第32話 旅の仲間
カポーンと軽やかな音が室内に響く。
広場跡に作られた拠点からは少し離れるが、街中に銭湯跡を発見したジンたちは、これを修復した。冒険者たちの尽力もあって、今ジンたちはできたばかりの浴室で汗を流していた。フェリエラ王国には入浴の文化があり、冒険者たちも浴室の完成を大いに喜んでいた。
「いやぁ、まさか風呂に入れるとは思わなかったぜ」
「あぁ、ゼノアにも浴場とかあったんだな」
冒険者たちは大浴場で思い思いに寛いでいた。ジンとしても入浴の良さが分かってくれる人がいることが嬉しかった。
今、男湯には見張りのための数人以外の冒険者で溢れている。彼らフェリエラ人にとってお風呂は無くてはならない物らしい。同じ大きさで作った女湯は今たった二人のためにお湯を湛えていることだろう。
ジンはゆったりと湯につかりながら男湯に入るまでの一騒動を思い出していた。
ヴェラはジンのことを女の子と思っていたのだ。ごく自然にジンの手を引いて女湯に行こうとしたヴェラを男性陣が引き留めた。ジンはまさか女の子と思われていたことにショックを受け、男であること証明するために全裸になって飛び回り、荒ぶるゾウさんを主張するハメになったのだ。
その後、男と分かっても女湯に引きずり込もうとするヴェラと男湯に入れようとするカルロがジンを綱がわりに綱引きを繰り広げたのだ。
何とか脱出に成功したジンは今、心の平穏を取り戻し湯船にプカプカと浮いていた。その平穏な一時は外の騒がしさで終わりを迎えた。ついに軍が到着したのだ。
ジンがゼノア王都に来てから一二日の時が過ぎていた。ついにコルテア派遣軍が到着した。
彼らは街の様子が在りし日の姿を留めていることに驚愕し、門をくぐると忙しなくあたりを見渡しながら中央広場を目指した。
中央広場の拠点は遠くからでも見えるほどの要塞へと成長していたので遠目でも見えたのである。
「よくぞ来られた。お待ちしておりましたぞ」
拠点の入り口ではラウロが彼らを出迎えた。派遣軍は僅か三〇人の小集団であり、全員が背負い袋を背負い徒歩であった。そろいの装備が無ければ冒険者と間違えられるかもしれないような出で立ちであった。そんな彼らの中から一人の男が進み出るとラウロに向かって右拳を鳩尾に当てる礼をする。
「コルテア派遣軍先遣隊隊長のジョゼフ・メルロー兵士長です。いや、驚きました。本当にゼノアを解放されるとは。さすがは元とは言え宮廷魔術師第二位のラウロ師ですな」
「ふむ。詳しい話は中でいたそう。今は旅の疲れを癒されよ」
ラウロは彼らを拠点へと招く。兵たちは珍しそうに見渡しながら中へと入った。
「都の中にこのような要塞を。おお、井戸も竈も兵舎もあるのですな」
「ふむ。ここを拠点にゼノアを解放したのじゃ。しばらく待てば黒鉄のヴォルフラム殿も参られよう」
「おお、聖戦士殿が! なるほど、彼のお方もおられるのであればゼノア解放も得心が行きます」
「うむ。今は王城跡にて王家の霊を祭っておられる。そろそろお戻りになるじゃろうて。さぁ、今は荷を解いて楽になさるがいい。ここの設備は自由にお使いくだされ」
「ありがとうございます。全員聞いたな! まずは荷を一か所にまとめよ!」
隊長のジョゼフは矢継ぎ早に指示を出す。兵たちは機敏に行動すると自分たちの活動拠点を作り出していった。
しばらくするとヴェルフラムも銭湯に行っていた冒険者たちも帰って来て全員が合流した。
ジョゼフはヴォルフラムの姿を見ると駆け寄り、彼の前に跪いた。
「ヴォルフラム殿、私はコルテア派遣軍先遣隊の隊長を務めますジョゼフ・メルローと申します。この度のゼノア解放へのご尽力、私からも感謝を!」
深く頭を垂れると、彼の足元の石畳にぽつりぽつりと染みが広がる。
「その名の響き、ゼノアの民か」
低いドワーフの声には深い慈しみが込められていた。
「はっ! あの撤退戦の時は僅か八歳の子どもでございました。ヴォルフラム殿たちに守られ、フェリエラに辿り着いた私は今日までコルテアに留まりゼノアに帰れる日を待ちわびておりました」
