第29話 震脚
※変な改行を修正しました。
冒険者たちは言葉を失っていた。その光景を自分たちの常識に当てはめることができなかったのだ。空を舞うグール。響き渡る剛声。それを成すのはたった一人の戦士。
人の胸ほどの背丈しかない体躯。しかしその腕は人の腰回りほどあろうかという太さがその戦士を人ではないと物語っていた。
その戦士は漆黒の板金鎧に身を包み、兜に付けられた水牛の脇立は側頭から頬へ向かって伸び、世紀末覇者を思わせた。左手に握られたその身を隠さんとするほどの大きな丸盾には獅子の彫刻が刻まれ、禍々しさを弥増していた。しかし、その戦士の異常性を一番に表していたのは右手に持った斧であった。その身幅は人の肩幅にも匹敵するほどの物であり、またそれを片手で振り回しているのだ。
「ぬぉおおおお!」
剛声が響き渡るたびに、数匹のグールが空を舞う。
「あれは! あの鎧兜! 聖戦士じゃ! 岩の民じゃ! 黒鉄のヴォルフラム殿が来てくれたぞ!」
冒険者たちから割れんばかりの歓声が上がる。ジンは圧倒されて事態についていけずキョロキョロとあたりを見渡すばかりだった。
「ヴォルフラム殿、魔法を撃ち込みますぞ!」
「応! ワシに構わずぶちかませい!」
ラウロの警告に、グールに埋もれて見えぬ戦士から地に響くような声が返ってくる。
「力の円環よ! 四握たるマナもて寥郭たる大地を穿て火弾!」
先ほどと同じ魔法が炸裂し、グールの群れを焼き払う。
「私たちも魔法を!」
弟子のエッダが状況に追いついていなかったヴェラの意識を引き戻す。
「力の円環よ! 一握たるマナもて顕現せよ! 眠りの霧!」
「力の円環よ! 一握たるマナもて顕現せよ! 眠りの霧!」
二人の少女は同時に同じ魔法を放つ。その魔法が戦場に及ぼす影響は微々たるものであったが、確実に敵の戦力を削る。
ほかの冒険者も我を取り戻し再び矢を放ちはじめる。
ラウロが三度目の火弾を放つと、がくりと膝をついた。
「凄い。第四位階の魔法を四握ものマナを使って、それも三度も撃てるなんて」
ヴェラは老魔術師の実力を目の当たりにして畏怖を覚えた。彼女は第一位階の眠りの霧ですら、一渥のマナで三度撃つのが限界だ。
戦闘が開始されてまだ一〇分ほどしかたっていなかったが、グールはその数を半数ほどに減らし、事態は掃討戦へと移り始めていた。
ここに来てジンが動いた。彼は上半身裸になると、壁の上を歩き、二つの棒を紐で結んだフレイルを振り回して冒険者に向かってポーズを決めると、一度冒険者たちを見渡し次に壁下を睨むと壁の向こうへとその身を躍らせた。
「おい、お前何やってんだ!」
冒険者の一人が慌てて声を荒げる。ジンはグールの群れの中にふわりと着地すると、手近なグールにそのフレイル、所謂ヌンチャクを使い、ポカリと殴る。
見つめ合うグールと幼児。まるで効いた様子が見られない。ジンの頬を大粒の汗が伝う。
「シールド、仕事せぇよ!」
彼の叫びを切っ掛けにグールたちがジンに向かって殺到する。たちまちそこにはグールの山が出来上がる。
次の瞬間、そのグールの山の下から蒼白い光を伴った爆発が起きる。グールを吹き飛ばし、ぽっかりと開けた空間にジンは無傷で立っていた。
<ふむ。こんなものでどうかな?>
イルとは違う、どこか機械的な男性の声が聞こえる。
「え? だ、誰ちゃん?」
<そもそも私の機能は攻撃するように設計されていない。仕事をしていないように言われるのは聊か心外なのだがね>
ジンの困惑は無視され、声は不満げに呟く。
「ハァァァ」
一瞬できた空白の時間は終わりを告げたようだ。再びグールたちがジンに向かって殺到してくる。ジンは己の困惑を押し込み、半身に構えると周囲を見渡す。今は戦のさなかであることを思い出し、気持ちを切り替える。
