第30話 妖精
※変な表現を修正しました。
手掴みで一摘まみ→素手で一摘まみ
「内臓はもうやめておこうか。肉は太ももぐらいしかダメかな」
逆さ吊にされた鹿をみてニコロがため息をついた。血抜きは時間との勝負だ。まだ心臓が動いているうち、血が固まらないうちに処理をしないと臭みが強すぎて食べられなくなる。その臭みが好きなものもいるようだが。内臓だって早く処理しないと食べられないばかりか部位によっては肉が不味くなる。
「ち ぬいてみる」
ジンは鹿に向かうとイルに解体を頼む。血、内臓、肉、骨、皮。あらかじめ作っておいた木のテーブルにそれぞれが並ぶ。
「血は別の場所が良かったかな」
テーブルの上は凄惨なことになっていた。慌てて血だけを分解、消滅させる。
「やきにく! やきにく!」
解体が終わると、ほかの冒険者も呼びに行く。
すでに酒宴は始まっていた。街の各地で発見された三〇年もののワインを運び込み。どこで見つけたのか金の盃をぶつけ合っていた。
解体が終わったことを知らせると冒険者たちは一斉に肉に群がる。ジンは腰の少し上ぐらいの部位を一塊抜き取っていた。詳しくは知らなかったがこのあたりがサーロインにあたるはずだと思っていた。
冒険者たちは剣まで使ってぶつ切りにし、思い思いに串に刺し火の回りに並べていく。そんな彼らを尻目にジンは一人ほくそ笑んでいた。
「たたかい いっぽ にほ さき よむ」
グフフと悪い笑みを浮かべながら、そんな焼き方ではいつまでたっても火が通るまいと独り言ちると、自分の肉を切り分ける。厚切りも数枚作るが後は薄切りにし鉄板焼きだ。早く火が通れば早く食べられる。肉を前にお預けを食らった冒険者たちの目の前で一人、肉にかぶりついてやろう作戦の開始である。
そんな彼の前に巨大な壁が立ちはだかる。
「お主、名はジン殿と申されたな。ワシは岩の民が聖戦士、名をヴォルフラムと申す。先ほどの戦いぶり、実に見事であった。ラウロ殿に聞き申したぞ。たった一人でゼノアを解放へ導いたと。そなたにはどれほど感謝してもしきれぬ。誠に忝い」
そういうと深々と頭を下げた。ジンにしてみればこの国の解放など全く考えていなかったので礼を言われても困るばかりだ。
「ん」
とりあえず焼けた肉でも差し出してみる。
「おお、これは忝い。コルテアを飛び出したときは荷物も何も持っておらぬでの」
熱々の鉄板から肉を素手で摘まむと口に放り込む。フライパンの上に乗ったすべての肉を一網打尽である。ジンは空になったフライパンをじっと見る。
「うむ、美味い。途中で出会った冒険者に保存食を分けてもらいはしたがまるで足りぬでの。ようやく人心地つけるわい」
ガハハと地鳴りのような笑い声が響く。ジンは素早く作戦を組み立てる。こいつは強敵だ。こいつにかかっては肉はすぐに消えてしまうだろう。妙案を思いついたジンは早速行動に移る。
「ちょっと まつ」
素早く酒樽に移送すると、大きめの盃を見つけてワインを注ぐ。すぐさま水分を分離し、アルコール度数を六〇%ほどの酒にする。その酒をなみなみと湛えた盃をヴォルフラムに差し出した。
「おお。これはこれは! ありがたく頂戴しますぞ」
盃を受け取るとグイと傾ける。
「こ、これは! なんと強い酒精よ! こんな酒があるとは! これは良い!」
フハハ酔いつぶれるといい! そう内心では思いつつも顔には出さない。
ヴォルフラムはその酒をたいそう気に入ったらしく、一気に盃を空にする。早くも弾切れである。ジンは素早くあたりを見渡すと、自分でも転がせば持ってこれそうな小さめな酒樽を発見する。
「ちょっと まつ」
小走りでその酒樽に駆け寄り、転がしながら中の酒を先ほどと同じように加工する。