ヴォルフラムは彼の肩をその大きな両手でがっしりと掴むと深く頷く。
「よくぞ。よくぞ、戻られた!」
二人を見つめる冒険者たちから鼻をすする音が聞こえる。難民となった身から、地方軍とは言え兵士長にまでなりゼノア帰還を夢見た男の苦難は想像に難くない。彼の人生を思うだけで込み上げてくるものがあったのだろう。
「よし! 飲もう! 民の帰還を祝して祝杯だ!」
誰かのあげた声に冒険者からも兵からも歓声が上がる。酒だけは大量にあったのだ。
その歓声にジョゼフは我に返り目を白黒とさせる。
「お、おお。そうだ、今後のこともありいくつか報告があるのですが誰にすればよい良いのでしょうか?」
「うむ。今ここを取り仕切っておるのはラウロじゃな。彼の者にすれば良かろう」
その言葉にラウロが進み出る。
「うむ。聞こう」
「はっ。後続の部隊は二日遅れで出発しております。さらに遅れてドワーフの戦士団も出発するとのことです」
「うむ、重畳、重畳。では後続の部隊が着き次第、ワシらも解散としよう。他に報せはあるかの」
「はい。お帰りの際はコルテア卿が報告を聞きたいとのことでございました」
その言葉に暫し思案すると、ラウロは承ったと返した。
「よし! 飲むとしようぞ!」
ガハハと地鳴りのようなドワーフの声が響いた。
◇◇◇
ジンは軍が到着したときは自分のことをあまり言いふらさないように頼んでいた。あまり目立つようなことになるのは避けたかった。
実際にジョセフもラウロとヴォルフラムを見て、彼らの活躍だと思い込んでいた。狙い通りではあったものの、成果を横取りされているような複雑な気持ちも無いでは無かった。
だが、もうこの街での自分の仕事は終わった気がした。酒盛りを始めた彼らを尻目にそっと広場を離れる。広場を出たジンは王城に向かった。王城の一角に彼はある物を隠していたのだ。
王城の外庭をぐるりと回り、厩のあるところまで来るとその片隅には変わった馬車が鎮座していた。
二日前、初めてダンジョンに潜った帰りから、ここに馬車の残骸を見つけレストアを始めていた。
ダンジョン内にあった空気循環用のファンから回転機構を解析したジンはその再現から始めた。物を作るのは簡単にできた。ダンジョンの様々なギミック類は金属板に彫り込まれた魔法陣がそれぞれの効果を発揮していた。ラウロによると魔法陣の作り方は今は失われてしまっているらしい。しかしジンには天下無双のクラフター先生がついている。現物さえあれば後は材料次第で再現可能だ。
ジンは再現してみてどうしてこの技術が失われてしまったのかを理解した。主な材料は魔石だったのだ。しかしこの魔石を加工する手段が現在では失われてしまっている。以前、ゴルフボールほどの大きさに加工したものを見てラウロらは驚いていた。現在では妖魔や魔獣から取り出した魔石をそのままの形で利用するしかなかったのである。
ジンは魔法陣を再現したが魔法陣は動く気配が無かった。魔法陣の起動には微弱でも良いので魔力を流さねばならなかった。ジンはヴェラとエッダにお願いして、屑魔石に魔力を込めてもらうとその魔石を使って魔法陣を起動しようと試みた。しかし、魔石からどのように魔力を取り出すかがわかない。振ったり叩いたりしてみたが全く魔力は取り出せない。仕方なくイルに相談するとクラフターを使っていとも簡単に魔力を取り出し魔法陣の起動に成功した。ジンのクラフター先生への信仰心は弥増すばかりである。
モーターを手に入れたジンはこれを馬車に組み込んでいく。イルと相談しながらだが難航した。モーターの回転を車軸に伝える機構は簡単にできたのだが、ブレーキ機構が上手くいかなかったのだ。馬車そのものにブレーキ機構はついていたが、それは転動防止のための簡易的な物で、走行している馬車を止めるためのものではない。そもそも馬車は馬の力で走り、馬の力で止まるのだ。
ジンにはディスクブレーキやドラムブレーキの知識はあったがそれらを動かすための空圧倍力装置や油圧倍力装置が再現できそうになかったのだ。
