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翌日―――

 七海が千優に声を掛け、朝食は三人でとることとなった。

 昨日と同じく大鍋いっぱいの味噌汁、それに今朝は白米もある。ちなみにこの白米であるが、音光が炊飯ジャーの使い方を教えたのである。米を洗って水を入れてスイッチオン、それだけのことだが七海にはとても新鮮なことのようだった。スイッチを入れてから焼き終わるまで、彼女は、ずーっと炊飯器の前に座って炊けるのを待っていた。

 で、そんな苦労をして炊いた白米だからか、七海はその白米をお椀山盛りに盛って音光に差し出してきた。まるで仏さんのご飯のようである。

「はい、これちぃちゃんのね。アタシが炊いたのよ」

 山盛りに盛った白米を、まるで子供が百点のテストを自慢げに披露するかのように得意げな顔して千優に差し出す七海。千優にしてみれば特に珍しくもないことなのだが、千優は「うん、おいしいよ! すごいね七海ちゃん!」と褒めるのだった。

「ねえ。ところでちぃちゃんはどうやってお料理上手になったの?」

「どうやって? うーん、そうだなあ」

 千優は箸を咥えたまま、うーんと首を傾げる。

「やっぱり、練習かなあ。うちは昔からお母さんお仕事で忙しかったからね、よく千ちゃんの分も一緒にお弁当とか晩ご飯とか作ってたんだ」

「練習?」

「うん。私も最初は野菜の皮を剥くの苦手だったんだけど、慣れたら包丁でスルスル~って簡単に剥けるようになったんだぁ。七海ちゃんも、練習したら絶対に上手になるよ。だってお味噌汁、すっごく美味しいもん」

「……すっごく普通の味だけどな」

 ぼそっと、音光が訂正する。

「そっか、わかったわ」

 七海が、そっと箸を置く。

「うん、じゃあ、お料理研究部でこれから沢山一緒に練習しよ―――」

「決めたわ! 二泊三日弾丸お料理武者修行するわよ!」

「って、えええええええええええっ?」

「おいおい、お前なに言って……」

「というわけで、食べたらさっそく部室に向かうわよ」

「ぶ、部室……ってまさか、西條さんもっ?」

「当然よ。武者修行なんだから、練習に付き合ってくれる人がいなくちゃ意味ないじゃない。あ、武者修行の場所はどっか山の中がいいわね」

「な、七海ちゃん待って! なんで山なの、普通に家に集まってとかじゃないのっ?」

「だって、庶民は部活で武者修行に行ったりするもんなんでしょう? テレビで見たことあるわよ。山の中の道場に籠って精神を鍛えたり、マグマの上を鉄下駄で渡ったり……」

「なに見たのっ?」

「一度やってみたかったのよ、庶民の部活で武者修行!」

「合宿、ってことかなぁ?」

 千優はこそっと音光に聞いてみた。

「……だろうな。て言うか日本を勘違いした外人見てる気分なんだけどよ」

「う、うん。ちょっとね……」

 千優は「あはは」と困ったように笑う。



「で。朝っぱらから人を呼び出しておいて、なんなのよコレは」

 羅々里亜は今にもブチ切れそうに真っ赤な顔をして、「夏合宿! どこかの山で土日一泊二日の弾丸武者修行!」と書かれたホワイトボードの前でふんぞり返る七海を睨みつけていた。千優はものすごく申し訳なさそうに俯いているし、音光は我関せずと言った顔で椅子に座って茶をすすっている。

