1章02:フィリップ=レゾナスについて
「離せよ、おい!」
「反省するまで離しません!
全く…いつもいつも、誰彼構わずちょっかい掛けるのは止めて下さい!」
フィリップ様の自室。
私と、麻縄でぐるぐる巻きにされて座っているフィリップ様が向かい合う。
雇い主の御子息様を縛り上げるのは如何なものかと思うが、こうでもしないとこの子は普通に話し合いができない。
足が動けばすぐに走り去るし、手が動けばセクハラし出す。
何だ。
猿か。猿なのか。
でも、猿の割りには見栄えが良い。
将来有望株の美少年が手も足も出ない状態で私の目の前に居る。
うーん。字面だけ見れば至福極まりないのになぁ。
全然嬉しくない。何故だ。
猿か。猿だからなのか。
「…とにかく、ですね。
フィリップ様ももう少し次期領主としての立場を考えて、もっと慎ましい行動をー」
「つつましい、って何だよ!変に難しい言葉使おうとしてんじゃねーよ。ユリシスの癖に!」
ぐっ…。
全く、ああ言えばこう言う。
堪えろ…。堪えるんだ私。いや、決してブチ切れ寸前の前フリとかじゃなくて。
フィリップ様はまだ10歳。私の世界ならまだ小学生。
ワガママだって言いたいじゃない。
妙に生意気ぶったりしたいじゃない。
私は今、享年16の13歳。合わせて29歳。いや、体感的にはユリシス時代の10年を除いて通算19歳か。
19歳。そう、成人間近。
大人な私はクールに対応すべきだ。
「全然難しい言葉じゃないですよ?
フィリップ様、慎ましい、ってどういう意味か分かります?」
「お前の胸の大きさ」
………堪えろ私。
私は13歳。
頭脳は大人。体は子供。
子供な私は私の世界なら中学生。まだブラ付けなくてもメガネのショタ高校生はお呼びじゃないし、胸の大きさなんて大したモノじゃない!
大きくなるし!ケーキ作る時にたまに材料の牛乳、チビチビ飲んでるし!
牛乳で胸は大きくなるって信じてるし!
「…13歳なんですからコレで普通です。全然慎ましくないです」
「服着るだけで存在感が消える胸は慎ましいって事じゃないの?」
あっ、もうダメ。許さん。
「セクハラデス獄門デス」
「は?セクハラ?何それーーー」
その日、屋敷の一室から断末魔が聞こえたそうな。
………
とは言ったものの、流石に獄門(晒し首)にするワケにもいかないので、平手打ち3発だけに抑える。
右→左→振り下ろしの3コンボ。
しかも、振り下ろしの際は『掌握』を使って地味に速度を上げている。
余程痛かったのか、あんちくしょうのフィリップ様も赤くなった額を押さえて呻いている。
しかし、今更何言ってんだ感はあるが、一応私もフィリップ様を認めている部分はある。
こーいうクソガキに漫画でありがちな、『パパに言いつけるゾ』が無い事だ。
良くも悪くも、フィリップ様の行動は全てが独断によるもの。誰かに言われてやるわけでもなく、誰かに責任を押し付ける事もしない。
その点においては、私もこの子に対して良い印象を抱いている。
腐っても、あのフェル=レゾナス様の息子か。
まぁ、もっともそんな親の脛かじり発言をしたところで、あの人が息子びいきをするとは思えないけど。
さて、私が何故フィリップ様とこういう関係ーセクハラしたりしばいたりする関係ーなのかと言うと、フェル様に依頼されているからだ。
女中を始めて程なく私は、一人息子の世話をしてみないか、と言われた。
そう言えば子供がいたんだったけ、と思ったのも束の間。
私はすぐにフィリップ様の自由さに翻弄される羽目になる。
幸い、躾ける為の体罰の許可も特別に降りているため、縄でグルグル巻きにしたり引っ叩いてもお咎めはない。
別に育ちが悪いとか馬鹿なわけでもない。
勉強は出来るし、礼儀作法も出るとこに出ればキチンとこなしている。
