第18話 ダンジョンと盗賊
その日はラウロ邸に一泊させてもらった。
翌朝、もし王都で困ったことがあったらこの手紙を持って魔術院にいきなされと手紙を貰った。
ジンは礼を言うとラウロ邸を後にした。
早朝から向かったのは鍛冶屋である。ここでも姿を消してスキャンしまくる。
流石に都会だけあって充実していた。しかし防具に至ってはスケイルメイルを見つけただけで、ここでも主流は革鎧かチェインメイルであった。
しばらく職人街を冷やかした後、冒険者ギルドに潜入する。ここも酒場のような造りで二階は宿泊施設になっていた。
依頼ボードには所狭しと依頼が貼り付けてあった。
その大半は行商の護衛である。あとはゴブリン討伐依頼とダンジョン採掘の護衛依頼であった。
ダンジョンで何を採掘するのか気になったが、冒険者登録をしていないジンに聞き込み調査は憚られた。
しばらく様子を見ていると、護衛依頼から捌けていき、ギルド内部は伽藍となる。
そんな中、一組のパーティーだけが残り、テーブル席でお通夜状態であった。彼等の近くに寄り、耳を傾けることにする。
「貧乏だ、貧乏がいけないんだ。剣、高いよなぁ」
ボサボサの茶色い髪をしたまだ幼さが残るほどの少年は、深いため息をつくとテーブルに伏した。革鎧をつけているところを見ると戦士であろうか。
「なんで小さな魔石すら在庫ないのかしら。大きいのは手が出ないし」
こちらは金髪にそばかすを散らした丸顔の少女である。ローブを着込んでいることから魔法使いであろうか、彼女も深いため息とともにテーブルに轟沈する。
「君ら、僕の気持ちわかってくれたかな。矢はタダじゃないんだ」
こちらは黒髪をポニーテイルにした線の細い少年だ。矢と言うなら弓使いなのであろう。彼も深い溜息とともに沈む。
「腹減った。お前らメシ代ぐらいは残ってるだろ、少しよこせ、こちとら組にアガリ納めて無一文なんだよ」
この軽装の赤髪の少年は盗賊なのであろうか。彼は盛大に腹の虫を鳴かせて突っ伏した。
彼らは駆け出し冒険者であろうか。金欠なのは見てわかった。ジンは興味を惹かれて彼らと話してみることにする。
「おこまり?」
突然、にじみ出てきた黒い人影に全員腰を浮かせて驚く。ジンは気にせずヘルメットを収納すると近くの椅子を引き寄せ座る。
「吃驚したなぁ、なんだハーフリングかよ」
「にしても、小さくない? まだ子ども?」
「ジン アースぞく ぱーぷりん ちがう」
妖精たちにも少数部族などがいるらしく、ジンの説明でも簡単に信じる。ジンはチョロイでぇなどと考えていた。
彼らは予想通り駆け出しの冒険者で、ゴブリンの討伐依頼を受けたものの、一度に一〇匹のゴブリンと遭遇、ほうほうの体で逃げ出してきたらしい。
戦士のロドヴィコは剣がぐにゃりと曲がり、魔法使いのヴェラは発動体の魔石をなくし、弓使いのニコロは弓がぽっきり折れ、盗賊のカルロはただの金欠だそうだ。
このまま引き下がっては依頼失敗となり、続けようにも勝算がない、八方塞がりになっていた。
ジンならばゴブリンの一〇匹ぐらいに引けは取らない。いくつか試したいこともあり彼らに手を貸すことにした。
ジンはロドヴィコに手招きし、剣を直せることを耳打ちする。
「ええ! できんの!?」
シーッと人差し指を立てて黙らせる。
「かってに おこなう しょくにん おこる ないしょ」
そう小声で伝えると皆納得する。
「でも、俺の剣、とってはあるけど鍛冶屋も直すのは無理だって言ってたぞ?」
