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第21話 ゴブリン

※残酷な描写があります。

 この国は森が多い。それは森が人間の領域ではないことをあらわしていた。

 人間は高い壁に守られなければ生きてはいけないのだ。


 森の中は人間に害なす生き物で溢れている。その代表が妖魔と魔物である。古代魔法時代に魔石を造る目的で生み出されたその生き物たちは高い繁殖力を持つ。なかには闘技場で闘わせる娯楽目的で造られた、高い戦闘力を持つものもいる。流石に強い者たちは繁殖力を抑えて造られたので、今だに人が生き残ることができている。


 そんな人外魔境の強者の一角、それがゴブリンである。単体では人にも劣るほどの強さだが、強者足らしめている原因はその繁殖力と知性の高さだろう。

 妊娠期間は三ヶ月ほどで一度に八~一〇匹ほど出産する。生まれてから一年ほどで生殖可能となり寿命は三〇年ほどである。火や道具を使いこなし簡単ながらコミュニケーション能力もある。


 彼らは雑食性だが肉を好む。しかし、野生の獣は彼らより素早く走り、飛び、泳ぐ。そんな中、最も狩りやすいのが人間の飼う家畜である。

 放牧などできないこの世界では家畜は柵の中で飼うしかない。それは彼らにとってみれば警備員に守られた宝の山のようなものだ。そして彼らからすればその警備員もご馳走である。

 よって、人の街の近くこそ彼らは生活しやすい環境と言えるのだ。


 勿論、人も黙ってやられはしない。どこの街でも、ゴブリンに賞金をかける。賞金が高いほど冒険者が集まり街は安全になる。コルテアの街は一匹四〇〇スー、集落を見つけたものには一〇〇〇〇スー、集落を潰した者には八〇〇〇〇スーが支払われる。これらの金額が高いか安いかと言われると、命をかける値段としては安いと言える。

 しかし、ゴブリン退治の額と言われると、平均か少し上である。


 人の生存圏は狭い。少しづつ森を切り拓き耕作面積を増やす。就労人口の大半が農業従事者だ。とてもではないが非生産的な職業軍人などを維持することは困難を極める。

 その点、冒険者は都合が良い。必要なときにだけ雇える軍事力だからだ。彼らは食い詰めた貧乏人か孤児が大半だ。死んでも悲しむものは少ない。


 為政者は彼らのサクセスストーリーを望んだ。

盗賊の財産を倒した者に所有権を与えたり、滅んだ町や村の跡から得られる財産も見つけた者に権利が与えられる。

 為政者は知っている。そんな幸運に恵まれる者など、ほんの一摘みだと。夢さえ見させておけば軍事力が維持できるのだ。しかし、時には成功者が出ないと彼らは夢から覚めてしまう。


◇◇◇


「気をつけろ、もうすぐ集落跡だ」


先頭を歩いていたニコロが声を上げる。

大昔に遺棄された集落跡。建物は既に朽ち果てているがまだ井戸は健在だ。

 森の中で綺麗な水を飲むのは困難を極める。

そんな中で井戸が生きていれば、その重要性は計り知れない。


「あそこの井戸はまだ生きてる。ゴブリンが住み着いてる可能性は高い」


「なんで井戸が生きてるの?」


ヴェラが訝しむ。


「噂だけど、お偉いさんにしてみれば、適度の脅威が必要なんだと」


答えたのはカルロだった。


「呆れた。じゃ、井戸の掃除をする人がいたりするのかしら」


「山賊なんかと競合させたりした方が、安全だったりするのかもね」


弓を取り出し弦の具合を確かめつつロドヴィコが応えた。


「準備はいいかい? 一度僕だけで偵察してくる」


そう言うとニコロは一人、先へ進む。

 残った全員は背負い袋を降ろし一箇所にまとめると装備品を確認する。ニコロが失敗しゴブリンの集団にでも追いかけられてきた時は、少しでも身軽な状態で逃げた方が生存率は高いと話し合って決めていた。

 ほどなくするとニコロが帰ってきた。


「ゴブリンが集落を作っていた。規模は小さい。全部で三〇ほど、戦えるのは一〇匹位だろう。群れ別れした直後だと思う」


 ゴブリンは近親交配に強く、基本的に群れを分けることはない。しかし、外敵に襲われるなどしてテリトリーを奪われた場合などに、少数で散らばり新たな群れを作るケースが見られる。


「どうする?」


ニコロの問に皆顔を見合わせる。


「俺はやれると思う。少しづつ釣り出せないか?」


カルロはクロスボウを握りしめ提案する。


「俺もやれる気がする、ダメなら荷物全部捨てて逃げに徹しよう。集落発見報告と昨日狩った一〇匹分を合わせて一四〇〇〇スーだ。依頼は失敗にならないし、背負い袋と保存食少しの犠牲ならまだ採算は取れるだろ。そこまで見越して、どうせなら集落潰しの四〇〇〇〇スーを狙いたい」


