昔取った杵柄って奴だな、コソ泥なめんなよ。
あんな頭の悪そうな連中に見つかるようなヘマはしねぇ。俺は二人がよく行く森の中に分け入ると、遠くから悲鳴が聞こえるのに気がついた。
慌ててそっちへ走ると二人を見つけた。ドニはゴブリン三匹に囲まれ、マノンは捕まってやがる。俺は落ちてた太い木の枝を拾うと、マノンを捕まえてる奴の後ろにそっと忍び寄ってその後頭部を思いっきりぶっ飛ばしてやった。地面に投げ出されたマノンをそのままにドニを囲んでる連中に向かって棒切れを振り回す。数さえいなければゴブリンなんか目じゃねえさ。俺様にビビったゴブリンどもは尻餅付きながら逃げ出しやがった。
俺は泣きじゃくるマノンを抱え上げると顔が真っ青になって固まってるドニの手を引いて村へ帰ろうとした。だが世の中そう上手くは行かねぇのな。さっき逃げたゴブリンが仲間連れて戻ってきやがった。
さすがに多勢に無勢って奴だ。俺は二人を連れて逃げた。逃げに逃げた。心臓が口から飛び出しそうだクソッタレ。何が安全な村だ。ゴブリン出てるじゃねぇか。半年ほど前にえらく強い妖精族がこの辺の妖魔どもを片っ端から殺して回ったらしいが、半年もありゃこのザマかよ。あいつらどっから湧いて出やがるんだクソッタレめ。
なにがマノンだけでもだ。ふざけんじゃねぇ。俺はもう逃げないって決めたんだよ、今逃げてるけどな。いや、それとこれは違うんだよ。俺はもう後悔しないって決めたんだ。お前ら二人置いて行きゃ確かに逃げ切る自信はあるぜ。でもそれは違うだろ。ここで二人を見捨てたら今度こそ俺は終わりだ。二度と立ち上がれねぇ。死んだほうがましだ。
ああ、クソッタレ!
振り返って追ってくるゴブリンどもを確認したら、増えてやがる。いやゴブリンがじゃねぇ。なんでお前がここに居やがるんだよ! どこまで俺を追ってくるんだよ!
黒い悪魔め!
◇◇◇
ロルシエに入ったジンたち一行はいくつかの村を経て、街道沿いに北西を目指していた。未だリウル士官候補生の足跡は見当たらない。そんな旅を続けていたジンたちはとある高台に差し掛かった時、それを見つけた。山の斜面から黄色い煙が立ち登っていたのだ。
「狼煙であろうか」
目ざとく見つけたラウロが異変を伝える。
「ワシもこのあたりの狼煙の種類は分からぬ。凶事でなければよいが」
顎髭を扱きながら狼煙の上がる先を杖で示す。
「エッダ うんてん かわる」
ここ数日で車の運転をジンは皆に教えていた。その中で上手かったのはエッダとカルロである。エッダは頭で、カルロは感覚で運転のコツをつかみ取った。髭コンビは若い連中に運転をさせてもらえず不満のようだったが、ヴェラはダメだ。彼女に運転させると皆が酔った。最初に一度運転させてみて以来ハンドルを持たせてもらえない。ロドヴィコとニコロもそこそこ運転できたが、まだ飛ばせるまでには至っていない。
カルロでもよかったのだが、今カルロは夜の見張りを昨夜していた影響か未だ寝ぼけている。エッダに運転を変わるとジンはヒラリと地面に降りる。
「さき いってる みんな かいどう すすむ」
そういうとジンは何かぶつぶつ呟く。そうすると彼の足元の砂や石ころがふわりと浮いた。反重力発生装置を稼働させて自分にかかる重力を打ち消すと、地面に向かって震脚を繰り出す。
あたりに砂塵が舞い散ると、その中からジンは砲弾のように飛び出した。一気に天高く舞い上がると空中に震脚を放ち、狼煙の方へと一気に飛んだ。
◇◇◇
「ヒューッ!」
ひゅーじゃねえよ。ふわりと俺たちとゴブリンの間に舞い降りた黒い悪魔から、かわいい声が聞こえる。知ってるか? 悪魔ってのは人畜無害っぽく見えたり、すこぶる善人に見えたりするらしいぜ。こいつもこんな幼く見えても中身は魂を食らう化け物のはずだ。