戻ってくると、そこにはヴェラとエッダがいた。
「聖戦士様、食べられてますか?」
「あ、ジンちゃん、このお肉焼いちゃうね」
敵の増援が現れた。ヴェラはこともあろうかとっておいた厚切りステーキをフライパンに入れる。ヴェラ許すまじ。慈悲はない。固く心に誓いつつもおくびにも出さない。まだ厚切り肉は2枚ある。残機はゼロではない。すかさず盃に酒を注ぐ。早く酔い潰さねばと若干焦りを感じていた。
◇◇◇
日もどっぷりと暮れ、冒険者たちは思い思いの場所で寝転がっていた。ジンもステーキ一枚にありつけたので取り合えず満足していた。強敵のヴォルフラムは酒樽一つを飲み干し、太もも一本を食べつくしても未だ平然とし、手にした盃をジッと見ていた。
時折たき火から爆ぜる音のみが響くばかりで、ゼノアの都は静寂が支配していた。
「ジン殿は樹の民に会ったことはござるか?」
たき火に照らされたその岩のような横顔は深い悲しみを湛えているように見えた。
ジンはフルフルと首を横に振る。
「もしも出会うようなことあらば十分に気をつけられよ。あれは悪鬼の類じゃ」
ジンにとっては衝撃の言葉であった。ファンタジーに疎いジンであってもエルフとドワーフぐらいは知っている。ドワーフが期待通りに巌のような外見であったことからエルフは美人が多いのではと期待していたのだ。
「星の世界から来られたのであれば、この地上の醜い争いごとなど詳しくはご存じなかろう」
パチリと火の爆ぜる音が響く。
「恩人のそなただからこそ知ってもらいたいのじゃ。ワシらがどのように生きてきたかを」
話し声が聞こえたのか、ラウロもふらりとやって来て腰を下ろす。
おっと話が長くなるぞとジンは少し不安に駆られる。
「ワシら妖精族は、神に作られたときそれぞれに土地が与えられた。岩の民は山に、風の民は草原に、火の民は砂漠に、水の民は海に、樹の民は森に。
しかし、レイブンはこの地に誕生したその日のうちに移動をはじめ、七日目に森に移り住んだ。理由がひどい。"暑かったから"と言うものじゃった。確かに砂漠は水を得るにも難しい過酷な土地じゃ。そのまま砂漠にとどまれば皆干からびたであろう。
だが、それが悲劇の始まりじゃった。森に侵入されたエルフどもは苛烈に怒っての、レイブンたちを攻撃したのじゃ。
そのレイブンたちを匿ったのが壁の民。お前さんもよく知っておる、自らを人と呼ぶ種族じゃな。
ウォールマンたちはハーフリングたちと草原に街を作り稲作を行い平和に暮らしておった。ワシらドワーフも時折山を下りてはウォールマンの街へ遊びに行ったそうじゃ。何より彼らは酒を造ることができたからの。
レイブンを匿ったことで、エルフはウォールマンにもハーフリングにも苛烈な攻撃を仕掛けた。奴らは精霊術に長けておったが、同じ妖精族にはそう酷い被害は出せずにおった。彼らも精霊とともにある種族じゃから効きにくいのじゃな。だが、ウォールマンは違った。精霊術に対抗することができず瞬く間に数を減らした。
次に彼らを匿ったのはワシらドワーフじゃった。ワシらは穴倉にこもり鉄を鍛え、ウォールマンに剣を与え、戦い方を教えた。
しかし、ワシらは劣勢に立たされた。そのころになると食べ物はウォールマン頼みだったのじゃ。森でドングリでも食べていれば済むエルフは平気じゃろうが、ほかの妖精族はウォールマンほど食べ物を作るのが得意ではなかったからの。
気が付けばエルフ対他の種族と言う構図が出来上がっておった」
そこまで一息に話すと、盃の中身をグイと空にし、また酒を注ぐ。ジンは驚愕していた。すでに今提供している酒はアルコール度数八〇%はあるのだ。
