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序章03:奴隷一日目

※2014年11月12日:読み辛いと思ったので改行などを修正しました。

「うわぁ……」


 馬車を降りて開口一番、私は間抜けな声を漏らす。

 目の前に広がるのはフェデル王国の都市の一つ、テリル街。


 ユリシスの住んでいた家のある区域は辺境のど田舎で、歩けばすぐに森に入れるし、熊も出ていた。

 ユリシスの記憶なのであまり自信はないが。


 しかし、テリル街は田舎とは全然違い、人々が集まる場所だった。

 石を敷き詰めた大通りの上を人が往来し、その脇には木製の小屋や屋台が建ち並んで商売をしていて活気に満ちている。

 その小屋や屋台で売られているものも得体の知れない装飾品だったり、明らかに武器であったり、鎧や盾、果てには杖まで売られている。

 周りにある民家や宿屋なども日本にあるようなコンクリート製ではなく、木製であったりしっくいであったりと、童話の中にあるような建物が立ち並ぶ。


(何か、すっごいファンタジーって感じ…)


 生き返っていきなり奴隷でこの世界について深く考えてこなかったが、私の転生したこの世界は思っていたよりも、私の想像以上に不思議な国のようだった。


 視界の端では、店員の振った杖の先から小さな花火があがるのが見える。

 もしかして、魔法、ってやつがあるのかな…?


「おいお前!そんな所で止まってるんじゃねぇよ!そんなに鞭が欲しいか!」


 町並みに目を奪われて、いつの間にか足が止まっていたようだった。

 私は慌てて商人のもとに急ぐ。


 私たちが連れてこられたのは、奴隷市場。

 詳しく説明すると、一軒家ぐらいの大きさの木造の建物の中だった。

 入ると薄暗い空間が広がり、入り口の脇に受付がありそこから奥は檻が壁に沿うように置かれている。

 床は冷たい石畳で、座ると日陰の冷えた石の冷たさが直に伝わってくる。

 明かりは入り口にロウソクがあるだけで奥まで光は届かず、小屋の中は外の時間とは関係なく常に暗い。


 連れてこられた私たちは、その壁沿いの檻に詰め込まれて行く。

 どうやら性別で入れる檻は大まかに決められているらしく、入り口から見て手前と左側は男の、奥と右側は女の入る檻だった。


 へとへとでぶち込まれた檻の中だったが、食事に関しては道中よりは随分マシな物になった。

 まず、水が透き通っている物が出てくる。

 食事は残飯を溶かしたような粥状の何かだったが、決して食べれないワケではないし、味も良くはないが我慢すれば何ともない。何よりお椀に入っているのが良い。


 出されたものを必死に口の中に搔き込む中、私たちには一枚ずつ紐のついた木札が配られた。

 木札にはそれぞれ4桁の番号が割り振られており、一人一人に別々の物が割り振られていた。


(番号札ってところかな…?)


 それから私は檻の中でぼうっとしながら、時々来る人々を眺めていた。

 頻繁に人が出入りする訳ではないが、時々出入り口からは人が入ってくる。

 男性であったり女性であったり年も様々だが、共通しているのは全員身なりが良いというところだ。


 入ってくると同時に店員はロウソクを持ってそれに随伴する。


「こいつは中々力があって働きますよ。

 こいつは…うーん、手先が器用そうですねぇ」


 と、店員はちょくちょく客と思われる人に口を挟む。

 そうして客は入り口から檻を順繰りに眺めて行き、入っている奴隷を店員の持つロウソクで照らす。

 じっくり見た後、また移動する。

 それを何度か繰り返し檻を見て一周し入り口まで戻った後、客は店員に何かを告げる。

 すると、店員が何かを了承したように頷くと檻の鍵を開け、何人かの奴隷を引きずり出して首輪と手枷をはめ、外に連れ出して行く。

 

 多分、これがここでの商売。

 番号札に割り振られたのは私たちの商品番号。

 何番の奴隷が欲しいと店員に言い、いくらかの金と引き換えに奴隷は売り渡される。

 