「なにって、漢字が読めないの丸太?」

「アタシは西條羅々里亜よ、丸太じゃないっ! って、そういう意味で聞いたんじゃないわよこの馬鹿! 二泊三日の弾丸武者修業って、なに考えてんのっ?」

「手っ取り早く料理上手になるためよ! 庶民はこうして成長していくんでしょうっ?」

「どっからそんなトンチンカンな情報を得たのよっ?」

「とにかく! お料理研究部は今週の土日に、弾丸武者修行を決行するわ!」

「なんで新入りのアンタが仕切ってんのよっ?」

「アタシは庶民の生活を送りたいのよ!」

「会話がかみ合わないんだけど!」

 今にも血管ブチ切れそうな羅々里亜を心配して、千優が彼女の体を強引に椅子に座らせる。

「西條さん、落ち着いてっ!」

「お、落ち着いていられますかこんなの……」

 羅々里亜はハァハァと荒く呼吸を繰り返し、怒り治まらぬ様子で七海を睨む。

 とそこへ、

「一体なんの騒ぎだ、騒々しい」

 南雲が入って来た。

「あ! 南雲先生、聞いてください初瀬さんが無茶な提案をして私達を困らせるんです」

「なに?」

 南雲はジロリと七海を、そしてホワイトボードを見る。

 鋭い目つきがさらに鋭くなり、眉間に深くシワが寄せられた。

 さすがの七海もマズイと感じたのか、ちょっと気圧されて後ずさりした。

 すると、

「ほう。なるほど、面白いではないか。場所は万福山でいいか?」

「ですよねー! 私もそう思ってたんですう!」

 手の平を返したのは羅々里亜だった。

 千優は思わぬ裏切りに「うえええええええええっ?」と絶叫し、音光もお茶を噴き出した。

「料理というのは奥が深い。小手先の技術だけでなく精神面も強くなければならぬ」

「ね、ねえ千ちゃんどうしよう?」

 千優も南雲に却下されたらさすがに諦めるだろうと思っていたのだろう、思わぬ展開に動揺を隠しきれずにいる。

「どうしようっつったってな、俺には関係ないことだしな。っつか何となく一緒についてきたけど、俺、ここに来る必要なかったよな。んじゃ、職員室行くわ」

 噴き出したお茶を拭こうともせずいそいそ立ち上がり立ち去ろうとする音光。

 だが、その手を、南雲にガッシリ掴まれてしまう。

「いや、あの。俺は関係ない―――」

「今回の武者修行は少々危険なことになるやもしれんのでな。保護者にもついて来てもらわねばならん」

「なにするつもりだよ、アンタはっ?」

「……そこの新入部員は料理以前に食が何であるかをまず学ばねばならん。自然に感謝し、命をいただくという行為を身を持って体感させねばならぬ」

「だからってな、なんで俺まで巻き込まれなきゃ―――」

 なんとか逃げ出せないものかと廊下を見た、その時。

 彼は、第二の犠牲者を発見した。それは確かに今、この時、新たなる犠牲者となるべくしてそこに現れたのだと彼は確信した。そして目にも止まらぬ速さで廊下に飛び出し、ソレを捕まえた。

「……おはようございます、万屋先生……一緒に強化合宿しませんか」

「あぁ? 朝っぱらから何の話してんだアンタは」

 万屋は訝しげに音光を睨んだ。

 理科教師であり科学部の顧問である万屋喜太郎、確かに彼は料理研究部とは何の関係もないし弾丸修業に巻き込まれる理由は全くない。だが、そんなこと音光には関係なかった。

 が。次の瞬間、部室から、千優と七海が飛び出してきて万屋の体を羽交い絞めにした。

「初めまして。転校生の初瀬七海と申します……」

 七海は修行仲間が増えたことを喜び、不気味な笑みを顔面に張り付けている。

「知っとるわ! だからお前らなんなんだっ……」

 万屋はなんとか三人を振りほどこうと暴れるが、音光は、絶対に放すものかと腕に力を込める。と、その時……万屋の前に、ぬんと巨大な壁……もとい南雲が立ち塞がった。いや立ち塞がるというか、ただそこに立っただけなのだろうが、その無駄に迫力のある筋骨隆々とした体がそう感じさせたのだ。

「ほう。万屋先生も一緒に武者修行に付き合ってくださるのですか。これは有難いですな」

 南雲はただ、そう言っただけだ。

 だが音光の目にも千優と七海の目にも、それが静かなる脅迫のように映った。

 もちろん万屋にも。

 だから、これは拒否していい案件じゃないと、音光も万屋も瞬時に察したのだった。



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