そこでジンは運転方法から見直すことにした。大昔の戦車と同じ方式を採ったのだ。運転には二本の操縦桿のみで右のレバーを前に倒すと右側の車輪が前進し、左のレバーを前に倒すと左側の車輪が前進する。それぞれのレバーを手前に倒すと車輪は後退するように回転するのだ。ジンは車輪を後退させることによってブレーキをかける方式にした。
この機構には大きな弱点があった。車軸にしろ車輪にしろかかる負担が大きいのだ。これには鉄を荷台に積みこむことで解決した。壊れた端からクラフターで再生させるという力技である。もちろん低速で運転すれば負荷は軽減できるので普段は安全運転が基本だ。
ブレーキ機構自体も自転車に使用されるキャリパーブレーキを搭載してみたが、自動車で言うところのサイドブレーキ代わりにしか使えないだろう。
基本的な部分が出来上がると今度は細部を詰めていく。タイヤはトラクターなどに使われるハイラグタイヤを採用した。ゴムが無いのですべて鉄である。形状は既存の馬車の車輪を模しており、トレッド部のみがハイラグタイヤのように凸型の山が作られている。
さすがにこれでは乗り心地が悪かろうとサスペンションを取り付けようと思ったが、ショックアブソーバーに使う油圧も空気圧も無いので前輪はコイルバネ、後輪は軽トラックに見られるような板バネ式、取り付けも複雑な機構がわからなかったのでリジットアクスル式である。
車体も幌を取り払い、屋根を付け屋根の上にも荷物が載せられるようにしている。運転台が外に露出している以外は後部に小さな荷台が付いたワンボックスカーのような外観になっていた。
ヘッドライトも搭載している。ダンジョンで見た明かりの魔方陣を作り、鏡面加工した円錐形の鉄の容器の中に入れ、レバーで蓋を開け閉めしてオンオフを切り替えるようにした。レンズなどは無いので申し訳程度の距離しか照らせないが暗視装置のあるジンにはあまり必要ないものである。
この馬なし馬車のテスト走行は夜にひっそり行った。城の外庭を少し走らせただけだが、問題なく走ることができた。
僅か一日でこれらを作り上げると、食料と水を積み込む。米に小麦、各種香辛料と水の入った樽である。冒険者たちの目を盗みダンジョンからちょろまかした。
◇◇◇
宴席を抜け出したジンは、一旦ダンジョンまで行くと米の袋をもう一袋だけ追加した。次どこで米に出会えるかわからない。あまり人気のある食材でも無いようだったので持って行っても実害はないだろうと思ったのだ。
自分の体重ほどもある袋を何とか積み込むと、他の荷物の固定状態を確認する。この先はオフロードも走らねばならないだろう。荷崩れを起こして食材が無駄になるのは避けたい。
「酒はどこに積み込むと良いかの」
「ん うしろ にだい」
思わず答えてしまったが、振り返るとヴォルフラムが酒樽を括りつけていた。
「野菜、分けてもらって来たぞ。タマネギしかないけどな」
カルロが麻袋を掲げて見せる。その後ろにはロドヴィコもニコロもヴェラも麻袋を抱えていた。
「麦はもう少し増やした方がよろしくはありませんか?」
車内を覗き込みながらエッダが声を上げる。
「ふむ。あと二袋も載せれば良かろうて」
老魔術師も髭を扱きながら弟子の意見に賛同する。
ジンはその光景をポカンと見上げていた。
「行くのじゃろう? 探し人を見つけに」
「ワシも共に行かせてもらおう。お主には返せぬ恩があるでの」
「ジン一人で行かせたら、今度はエルフの森にでも直行しそうだからな」
「そうだね。あんまり僕たちを心配させないでくれるかい」
「ジンちゃん、黙っていくつもりだったの?」
「ダンジョンから追加の食いモン持ってくっから。おう、お前ら手伝え」
「お師匠様、揺れると腰を痛めそうです。クッション代わりになりそうなものを探してきますわ」
ジンはただ彼らを見つめるしかできなかった。
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