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音光にしがみ付いて号泣する七海と千優、南雲にしがみ付いて泣く羅々里亜、壊れた人工翼を背中に背負ったまま万屋に怒られる鳥山さん、そんな彼らをにこにこ眺める紅焔―――ほんの少し前まで、七海の周りにも音光の周りにも、こんな光景はなかった。七海は独りぼっちで、音光は千優以外を拒絶するように生活していた。それが今、気付くと、彼らの周りには人がいる。
そんな光景が、嬉しい。
藤十郎は満足そうに、うんうんと、頷いた。
「……七海」
藤一郎が、声を掛ける。
七海は泣きながら、藤一郎を見た。
「帰ろうか」
「……家に?」
「うん。家に、帰ろう」
だが七海は、頷くことも首を振ることもせず、俯いて黙り込んでしまった。
「どうしたんだ? なにかあるなら、ちゃんと言ってくれていいよ」
「……帰りたくない」
「帰りたくないって、なんで―――」
「もう少し、この人と一緒に暮らしたいの」
と、七海は、音光の腕にしがみ付く。
「だって庶民の暮らしって楽しいんだもの。部活で弾丸修業に行ったり、変な鳥に出逢ったり、狭い部屋の中でアイス食べてゴロゴロしたり、自分でお料理作ったり、キャンプしたり。そんなこと、今まで体験したことなかったわ。だからもっともっと、庶民の暮らし、してみたいのよ」
「そ、それは……」
思わぬ返事に、藤一郎は動揺した顔を見せる。
「安心して。逃げるわけじゃないわ。私は自分に正直に選択しただけ。我侭だと思うかもしれないけど、これが今、私のやりたいことなの。でも大丈夫よ、ちゃんと電話する。気が向いたら家に帰るし、だから、ね? お願い」
「音光君、いいのかい?」
「……ああ、もう好きにしてくれて構わねえよ」
まったく、とため息をつき、七海を見る。
七海は嬉しそうに、笑顔を見せている。
「そうか、わかったよ」
彼女のそんな笑顔を見たことのなかった藤一郎は、彼女の気持ちを無視して彼から引き離すことは間違いなのだろうと思った。本当は家に連れて帰って、もう一度、親子関係をやり直したいと思ったのだが……だがきっと、彼女にとって必要な環境はきっと、彼の家なのだろう。
「まあ私も近々また仕事で海外に行かなければならないからな……家に連れて帰っても、また一人にさせてしまうだろう」
「大丈夫よ、ちゃんと手紙を書くわ」
「……そうか。わかった、楽しみにしているよ」
七海が、笑顔を見せた。
今まで見たことのなかった表情を、ようやく、自分に向けてくれた。
藤一郎はそれが嬉しくて、思わず、笑顔を見せるのだった。
「おや。もう十一時だよ、随分と遅くなってしまったね。そろそろ帰ろうか」
腕時計を確認し、藤十郎が言う。
「師匠。今夜はもう遅いです、ウチに泊まりませんか」
南雲が紅焔に提案する。
「おや、いいんですか? そうですね、久々に君の手料理も食べてみたいです」
ふふ、と紅焔は笑う。
「っていうか、なんでアンタらそんな傷だらけなんだよ」
ようやく音光が、二人の傷について訊ねた。
そう言えば、と一同は二人に注目する。
「ああ。久々に師匠と手合せしていたんでな」
「手合せって、格闘家かよ……」
「そういや無差別格闘武道会がどうのこうのって丸太が言ってたわね……」
「ほらほら、もう帰ろう。お月様も眠いって」
はっはっは、と藤一郎は笑う。
音光達は何気なく、月を見上げた。
真ん丸なお月様が、星空の中にぽっかりと浮かんでいた。
「さ、帰りましょう」
七海はそう言って音光と千優の手を引き、歩き出した。
そうして、皆もぞろぞろと帰路につき始めた。




