二 勝敗
茂がどぎまぎしながらもう一度運転席の葛城のほうを見たとき、ハンドルを切る右手の手首にリスト・スリングがはめられていることに気付いた。リスト・スリングは、非常に細いスリングロープを巻尺のように収納してある、太めのブレスレットのようなものだが、手首から手のひら、中指まで薄い金属でつながっている。スリングロープは先にフックがついていて、投げたロープの先端をひっかけたり外したりできるよう、手のひらのスイッチで開閉できる。高いところから安全に降りたり、また慣れた者ならこれを使って高いところへ登ったりする道具である。
葛城は、最悪の事態になったとき、そして警察も間に合わないときは、リスクを冒してバルコニー側から踏み込んでくれるつもりだったのだ。茂は、あらためて自分の無謀さを恥じた。
髪のボリュームの多めのかつらをつけ直し、客席に戻った茂は、吉田の言葉を思い出していた。・・・英一さんを狙っている人間の性質を考えれば、ロープロファイル警護で守り切れる確率は6割程度。仮にこの公演を守り切ったとしても、負傷者が出る可能性は高い。 さらに、後日再び襲撃される可能性はほぼ100%。犠牲者を出さず、本気で守りたいなら、公演に出るのをあきらめることと、今日かならず犯人を押さえることが必要であり、それをやるのもできるのも我々だけ。わかりますか?・・・・・
彼女は、具体的に理解しているのだ。どんな人間が、英一を脅迫し、そして狙っているのかを。でも、でも、大丈夫のはずだ。英一には葛城がぴったりついている。それは公演中から、レセプションが終わり帰宅するまで、全行程を通じてである。しかも凶器を持ち込む隙は一切ない。
ただ、この先も、犯人は英一を狙い続けるのだろうか。だとすると、自分にできることは、いったいなんなのか。なにもないのではないか。
いや、余計なことを考えるな。業務に集中するのだ。それだけしか自分にできることはないのだ。
午後の、宗家とその関係者の部となり、華やかな衣装の蒼風樹が舞台に現れた。演目は「鐘ヶ岬」とある。
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鐘に恨みは数々ござる 初夜の鐘をつくときは 諸行無常と響くなり 後夜の鐘を撞くときは 是生滅法と響くなり 晨朝の響は生滅滅為 入相は寂滅為楽と響くなり 聞いて驚く人もなし 我も五障の雲晴れて 真如の月を眺めあかさん 言わず語らずわが心 乱れし髪の乱るるも 情無いは只移り気な どうでも男は悪性者 桜桜と唄われて 言うて袂のわけ二つ 勤めさえ ただうかうかと どうでも女子は悪性者 都育ちは蓮葉な者じゃえ 恋のわけ里 数え数えりゃ 武士も道具を伏編笠で 張りと意気地の吉原 花の都は唄で和らぐ敷島原に 勤めする身は誰と伏見の墨染 煩悩菩提の撞木町より 浪花四筋に通い木辻に 禿立ちから室の早咲き それがほんに色じゃ 一イ二ウ三イ四ウ 夜露雪の日 霜の関路も共に此の身を 馴染み重ねて中は円山ただまろかれと 想いそめたが縁じゃえ
舞台化粧にかつら、衣装をつけているとはいえ、ほんの少し前に見た私服姿の蒼風樹とあまりにも違う空気に、茂は何度も双眼鏡で舞台の彼女を確認した。確かに同一人物である。舞がかなしみをこれほど美しく表現できることを、茂は初めて知った。また我を忘れそうになったが、理性で業務を思い出した。
「蒼風樹さんは、英一のことが好きなのかな・・・」
油断すると、つい業務とは関係のないことを考えてしまう。いけないいけない。そんなことは自分の仕事には関係のないことだ。全然関係のないことだ。
舞台は続いてひとのよさそうな老人の蒼久、次に英一・・・蒼英が舞った。茂が英一の舞を見るのは二回目だが、前回よりはるかに長いその演目の間、理性で舞台から目をそらし、客席の観客たちの様子に神経を集中した。舞台上の英一の警護は葛城の担当、そして客席は茂の担当だ。
