第24話 ヴェーリア解放戦
19時には間に合わなかったですね(-_-;)
そこはある程度の規模を誇った都市であったのだろう。
石造りの建物は未だ形をとどめ、覆いつくすように伸びた木々の隙間からは木漏れ日が揺れ、幻想的な光景を創り出していた。
パスパスパスパスッ!
建物の陰からニードルガンを撃つ音が聞こえる。その僅かな音ですら聞きつけ、奴らは迫る。
「クソ! 何匹いやがる!」
悪態をつくと木々を伝い建物の屋根へと登る。そのまま屋根伝いに移動し、身を隠す場所を探す。
神殿跡であろうか、崩れ、倒れた石像の並ぶその建物は、人がいた時代には漆喰で塗られた白い建物だったのであろう。今は漆喰はほとんど剥げてしまい、中の石材が剥き出しになっている。
屋根から突き出た鐘楼に飛び込むと身を伏せ、息を調える。
「何匹殺った?」
<四八匹です>
「周囲にあとどれくらいいる?」
<六二三匹です>
「弾を補充しないとまるで足りないな」
バイザーに残弾が表示されるので必要ないが、ついマガジンを外して残弾を確認してしまう。
「あいつら何モンだ?」
<グールと呼ばれる生命体です。詳細なデータはありませんがスキャンした結果、爬虫類もしくは鳥類に近い生き物のようです>
この都市を発見しておよそ一時間。ジンは追い詰められていた。光学迷彩が効かないのだ。
最初はイルからの生命反応の探知からはじまった。人間サイズの生命反応が無数にあるとの報告を聞き、ジンは現地へ向かった。そこは朽ちた都市の跡で木々に埋もれ、木漏れ日に揺れる建物は幻想的であった。
ゴブリンのように枝や倒木で作られた住居が見られないことから、当初は冒険者か軍隊が探索にきているものかと考えたが、歩けど歩けど人影は見当たらない。この都市の中心と思しき広場跡に差し掛かった時、奴らは現れた。
最初は一匹だった。人と変わらぬ体躯であり、遠目からは裸の人間のように見えた。しかし、ペタペタと足音を響かせ走り寄る姿が近づくにつれ、その異様さが露になる。服などは一切纏っておらず、灰色の肌に体毛は産毛のようなものがごく僅かにしか見当たらない。耳と鼻は無く、そこには穴が開いているだけだ。目は小さく黒目しか見えない。口も小さいが開かれたその口の中は犬歯のように尖った細い歯しか見えず、その牙がびっしりと無数に生えていた。
その生き物は光学迷彩で隠れていたジンに向かって真っすぐ走ってきた。ジンは思わずイルに光学迷彩を発動するように伝えるが、すでに発動している旨を返される。
ジンは迷った。相手が知的な存在なのかどうかわからないのだ。これが友好的な存在で、ただハグしようと駆け寄ってきたのだとしたらと考えると撃ち殺すのが躊躇われた。
しかし、よだれを垂れ流し走り寄るその存在に思わず銃に手が伸びる。いよいよ接近されるとシールドが発動し相手を阻む。
どのような基準で判断しているのか、シールドは相手を敵だと叫んでいた。
「ハァアアアア」
声帯が無いのかその口からは溜息のような息を吐く音だけが漏れていた。
シールドが青白い燐光を撒き散らしながら相手を阻んでいた。その時、ふと動くものの気配を感じて相手の背中越しに先を見ると、広場の先の通りの角から同じ種族が無数に迫ってきているのが見えた。
ジンは銃を抜くと目の前の個体に向かって引き金を引く。眉間を撃ち抜かれた相手はずるりとシールド越しに崩れ落ちる。それを確認すると先の集団に向かって立て続けに引き金を引くと、成果を確認することなく背を向け走り出した。
鐘楼に身を隠したジンは床に転がる青銅製の鐘に目をやる。
「これで弾を補充できるか?」
<可能です>
「やってくれ」
すでに撃ち尽くして空になったマガジンを取り出す。ジャコンと音がすると空になったマガジンに弾が装填される。ふとバイザーに表示された残弾数を確認すると、そちらも段数が回復していた。
「あれ? ひょっとして装着しているマガジンにも補充が可能だったりするの?」
<可能です>
「マジか! ならマガジン交換しなくても良いじゃん! 金属の塊を持ち歩いてその都度補充すれば良くね?」
<可能ですね>
まじかーと呟き、目の前の緑青に包まれた鐘から握り拳ほどの青銅を採取すると腰のポーチに収める。あまり多く持ち運ぶと重すぎるので、持っていくのは少量にしておく。残された鐘はインゴットに加工し鐘楼の端に並べる。
一度、下の階から繋がる通路が塞がっているのを確認すると、さらに出入口を周りの石材を使って加工し、強固に塞ぐ。
鐘楼の端から下を見やると、神殿を取り囲むようにグールがひしめいているのが見えた。その集団に向かって銃を構える。距離があるのか、表示された射線が、ある程度の距離からブルブルと震えている。風などを計算して射線を表示しているのだろう。もっとしっかり武器を選べば良かったと後悔するが後の祭りだ。今は遠距離攻撃手段があるだけでも感謝しなければと意識を切り替える。
