第28話 鹿狩り
ジンは高く飛び上がり倒れた相手の背に着地すると、容赦なく相手を踏みつける。
「フォ~ チャ~」
バキボキ鈍い音を立てて背骨が悲鳴を上げる。
ジンはと今にも泣きだしそうな表情で虚空を見つめる。情けなど一切ない。その背をグリグリと踏みつける。
「あ~。そこじゃそこじゃ」
幼児に踏みつけられたラウロは恍惚の声を上げる。
「この歳で、旅はさすがに応えるでの」
ジンは弟子のエッダに脇を抱えられラウロから降ろされる。万歳のポーズでなされるままに黙って運ばれる。
ラウロは立ち上がると大きく背伸びし、肩をコキコキと鳴らした。
「さて、ジン殿。我々の目的は先に話し申した通り、そなたを追いかけてのものじゃ。これからいかがいたす? 我らとしてもジン殿の力を目の当たりにした今となっては引き留めはせんし、引き返して船旅でもよかろう。もちろん船はワシが手配しよう。そなたの活躍を知れば国からの補助も出ようて」
ジンは悩んでいた。当面の問題は食料が尽きそうなのである。彼らもジンに分けられるほど余剰食糧はあるまい。狩りをしようにもこの先もしばらくグールの領域のようだ。
「よっしゃ、命中!」
その声に思考の海に沈んでいたジンは顔を上げた。見るとカルロがクロスボウで鳩を仕留めていた。
「おー。カルロも腕を上げたね。僕も負けてられないな」
「おう。今日は鳩祭りな!」
カルロがスキップで仕留めた鳩を取りに行く。その光景を見てジンの頬を一筋の汗が伝う。
彼の頭の中に、狩りの対象として鳥が入っていなかった。獣ばかりを追っていたのだ。イルに獣がいたら知らせるように頼んで放っておいたのが原因だ。
旅の途中、鳥はよく見かけていた。グールの手の届かない場所に住む彼らからしてみれば人間のいないこの世界は楽園ともいえる。
「まっすぐ すすむ」
「ふむ。それにしても数日待つがよかろうて。しばらくすれば軍も来る。物資も融通してくれるようワシから頼んでみよう」
その言葉に再び考え込む。先を急ぐべきかどうか。生存者の安否も気になる。
「となり くに きょり どのくらい?」
「ふむ。街道が生きておったころであれば、まっすぐ進めば一〇日といったところであろう。グールの支配域はこの先ネルデ川と呼ばれる大河にて切れる。その先はゴブリンとコボルドが相争う地。そこを越えればロルシエ王国じゃ」
人里に辿り着くには相当な距離があるらしい。生存者の行方が気になるが、ここは補給を受けるまで我慢することにした。
◇◇◇
三日後。ジンたちは王都ゼノアのグール掃討に明け暮れていた。この都市は王都だけあって下水まで完備され、その中にもグールの卵があったのだ。
グールの残党狩りには冒険者が当たり、ジンは城壁の修理を担当していた。王都を取り囲む城壁は一〇メートルほどの高さであったが、なにぶん距離がありすぎる。東西南北にそれぞれある城門も修理しながら外壁に沿って歩いた。
ジンが歩くたびにゼノアの街は在りし日の面影を取り戻していた。ジンはただ歩くだけだ。クラフターの範囲に入った建造物をイルがスキャンし、できうる限りの再生を行った。
南門から始まった城壁再生は三日目にしてやっと一周することができた。食事のたびに中央まで戻ったり、気になるところを探検したり、グールの残党と戦ったりと道草が多かったのも原因だが。
そしてゴールの南門が視界に入ったとき、ジンはそれを発見する。いつの間に街中に入ったのだろうか、南門から中央へと走る大通りに鹿の群れがいたのだ。
転がる白骨の合間から生えた草を食み、三〇頭ほどの群れが悠然と歩いていた。あれほどの数のグールが跋扈するこの地にも未だ自然は残っていたのだ。
<あれは魔獣ですね。体内より魔石の反応があります>
「魔石の大きさはどれくらい?」
魔石の大きさによって妖魔や魔獣は強さが分かるらしい。大きいものほど強いのだ。
<グールやゴブリンとさほど変わらないようです>
「ってことは、勝てる相手だね。体内に毒とか持ってそう?」
<ありません。ダニやノミなどの寄生虫は複数見られますのでご注意を」
倒した後の運搬は冒険者にやらせようと決意し、姿を消すとそっと近づく。こちらの気配に気づいてはいるようだが逃げるそぶりは見せない。