 思ってたより、結構機械的な商売をしているらしい。

 奴隷市場というから、もっとこう、何かオークション場みたいなとこに裸で引きずり出されて、人の前で競りみたいにされるみたいなのを想像してたんだけど…。


「私たちも誰かに買われるのかな…」


 と、隣に居たミリーが不安そうに声を漏らす。

 いや、私も本当はすっごい不安なんだけどね。

 多分、ミリー以上に。


 普通、こんな年でいきなり奴隷とかにされたらもっと絶望しても良いと思う。

 もう廃人っていうか死んだ魚の目をしてるような感じで。

 

 そう考えると、ミリーは10歳の割に結構肝が据わってると言える。

 自分の今後を案じるくらいに冷静にものを考えれている。


 じゃあ私は、というと。


「まぁ、何とかなるよ。

 まだ生きてるんだし」


 私は少しだけ、やせ我慢を言う。

 ミリーはその言葉を聞くと、呆れたように笑った。


「ユリシスはいっつもそうだね。明るいっていうか、のーてんきすぎ」


「そう?まぁ、できればミリーと一緒のところに売られれば良いかな」


「ふふっ。変なの。

 本当は今日アルスを取り合うはずだったのに?」


「ははっ。そう言えばそうだったっけ」


 私たちはお互いに小さく笑った。

 これは、私の強がり。

 本当は、嶋田百合はこんな事を言う人じゃないし、こんな事を言う資格はない。


 でも、今私はユリシスだから。


 ユリシスならきっと、こういう事を言ってみせる。

 と、私は思うから、こんな奴隷になってもまだ私は笑顔を表情に浮かべる。

 生きていれば良い事がある、というユリシスの言葉を信じて。


(……とは言ったものの、なぁ)


 正直言って、奴隷の状態から良い事って何だろうか。


 奴隷。


 人間に与えられる身分の中でも最底辺レベルに位置する地位。

 働いても何ももらえないし、働かなければ何をされるか想像もしたくない。

 人権擁護団体とか居たら軽く激怒するレベルで酷い扱いをされるし、最悪の場合、もし、もしも気持ち悪い変態になんか買われたら……。


(…怖い!生きる事が怖い!いっそ死んだ方が本当に楽なんじゃないの!?)


 なんか、自殺した時よりもっと深刻に死んでしまいたくなってきた。

 けど、ユリシスなら、ユリシスなら…。

 助けてユリシスわたし嶋田百合わたしに勇気を!

 

 (って、どっちも私じゃんか…っ!)


 …完全に他力本願の私の祈りは、完全にブーメランの軌道を描いて私自身に突き刺さった。

 どうすりゃ良いのよ。


 私はとりあえず眠る事にした。

 現実逃避をする時に眠る事はかなり定番で、しかも優れた方法だと思う。

 必要な物がないし、何より良い夢が見れるかもしれない。




 …………




 夢の中で金持ちの変態の脂ぎったデブに買われた。


「夢も希望も無いのかよっ!!」


 叫びながら私は飛び起きた。

 どのくらい寝たのだろう。

 窓が無いので昼か夜かも分からない。

 

 目が覚めた私は周りをキョロキョロと見回す。

 隣にはミリーが寝息を立ててもたれかかっていて、見てて微笑ましい程に可愛い寝顔をしていた。

 そして、他には、誰もいなかった。


(…皆、買われたのかな?)


 私が寝る前は他にもう少し居た気がするが、今は私とミリー、あと受付に商人が一人だけがここに居る。

 商人の方も、客足の少なさを承知の上なのか、椅子に座りながらも、うつらうつらと船を漕いでいる。


 (……)


 人が減ったせいか、眠る前より部屋の気温が下がった気がする。

 寒気が、した。

 ブルリと、体を震わせる。

 

 入り口のロウソクの明かりが、ユラユラと私の影を揺らす。

 視界に広がるのは途方も無い闇。

 頼りないあの明かりだけが、私の唯一の光。


 怖気が、した。

 体が震える。


 でも、まだ、私は生きている。


 ユリシスの言葉を、私は心の中で唱えた。

 その言葉が、スゥッと私の心に染み渡る。

 少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが楽になる。


(何とかなる……。

 少なくともここに居る間は、まだご飯は出る。

 買いにくる人だって、わざわざ殺すために買うワケじゃないだろうし、生きていれば、きっと何とかなる)


