第34話 丸焼き
コボルド。二足歩行する犬型の妖魔。知能はゴブリンよりも劣り、この世界の人には二足歩行をするだけの狼の群れぐらいの認識である。事実、人間に似た手を持つものの道具を作り出すこともなく、棒切れを持つことすらもない。木登りの上手な狼である。
「おおきい」
ジンは目の前に転がるコボルドの死骸を前に驚きを隠せないでいた。ジンの思い描いていたコボルドはRPGにでてくる弱いモンスターだった。チワワコボルドとかいないだろうかと期待していただけに成人男性ほどの体躯をもつこの世界のコボルドに落胆していた。見た目もせめて狼男のような格好の良いものだったら良かったが、犬種が特定できないような雑種も良いところで、地球に連れて帰れば"世界一醜い犬コンテスト"でも上位に食い込めそうなほど凶悪な面構えなのだ。
ネルデ川を渡った一行は、一路ロルシエ王国の人里を探しながら西に進路をとっていた。川を渡って二日目、早速彼らはコボルドと遭遇した。森の中を素早く移動する集団を捉えたジンは車を止め拠点を構築する。
素早く移動すると言っても人にしてみれば速いと言うほどで、犬ほどの速度も出ていない。獣は四足だからこそ脅威足りえる。数も一〇匹と少なくあっけなく冒険者たちの矢と魔法に打ち取られた。
「迎え撃てるだけの準備ができてるからこそ簡単に勝てたが、こいつら結構強いからな」
ロドヴィコはコボルドの死骸を折れた枝先でつついていたジンに言い放つ。いかにジンが強いといえども、きちんと教えておかないとまた脅威の真っただ中に一人で飛び込んで行くのではないかと不安で仕方が無かった。
拠点を分解し更地に戻すと、再び発進しようと皆が車に乗り込んだ時だった。ジンのバイザーに大型の獣の影が映る。子牛ほどのサイズのようだ。先ほどのコボルドはこの獣を追っていたのか、それとも追われていたのだろう。
「なにか いる きょり さんきろ かず はち おおきい」
「獣であろうか。食べられる奴だといいのう」
ヴォルフラムは盾と斧を構えると車の上で仁王立ちになる。冒険者たちも弓を手にすぐに降りられる体制を整える。
相手はジンたちの前を横切るように走り去るように見える。
「きた から にし に いっちゃう おう?」
「行こうぞ! 肉の予感じゃ!」
ジンは車を発進させた。試行錯誤の末、今では時速六〇キロメートルまで出すことができる。森を切り裂きながら相手の前へ出るコースをとる。
「意外と時間がかかるの。まだ近づけんか」
天井から緩み切った声がかかる。発見から一〇分ほど走っているのだ。先ほどの気合も抜け落ちたのか、ヴォルフラムは肘枕で鼻毛を抜いていた。
「もうすこし みえない?」
「む。おう! 見えたぞ! 肉じゃ! 剣猪じゃい!」
牛ほどの大きい猪の群れが彼らの視界に飛び込んできた。群れはジンたちの前を走り去ろうとするが一頭の大きな個体が立ち止まる。群れのリーダーだろうか、後ろ足で地を掻きジンたちをを睨みつけ咆哮を上げる。
「ギィィイイイイイイ!」
剣猪の見た目は大きい猪と言った感じだが、通常の猪と違うのは牙が四本あることだろう。前向きに生えた牙は普通の猪と変わらないが、そのすぐ後ろに生えた牙は頬に沿って耳の近くまで伸びている。この牙がソードボアと呼ばれる由縁だ。剣ほどの切れ味を誇るその牙ですれ違いざまに相手に切りかかるのだ。
「ワシが相手じゃ、ほれかかってくるがよい!」
ヴォルフラムは盾と斧を地面に置くと、両の拳を胸の前でぶつける。素手で相手をするつもりらしい。
「力の円環よ! 一渥のマナもて顕現せよ! 眠りの霧」
「なぬ!」
ヴォルフラムの気合を余所にソードボアを霧が包み込むと、ドゥと音を立てて崩れ落ちた。
「ヴォルフラム様の力で拳骨でも落としたら頭が割れてしまうのですー!」
「おおぅ! そうであった! 頭を割ってはアレが食べられんからのう」
車の御者台から杖を振り回してヴェラが叫んでいた。
「ソードボアは第一位階魔術が使えれば簡単に狩れる相手なのですよ」
魔法は知能の低い相手には効果を発揮しやすいらしい。逆に魔力の扱いを理解できるほどの知能を持っているものには効果は薄くなるようだ。
気が付けば群れはジンたちから遠く離れていた。この一頭は己を囮に仲間を逃がしたのだろうか。
男衆総がかりで逆さづりにされ、剣で心臓を一突きにされると、ジンのバイザーには生命反応が小さくなっていくのがモニターされていた。
「もう解体できそうかい?」
ニコロの問いに軽く頷くと、ソードボアを解体する。
ヴェラおすすめの料理は脳みその丸焼きらしい。普段ならば貴族が賓客をもてなすときぐらいしか食べられるものではないらしい。かく言うヴェラも食べたことが無いらしい。ヴォルフラムの話だと癖のないレバーのようで、ほのかな甘みがあるらしい。
調味料は各種揃っているので料理はヴェラにお任せだ。まだ昼過ぎであったが、今日はここで一泊ということになった。
さっそく竈などを作り、ソードボアを調理していく。基本は薄切り肉を鉄板で焼いていく。ジビエ料理はしっかりと火を通すのが基本だ。この世界の住人はすぐに丸焼きにしたがるがジンがそれを許さない。もちろん厚切りも作るが、薄切り肉を食べているうちに焼けるだろう。
