第1話 サルベージ
無限に広がる大宇宙……。いや、最後のフロンティアか。
男は全天に広がる星々を見回し、子どもの時に愛した言葉を思い出していた。
全裸で。
彼の周りには何もなく、遠くに輝く星々のみが彼の裸体を照らしていた。
そう、宇宙は目の前にも背後にもお尻の下にも広がっていた。
「ちょ!宇宙じゃねぇか! 息! 息が! ……できますね」
宇宙に漂っていると思った彼は慌てて息をのむが、呼吸ができることがわかると落ち着きを取り戻す。
「やぁ、意識が覚醒したようだね」
どこからともなく、しわがれ年老いたような男の声が聞こえてきた。
突如かけられた言葉に鼓動が跳ね上がる。自分が全裸なのを思い出し、慌てて股間だけは隠すが無重力空間では踏ん張りも効かずクルクルと縦回転をはじめる。
わたわたと暴れながら慌てて辺りを見渡すが見えるものといえば吸い込まれそうな星々のみだ。
「姿も見せずに失礼とは思うが、肉体を取り戻した君に私たちは知覚できないので許してほしい」
「は? え? あ? ふぁ」
理解が追いつかず彼はただ股間を両手で隠しキョロキョロとあたりを見渡すしかできない。
「一から説明させてほしい。私たちのこと、君の身に起きたこと、これからの君のこと」
「あ、はい。お願いします」
聞こえてくる声は低く落ち着いていて、その声を聴いているだけで彼も幾分かの落ち着きを取り戻す。
「君は古麓陣平という名で間違い無いかね?」
「あ、はい」
「ふむ。まずは我々のことなのだが……そうだね、ひとまず宇宙人と認識してくれたまえ」
「いやいやいやいや宇宙人て!」
カメラはどこだ、ドッキリだろうと辺りを見渡すが少し考えると全裸で撮影されるわけもなし、なによりこの無重力空間が相手を宇宙人であると認識させた。
「本当に?」
「うむ。正確な種族名や私自身の個体名は、残念ながら君の肉体での可聴領域では認識できないので割愛させてくれたまえ。
ただ、我々を知っている他の種族からはル・アト、と呼ばれている」
「ル・アトさんと呼べばよいので?」
「そうしてくれたまえ。
少し、私たちのことを説明させてほしい。
私たちは長い年月をかけ自らを高次元生命体へと昇華させ、余多の宇宙から情報の蓄積とその保護を目的として活動している。平たく言うと観測者にして記録者となろうか」
彼はまったく理解が追いついていなかったが取り合えず頷いてみた。
「私たちはその存在を高みへと昇華させたとき、とても興奮した。
距離も時間も超越し、宇宙の隅々まで探索し、そればかりか他の宇宙にまで探索の手を伸ばし、多くの種族や文明と出会い、時には共存し、時には導き、時には滅ぼした」
暫しの時をおきル・アトは再び語りだす。
「私たちは多くの過ちを犯した。
そこで幾つかの規範を設け、他種族とは距離を置き情報の収集と保護のみに専念することとした。
……その活動のおり、この宇宙に辿り着き文明の痕跡を発見した」
「痕跡……?」
「そう、痕跡だ。君が地球と呼んでいる惑星は……現在はこのような状況だ」
それまで漂っていた宇宙空間が一瞬、光に包まれる。光が収まると星々が光の線となり流れていく。
辿り着いた場所は無数の岩塊が漂うだけの空間だった。
「これって、もしかして」
「この宇宙に広く拡散してしまっていて、纏まっていてわかりやすい光景がここだったわけだが。
そう、この無数の岩塊が君が生まれた星、地球だ」
滅びたのか。そう思う彼の胸中に寂しさはあったが、心乱されることなく落ち着いていた。
現実味がないというのもあったが、未練というものが余り無かったのだ。
「私たちが発見した時はすでに滅びたあとだった。
ふむ。地球の単位でいうならば、1万と3年前に小惑星の激突により破壊された。
……ふむ。落ち着いているね」
「ええ、私はこうなる前に死にましたので」
彼の最後の記憶は病院のベッドの上だった。ひどく痛く、苦しかったのを覚えている。医師から長くないことは聞かされていた。
最後までもがき苦しみ、泣き、喚いた。
家族や友人のその後は気になったが、砕け散った地球の姿は歴史の教科書に載っている過去の写真か図表のように見えて、なんだか他人事のように思えた。
「ふむ。君の死後からそう時をおかずの出来事だったようだ。
君は宇宙空間に漂う氷塊の中で発見した。金属の容器に入れられた細胞の一部だったよ。
かなり変質していたが再生に成功し、君の記憶を記録させてもらったよ」
「うぇ、記憶みたんですか!? 全部?」
あんなことやこんなことまで全部知られているかと思うと慌てた。股間を隠すのも忘れて頭をかきむしる。
「すまない。それが私たちの目的なのだよ。おかげでこうして君と会話もできている」
数度の深呼吸、過ぎてしまったことは仕方がない、気持ちを切り替えろと自分に言い聞かせ、ふと気づいた。……時間も超越?