ロドヴィコがリスクとリターンを計算する。


「私、今回まだ見せ場がないからこのあたりで結果出さないとまずい気がするのね」


ヴェラはため息混じりに追従する。


「決まりだな。昨日みたいに罠を作って誘い込もう」


◇◇◇


 握り拳ほどの石にロープを巻きつけたものを引っ張ると周囲の草をかき分け派手な音を立てる。

 その音を聞きつけた見張りであろう二匹のゴブリンが訝しみながら近づいてくる。

 更にロープを引くと走って追いかけてきた。しかし彼は途中で見失ってしまう。しばらくあたりを見回していると離れたところからまた音が聞こえる。

 集落から三〇〇メートルほど離れたところで、彼らの姿が消えた。


 ジンたちは穴の中を見下ろすと逆茂木に串刺しにされ呻いているゴブリンたちが居た。彼らは落とし穴に嵌ったのだ。


「こんなにあっさりと」


「罠って半端ねーな」


「まぁ、一瞬で穴掘りできるジンちゃんのお手柄なんだけどね」


「でも、帰ったらスコップ買うのは決定だな」


「そろそろ行こう。騒ぎを聞きつけて残りが来るぞ」


彼らはひそひそと会話を交わすと、まだ呻いているゴブリンたちを残し姿を消した。


 ほどなくして二匹のゴブリンが姿をあらわす。

彼らは落とし穴にはまった仲間を見つけると騒ぎ出し一匹は集落に取って返した。


 今度は一二匹の集団があらわれた。彼らが最初に見たのは三本の矢を体から生やした仲間の死体であった。さっき残していった一匹である。それを見ると武器を構え油断なく周囲を警戒する。

 ヒュッと風鳴りがすると弓を持っていた仲間の体に矢が刺さっていた。


 リーダー各のゴブリンだろうか、彼が指示らしきものを飛ばすと全員密集して周囲に武器を構える。

 そんな彼らの周りを霧が立ち込めると、バタバタと仲間が倒れる。残ったのは三匹。

 リーダーのゴブリンは再び風鳴りの音を聞くと左目に激痛を感じた。咄嗟に左目を抑えるが何か刺さっているのか、手は目に届かない。彼が最後に見たのは、左目から離した手についた自分の血だった。


◇◇◇


 高鼾をかいて眠るゴブリンたちに止めをさしてまわる。


 「魔法が決まると楽勝だな」


ニコロの感想にヴェラはドヤ顔を決める。


「あんだけ準備した罠が全部無駄になったけどな」


作戦は、更に誘い込んだところに準備した罠にかける手筈であったが、その前に決着が着いてしまった。


「うん。あそこで密集するとは思わなかったよ。チャンスすぎて逆に慌てたけど、魔法が決まって良かったぁ」


 ニコロとヴェラが警戒しつつロドヴィコとカルロが耳を削ぎ、ジンが魔石を取り出す。


「すりーぷみすと?」


「そう、第一位階の魔法、眠りの霧(スリープミスト)よ。一定の範囲に眠気を誘う霧を発生させるの。範囲がそんなに広くないから、さっきみたいに密集されるとチャンスなのよ」


「だいいちかいてい?」


「えっと、第一位階ってのは数ある魔法の中でも初心者が使えるものなの。ある程度、魔力を練る修行を積むと次の第二位階の魔法が顕現するようになるの。だから魔法使いは使える位階で第一位階魔術師とか呼んだりするのよ。ちなみに私は第一位階魔術師ね。第二位階の魔法は知ってても顕現すらしないの。顕現するようになれば第二位階魔術師を名乗れるようになるのよ」


ジンはその説明で、ひょっとしてレベル制? と考えていた。


「おーい。説明もいいけど手伝ってくれー」


ロドヴィコの情けない声に呼ばれて会話を中断し、作業に戻る。ジンはまた魔石分離作業だ。


「相変わらずジンのその力は便利だな。血塗れにならなくて済むのは羨ましすぎる」


耳をそぎ落としていたカルロが手についた血をぬぐいながら言う。耳のそぎ落とし作業は終わったらしい。残された死体は落とし穴に落とし、入りきらなかった分もジンがさらに穴を掘って埋めた。