「だが、ある日その均衡は崩れた。ウォールマンたちは魔法を得たのだ。瞬く間に生存権を取り戻しエルフどもを森の奥深くに追いやった。
だが、争いは潰えることなく続いた。ある日を境にウォールマンたちの間では二つの研究が進められておった。一つは自らの肉体に手を加え無尽蔵の魔力を手にする研究。もう一つは生命を歪める研究、それは雑食性で繁殖力の高い生物を創り出し、エルフどもの森に放つためであったと言われておる。」
一度話を区切ると酒を一口含み、深いため息を漏らす。
「以前、その時代を知る古老に話を聞く機会があっての。ドワーフたちはやりすぎじゃと思っておったらしい。じゃが、血涙を流し研究に没頭するウォールマンたちを見て何も言えなかったそうじゃ。愛する者を奪われた者たちは狂気に取りつかれておったのじゃろう。
古老は後悔しておったよ、どんな手を使ってでも止めておれば良かったと。
結果は今の時代じゃ。切っ掛けがどのようなものであったか今は知る由もない。ある日、魔法使いたちは姿を消し、この世界に妖魔や魔獣が解き放たれた。エルフも勿論じゃがワシらもその生存権を大きく失ってしまった。
今ではエルフどもとの争いも小競り合いばかりじゃの。ワシらはエルフの森を取り囲むように要塞を作り、奴らとにらみ合って居る。ワシら聖戦士団はその要塞を順に視察し、異常が無いかを確認する役目を負うておる。」
それにしてもこの酒は美味いのぅと空になった盃を満たす。ジンも一口舐めてみたが雑味が多くあだ辛いだけであった。ブランデーをイメージしていただけにとても美味いとは言えなかった。
「ある日のことじゃ、エルフどもが集落を襲いウォールマンたちを攫うと言う事件が頻発し始める。ワシはその報を聞いて現地に飛んだ。そこがこのゼノアじゃった。奴らの目的はようとして知れず、いたずらに時間だけが過ぎていった。
全容が知れた時にはすでに遅すぎた。エルフどもは攫った人々を餌にグールを増やし、寿命の短いはずのグールを精霊術にて眠らせ大量に保管しておったのじゃ。一度に時を同じくして数か所にばら撒かれたグールは軽く万を超えておった。
一気に街中まであふれたグールに籠城戦もできなんだ。ワシらは僅かに生き残った民たちを守り、ゼノアを脱出した。途中の村々からも避難民は集まり、そなたも通ったフェリエラ王国を目指した。
フェリエラ王国への道は途中深い渓谷もあるでの、そこで奴らを阻みながら逃げようということになったのじゃ。だが事はそう上手くいかんかった。長く伸びた民の列は思うように進まんでの。彼らを守るための戦いは苛烈を極めた。
フェリエラ王国の端に辿り着いた時には民の数は最初の一割ほどまで数を減らしておった。そのころにはドワーフの戦士団も到着しておったし、フェリエラ側も防備を整えておった。渓谷を越えられずに数を減らしたグールを殲滅するのは容易かったようじゃ。」
ジンの頬を大粒の汗が伝う。最初に立ち寄った国の名を今、初めて知ったのだ。何度も聞く機会があったのにすっかり忘れていた。
「しかし、解放された時期が今で良かった。今ならばこの地の守りを固める時間も稼げようて」
「ふむ。エルフの地にて何かありましたか?」
今まで黙って聞いていたラウロがようやく口をはさむ。
「今、西の地にてドラゴンが暴れておるらしい。詳細は分かっておらぬがエルフどもと争っておるらしいのじゃ」
「どらごん!」
新たなファンタジーワードの出現に興奮するジンであった。
妖精はそれぞれ対応する精霊があるという設定です。
エルフ→ドリアード
ドワーフ→ノーム
ハーフリング→シルフ
マーフォルク→ウンディーネ
レイブン→サラマンダー
※レイブンはオリジナルな種族です。
次回の投稿は23日を予定しております。