観客たちに不審な動きをする者はない。そしてほぼ全員、今この客席に来たばかりのように夢中で舞台に見入っている。茂もつい舞台をちらちら見る。蒼風樹の舞はしっとりと可憐だったが、蒼英の舞は悪魔のように甘美な暴力性があった。劇薬か麻薬のようだ。英一が扇を閉じ正座して一礼すると、二十数分間凍りついたようになっていた客席から、嵐のような拍手が起こった。
蒼淳の出番となった。少しほっとして、茂は舞台にもう少し多めに目を向ける。英一が彫刻のような完璧な長身の美男子だったため、舞台に出てきた兄の蒼淳はひどく平凡な人間に見えた。
演目は「融」だ。なんと読むのだろう。
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あの籬が島の松蔭に 明月に舟を浮かめ 月宮殿乃白衣の袖も 三五夜中の新月の色 千重ふるや 雪を廻らす雲の袖 さすや桂の枝々に 光を花と散らすよそほひ 此処にも名に立つ白河の波の あら面白や曲水の盃 受けたり受けたり遊舞の袖
あら面白の遊楽や そも明月のその中に まだ初月の宵々に 影も姿も少きは 如何なる謂はれなるらん それは西岫に 入日の未だ近ければ その影に隱さるる 喩へば月のある夜は星の淡きが如くなり 青陽の春の始めには 霞む夕べの遠山 黛の色に三日月乃 影を舟にも喩えたり また水中の遊魚は 釣針と疑ふ 雲上の飛鳥は 弓の影とも驚く 一輪も降らず 萬水も昇らず 鳥は月下の波に伏す 聞くともあかじ秋の夜の 鳥も鳴き 鐘も聞こえて 月もはや 影かたむきて明方の 雲となり雨となる この光陰に誘はれて 月の都に 入りたまふよそほひ あら名残惜しの面影や 名残惜しの面影
さっきの英一のときのような客席の恍惚とした緊迫感ではなく、なにも変わったことがないのにいつの間にか、周囲に清浄な青空がひろがっていくような、不思議な安堵感が観客を包み込むのが茂にもわかった。
別に派手でも可憐でも華麗でもないのに、これはなんだろうと茂は考えながら舞台に注目した。短期間とはいえ死ぬほど大勢の人間の舞を見させられた茂は、ひとつだけわかった気がした。蒼淳は、「なにもしていない」のだ。舞台に、そこにいるのは、蒼淳ではなく、この世の美と芸の結晶としての「舞」それだけであり、同時に、舞で語られる登場人物のありのままの姿、それだけなのである。
・・・・英一さんの舞は、くせがありすぎるといわれているそうです・・・・
葛城が言っていたことの意味が、かなり分かった気がした。茂は、家元を継ぐべきはこの蒼淳だと確信した。
そして葛城のもうひとつの言葉も、脳裏によみがえった。
・・・英一さんが本当にしたいことを理解しているひとは、いないのかもしれませんね・・・・・
蒼淳が舞い終えて一礼し、さっきの英一のときのような熱狂的な拍手ではないが、豊かに湧き起こるような、幸福感に満ちた拍手が会場を包んだ。
次期家元つまり三浦蒼陽の舞が終わると、茂はとりあえず一息ついた。これで、公演中の襲撃は起こらずに済んだ。
インカムから葛城の声が入ってきた。
「河合さん、客席警護お疲れ様でした。三十分後にホール五階のレストランでレセプション開始です。お疲れかと思いますが、あと少しです。がんばって、女性ファン色満載でよろしくお願いします。」
「ははは・・・。」
控室で髪を直したり袴のほこりを払ったりしながら、英一は助手を兼ねているふたりの弟子に、ドア近くに控えている「見習いの加藤君」と代わるように指示した。
「レセプションでは加藤君に付き人をしてもらうから、君たちは今日くらいはゆっくり飲食してくれ。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