俺は絶望からか腰が抜けて尻餅をついてしまった。足が言うことを聞かねぇ。俺はドニとマノンを抱き寄せると一瞬でも二人を生かすべく背後に隠す。
次の瞬間、ゴブリンの頭が弾け飛んだ。何が起こった。黒い悪魔が軽く小突いただけでゴブリンの頭が血煙に覆われる。奴は不気味なダンスでも踊るようにゴブリンの合間を縫って小突き回す。どう見ても痛そうに見えないその拳を繰り出すたびに、次々とゴブリンの死体の山が積み上がっていく。
ゴブリンも何が起きてるのか分からないようだ。一早く立ち直ったゴブリンが一匹、黒い悪魔に棒切れを振り回して殴りかかる。だがその連撃を黒い悪魔はのらりくらりとかわして見せる。
「やめとく きゅうりょう やすいでしょ」
挑発しているのだろうか、訳の分からないことを呟きながら次々とゴブリンを片付けていく。あまりの凄惨な光景に俺はドニとマノンの目を塞ぐように抱きかかえた。子どもに見せていい光景じゃないはずだ。
気がつくとゴブリンはすべて死に絶えていた。
「なぁ、あんた」
俺は自分でも気がつないほどに動転していたのだろう。黒い悪魔に話しかけていた。
「頼むよ、この二人を助けてやってくれよ、あんた強いんだろう? 村の皆を、こいつらのおっかさんたちを助けてやってくれよ」
俺は涙やら鼻水やらで顔をグショグショにして悪魔に頼み込んでいた。
「だいじょぶ なかま いった」
悪魔は親指を立てて拳を俺の方へ突き出した。呪いか何かの動作なのか。いや、今はそれどころじゃない。俺は大笑いする自分の膝に拳を打ち付けるとのろのろと立ち上がった。
「むら かえる」
そういうと悪魔はすたすたと歩きはじめる。俺は滅茶苦茶に逃げてきたのでここが何処だかも分からなかったが、悪魔は迷いなく茂みを分け入って歩いていく。先導しているのだろうか、俺たちをどんな地獄へ引きずり込もうと言うのか。
「おじちゃん」
ドニが俺の裾を引っ張る。そうだ俺がしっかりしなきゃ誰がこの二人を守るっていうんだ。
俺はドロドロになった顔を素手で拭うと空を仰ぎ見る。晴れ渡った春の空に黄色い煙の筋が流れていた。そうだ、狼煙を辿れば村に帰れるんじゃないか。俺はそんなことにも気づかなかったのか。
悪魔は村の方向に迷いなく進んで、先で俺たちを待っていた。俺はマノンを抱き上げるとドニの手を引いて後に続いた。
◇◇◇
「ドニ! マノン!」
二人の母親らしき女性が子どもたちを見つけると駆け寄ってきて二人を抱きしめる。
「ありがとよ。あんたにゃ本当に……」
母親は、薄汚れた男に向かって涙ながらに何度も頭を下げていた。
村はところどころ壊された跡があったものの人的被害は無いらしく、ゴブリンも掃討されていた。髭コンビにかかればゴブリンなど物の数ではない。ジンはこの壊れた跡が彼らの犯行ではないかと疑いの視線を向けたほどだ。
「この度は村をお助けいただき本当にありがとうございました」
村長らしき恰幅の良い男性が現れ、ヴォルフラムやラウロの手を取って涙ながらに感謝の言葉を伝えていた。その村長らしき男はジンの姿を見つけると両手をわなつかせ、ジンににじり寄ってきた。
「あなたは以前、この村を救っていただいた妖精族の方と同族のお方ですかな?」
その言葉にジン一行の皆の視線が集まる。
「半年ほど前の話ですが、あなたと似た装束を着た妖精族の方が付近の妖魔どもを片っ端から片付けて下さったのです。それ以来、この周辺は安全なものとばかり思っておりましたが、また妖魔が湧いてきたのですな。いや、今回も同じ妖精族の方にお救い頂くとは、幸運の神リャーナのお導きに感謝せねば」
ついにリウル士官候補生の尻尾を捕まえた瞬間だった。
一人称視点、書きやすいですね。みんなやるはずです。
次の投稿は8月2日に出来たらいいな(;´・ω・)
ちょっとしんどくなってきました。予告通り投稿できなかったらごめんなさい。