 私は、心の中でそう繰り返した。

 

 嶋田百合は、もう死んだ。

 愛を欠いて、贅沢に生き過ぎた嶋田百合はもう死んだ。


 でも、ユリシスは少なくとも死のうとはしていなかった。 

 奴隷として売られて絶望的なこの世界で、それでもユリシスは死のうとは微塵も思ってはいなかった。

 私はユリシスにはなり切れないけど、せめて彼女の命を続けてあげたい。


 と、


 バタン


 耳に、扉の開く音が届いた。


「ああ、すいませんまだ開いてますか?」


 男の声が聞こえる。

 声変わりをすぎているであろう、しかし威圧感を感じないアルトな声。

 入り口に目をやると、男の姿が目に入る。


「へ、へぇ、旦那。

 そろそろ店を閉めようとは思ってやしたが…」


 寝ぼけた商人が、慌てた様子で起きる。


「ああ、それは良かったギリギリだったか。

 いや、何人か急ぎで買いたいのだが…」


「それは良いですが…

 生憎と残ってるのはたったの二人で…」


 客だと思う男の声は息が荒く、急ぎであった様子が伺えた。

 商人の方は歯切れの悪い様子で、明かりを片手にこちらに歩み寄ってくる。


 二人の足が、私の目の前で止まる。

 客の男が身を屈め、私の顔を正面から見た。

 私は男を見る。


 金髪碧眼。髪は肩に届くか届かないかといったぐらいで、年の頃は20代前半ぐらいだろうか。性格の良さそうな整った顔。

 体型は、屈んでいたので詳しくは分からなかったが、結構背が高そうだ。180に届きそう。

 線の細そうな首の肉のつき方だが、肩幅は広い。


 やばい、結構格好いい。

 目と目が合い、その容姿の良さに私は仰け反った。

 ちょっと顔が熱くなる。


「ああ、この二人で良いです。」


「い、良いんですかい旦那?

 言っちゃあ何だが、若すぎるし、あまり働きそうも…」


「いや、別にそこは構わないんだ。

 とりあえず、急ぎで人を揃えたかったからね。

 で、いくらかな?」


 男は本当に急いでいるらしく、商談をなるべく早めるべく金銭交渉を進める。

 商人は代金を受け取ると、檻の鍵を開け、私たちを外に引きずり出そうとした。


「おい起きろ!てめぇらさっさと…」


「ああ、良い良い。

 あまり手荒にしてあげないでくれるかい」


 が、客であろう男がそれを止める。

 ぼろ布の服がちぎれそうな程引っ張る商人の手を押さえる。


「しばらく世話をする子たちだからね。

 大事に扱ってくれないかい」


「へ、へぇ…」


 台詞は優しく、しかし声音には怒気が含まれた厳かな声。

 商人もその言葉に怯んだのか、言われた通りに私たちを優しく檻から出す。

 ミリーも起きたのか眠たそうに目をこすりながら、私たちは男に買われた。


 外はもう夜だった。

 朝の喧噪が嘘のように街は静まり返り、歩く人も数える程しかおらず、軒先に吊るされたランタンが、ユラユラと夜道を照らしていた。

 

 私たちを買った身なりの良い男は、急いでいるのか気持ち小走りで、しかし、私たちがついて来ているか気にして時折振り返りながら、時に私達を待つために足を止める。


(何か、悪い人じゃなさそうだけど……。

 いや、奴隷を買ったからって悪い人じゃないんだろうけど…)


 私は、ミリーと一緒に男について行きながら考える。

 何故、この人は私達を買ったんだろう、と。

 

(労働力目的で買ったのなら、私達を買うのはおかしいし…。

 やっぱり…そ、そういう目的で……?)


