序章01:嶋田百合という女性
タイトルは適当
なんて、不幸なんだろう。
私、嶋田百合はそう思った。
と言っても本気で世界一自分が不幸だと思っているわけではない。
むしろ、世界的に見れば私が不幸なんて言うことは、世界の本当に不幸な方々に、むしろ贅沢だと怒られてしまうだろう。
食べることに不自由せず、高校にも行かせてもらっている。金銭面においても、毎月お小遣いを貰えている。
望めば何でも手に入る、とまではいかずとも、明日のごはんに頭を悩ませる生活を想像するのは難しい程には裕福な生活をしている。
でも、思ってしまう。
私は、不幸だ。
親は共働きで、いつもすれ違いの生活。
顔を合わせたら合わせたで、やれ成績はどうだの携帯を使いすぎだのと口やかましい。
心配した上での発言だとは分かっていても、もう少し自分の子供に優しく接しようとか、楽しい話をしようとか考えないのだろうか。
今日も、食卓には私の姿しかなく、コンビニに売っている食パン6斤入りの袋と、皿の上に冷えたスクランブルエッグと目玉焼きが置いてあっただけ。
それらが何の書き置きもなしに机の上に並んでいる。
家から出て、周りから飛び込む雑音をイヤフォンから流れる大音量の流行りのJ-POPで消し、ごった返しになっている改札の人の波の中にうまく入り込み、ただ受動的に流されるようにしてプラットホームでいつもの時間の電車を待つ。
今日も何も代わり映えのない朝。
コピー&ペーストしたかのような退屈な朝。
明日も、明後日も平日はずっとこうなのだろう。
学校でも、友達とのうわべだけの浅い関係を取り繕いあい、はみだし者の陰口を叩いて薄っぺらい自尊心を満たし、時間どおりに決められた授業をこなし、成績とグループ関係のために粉骨砕身する毎日。
いつからこんなに私はつまらない人生を送らなければいけなくなったんだろう。
駅のプラットホームで私はそう思った。
電車を待つ時間は退屈だ。
暇をもて余すと、ふとそんなどうでもいい事も深く考えてしまうのだ。
そして、思う。
こんな人生、これ以上生きても意味なんてあるのか?
それは、ほんの思いつきで出た言葉。
でも、私はそれを不思議と否定する気にならなかった。
むしろ、それが正しいとすら思えてくる。
タタタタン
電車の音が聞こえてくる。
私は電車を待つ人混みを無理矢理に掻き分けて前に進む。
タタタタン
段々と音が大きく聞こえる。
人混みを抜けると視界が開けて、勢い余って私は白い線を踏む。
タタタタン
目の前に電車が迫る。
後ろで、誰かの悲鳴が聞こえる。
私は、さらにその先、足場のない空間へと体を躍り出させる。
タタタタン
タタタタンタタタタンタタタタンタタタ
ギィ――――――――――――――――――ッ
ドンッ
私の体が跳ねる。
そこから私の意識は途絶えた。
唐突に私は死ぬことを選んでみた。
けど、不思議と私はそれを後悔する気にはなれなかった。
毎日に飽きて、親から愛を感じれなくて、ただただ歯車のように過ごすような日々に私は内心飽き飽きしていたし、これ以上生きていたとしても、その先に私は楽しみを感じられない。
他の人からすれば、私が馬鹿だと言う人もいるだろうし、もっと生きていれば良い事もあるなんて諭す人も居たかもしれないけれど、所詮は他人の言葉だ。
私はその言葉に納得しないし、私にとっての楽しみはこの先生きていてもきっと見つからないだろうし、そもそも私は何を楽しみに生きていけば良いのかさえ、あの飛び出した一瞬には思いつかなかった。
人の命なんて、一秒に2〜3人ぐらい死んでるらしいし、私一人減ったくらいで別に大した事でもない。
いや、もしかしたら私が死んだ事で誰かが悲しんでくれるかもしれない。
高望みはしないが、それならそれで、私の一生に実は意味があったのかもしれないなんて思えて嬉しい。
まぁ、確かめる方法なんてもう無いんだろうけど。
私死んだし。
もしかしたら、幽霊になって少し私が死んだ後の世の中が見れるのかもしれない。
もしくは、犬とか猫になって記憶も無くして、道ばたに糞を平気でするようになるのかも。
または天国とか地獄とかに行くのかな。確か自殺した人って親不孝だから地獄に落ちるんだっけ。
少し投げやりな期待を思い描きながら、私は死んでいるのか生きているのかも曖昧な意識の中、思考を巡らせていた。
体の感覚はない。
視界に広がるのはただただ闇。
これが、死後の世界という奴なのだろうか。
殺風景で面白みの無い、そういう可能性も考えなくもなかったが、想像していたモノの中ではかなりの悪順位でつまらない世界だ。
匂いは無い。
死ぬ寸前に感じた鉄の味も無い。
音も何も聞こえ
「おお少女よ、しんでしまうとはなにごとだ!」
――――――えっ?