「今からでも地球を助けることはできないんですか?」
「それはできない。過去の過ちにより時間への干渉は禁じているのでね」
即答。彼らの力を借りて格好良く地球を救う自分の姿を夢想したが現実はそう甘くはなかった。
「ふむ。では、次の話に移らせてもらおう。君の今後のことについてだ」
「あ、はい」
「君からの情報収集は終了したので、我々は君の放逐を決定した」
放逐という単語がいまいちピンとこなかった。
最初に考えついたのはこの宇宙空間に放り出されるのか? ということだった。
「別の宇宙に君とほぼ同一の種族を内包する惑星を見つけた。そこでなら君の生存も、子孫を作ることも可能だろう」
気になる言い回しだったが、人がいるということに驚いた。
別宇宙ということは並行世界みたいなものなのだろうかと考えながら自分の今後を思い描く。
「君には体形が近いウスと呼ばれる種族の深宇宙探索装備一式と、私たちが肉体を持っていた時に使っていた道具をいくつか与えるで活用してくれたまえ。
どれも未熟な技術の産物なのだが、これ以上の技術となると対象の宇宙の存在そのものに干渉してしまう恐れがあるので許してほしい」
行く先を並行世界と思いこんでいたので、国の名前や通貨のデザインが違うぐらいだろうと考えていた彼は慌てた。
「え、ちょ、装備とか必要な場所なんですか?」
装備というと武器などの類と考えてしまったので、途端に不安が頭をもたげてくる。
「ふむ。文明の度合いが極端に低く、金属塊をぶつけ合うような暴力が存在する」
「金属塊をぶつけ合うって……。
あ、ひょっとして剣とか槍とか?」
脳内に法螺貝サウンドが響く。
戦国時代とかそんな感じの時代に放り出されて生きていけるのかと不安しかない。
ケンカだって小学校以来したことがないのだ。
「ふむ。そう、それだ。機械の類は見られず、肉体に頼った文明だ。
なので君の肉体もできうる限り強化してある。これらは私たちが勝手に君を再生し、自分たちの規範に従い放逐してしまう、せめてもの償いと思ってほしい」
そこで彼は、初めて自分の体を観察した。
死ぬ前の緩み切った肉体はどこにもなく、引き締まった肉体にすらりとした手足であることに気づく。
よく見ると手足の長さも生前より長いように感じる。顔に手を当てると顔の形も違っているような気がした。
「おうふ! 俺のワガママボディーがなんと言うことでしょう!」
「ふむ。すまない、やはり生前の外見に思い入れがあるか。
肉体についてならまだ要望を受付けるがどうするかね?」
「な、ナンダッテー! イケメンに! イケメンに!」
かつて、ついに訪れることのなかったモテ期襲来の予感に興奮する。
股間を隠していたことも忘れて不思議な踊りを舞いはじめる。
「ふむ。ではどのような外観がよいか想像してくれたまえ。心で思い描くだけでかまわない」
「ちょっと時間かかってもいいですか?」
一向にかまわないと返事をもらうと、イケメンとは何かから考えはじめる。
ゲームのキャラメイクには時間がかかる派であったためにこういう作業は楽しかった。
彼の頭の中に洋ゲーのキャラメイク画面が立ち上がる。細部まで徹底的に作れるヤツだ。まずはプリセットよろしく大まかなデザインを考えて細部を調整する。
どれぐらいの時間がたったのだろうか。
彼は意を決して、これでお願いしますと思念を送る。
「ふむ。承った。少々こそばゆいと思うが我慢してくれたまえ」
顔が、体が、全身全てがくすぐられているような感覚に襲われ、思わず声を出して笑ってしまうが、それも一瞬のことだった。
「遺伝子から手を加えているため子孫にも影響することは憶えておいてくれたまえ。
……それでは君を送り出すとしよう。何か困ったことがあったらサポートシステムに尋ねたまえ」
「サポートシステムですか」
「ふむ。到着後に起動するようにしてある。……それではよい旅路を」
初投稿になります。小説書こうってのも初めてです。
日本語ってこんなに難しいものだったんですね。
数話書き溜めてますんで、連投したいと思います。