これにはだいじょぶとサムズアップ。更に小声で弓も作れると囁く。
「で? 対価は?」
カルロは盗賊らしく鋭い視線を飛ばしてくるが、腹の虫のせいで締まらない。
「ごぶりん ませき すこし」
「そんなもんでいいのか? 魔石はヴェラも使う、全部は渡せないがそれで良いか?」
大きく頷くと契約成立である。
早速、ロドヴィコに連れられて二階の部屋に行く。宿泊施設は二畳ほどと狭く、ベッドがあるだけだった。
ジンは見事に曲がった剣を一瞬で直す。ロドヴィコは直った剣を受け取ると目と口を大きく開いたまま、触ったり突いたりして感触を確かめていた。
階下に降りて仲間に剣を見せると、皆黙り込んだ。
沈黙を破ったのはカルロの腹の虫だった。
「取り敢えず飯だ!」
彼らは一斉に動き出した。各自準備を整え、昼に出発ということになった。
それぞれ準備に席をたつと、残されたのはジンと腹ぺこカルロだけとなる。
カルロは店主に料理を頼むと頬杖をついて足をブラブラとさせていた。
暇そうにしていたので、先ほど会話に出てきた疑問を聞いてみる。
「くみ なに?」
カルロは頬杖を解くと少し考える素振りを見せた。
「あ、あぁ。盗賊ギルドのこったな。俺たちは組って呼んでる。その顔は盗賊ギルドも知らねぇってか」
小首を傾げることで返事を返す。
そこに店主がパンとスープを持ってくる。カルロは待ってましたとパンをスープに浸すと一口食べる。
「そうだなぁ、どっから説明すっかなぁ。俺らってさ、よく誤解されっから、こういう機会はきちんと説明したいんだよ」
食べる手を休めることはなかったが説明はしてくれるらしい。
「まずは、ダンジョンのことから説明しなくちゃな。お前さんたち妖精にゃあんまし縁がないとこだろうけど。
この街の近くにも古代魔法時代のダンジョンがあるんだ。あそこの依頼ボートにも採掘護衛の依頼が常時貼りだされてるだろ。
ダンジョンじゃな、採掘できるんだよ。ダンジョンの入口の扉から青銅でできてるんだ。そんな感じで至るところに金属が使われてる。階層を降りるごとに銅、真鍮、鉄、銀って感じに変化する。そいつを引っぺがして持ってくるのが通称、採掘だな。ダンジョンは一定周期で元の姿に戻るんだ。この近くのダンジョンは一ヶ月周期だな。だからダンジョンがある限り際限なく金属が取れるのさ。
でだ。こっからが大事なんだ。ダンジョンには警備の魔法生物が配置されてて、さらには罠がある。
こいつらはもっと短い周期、罠は一日、敵は三日で元に戻る。
そんなわけでダンジョンには専門職が三つ必要になってくる。一つ目は採掘担当、二つ目が戦闘担当、で三つ目が俺ら罠担当ってわけだ。
そんな俺たち罠担当、これを通称で盗賊っていうんだ。扉の鍵開けたり宝箱の鍵開けたりもするからな。泥棒っぽいんだろう。
で、そんな俺たちを育成する組織があるんだ。職業訓練所みたいなもんだな。専門的な知識が必要になってくるからな。
あぁ、あとそんな知識を悪用しないように見張ってるってのもあるな。
これらの組織は民間がやってる。うちなんて、ついでに孤児院までやっててな。そこの卒業生の俺たちは腹空かせて待ってるガキどものために稼いだ金の幾らかを組に入れてんだ。俺もそうやって育てられたからな」
世知辛い。この世界は世知辛い。魔法があっても夢みたいな世界じゃない。でも、この世界の人は俯いてなんかいない。過去も今も未来もまっすぐ見つめて堂々と大地を踏みしめている。
ジンにはそんなカルロが眩しかった。
やばす。ストックがもうすぐ切れそうです。




