恋と十二月と内陸県の話
「俺、東京いくわ」
大学受験を目の前にした十二月。
窓から畝傍山を眺めながら、白んだ息と共に夏樹はそう言った。
私は訳がわからず訊き返した。
「……は? なんでなん」
「いや、ちゃうねん。 このまま山に囲まれて生きていくん、なんかいらんくなってん」
「なんなんそれ。大学はどうするんよ」
「行かへん」
昔から夏樹はすぐにめちゃくちゃなことを言い出すやつだった。
けれど今回は余りにもめちゃくちゃすぎる。つい昨日までは一緒に受験勉強をしていたのに。
「まあ、ええやん。とりあえず帰ろや」
本気なのか、冗談なのかもよくわからないままにそう話を切り上げられた。
手袋を着けて、帰路につく。氷が張った水たまりを踏んで歩く。それを見て隣で夏樹は馬鹿にしたように笑う。
「ほんま昔から変わらんよな。そのマフラー小学校んときから着けてるんちゃう?」
「うっさいな、物持ちえーねん。気に入ってんねん」
口を尖らせる。けれど、そんなことを覚えていてくれてることに少し心踊ってしまう。
はあ、……惚れた弱みというやつだ。
「なあ、有希はどうするん」
「んー、そやなあ。夏樹とおんなじとこ行くつもりやってんけど」
「俺、東京いくて」
「そやったらどうしよかなあ。うちも東京いこかな」
「なんでなん。あほか、くんなくんな」
彼は「なつき」、私は「ゆうき」。
お互いにオトコオンナなんてからかわれた過去がある。
そんなときにずっと仲良くしてくれた夏樹に、私はずっと惚れっぱなしなのだ。
同じ大学に行くために必死に勉強もした。
それが、ねえ。東京かあ。
……行けないなあ、さすがに。
二度も言うところを見ると、どうやら夏樹は本気らしい。
となると、私はこの恋心と一緒に山に埋れて死んでゆくのだ。
そう思い、ふと横を見るとやはり山が見えた。
「畝傍山ってこっからも見えるんや」
「あほ。あれ耳成山やで」
「あれ、ほんまか。全然しらんかった」
「畝傍山と耳成山と何とかって山で、大和三山て言うねんて。何て山やったかなあ」
「あー、なんか聞いたことあるわ。どの山が男とか女とか、天皇さんが何とかとか、そんなんよな」
「それそれ。どれが男とか女とか、未だに言い争ってるらしいで」
「オトコオンナか。うちらみたいやな」
そう言って笑い合う。笑い合うも、少し寂しくなる。
こんな日々に終わりが来るなんて知らなかった。どこを見ても山。私たちの時間は止まっているような、そんな感じがしていた。
「山ばっかりや」
不満げに夏樹が言った。
「そやなあ、盆地やからな」
私は当たり前のことを当たり前のように言った。
するとちらちらと雪が降り始めた。
驚いたように夏樹は言った。
「うわ。積もるかな」
「積もらんやろ、こんくらいやったら。小学校のとき、めっちゃ積もったときあったよなあ。先生が授業ナシにしてグラウンドで遊ばしてくれて」
「あったなあ! めっちゃ楽しかったよな、あんくらい積もらんかなあ」
「積もらんやろなあ。でも積もってほしいな。めっちゃ綺麗やったもんな、全部真っ白で」
全部真っ白で、
あの頃は、全部真っ白で、とても綺麗だった。
雪はすぐに止んで、私たちの日々の終わりを報せるような、風が吹いた。
ああ、私はこの恋心と一緒に、山に埋れて死んでゆくのだ。