第22話 西へ
冒険者ギルドに着いた一行はまずは食事を掻き込む。とにかく腹が空いていた。森の中ではタイミングを逃し昼飯を逃していたのだ。
ジンは背丈が足りずに椅子の上に立っての食事だ。疲労と空腹から味もよくわからず、兎に角掻き込んだ。
腹が満ちると電池が切れたかのように机に突っ伏して寝てしまう。昨日の夜ふかしが祟ったのか、椅子の上に立ったままの状態で器用に寝てしまった。
朝、目が覚めると知らないベッドに寝かされていた。見渡すと冒険者ギルドの宿泊施設のようだ。前回一度見ているので知らない天井とはいかなかった。
バックパックを背負った状態で寝かされていたので体のあちこちが痛い。
軋む体に鞭打ちながら階下に降りる。
「起きたか。金は気にするな。もう貰ってるからな。だが、本当はギルド員以外は泊めちゃいけねぇ決まりだからな。黙ってろよ?」
店主の親父から荒い説明を受ける。
カウンターにつくと、パン一切れとリンゴが出てくる。
「金はいらねぇよ。食ってけ」
礼を言うとパンを齧る。何もつけていないパンは味気なかった。
「みんな しらない?」
「お前ら他の面子か? 魔女っ子はまだ見てないから寝てるんだろう。後の三人は鍛冶屋に行くって言ってたぞ。あとお前さんが起きたらどこにも行かずここで待つようにって伝言頼まれたな」
「ありがと ここで まつ」
パンを食べ終わると立っていた椅子に座り込みリンゴを齧る。カウンターの上にはアホ毛だけが揺れていた。
しばらく待っていると男三人が帰ってきた。同じタイミングでヴェラも起きてくる。
「すげぇ、まだ寝てたのかよ」
「朝の準備が長かっただけですー!」
カルロにからかわれながらも、パンとミルクを注文する。出てきたのはヤギのミルクだろう。後味に独特の獣臭さが鼻を抜けていくあの感覚をジンは思い出していた。
「ジン、すまない。背負い袋の外し方がわからずそのまま寝せてしまった。痛みとかないか?」
ベッドに運んでくれたのはロドヴィコだったらしい。
「だいじょぶ ありがと」
三歳児の体は柔らかいのか、起きた時の痛みはもうなかった。
「ジン、今回手伝ってくれたお礼の魔石を渡しておくよ」
ニコロはそう言って革袋を取り出した。今は魔石よりその袋のほうが嬉しかったりする。後でゴルフボールも入れておこうと考えていた。今はバックパックの中でゴロゴロ転がっているのだ。
ジンは革袋を受け取ると口を開き中に手を入れると、一握りの魔石を取り出しヴェラの前に置く。
「とっとく」
「良いの? 凄い助かるんだけど」
「せつやく だいじ」
他のメンバーには色々と作ってあげたが、ヴェラには特に何も作ってあげていないのでちょっと気が引けていた。
そこで閃いた。ジンはポーチから小銀貨を一枚と先ほどの魔石を一個を両手で握りしめる。
「イル、魔石をはめた指輪を作ってくれ。魔石は底面が直接指に触れるようなデザインにしてほしい。サイズはヴェラの右手中指のサイズで」
日本語で語りかけると手の中で形が変わったのが分かる。
「ヴェラ これ あげる」
ヴェラの前にコトリと指輪を置く。魔石はパチンコ玉サイズで加工もしていないのでちょっとゴツイ指輪だ。
「おお! 指輪だぁ。ありがとうジンちゃん」
指輪を手に取ったヴェラはどの指にはまるか一本一本試して無事中指に収まった。
「魔石が直接指に触れてるから、このまま魔法が使えるのね」
ヴェラは手をかざしてウットリと眺めていた。かなり不格好なデザインであるため、見せびらかすのはやめてほしいとジンは内心思っていた。機会があればアクセサリーもスキャンしておこうと心に決めていた。
「で、ジンよ。お前、これからどうするんだ?」
カルロは頬杖をつきながら、気だるそうに聞いてくる。
「いらい おわり?」
「ああ、俺たちの依頼なら、組合が他の冒険者を使って集落跡を確認したら終了になるよ。あと倒したゴブリン分の報酬は貰ってるからカルロの金欠も無事解決したよ」
ジンの問いにはロドヴィコが笑顔で答えてくれた。
ここでの仕事は終わった。ジンは昨日拾った金属板を思い出していた。今、金属板はバックパックの中だ。
「たび いく」
考え込んで俯いていた顔を上げながら短く告げる。
金属板から戦闘痕が見つかり、トラブルの予感しかしないが、生存者がいるかどうかが気になる。もし、犯罪者か何かが生きていて、この世界に害をなす存在なら放っておくことはできない。
