第23話 哈ッ!
次の投稿は数日後と言っておきながら翌日に投稿。
※誤字を修正しました。
コルテアを発って二日目、街道から外れひたすら西北西を向いて森を走り抜けていた。
パルクールのように倒木を飛び越え木々を飛び移り崖を飛び越えた。地球にいた時とはまるで違う運動神経に浮かれていると言ってもよいだろう。バイザーに表示される進路に従い放たれた矢のごとくまっすぐと進み続けた。
日が暮れ始めると小屋を建て夕食にする。夕食は干し肉と野菜のスープに堅パンを溶かした粥だ。香辛料と塩が効いていて美味い。以前作った塩汁から格段の進歩を遂げていた。
食事を済ませると小屋の中に荷物を置き、上半身だけ裸になって外に出る。これから行うのは魔法の修行だ。イルによると魔力の流れを感知するには他人から軽く魔力を流してもらうのが一番の早道のようだ。ラウロが言っていた"これで食って居る者たち"というのは魔力を他人に流す行為のことなのだろう。
しかし、初めて魔法を使った人間は誰からも魔力を流してもらえなかったはずだ。独学でもたどり着けないはずはない。ジンはそう自分に言い聞かせた。
夜の帳も降りはじめ、西の空は紅から濃紺へと塗り替えられていた。
ジンは肩幅よりも少し広く足を広げると、背筋をまっすぐ伸ばしたまま腰を下へと下ろしていく。中腰の姿勢になると、一度両肘を背のほうへ引き寄せ、両掌を正面に向けると脇からゆっくりと前へ押し出し、その姿勢でぴたりと静止する。所謂"馬歩"である。
一分もしないうちに飽きたのか、構えを解くと誰に向かうでもなく抱拳礼をし、再び両足を大きく開く。今度は右手で正拳突きを繰り出すと同時に左足は膝蹴りを繰り出す。拳を引き戻すと同時に足も地面に戻す。この時、引き戻した拳は両手で手刀を作り胸の前で打ち合わせる。この一連の動作をタイミング良く、掛け声と同時に左右交互に繰り返す。
「ハ! ハッハッ! ハ! ハッハッ!」
この男、魔力を練る修行と称して功夫を鍛えている。もちろんジンに中国拳法の経験はない。香港映画が好きなだけだ。
<マスター、昨日もその行動をされていましたが、どのような意味があるのですか?>
「魔力を練る修行だ」
そう言うと再びへの字口で抱拳礼。
<今のところ魔力に動きは見られません>
「え? モニターできんの?」
<はい、可能です。バイザーに表示もできます>
「む。動きがあったら教えてね」
ジンは次に樹に向かい半身に構え、腰を少し落とすと正拳突きを繰り出す。
ドゴォオ!
轟音が響くと同時に拳の延長上の樹の幹に大穴が開いていた。
<堅いものに手を素早く当てると危険です>
「いやいやいや、何言ってるの? え? これ何? 穴開いたんだけど?」
<危険と判断しシールドが発生しました。対象を押し出したようですね>
「押し出したってもんじゃないでしょ! ……これ、ニードルガンで撃つより威力あるよね。ちょ、ちょっと試してみよう」
そして次々に突き、蹴り、手刀を繰り出す。一撃一撃に樹は削れて行き最後の手刀でスパンっと断ち切ってしまった。
ズズンと音を立てて倒れる樹木を呆然と見つめながら、新しい攻撃手段を得たことに少し安堵していた。
<手足だけで攻撃手段になるんですね>
「いや、動物だって牙や爪で攻撃するでしょ?」
<なるほど>
どうやらル・アトは素手で攻撃するということはしなかったらしい。
「障壁拳と名付けます」
再び抱拳礼。もはや魔力という言葉はジンの頭の中から消え去っていた。その後、ひとしきりカンフー映画のまねごとを繰り返した後、眠りについた。
◇◇◇