だが、勉強が出来るからといって、やるとは限らない。礼儀作法を習得しているからと言って、私生活も礼儀正しいとは限らない。
要するに、やれば出来るのにやらない子なのだ。
正直、羨ましい。
私の世界、学校のクラスメイトにもこういう奴はいた。というか、友達だった。
成績は赤点スレスレ。いつもダラけて不真面目で、その癖それを改善しようともしない。
なのに、ポッと出る発想は集団の中でも特に群を抜く奇抜かつ実用的。困った時はまずソイツに聞けば、何かしらの妙案を得られる。
特に、興味を持った事には一瞬でのめり込み、瞬く間に成果を挙げ、そいつの凄さを否応無く思い知らされた。
天才と言うか、奇才と言うか。
とにかく、このフィリップ様も多分そういう類の人なんだろう。
(…となると、この若様をコントロールするのに重要なのは、興味を引くこと、か)
やればできる。でもやらない。何故なら、したくないから。
なら、やりたくなるように仕向けるしかない。
……勉強がしたくなる方法って何さ。
前世の私でもそんなもの知らない。って言うか、むしろ教えて欲しかったぐらいだよ。
御主人様に頼まれたものの、やっぱ難しいなあ……。
とは言え、この仕事をサボるわけにもいかない。
奴隷だから買い主に絶対服従、っていうのもあるけど、私の場合は理由にプラスαがつく。
一応、断っても良かった頼まれごとなのだ。リスクに見合うリターンがある。
「そろそろ私も勉強しなきゃいけないんで、このぐらいにしておきましょうか。」
「ユリシスは本っ当に勉強が好きだな。そのうちハゲるぞ」
勉強してハゲるなら、日本はチョンマゲの国なんて言われてないっての。
落ち武者見たら分かるけど、あいつら地味に全員ロン毛だぞ。頭頂部は丸坊主だけど。
武士の本分は文武両道。勉強してはげるなら髷を結ってる武士はいない。
この仕事の見返りは、わたしの勉強だ。
と言っても、この国の文字を教えてもらうだけだが。
この国の歴史やら、魔法やら算術やらは教えてもらってない。
が、私にとって文字の習得は必須事項だ。
この国の識字率は恐らく低い。少なくとも平の農民はほぼ字を読めない。自分の名前すら代筆してもらう域だ。
幸い、私は10年のユリシス時代を経て喋り言葉はマスターしていたものの、未だに字の読み書きは殆ど出来ない。
字が読めないと、書類が読めない。
書類が読めないと、詐欺に遭っても分からない。書面で騙されても分からない。地位が向上しない。未来が明るくならない。
字が読めれば、人に頼られる。人との繋がりを優位に保てる。
字が書ければ、代筆の仕事にありつける。人との信頼が増す。
もちろん、今も昔も普通の学生の本分にたゆまず、私は勉強が好きじゃない。嫌いとまでは言わないけど、進んでやりたいとは思わない。
が、コレに関しては話が別だ。
やりたい、やりたくないじゃなくて、やらないとヤバイ。
人生にダイレクトに響くレベルでヤバい。
「では、私はこれで失礼します」
「待ってユリシス。
縄をほどかないと、俺立てないんだけど」
あぁ、そう言えば縛ったままだったっけ。
引っ叩いたから床に転がしっ放しだったのを忘れてた。
「で?」
「で?って何だよ!?
ほどくだろ普通!ちょっとは優しくしないと嫁の貰い手が寄り付かなくなるぞ!?」
「だからセクハラやめろっつってんでしょーが!」
「だからセクハラってなんなんだよ!」
「女の子にそーいうデリカシーのない事を言うことです!
若様だって、そんな事ばっかり言ってたら、いつか来る縁談の相手を泣かせますよ!?」
「知るか!まだ見たこともない女のご機嫌伺いなんてやってられるか!
どーでも良いから、これほどけよ!」
チョーワガママ!
くっそう。顔だけは御主人様に似てるのに、どうして性格は似てくれないの?誰に似たの?
もしかして、今は亡きリリィ様?