「じゃあ、ここはもういいよ。帰りに車を運転してもらうから、加藤君はここで洋服に着替えるし。」
「はい、失礼いたします」
二人の弟子が部屋を出ていくと、葛城はドアを閉め、内側から施錠し、奥の畳張りになっている少し高い床の上に上がってそこに吊るしてあったジャケットやら靴やらを取る。
着物と足袋を脱ぎ、レセプション会場にふさわしい、少しきちんとしたジャケットとスラックスに着替える。
「お借りしたお着物は、こちらに置いておきます。」
着物を手早く畳み、葛城は英一のほうをちらりと見た。英一は相変わらず不機嫌そうにあさってのほうを向き、葛城と目を合わせようとはしない。しかし葛城はもう「警護にご協力ください」とは言わなかった。
二十分後、英一は他の宗家の人間たちと並んでホール五階のレセプション会場入口で、来客たちを迎えていた。後ろには葛城つまり見習いの加藤君が控えている。
茂は受付で、ピンク色の封筒に入った「レディース特別ご招待券」を見せた。茂の後ろに並んでいた若い女性たちがうらやましそうに茂に声をかける。
「それ、私たちファンクラブのゲットする入場券より、もっともっと競争率高いんですよね。すごいわあ。」
「く、くじ運が良いもんで・・・げほごほ」
レセプション参加者たちはすでに全員、ホールに入るときに所持品チェックを受けている上、レセプション会場には刃物と呼べるものはバターナイフさえなかった。立食形式の料理はすべて一口大のオードブル形式か箸で食べられるもの。ここからは分からないが、厨房からも、調理が終わった時点で包丁やナイフのみならず鋭利な道具はすべて撤去してあり、さらに会場スタッフも全員身体検査を受けている。
立食式のレセプションが始まった。やはり蒼淳と蒼英の兄弟は、それぞれ来賓との会話が忙しいのか、ひとことも言葉を交わさない。
蒼風樹は舞台化粧を落とし訪問着姿になってやはり来賓たちと談笑している。蒼風樹から少し離れて、地味な江戸小紋を着た目立たない女性が立っていることに、茂はずいぶんレセプションが進行してからやっと気が付いた。
気になるが、しかしだからといって茂にどうこうできるものでもない。茂は警護に集中した。
主な招待客たちは、宗家の古くからの関係者だから、まず大丈夫だ。怪しいのは、今日だけの招待券で来ている一般客たち・・・茂が扮しているような・・・・、そして、会場スタッフと、あとはあえて言うならマスコミ関係者だ。
実際にマスコミ関係者は、怪しかった。酒井は家元にインタビューしながら、改めて自分の演技力に自信を深め、ひとりごちた。
「和泉は、酒井さんは演技力があるんじゃなくて、怪しげな風采に似合った扮装しかしないからですよとか言っとったけど、今度はほめてもらお。」
しかし客観的にはもちろん、どこから見ても怪しげな風采の似合う新聞記者だった。
レセプションは早くも終盤となった。
「皆様、そろそろこの会もお開きとなります。三村蒼陽あらため三村蒼の、家元の襲名のご披露ができましたことに改めて御礼申し上げますとともに、ここで、次期家元を発表いたしたく存じます。」
三村蒼陽が家元を襲名したことで今日から「前」家元となった、もと三村蒼氏・・・今日で引退し、名前はなくなる・・・が、奥の金屏風の前に立ち、次期家元の発表を宣言した。会場内は静まり返り、屏風側から見て左手にある窓の外から、5階下の地上にある池の噴水の音が聞こえてくるほどだった。屏風側から見て右手の厨房と会場との間を出入りしていたスタッフたちも、ワゴンやトレイを運ぶ手を休めて金屏風前の「前」家元に注目した。
屏風の脇に、蒼風樹、蒼久、蒼英、そして蒼淳が並ぶ。
「三村流次期家元は」
蒼風樹が目を閉じた。
「三村蒼淳といたしたく存じます。」