耳に響くのは軽快な、そして透き通るような高い女性の声。
今まで聞いてきた誰の声よりも美しく響く声。
――――――って、え?待って?誰の声?
「私が神だ!」
答えるの!?
「といっても、そんな唯一神とかそーいう世界の偉い神様じゃなくて、多神教ってゆーか、神様仏様精霊様なんでもござれのアリアリ文化の中の超絶紅一点のふつーの女神様だけどね?
まあ強いて特徴をあげるなら可愛いってことぐらいかな?超がつくレベルで」
可愛いって所随分押すなこの神様!2回も超とか言った!
「まぁ今回は、あんたの転生のために来たんだけどね。
ってゆーかさー、あんたもよくいきなり死のうとなんて思ったよねー?
思い切りが良すぎるってゆーか、踏切がよすぎるってゆーか?死因が電車だけに?」
そう言うと、姿も見えない自称神様の女性は何が面白いのかカラカラと笑い出した。
……この神様は寒い。
あと、喋り方がなんだかうっとおしい。
「…神様相手にえらい高飛車な態度を取るんだね嶋田百合?
私だって、あんたみたいなくだらない自殺した奴の転生なんて本当はごめんなんだよ」
どうやら、この自称神様は私の事を知っているらしい。
けど、この神様は私の事をわかってないらしい。
あなたに私の何がわかるって言うんですか?
「分かるとも。これでも私は神様だからね。
あんたが今までどういう人生を歩んできたのかなんてすぐに分かるさ」
そう言うと神様は一呼吸をおき、まるで紙に書いた資料を読み上げるように淡々と語り始める。
「嶋田百合。
享年、16歳。
在住世界、$#&&”*(発音不明)世界、第¥&$$?@(発音不明)番星、在住生物言語で地球、日本、○×県、○○市。
死因、大型運搬用電動公共設備、在住生物言語で電車、による轢死。
生活に目立った不足分は無く、また死ななければならないこれといった精神的負担もないため、転生にあたっての上方補正の必要性なし。
性格は孤独型。人と本心から相容れようとしない。
原因には親との接触不足等があげられる。
199X年6月10日に生まれ、特に目立った点も無く日本国の標準生活に漏れる事も無く、小学校、中学校、高校へと進学。
人格、その他個人に関する詳細は別項参照…っと、まぁこんなもんで良いか」
短くまとめられた私の情報。
でも、それが短すぎると怒る気にはなれない。
私の人生なんて、所詮その程度の薄っぺらさだったのだと自分でも納得してしまったからだ。
親が離婚をした訳でもない。
壮絶なエピソードがあった訳でもない。
大きな怪我も無く、大した功績も無く、ただ淡々とそれっぽい方向へと歩いてきた私の人生。
死んで良かった。
本当にそう思えた。
「ふざけるんじゃないよ」
しかし神様は怒った様子だった。
姿も見えないくせにえらくご立腹な語気だ。
けれど、そんな事は私にとってどうでも良い。
命が尊いとでも言うの?