でも病床で薄幸な深窓のご令嬢が、こんな性格とは思えない。
もっと、「私、もう長くはないのね…」オーラを出すような、ドラマにすれば視聴率の取れる感じのヒロインだったに違いない。
じゃあ、誰のせいなんだ……。
………
「多分、君のお陰だと思うよ?」
「わたっ!?」
領主様の自室、私が文字を教えてもらってる時に、ふとさっき疑問に思った事をフェル様に聞いてみた。
そして飛んできた、フェル様からの唐突な爆弾発言。
「うん。フィリップは前はもう少し、何も喋らない大人しい、と言うより消極的な子だったんだけどね。
君を女中にしてからかな?フィリップが騒がしくなったのは」
「わっ、私のせいであんな子に…!?」
衝撃の事実。
あの子を育てたのは私だ、そうです。
いや、しかし私は別にあんな言葉遣いをいつもやってるわけじゃない。
って言うか、時折口調が乱暴になるのは若様が粗相をやらかしやがるからだ。
女中だけをしていた2〜3ヶ月、私は別に粗暴な態度をとってはいない。
数回ほど、領主様の息子だから遊んであげたりもしたが…。あ、そう言えばあの頃は大人しかったな。
「えっと…その、私のせいだとしたら…申し訳ございません。
知らないうちに悪い手本を見せてしまったのでしょうか…」
身に覚えがないとは言え、原因が私にあるなら、若様のアレは私の過失によるものだ。
うぅ…。まさか自分で自分の首を絞めていたとは思わなかった…。
「ああ、良いんだ。フィリップの性格は、君のせいじゃないよ」
が、フェル様はそう言うと笑って、私の頭を撫でた。
ふ、ふぉおおおお。
ヤバい。鼻血でも出そう。
私、今すっごい幸せ。
しかし、堪えろ私。
いつか乗る玉の輿が目の前を通るまでは、この関係を崩してはいけない。
なぁーに、学校の先輩に片想いする後輩じゃないだ。
ひとつ屋根の下(お屋敷レベルの広さ)で毎日寝泊まりしてるんだ。
そのうち間違いがあるかも知れないし、卒業なんてタイムリミットも無い。
憧れの先輩とモブ後輩の間柄から、男女の関係に何としても持ち込む。
今は耐えろ耐えろ………。
緩む頬を無理矢理引き締めてでも話を続けるんだ。
「えっ、えっと。
じゃあ、どうしてあんな性格になったのでしょう…?」
「うーん……。
多分ね、君の気を引きたいんじゃないかな?」
は?
「は……?」
思わず、思考が声に漏れた。
えっ、何、どゆこと?
「まぁ、多分に推測の域を出ない話だけどね」
そう一言置いて、フェル様は話し始めた。
「フィリップはね。まあ知っての通り、母親がいない。
ウチの人手不足を見ての通り、彼に構ってあげれるものも少なかった。
僕も出来るだけ彼の側に居るようにはしてたけども、それでもあの子に寂しい思いはさせていたと思う。
やっぱり、父親は母親よりも子供に遠いしね。
直に産んであげたという実感もないし、あの子に四六時中付き添ってあげることも出来ないし。
こんな片田舎の屋敷の一人っ子で、年の近い友達も居なかったしね。次第に口数も少なくなってきて、一人で遊んでいる事が多かったよ」
「ただ、君を女中に雇ってすぐだったか。フィリップが久し振りに、自分から僕に話しかけてきてくれたよ。
あの人は誰ですか?ってね。
年も近かったし、女の子だ。そりゃあ、気になったんだろうね。
まぁ、だからと言ってすぐに懐くわけもないだろう。今までずっと一人だったんだから、そんなにすぐには変われないだろうさ。
でも、ユリ。君、何度かフィリップと遊んであげたんだろう?
ん、なんで知ってるかって?
あの子がね、嬉しそうに話したんだよ。
今日はユリシスとこんな事をしたとか。ユリシスがこんな事をしていたんだとか」
「彼はね、君の事が気になってるんだよ。
そして、それと同じくらい君に気にして欲しいんだと思う。
だから、あんな風に君に天邪鬼な態度を取るようになったのさ。
君をあの子の教育係にしたのは、実を言うとフィリップともっと接するようにして欲しかったからなんだ。
まぁ、幸か不幸か、彼は元気になって君のいう事をあまり守りたがらない子になってしまったようだけどね」
「………はぁ」
一通りの説明が終わり、感想にため息を一つ漏らす。
衝撃の事実。
もしかして、まさか、
私の目の前に来たのは、フィリップ様の玉の輿?