第14話 湯けむり妖精の事件簿
温泉(銭湯)回です。
変な湯気や差し込む光はDVD版にはありません^q^
コルテアの街は栄えていた。露店の数もルーメとは桁が違うように思える。
ジンは道行く人々の服や武器、露天に並ぶ商品などをスキャンしながらブラブラと大通りに沿って歩く。そんな人混みの中で、初めて妖精族を目にした。
子どものような体型で笛や太鼓を演奏していた風の民をみつけた。人の子どもと違うのは耳が長い、いわゆる笹穂耳である。彼らは人に近く魔法は得意ではないらしいが、そのかわり鳥や虫と会話ができるらしい。
イルの解説を聞きながら、魔法あるんかい! と驚いていると人混みから怒鳴り声が聞こえてきた。
「スリだ! 捕まえてくれ!」
ジンは左手の手首を二回ポンポンと叩く。予め決めていたサインである。光学迷彩でじわりと滲むように景色に溶け込むと、走って逃げてくる男の足を引っ掛け転倒させる。
追って来た男が覆いかぶさるように抑えこむと、握りしめていた財布であろう革製の巾着袋を毟り取る。次の瞬間、スリの男のどこにそんな力があったのか、追手の男を跳ね上げ、振り払うと脱兎のごとく走りだす。遅れて来た衛兵が、大声で静止を呼び掛けながらジンの目の前を走り去っていった。
一旦、物陰に隠れて姿を現すと慌ててヘルメットを収納する。急いで被ったので髪の毛が巻き込まれ痛かったのだ。萎れたアホ毛を整えながら街の探索を再開する。指揮官専用機のようだったお気に入りのアホ毛は今や電気ネズミの尻尾のようになっていた。
お昼も近くなってきた頃、それを見つけてしまう。
銭湯である。
姿を消して中を確認しても紛うことなき銭湯である。興奮を一旦収め、姿をあらわし、店に入る。男湯と女湯にそれぞれ番台があり、石鹸やタオルも売っていた。
入湯料は一人一〇スーと安かったが石鹸と手拭いが一つ一〇〇スーはボッタクリのように感じたが、ついつい観光地気分で購入してしまう。
狭い脱衣スペースにつくと、籠にバックパックを放り込みスーツを脱ぐ。スーツには行く筋かラインが走っており、そこを指でなぞるとファスナーのように開くのだ。脱衣所には男が一人おり、荷物が盗まれないように番をしてくれている。
全裸になると石鹸と手拭いを握りしめ浴室への扉を開くと、むわっとした空気がジンを包み込む。
立ち込める湯けむり、ほのかに香る石鹸の香り、湯は薪で焚いているのか煙の匂いも風情を誘う。
湯船は銅製であるらしく、あまり大きくできないのか大人三人入ればいっぱいになりそうな物が五つ並んでいた。まだ昼前なので少ないのか、客はお年寄りが三人だけなのが救いだ。
手桶は共用の物があり、かけ湯をすると湯船につかる。湯舟は意外と深く、立った状態でも水面が鼻の下あたりである。しかたなくぷかりと浮くことにする。
極楽とはこのことか、日本に生を受けたならやはり風呂は外せない。
のぼせる前に一度上がろうとするが、なかなか湯船から出られない。外から入るには階段があったが中から出るには階段がないのだ。バチャバチャと暴れながらなんとか脱出し、次は体を洗う。
石鹸はオリーブの香りがした。そういえば、初めてオリーブ油を口にした時、石鹸みたいな匂いだなと思ったことを思い出す。髪の毛から全身に至るまで石鹸で洗い、頭から湯をかぶる。やはり石鹸は良い。サッパリ感がちがう。
手拭いを洗い手桶に石鹸と一緒に入れると、もう一度湯船につかる。またぷかりと浮くとゆったりとした時間の感覚を味わう。
天井から落ちて来た水滴がジンの鼻の頭を直撃する。その冷たさを拭い去るために一度頭まで潜り、そしてまたぷかりと浮く。至福のひとときである。
〈マスター、荷物が盗まれました〉
ふぁ! と変な声が出る。
〈アポーツ機能で取り戻せます〉
そいやそんな機能あったね、と落ち着きを取り戻す。湯船を上がると体表面の余分な水分を分離し、脱衣所に戻る。
「アポーツ実行して」
すると、スーツは着た状態で、バックパックは背負った状態で瞬時に現れる。思わず手拭いと石鹸を取り落としてしまった。手拭いと石鹸からも水分を分離すると大事にバックパックにしまい、また近いうちに来ようと決意を固める。
脱衣所を見渡すと見張りの人がいない。店を出ると番台にいた店員さんが通りの先を眺めていた。
「あ、お客さん。すみません店の籠ごと服が盗まれて……」
ジンに気付いた店員さんが説明するが当の本人は盗まれたはずの服を着ており、それを見て目を丸くする。
「だいじょぶ」
余裕のサムズアップである。その店員さんを挟んだ先に、通りの向こうから籠を手にした見張りさんが帰ってくる。
「すいません。籠は取り戻したんですが他は消えてしまって……」
犯人は強引に籠ごと引ったくり走り去ったらしい。
見張りさんは取り戻すために追いかけてくれていたようだ。そんな見張りさんにサムズアップ。
「だいじょぶ」
さて、至福のひとときを邪魔した犯人にお仕置きの時間である。ヘルメットを展開すると視界に光の筋が表示される。追跡開始である。
◇◇◇
その日、男はツイていなかった。
財布をスルも逃げる途中でつまづき、財布は取り戻されてしまった。なんとか逃げ切り、走ったことでかいた汗を流そうと銭湯に向かう。
そこで見たこともない素材の服を見つけ、高い金になると踏んで強奪するも逃げる途中で籠の中身は消えてしまう。
追手に空になった籠を投げつけなんとか逃走し自宅に帰ってきた。
汗だくだ。もう二度とあの銭湯には行けまい。火照った体を冷やそうと窓を開け外気を取り込む。
古い三階建ての集合住宅の二階、階下を通る裏通りの先に目をやると……奴がいた。
慌てて窓から離れ隠れる。あの銭湯で盗んだ服を着ている幼児がじっとこちらを見ていた。頭からに黒い壷でも被ったようなその姿から目を見ることはできないはずだが、目があったような錯覚に陥る。恐る恐るまた外を覗くと、さっきの場所に姿は見え……近づいてる!さっきより近くからこちらを見上げていた!