私の命はこんなにも、語るに及ばないほど軽いのに?
私が贅沢だとでも言うの?
誰かが私より困っていたら、私は幸せになれるの?
自殺なんてするものじゃないとでも?
私の命は私の命だ。
誰かにどうこう言われる筋合いは無い!!
「そういうところが、ふざけているって言ってるんだよ」
神様はどうやらとても怒っているようだった。
その言葉に、体の感覚がないはずなのにゾクリと寒気が走る。
「あんたは何も分かってない。
でも、私はそこを説教するつもりは無い。
する気にもなれない」
「あんたが死に急ぎすぎたせいで、急な死亡届や死後届を出すのに私も色々と迷惑を被った。
予定調和だったらこんな事にならなかったのにって正直腹が立つよ、あんたには」
神様の怒りはどうやら果てしなく私怨のようだった。
「でもそれ以上にね。
あんたは生きているって事に怠けすぎている。
正直一番私にはそれが我慢ならない」
なんだ結局説教じゃないか。
もううんざりだ。
地獄に落としたいならさっさと落とせ。
「地獄なんて落ちるほど大した事もしてないだろあんたは。
あんたにはもう一度生きてもらうんだよ。
生きて、生きるってことがどういう事かもう一度自分で確認してくるんだね」
神様はそう言った。
と同時に、ふと私を浮遊感が襲う。
というより、落下の感覚というのだろうか。
遊園地にある垂直落下する絶叫マシンに乗ったときのような、体の底を置き去りにするような気持ちの悪い感覚。
体は無い。
周りは闇一色。
でも自分が落ちているという自覚だけがはっきりとしている。
いつまで落ちるのか分からない中、遥か上方からあの神様の声が聞こえた。
「あたしの粋な計らいで記憶だけは残しておいてやるけどね。
まぁ、その代わりにあんたにはちょっとした不幸が降りかかるようになるけど、あんたには丁度良いんじゃない?
精々第二の人生、今まで生きてきた自分の馬鹿馬鹿しさに後悔しながら生きていくんだね」
声が遠くなる。
記憶消して良いからまともな人生を送らせてくれとか、あの神様やっぱり性格悪いとか、色々と言いたい事もあるのだが言葉を発する口はない。
ただただ落ちる。
落ちる。
落ちて落ちて落ちて――――――。
「――――――はっ!?」
【私】はふと目が覚めた。
長い長い夢だった。
その夢は【私】が今まで生きてきた時間よりも遥かに長い夢だった。
けどその夢はとても鮮明で、思い出そうと思えば、まるで自分の過去だったかのように思い出せる。
立ち並ぶ高い建物。
馬より速い鉄の塊。
この世のものとは思えない甘いお菓子。
どれもこれも、【私】が見た事の無いもので、でもそれが何であるかを私は分かっていて、説明する事もできる。
ケーキなら材料があれば作る事もできる。
夢の中の私、嶋田百合はケーキを作る事が得意だった。
――――――あれ?どういう事?
何故、【私】は嶋田百合を私と呼んだの?
【私】は、【私】の名前は――――――
「……ユリ、シス」
そうだ。
【私】の名前は、ユリシス。
この世界でかなりの権力層にあるフェデル王国の、かなり辺境の農家の次女で、今10歳。
どうしようもないくらい貧しくて、明日何か食べれるかを悩む毎日で、けれど毎日を精一杯生きて、実は近くに住む幼なじみのアルスが好きで、ミリーちゃんとはアルスがどっちが好きかで喧嘩をして、姉のミリエルがゲンコツ一発でそれを止めて、収穫祭に二人で一緒に告白する事にして、そして。
そして今、【私】は。
「…私、売られたんだった」
私は今、奴隷市場に運ばれるべく、馬車の檻の中に居る。