「行っちまうか。正直、冒険者になって俺たちとパーティー組んでくれたら面白そうだったんだがよ」
カルロはため息交じりに言葉を返すと、一度椅子にふんぞり返りズルズルと姿勢を低くしていく。心底残念そうだった。
「ジン、昨日、君が寝た後に話し合ったんだけど、僕たちはこの町から離れられない。今回は君の助けも借りて大勝利で終わったけども僕たちは冒険者としては駆け出しもいいところなんだ。これからもこの町の冒険者としてやっていくのが精々だろう。本当は君の旅の助けになれるならそれが一番なんだけど、僕らにその力はない。でも、準備の手伝いならできる。保存食だったり必要なものはあるだろう? そのくらい僕たちで出させてくれないか? 今なら懐にも余裕があるしね」
ニコロの提案はジンにとってありがたいものだった。保存食は大事だ。この世界で保存食をよく食べている冒険者ならまともな調理法も知っているだろう。
「うれしい ほぞんしょく おいしい りょうり しらない」
「よっし! 今から市に行きましょ! まずは香辛料からね」
◇◇◇
「おばさん、ナツメグとメースとクローブとショウガ、これが基本であとはセージとパセリとバジルも。ニンニクとコショウは持ってるんだっけ? あ~、その量ならもう少し持ってても良いわね」
「あらあら、旅にでも出るのかい? なんならウチで挽いていくかい?」
「良いの? やった! ジンちゃん入れ物ある? あ、カルロお勘定よろしく」
「俺かよ! いや、ま、良いけどさ」
ヴェラの勢いに圧倒されながらも、調味料入れに用意していた木製の入れ物をいくつか差し出す。直径八センチ、高さ五センチの所謂ジャー容器であり、蓋はねじ式だ。
「あら、この蓋、面白いね。これなら簡単に開いたりしなくていいね」
容器を受け取ると露店の裏にあるスペースでミルを借りて挽き始める。
「ショウガはスライスしたのを乾燥させたものだから、スープなんかに入れるときはそのまま二、三枚入れてね。お肉なんか焼く時の臭みけしに使うときは挽いて粉末にするといいよ。だからショウガはこのまま入れとくね。
次にナツメグとメースとクローブね、これは粉末にしておいたから。これはお肉焼くときに最初に揉みこんで焼いても良いし、焼きあがってからかけても良いよ。でもお肉の臭みを消したいときは揉みこんでおく方が良いよ。あとはお好みでセージも入れると美味しくなるよ。
クローブはスープにもいいよね。あとはパセリとバジルね。どちらもお肉やスープにも良いけどこれは出来上がりにかけた方が美味しいよ。」
一つ一つ受け取るとイルが人語と日本語のカタカナで印字してくれる。カタカナは中国製の輸入品に書いてありそうなフォントだった。
「あとは干し肉と野菜に干し果物を仕入れましょう」
「ほしくだもの つくる なまもの」
「干し果物を作れるの? ならそっちの方が断然安くつくね。生のリンゴでも買ってギルドに帰って作りましょう」
その後は剣猪と呼ばれる魔獣の肉から作られた干し肉とタマネギ、ニンジン、リンゴを買い込み一旦冒険者ギルドに帰って干しリンゴ作りである。
四人がかりでリンゴを抱えてかえり、冒険者ギルドのギルドマスターにお皿とジョッキを借りると、依然したように干しリンゴを作る。
「おお、ちゃんとできてる!」
できる端からカルロとヴェラに貪られる。これもいつか見た光景と似ていた。干しリンゴは四分の一を貰い、あとは四人に渡す。干しリンゴを専用にしている袋にまとめる。
バックパックの中身を一度整理して背負いなおす。
「他に何か必要なものは無いか?」
「ん。 だいじょぶ いろいろ ありがと」
ジンは四人の座るテーブルから離れると彼らを顧みた。
「じゃ」
片手をシュタッと上げると彼らに背を向ける。
「おいおいおいおい! もう行っちまうのかよ!」
四人は椅子を蹴倒して立ち上がる。ジンは一度立ち止まり彼らを向く。
ジンにしてみれば一刻も早く立ち去りたかった。これ以上ここにいては彼らに、この街に、この国に愛着がわいてしまう。
四人と一人の視線が交わる。
「また どこかで」
バイバイと手を振ると、再び彼らに背を向ける。次は立ち止まることなくギルドを出て行った。
「行っちまった」
「行ったな」
「行ったね」
「行っちゃったね」
彼らはいつまでも立ち尽くしたままジンが出て行った扉を見つめていた。
次回の投稿は数日後になるかもです。