「増援が来る気配がない、もう一度偵察してくるよ」


そう言うとニコロは再び集落に向かった。


 仕掛けた罠をどうするか話し合っていると、ニコロが早々に帰ってきた。


「残りはメスと子どもばかりのようだ。どうする?」


「気は乗らないが、やらなきゃ駄目だろうな」


ニコロの問にロドヴィコは顔を顰めながら答えた。


◇◇◇


 集落の入り口にふらりとニコロが姿をあらわすと、集落内は騒然となる。

 一匹のメスゴブリンなどは赤ん坊を抱えたまま乳を振り乱し、棍棒を片手にニコロを追ってきた。

 ニコロは集落の大半をトレインして、先ほど準備していた罠のところに誘い込む。

 残っていたメンバーも、何もせず待っていた訳ではない。事前に打ち合わせ、ニコロが走りこむ場所以外に更に罠を増やし待ち構えていた。

 こんどは纏まってあらわれた訳ではないので、一匹、二匹と罠に嵌ると後続は立ち止まってしまう。

 そこに、ロドヴィコとカルロが姿をあらわし、棒立ちになっている所に矢を射ち込む。

 ゴブリンたちは慌てて彼らのいる場所から反対の方へと逃げ出すが、本命の罠はそちらにあった。

 次々と落とし穴や、くくり罠に嵌り、足を止めた順に矢の的となっていく。

 三人は矢を射ち尽くし、剣やナイフを抜いて襲いかかる。混戦となった時にヴェラが魔法を撃ちはじめる。


「力の円環よ、一握(ひとあく)のマナをもて顕現せよ、魔力矢(エナジーアロー)!」


放たれた魔法の矢は味方の間を縫いながら突き進みゴブリンに突き刺さった。


◇◇◇


「大分、予定より数が多かったな」


集落に残っていたゴブリンも片付け、耳と魔石をはぎ取りながらカルロがぼやく。


「赤子も含めると今日だけで四八匹、昨日のを含めると五八匹で一匹が四〇〇スーだから二三二〇〇スー、集落潰しで四〇〇〇〇スー、元の依頼報酬が三〇〇〇スーだから締めて六六二〇〇スーだな」


ロドヴィコが素早く計算する。


「相変わらず計算が早いな。流石、商人の息子だな」


「三男坊は辛いね」


勝利の後だからか空気が軽い。ロドヴィコはニコロとカルロにからかわれていた。

 そんな中、ジンはゴブリンの赤子の死体をじっと見ていた。


「本当はね、ゴブリンとだってお友だちになれるのよ」


ジンの後ろからヴェラがそっと話しかけた。


「赤ちゃんの頃から育てれば人にも懐くらしいの。昔、ゴブリンを研究した人がいて、そんな事を書き残してるの。でも、あっと言う間に数が増えて手に負えなくなって全部殺処分したそうよ。

 それからは誰もゴブリンの事は研究してないんじゃないかな。私たちには殺しあうしか道は残されていないの。余裕がないのよ」


彼女はジンの頭を優しく撫でた。


「こんな赤ちゃんまで殺さないといけないなんて、私も今でも慣れないわ」


それを聞いていた他の三人も黙りこんでしまった。


「そ、そうだ、ジン、本当に報酬は魔石だけで良いのか? 確かに一つ一〇〇スーで売れるから残りを全部渡せばそれなりになる。でも、今回は頼りっぱなしだったからな、報酬の一部をわけるぞ?」


「確かに。ゴブリンの魔石はありふれてるからな、もう一回り大きくなっただけで二〇〇〇とかに跳ね上がるのにな」


ロドヴィコの言葉にカルロが追従する。その言葉を聞いてジンの頬を汗が伝う。

 あるのだ。バックパックのなかにゴルフボールサイズが一つ。昨日貰ったものをクラフターで合成したらできたのだ。


「ませき だけ いい」


「本当にそれだけで良いのか?」


「まぁ、なんにせよ一度帰ろう。今なら閉門に間に合うだろうし、腹が減ったよ」


最後にニコロの言葉で街に帰ることにした。


〈マスター、戦闘中で連絡をしませんでしたが、この集落内に特殊な金属反応が見られます〉


「みんな まって」


ヘルメットを展開するとバイザーにルートが表示される。ルートに従って目的地まで行ってみると、枯れ木や倒木などで作られたバリケードの隙間に三〇センチ角ほどの金属板が紛れているのが見えた。


〈シャトルの外殻の一部だと思われます〉


「宇宙船の残骸? 装甲を撒き散らしながら落ちたって事かな?」


〈その可能性は高いと思われます。またその金属板には個人携帯火器による損傷が見られます〉


「うわぁ、トラブル臭がしてきたねぇ」


「ジンちゃん、それなぁに?」


後ろからついて来ていたヴェラがジンの手元を覗きこむようにして尋ねる。


「さがす ひと もちもの」


「探してる人がいてその人の持ち物ってこと?」


ヘルメットを収納すると、ブンブンと大きく頷き金属板を掲げて見せる。


「ほしのたみ ウスぞく うえ そら とおる おとした あっち」


ジンが西北西を指さすと、集まってきた他のメンバーもその方角を見る。

 見上げた西の空には薄らと赤みが射しはじめていた。

スコップ?

シャベル?

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