「イル、リロードって言ったら弾を補充してくれ。今はこの外に並べたインゴットから使ってね」
<承知しました>
深く息を吸い込むと、止める。そして引き金を引いた。
◇◇◇
「音は町の中央から聞こえるな」
ラウロ率いる冒険者たちは数を三〇人ほどに増やしていた。すぐに動ける人間をかき集めたのだ。
魔法使いを中心に置き、取り囲むような陣形で先頭と殿に索敵の得意な者を配置し、有事の際にはすぐに交代できるようにその近くに戦士を配置している。
彼らがこの都市、元ゼノア王国商業都市ヴェーリア跡に近づいた時から、軽やかな金属音が時折聞こえてくることに気が付いていた。
全員油断なく武器を構え、音の発生源と思しき街の中央広場を目指す。
すでにこの地はグールの支配域のはずだ。コルテアを発ってから未だにグールと遭遇していないが油断はできない。奴らは餌が近づくまで死んだように休眠し、音や臭いに反応し活動を再開するのだ。
「おい」
先頭を進んでいた斥候が足元を指す。そこには小さな魔石が転がっていた。
先頭集団に交じっていたニコロはその魔石を拾い上げると周囲を見渡す。
「戦闘痕が見られるね。ジン、戦ったんだ」
ふと壁際にそれを発見するとニコロはラウロを呼ぶ。
「この特徴的な足跡、分かりますか?」
「小さいの。ジン殿か」
「ええ、特殊な靴底ですからね。彼で間違いないでしょう」
「無事ならば良いのだが」
「ふふ、きっと無事ですよ。これを見てください。彼、壁を駆け上がってますよ。あまり彼が動き回るところは見ませんでしたが、これを見る限りかなりの身体能力ですね。さすが妖精族だ」
ニコロが窓枠に残されたジンの足跡をそっと撫でる。その足跡は隣接する家の軒先に続いていた。
「おい! あれは何だ?」
広場に到達した先頭集団から声が上がる。
広場の中央には半径一〇メートル、深さも一〇メートルほどの大きな穴が開いていた。その穴のさらに中央には直径一メートルほどの円形の足場があり、そこに作られた柱には鐘が釣られていた。特徴的なのは鐘を鳴らす舌の先に細長い布が下げられているのだ。
彼らには初めて見るものだろうが、それは風鈴であった。風が吹き抜ける度に子どもの頭ほどの青銅製の鐘が軽やかな音を立てていた。
穴の底を覗き込んだ一人が、その底に広がる光景を見て思わず腰を抜かす。穴の底にはおびただしいグールの死体とまだ息のあるグールが蠢いていた。
「これは……。グールをおびき寄せるための罠なのか」
ラウロが唸る。穴には中央の足場から放射状に数本の橋が渡されていた。その橋は金属製の円柱状でそれをさらに金属製の円筒が包み込んでいた。音に釣られこの橋を渡るグールは円筒が回転し、穴の底に落ちるという仕掛けだろう。人間ならばこんな罠には掛からぬだろうがグールには効果があったようだ。
「ジンちゃん、底に落ちたりしてないよね」
穴の淵に噛り付くようにしてヴェラが底に蠢くグールの中にジンがいないかを探す。
「こっちを見てくれ。四角い石柱が落ちてる。おそらくジンは中央の足場に陣取り自分も囮にしてグールを穴に落としたんだ。ある程度のグールを倒すと橋を作って穴を渡り、その後に橋を落としたんじゃないか?」
ロドヴィコはその戦いの痕跡を自分なりに分析した。一瞬で物を作れるジンならではの戦法だ。しかし群がるグールのただなかにその身を置くことを考えると背筋が凍る。それをジンはあの小さな体でやってのけたのだ。
ラウロは三人組のパーティに声をかけると彼らに手紙を託しコルテアに戻るように伝える。
「この都市跡は人族の生存圏を広げるための橋頭保に使えるはずじゃ。その旨、この手紙にしたためてある。これをコルテア卿に渡し、軍を派遣するように進言して欲しい。そなたらとの契約はここまでとする、これは礼金じゃ。しかと頼んだぞ」
三人は手紙と礼金を受け取ると頷き、踵を返す。
「他の者は街の探索じゃ。卵が残っておると拙い。早急に探索し、その後ジン殿を追う。それぞれ斥候と戦士が組になるように編成せよ。まだグールの残党が残っておるやもしれぬ。一人で行動するでないぞ!」
それぞれパーティ単位に編成を組むと街に散らばる。グールは卵を産む。単一生殖すら可能なグールは一つの卵からも数を増やすことが可能だ。油断はできない。
ジンを知る者たちは彼の行く先を探る。まだこの街にいてくれれば良いのだが、戦闘痕からしても数日たっているように思えた。
事実、ジンがこの街を去ってから三日が過ぎていた。
ちょっと推敲する時間が無かったので誤字等があれば教えていただけるとありがたいです。
今回パーティと表記しました。パーティーとパーティ、どっちでも良いらしいんですが、雰囲気的にはパーティの方が良いような気がしたのです。以前に使用した分についてはそのままにしておきます。