手近な一匹に飛び蹴りを打ち込もうと、一歩踏み込む。その時、彼の足元で蒼白い燐光を撒き散らし小さな爆発が起きる。高速で打ち出されたジンは、とっさのことに体勢が崩れ蹴り足は伸び切らず膝蹴りになってしまう。それでもグールの顔面に炸裂したその一撃は相手の頭を爆砕した。
「おい。今のは?」
<ふむ。私なりに考えてみたのだがどうかね?>
ジンはニヤリと口角を上げる。
「いいね。凄くいいね。いろいろと応用ができそうだ」
片膝をついて着地していた体制からゆらりと立ち上がると再び半身に構え腰を落とす。
「さぁ、狩りの時間だ」
そう呟くと蒼い燐光を残し、その姿がブレる。次の瞬間数匹のグールが血煙へと姿を変える。ジンは高速で移動しその延長線上にいたグールたちを薙ぎ払ったのだ。
着地したジンはぐらりとよろめき片膝をつく。
「くっ。結構きついね」
<当たり前だ。どうしてスーツを脱いだ。あれを着ていれば体への負担も軽減できるというのに>
「スーツにそんな機能もあったのか」
<うむ。以後、気を付けるように。それよりもホレ、次が来るぞ>
「ああ、さっさと片付けるか」
ジンは三度燐光を残し姿を消すとグールの群れに文字通り飛び込んだ。
冒険者たちは攻撃することをやめていた。その光景は完全に彼らの理解の範疇を通り越し、思考を止めさせていた。
今、戦場は黒い戦士と黒い幼児、二つの黒い旋風に支配されていた。
◇◇◇
「いやはや、黒鉄のヴォルフラム殿に来ていただけるとは思いませんでしたわい。ご助成、感謝いたしますぞ」
広場に建てられた壁の門を開くとラウロはその戦士を出迎えた。
「ガハハ! たまたま視察でコルテアに来ておってな。そこでヴェーリア解放の報を聞いたのじゃ。いてもたってもおられず、一人で飛び出してきてしもうたわい!」
二人は知り合いのようで手を取り合って再会を喜ぶ。ラウロはヴォルフラムを広場へと案内する。
「ほう。これはちょっとした要塞ではないか! 見事じゃ!」
ヴォルフラムは広場を囲う壁を満面の笑みで讃えると分厚い平手でバシバシと叩く。
そのまま広場の中央へと進むと、変わり果てた銅像を見上げた。
巨大な戦斧と盾を地に突き立てると、ゆっくりと兜を脱ぎ、銅像に向かい片膝を立てる。
「戦神ラハラムよ! ワシに再びこの地を踏ませたもう奇跡に万の感謝を!」
ヴォルフラムは銅像を見上げると人目も憚らず大粒の涙を流した。
「ゼノアの祖、ライアス・リアス・ゼノアスよ! そなたの末、ゼノア最期の王、マクシウスの最期を御報告申し上げる! 彼の者は最期のその時まで勇敢に戦いましたぞ!
自ら槍を取り、戦馬を駆り、常に先頭に立ち、その心は常に民と共にありましたぞ! その最期は僅かに逃げ遅れた民を救うべく、少数の将兵を引き連れ雲霞の如く押し寄せるグールどもの群れに突撃しもうした。それが彼の者を見た最期の姿であった。実に! 実に勇敢でござった!」
大粒の涙は石畳にいくつもの染みを作った。
「ゼノア撤退戦……」
冒険者の一人が呟く。近年稀にみる壮絶な死闘であったことは誰しも耳にしたことがあった。
それは突然起こったとされている。ある日、同時多発的に数か所にてグールの大群が現れたと言われている。瞬く間に国土を覆いつくしたグールの群れに、籠城戦すらままならず僅かに生き残った民を救うべく、最後の王は国を捨て隣国への道を切り開いた。
彼の勲しは、風の民たちの歌に乗り各地を巡る。王の中の王、マクシウスの悲劇は誰もが知る伝説であった。
「今! 再びこの地は人の手に取り戻されもうした! ゼノアの祖、ライアス・リアス・ゼノアスよ! 戦士ヴォルフラム・イェルベルグ! この名と我が斧に誓う! この地に再び人々の笑い合う声を取り戻すと! 」
日は傾き、西の空を茜色に染め上げていた。その空に軽やかな鐘の音が響いた。
ジンはゆっくりと三度鐘を鳴らす。
その鐘の音はこの地で消えていった戦士たちへの鎮魂歌のようであった。
次回の投稿は21日の予定です。