物陰に隠れて尻餅をつく。
心臓が破裂しそうに暴れる。あんな小さな体なのにピクリともせずジッと見られているだけでなぜこんなにも恐ろしいのか!
男は混乱した。次、窓を覗くと目と鼻の先に立っているんじゃないかと思うと居ても立ってもおられず部屋を飛び出す。
裏通りではなく表通りの方へと転びながら飛び出すと、近くの壁に背をつけ裏通りをそっと覗き込む。
道行く人たちのあいだ、裏通りの真ん中に奴はいた。ジッとこちらを見ている。他の人には見えないのか、ぶつかりもせず、身動き一つせずこちらを見ている。
黒い異様な姿に男は悪魔を幻視する。追いつかれたら魂を抜かれる。男は恐怖に取り憑かれた。
◇◇◇
クラフター先生は今日も絶好調である。
標的は帰宅したのか建物の中にいる。スキャン機能でマーキングされた男は壁の向こうにいてもオレンジ色のシルエット姿で何をしているか丸分かりである。
そんな機能に感心していると窓を開けた男と目が合う。やっべ、見つかったかと場所を変えて様子を窺う。もう一度男が窓辺に現れた。また目が合ってしまう。
どうしようかなーと考えていたが、男は部屋を飛び出して表通りへ向かうようだ。ジンも表通りへの道を歩く。
壁の向こうで何をしているかが丸分かりとか物作りに必要なの? と素直に疑問をぶつけてみる。
〈そもそもは必要な時に使う物が見つからないと言うユーザーの声に応えた機能です〉
あるよねーと同意しつつ男を探す。表通りへつながる細路地の先で物陰からこちらを伺っている。
やはり気づかれている。ここは素直にお説教コースと考え裏路地を横断して近づこうとするが道行く人を避け右へ左へとフラフラしているとなかなか前に進めない。
◇◇◇
消えた! 奴の前を人が通り過ぎたあと奴の姿が消えていた。
どこだと探すと、近づいてきている!
表通りを街の中心へ向かって走りだす。独りは嫌だ。人が大勢いれば奴も手を出せないんじゃないか? そんな希望が男を突き動かす。男は行き交う人々を掻き分け、跳ね除けながら走る。
男はがむしゃらに走る。途中はねのけた人の中に、今朝方財布をスッた男もいた。
「おい! あいつスリだ!」
そんな声も男には届かない。男は逃げ足だけは自信があった。今まで幾度となくスリや万引き、引ったくりを繰り返してきたが一度も捕まったことはない。頭を空っぽにして走る。直感に従って道を選ぶ。それで今まで逃げ切ってきた。
小さな犯罪なら、現行犯でなければ逮捕しないこの国の堕落した衛兵たちの慣習に助けられていた。だが今回は違う。どんなに逃げても視界の端に奴がいる。
「どけぇえええええええ!」
口から泡を飛ばし絶叫する。道行く人は何事かと立ち止まって男をみると、そこには半狂乱で手足をばたつかせ走り抜ける男の姿があった。
「おい! あいつだ服泥棒だ!」
追手に銭湯の店員さんたちを加え騒ぎは大きくなっていく。
「おい! どうした!」
そんな男の前に衛兵が立ち塞がると、男はつんのめって衛兵にぶつかり二人は倒れこむ。
男はいち早く起き上がると衛兵の腰に剣を見つける。その剣を素早く鞘から引き抜くと出鱈目に振り回しながら再び走り出した。道行く人は巻き込まれまいと慌てて離れ、男の前に道を作る。
広場まで辿り着くと、中央にそびえるこの街の創始者である初代コルテア卿の石像を背にし、剣を周囲に突き出し威嚇する。
人混みで溢れていた広場に男を中心とした穴がぽっかりと開く。
遅れて衛兵たちがあらわれ、取り囲み抜剣する。
「おとなしく剣を捨てて投降しろ!」
衛兵の言葉も届かないのか、目を血走らせ剣を振り回す。目は衛兵などを捉えておらず、その足元を、黒い影を探していた。
◇◇◇
当のジンは騒ぎが大きくなってきたのに動揺し、早々に姿を消して物陰から様子を窺っていた。
人々は息を呑み事態の行方を見守る。広場は静寂が支配していた。
その静寂を破り朗々とした声が響く。
「力の円環よ、一握のマナをもて顕現せよ、眠りの霧」
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