日も暮れ、ヴォルフラムが酒樽一つ空けたころ、竈一つを独占していた頭が焼き上がったようだ。
頭は焼き上がった所から削ぐように肉を切り、今では頭骸骨だけになっているように見える。
目玉も食べさせてもらったが、ブリやマグロの兜焼きを彷彿とさせるような甘みのある味であった。タンも地球で豚の薄切りは食べたことがあったが、贅沢に厚切りにしたタンステーキは初めてだった。歯ごたえもあり、シンプルな塩と胡椒の味だけでもその旨味を十分に発揮してくれた。ヴェラに言わせるならばタンは煮込んだ方が美味しいらしい。機会があればそちらも食べてみたいとジンに思わせた。
ヴォルフラムは慣れた様子で頭蓋骨に穴を開けていく。ドワーフはある程度熱に耐性があるらしく、今まで火にかかっていた頭蓋骨を自分の膝の上にドンと置くとナイフを使って器用に穴を開けた。
周りの話から期待していた脳みそを木匙で一すくい貰い口に含む。味付けは塩と胡椒だけだ。味も塩と胡椒の味だけだ。ジンの頭の中にクエスチョンマークがたくさん浮かび上がる。よく見ると他の面子も一口、口に入れただけで押し黙ってしまった。
「味、無くね?」
ぼそりとカルロが呟く。
「ふむ。料理には詳しくないが、熟成とかさせねばならぬのかのう。以前食べたときはもう少し複雑な味じゃったがの」
ラウロも首をかしげていた。
「いや、丸焼きではこんなもんじゃ。まぁ珍味じゃの。ニンニクがあったじゃろ、摩り下ろしてつければ美味いぞ」
肉から出た油で多少の甘みがあるものの、味と言う味が無い。ジンは魚の白子を思い出していた。紅葉おろしとポン酢が欲しいところだ。案外砂糖醤油で甘辛く煮付けても美味しいかもしれない。ヴェラにあおられていた分、少し残念な結果だった。
当のヴェラも匙を握りしめ半笑いで固まっていた。人を選ぶ味なのだ。
◇◇◇
翌日、方角頼りの旅を続けていた。そんなジンのバイザーに人ほどの大きさの生命反応が複数感知された。全員にその旨を伝え、警戒体制のままその地点に近づく。
視界に入る距離になると車を止め、斥候としてニコロとジンが先行する。
そこは朽木や枝などで作られたバリケードに囲まれた、ちょっとした集落のようだ。ジンたちは似たようなものを嫌と言うほど見てきた。ゴブリンの集落である。
「中から人の声がしないか?」
ニコロが囁くように小さな声で伝える。ジンのバイザーには複数の生命反応が動き回っていた。捕まっている人がいるのかと以前の嫌な思い出がよみがえる。
「みてくる」
左手首を二回たたくと、ジワリと風景に溶け込む。足音を立てないように用心しながらそっと近づく。確かに中から人の声が聞こえる。ゴブリンの声ではない。
集落の入り口から中を覗くと、冒険者であろう姿の人間が数人歩きまわっていた。ゴブリンの姿は見えない。
さらに中に入り込み様子をうかがう。
「こんなもんか? 生き残りはいないだろう」
「よし、一旦集合しよう。そろそろ昼飯にするか」
冒険者風の男たちは集落内の小屋などをくまなく調べていたようだ。ジンは判断がつかず、ニコロの元へ帰り内容を伝えた。
「集落を落とした後の確認かもしれないけど、山賊ってこともあると思うから、一旦かえってラウロ師の判断を仰ごう」
一旦車まで引き返すと報告を行う。冒険者らしき者たちの数は一〇人。ラウロの判断は山賊であっても蹴散らせるだろうというものだった。会って話が聞ければその方が良いだろうとのことだった。
ジンたちは車で集落まで乗り付ける。さすがに音に気づいた冒険者たちが剣を構えて表に出てきた。
「ワシは聖戦士ヴォルフラム。ここはゴブリンの集落に見えるがそなたらは何者ぞ」
車の天井に仁王立ちしたヴォルフラムが地に響くような剛声を発する。
「おお、聖戦士様か」
冒険者たちは右手を左胸に当てる礼をするとその場に跪いた。
「我らはヌレーの町に住まう冒険者です。この一帯のゴブリン並びにコボルドどもが掃討されたとの報を聞き、調査に来ておりました」
「なんと! それは重畳! 仕事の邪魔をして申し訳ござらぬ」
ドスンと車から飛び降りると彼らの肩を叩き労をねぎらう。
続いてラウロも車から降り、彼らに近づく。
「途中、コボルドの小集団を見かけた。未だに残党はうろついておるのだろう。十分に気をつけられよ。ところでここから一番近い人里はどちらの方角か教えていただけぬか」
「一番近いとなると北西に進んでください。ヴォヌカという村があります。私たちもお尋ねしたい。みなさんはいったいどこから来られたのですか?」
そこでガハハというヴォルフラムの笑い声が響いた。
「ワシらはフェリエラから来たのじゃ。ゼノアを通っての」
冒険者たちはお互い顔を見合わせポカンとしていた。言われた言葉の意味がすぐには理解できなかった。時間とともに染み込むように言葉の意味を理解していく。
「ええええ!」
ようやく意味を理解した彼らから驚愕の声が響いた。
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