夜の帳も落ち、コルテアの街の冒険者ギルドも外から帰ってきた冒険者たちで賑わいを見せていた。そんな冒険者ギルドに普段見慣れぬ人物が姿を現した。
「主人、すまぬ。一つお尋ねしたいのじゃが、先日ここにジンと名乗る妖精族と関わった者がおると聞き及びましての。少し話を伺いたいのじゃが、どなたかを教えていただけぬじゃろうか」
「あんたは……。分かった。おい! ロド! お前さんたちに客だ!」
一人と四人の目が合う。ロドヴィコ以外はその人物を一目見て誰だかを見抜き、息をのんだ。その様子を見てロドヴィコも気を引き締める。
「ラウロ師……」
ヴェラが小さく呟く。誰かが唾をのむ音が聞こえた。この面子からしてみれば雲の上の人である。
「主人、かたじけない」
軽く頭を下げる礼をするとラウロは四人に歩み寄る。
「私は隠居の魔法使いでラウロと申す者。少しばかりお話を伺ってもよろしいかの?」
「どうぞどうぞ!」
ヴェラは近くのテーブルから空いた椅子をひったくるとラウロに進める。
「おお、かたじけない」
ラウロは勧められた椅子に腰かけると人数分のビールを注文する。
「話というのはジン殿のことじゃ。ワシも彼の者とは既知を得ての。彼の向かった先のことを知りたいのじゃ」
頼んだビールが届くとグビリとのどを湿らす。
「西北西へ向かうって言ってたな」
カルロも新しく届いたビールを飲みながら答えた。
「そうじゃ、ワシもそう聞いておった。そして今日、西門の警備にあたっておった者の話を聞けての。その者の話では黒ずくめの不思議な服装の妖精族が西門を出て街道を外れ森の中へ入っていったらしい」
その話を聞いてニコロが椅子を蹴り倒してガタンと立ち上がる。
「そ、そんな! まっすぐ西北西を目指したって言うんですか?」
「どうしたんだニコロ。何かその先にあるのか?」
「ロド、知らないのかい? ……その先には! 何もないんだよ! 村や町はおろか、しばらく国もないよ!」
カルロは知っていたようで両手で目を覆い天を仰ぐ。ロドヴィコとヴェラは知らなかったようでビールジョッキを持ったまま固まってしまった。
「さよう。彼の方角の先は三〇年前に滅びしゼノア王国のあった所じゃ。今ではグールの巣窟のはずじゃの」
周りの喧騒が嘘のように遠かった。四人から血の気が引く。自分たちはそんな所に友を送り出してしまったのだ。
「いや、普通、西へ向かうって言ったら、いったん南に、王都まで行ってそこから船に乗るって考えるじゃん」
一息にビールを飲むとジョッキをテーブルに叩きつけるように置き、カルロが叫んだ。
「うむ。ワシもそう思い、王都の知人に便宜を図ってもらえるように手紙を渡したのじゃが。まさかまっすぐ進むとは」
周りの喧騒をよそに、そのテーブルだけは深い沈黙が支配していた。
その沈黙を切り裂いたのは少女であった。
「追いかけましょう!」
四人の視線が交錯する。
「そうだ。いくら不思議な技が使えるって言っても子どもの足だ。追いつけるかもしれん」
「決まりだな。サクッと連れ戻して来ようぜ」
「そうだね。でも準備はしっかりして行こう。何があるかわからない」
四人を見渡し老人は深く頷いた。
「合い分かった。ワシと弟子も同行しよう。ギルドには正式に依頼を出すとして、予算もワシが全て出そう。そなたら来てくれるか?」
四人は一度視線を合わせるとラウロに向かって頷く。
彼らは知らない。当の本人は暢気にカンフー修行をしているなどと……。
突きと膝蹴りを~というのは1982年制作の映画『少林寺』からのネタです。あの運動が何て名前かを調べたんですけど分からなかったんですよね。この書き方で伝わるといいんですが(;´・ω・)