ジンは建物の物陰に身を潜めるとそっと銃を構える。ここまで警戒しているのは相手が魔獣であることと、その特徴的な角にある。その角は頭の両脇から湾曲して左右に伸びているが途中から天を突くようにまっすぐ鋭く槍のようになっている。いざとなったらあれで相手を串刺しにしようと襲い掛かるのであろう。大きさ的にもエゾシカほどもあり侮れない。
肉として捉えれば一頭でも今いる二〇人の冒険者を賄える気がする。
ひときわ大きな雄に狙いを定めると引き金を引いた。
パスっと乾いた音を立て銃弾は狙い過たず雄鹿のこめかみに吸い込まれた。
鹿は三歩前進すると膝を折るようにゆっくりとその場に倒れこんだ。周囲を取り巻くほかの鹿たちは状況が掴めていないようだ。未だに草を食んでいる。
ジンは素早く視線をめぐらすと、次に大きな雄鹿に狙いを定め引き金を引く。ジンは頭部を狙ったがタイミング悪く顔を上げたため、銃弾は首に当たり、今度は派手に血を撒き散らした。その光景に他の鹿たちも状況が掴めたのか一斉に逃げ出す。
欲をかいて二頭も仕留めてしまった。しかし冒険者たちは喜んでくれるだろう。ジンは鹿の死骸はそのままに中央広場に取って返した。
ジンに呼ばれた冒険者たちは喜んで鹿を運んだ。この鹿は槍鹿と言うらしく、肉は固いものの味は良いらしい。冒険者たちは解体作業をしようと後ろ足を括って逆さ釣りにする。
その時、ジンのスーツ内にけたたましい警告音が響く。
<南からグールの群れが接近しています。数はおよそ三〇〇です>
「ぐーる ちかづく! かず さんびゃく! みなみ!」
大声をだしてみんなに警告する。ジンは後悔していた。鹿に気を取られ南門を修復していなかったのだ。グールはおそらく鹿の群れを追って来たのだろう。
冒険者たちは武器を手に取るとすぐさま戦闘態勢を整える。しかしその数は半数しかいない。
「いかん! まだ他の者が街に散っておる!」
ジンは素早く中央に作った高台に登ると設置していた鐘を打ち鳴らす。これで警告が伝わってくれれば良いがと祈りながら鳴らし続けた。
広場に作った壁は、外に作った階段を壊し今は内側に階段を作り頂上付近には足場を作って内周ぐるりと行き来ができるように作り替えてある。
冒険者たちは弓を手に南を睨む。高台から壁外を見渡すと数人の冒険者が街の高い建物の屋根に上っているのが見えた。その場所ならグールを避けられそうだと、警告が伝わったことに安堵する。
ジンも高台を降りて壁に張り付いている冒険者たちの所へ駆け寄る。すでに南の大通りにグールが溢れていた。先ほどの鐘の音を聞いたのだろう。こちらを目指してまっすぐ走ってくる。
壁には人が通り抜けられるほどの門が東西南北にそれぞれ作られていたが、現在は内側から閂がかけられ、バリケードも作られている。簡単に抜けることはできないだろう。しかし早くどうにかしなければ、外に取り残された者たちの命が危ない。
「引き付けよ! 纏まった所でワシが魔法を撃ち込む!」
ラウロの指示が飛ぶ。冒険者たちは盾を打ち鳴らしグールをおびき寄せる。
射程に入ったところで一斉に矢が放たれる。矢と弓もこの三日で数をそろえている。しばらくは矢の心配はいらないだろう。
しばらくすると壁にグールが張り付きだす。
「魔法を使うぞ! 力の円環よ! 四握たるマナもて寥郭たる境域を穿て火弾!」
ぐるりと杖で円を描くとその先より青白い光跡が宙に描かれる。不格好な円は一周繋がるとまばゆく光り、綺麗な円形へと変化する。そして力ある言葉を唱え終わるとその内部に複雑な魔方陣が浮かび上がり、陣の中央から轟音を立てて火の玉が射出される。
人の背丈ほどもある火の玉は地表に着弾すると地面を舐めるように周囲に業火を撒き散らす。
火が消えるとグールの群れの中に一〇メートルほどの穴がぽっかりと開く。しかしその穴はすぐに後続のグールに埋められてしまう。
「ぬぅ。数が多すぎる!」
冒険者たちも矢を矢継ぎ早に群れへと撃ち込むが一度に倒せる数はたかが知れている。
事態は持久戦の様相を呈していた。
その時、グールたちの最後尾から轟音が響いた。とっさに視線を向けると、そこには数匹のグールが空を舞っていた。
「オ゛ォォオオオオオオオ!」
再び轟音が響き渡ると再び数匹のグールが空を舞った。いや、それは轟音に似た裂帛の気合であった。
いい加減、この引っ張り方は拙いなと思いはじめました(´-ω-`)
なんだか突然アクセス数が増えたんですが何かあったのでしょうか?連休だから人が増えただけかな?
次回の更新は19日の予定です。