 足取りが重くなるが、思っていたよりも落ち込んだりはしていない。

 これといった形になる根拠は無いんだけれど、私にはこの人が頼れる人に思えた。

 乱暴な扱いを諌めてくれ、今もこちらを気にするように歩いている。


 あと格好いい。

 ここ重要。


 格好いい人って、多少ダメっぽい人でもイケメン補正で良い人に見えちゃうんだよね。

 クズっぽい人でも格好よければなんだかんだで良い目見れるし。ヒモとかってそういう人でしょ。偏見だけど。

 最悪、そういうアレでも、こういう人ならまあ良いかなって覚悟できるし。

 これが夢に出たような生理的にアウトなクズとかだったら、もう今すぐ逃げたいけど。


 と、街の出入り口である門に到着する。


「さて、じゃあ急いで乗ってくれるかい。時間もあんまりないんでね」


 と、男は馬車に私達を案内する。


 馬車檻では無く。

 お貴族様の乗るような馬車の座席にである。


「え、えっと?」


 私もミリーも、言われた言葉の意味が飲み込めず、馬車の前で固まる。

 男は怪訝そうな顔で私達を見る。


「どうしたんだい?」


「えっとですね……?乗るって何処に…」


「え、いや、こっちだよ?」


 そう言うと、男は馬車の中へと入り、こっちだよと手招きをしている。


「…え、えぇ?」


 ミリーも私も、何を言われているのかと戸惑う。


 私達は奴隷である。

 相手はお貴族様(イケメン)である。

 身分差が雲泥の差である。

 そのお貴族様が、同じ席に座れと言っているように見える。

 おかしくない?まず変じゃない?

 飛行機で行き先が一緒だからって、ファーストクラスに一般人を誘ってるみたいな?

 っていうか、こういう身分差のはっきりした人たちって、身分の低い人と同じ扱いをするのはすっごい嫌うんじゃなかったけ?

 農民上がりの猿顔関白様だって、農民は一生農民してろって言ったじゃん?

 カースト制度は下克上できないじゃん?


「あの、えっと、一緒に…座って良いんですか?」


 できるだけ穏便に聞いてみる。

 これでもし違うって言われたら、私どうなるんだろう。

 思い上がるんじゃねえよ奴隷がっ!とか言われた蹴られたら嫌だなぁ。


「あ、あぁ。そういう事か!

 そうだね、そういう事も気にするか。」


 だが、男は私の言葉にむしろ納得したのか、うんうんと頷いた。


「うん、一緒に乗っていいよ。

 こう言っちゃ面目ないんだけれど、客車を二つもつけれる程、うちには余裕が無いんでね。

 悪いけど、しばらく一緒に乗ってくれるかな?」


 ハハハ、と男は苦笑する。


「い、いえ。悪い事は、えっと。

 じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」


 私とミリーは急いで馬車に乗り込み、おずおずと座席に浅く座る。

 ふかふかの座席だった。

 馬車檻のあの冷たいささくれ立った木板と比べてしまうと、嘆息の漏れるような座り心地だ。


「ここから長いから、多分ウチにつく頃には日が昇ってるんじゃないかな。

 眠くなったらそのまま寝ても良いから」


「えっ、いや、そんな、悪いですよ!」


 天国のような居心地に眠たくなった私を見て、男はそう言ったが、

慌てて私は首を振る。


 何だか、この人優しすぎない?イケメンでこんな性格良いとか本当に人間なの?

 もしかして、寝てる間に何かする気なの?そういうアレなの?


 ああ、ミリーちゃんが眠たそう!

 私にもたれかかってる!可愛い!

 必死で寝ないように頭がフラフラしてる!

 さっき起きたところだし眠たいのは分かるけど!でも寝ちゃダメだよミリーちゃん!ここで寝たら失礼だし、寝たら何されるか分からないんだよ!?

 最悪食べられちゃうかもしれないよ!性的な意味で!

 あっ、イケメンさんが笑ってる!ミリーちゃんの寝姿見て笑ってる!撫でられてる!

 あ、手結構おっきい…じゃなくて!

 あぁ、スースー寝息が聞こえてきた。可愛いいぃ!妹みたい!癒されるぅ……あっ、何だか眠たく………



 日が昇るまで私は眠ってしまった。

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