会場から歓声と拍手が沸き起こった。カメラのフラッシュがまぶしくひらめき、記者たちは携帯端末に思い思いに入力したりメモをとったりしている。その後レセプションの閉会が宣言されると、参加者たちが宗家の人間たちを取り囲みしきりに挨拶を交わし、葛城も茂も神経をとがらせて警護にあたった。
そんな中でも、茂は英一が蒼淳に話しかけるところを初めて見て、少し高揚感を覚えた。
「おめでとうございます、兄さん。」
英一の表情にあまり祝福感はなかったが、悔しそうな感じもなかった。
「ありがとう。」
蒼淳の無骨な顔に、意外なほどの優しくあたたかな微笑みが浮かんだ。
マスコミ関係者、そして来客たちが順に会場を後にする。宗家の人間たちは会場の出口付近に一列に並び、目の前を通る来客たちひとりひとりに頭を下げて見送る。
宗家の人間たちが背にしている、天井から床まである大きな窓からは、夜空に静かに、しかし大きく照り輝きながら月が上がっているのが見えた。
茂は少しだけほっとしながら、しかし英一と彼に近づく人間から最後まで目を離さないようにして、英一を撮影する女性ファンたちに混じった。その女性ファンたちも帰り、残った茂を、蒼陽氏、いや、蒼氏が、にこにこしながら手招きした。
いったん会場を後にした酒井は、歩く足をゆるめながらレセプション会場を振り返った。吉田はまだ蒼風樹のそばにいる。吉田が今日、英一たちが去ったあとのマンションで、蒼風樹に言った言葉がよみがえる。
・・・・「犯人は、狂信的なファンでしょう。犯行は、もっとも効果的なタイミングで行われるでしょう。そして、脅迫状の後は動きがないことから、警護が行われることを予想できる普通の頭脳の持ち主です。そして、自分の警告を無視しておめおめと公演に出演し、みっともなくも次期家元の座を正面から逃した裏切り者を、ゆるさないでしょう。そして・・・」
蒼風樹も、傍らにいる吉田が、今日マンションの部屋で言っていた言葉を思い出していた。
・・・「そして、もっとも効果的な場面で犯行におよぶということは、自身も逃げられないということ・・・。それなりの覚悟でやるということでしょう。犯人と思われる人間はわかっています。でもこれまでの脅迫行為の証拠がありません。本当なら、蒼英さんが急きょ出演できなくなったことがわかったとき、犯人が必ず反応しますから、そこで押さえる予定でした。しかしこうなってしまった以上は、犯行現場で押さえるしかありません。」
酒井は吉田の用意周到さに感心するのは今回が初めてではなかったが、やはり感心していた。新聞記者に扮して酒井がレセプション会場へ紛れ込むのは、彼女の「プランC」だった。
宗家の人間たちが挨拶を終えてその列が少し乱れたとき、会場にいたスタッフのひとりが声をあげた。
「あっ!すみません!!!うわあっ!!!」
ワゴンを運んでいた会場スタッフのひとりが転倒し、その勢いで、一番出口近くにいた英一のさらに左横あたりに向かって、ワインボトルとグラスを積んだワゴンが突進した。ワゴンは天井から床まである窓ガラスに激突し、窓のガラスと、ワゴンのボトルやグラスが激しい音をたてて砕けた。
「あぶない!」
英一の近くにいた別の会場スタッフが英一をかばうようにその前に出てきた。
茂の目に、その会場スタッフが白い手袋をした右手で、床のガラスの破片をつかみ、振り向きざまに英一の喉元を狙って振り下ろすのが映った。
その手は葛城の左手に手首をつかまれ、わずかに軌道が変わって、英一の着物の襟もとと袴の紐に鋭い切れ目を入れた。
同時に酒井が会場内に走り込み、ワゴンを激突させた会場スタッフが厨房のほうへ逃げようとするのをつかまえ、頸動脈への一撃で失神させていた。
英一に切りつけた男は葛城の手を振り払い、絶叫しながらワゴンを持ち上げて窓ガラスを叩き割り、そして「三村蒼英は、終わった!」と叫ぶとそこから身を躍らせた。
蒼風樹の脳裏に一瞬でマンションでの吉田の最後の言葉がよぎる。
・・・「犯人の自殺は、防げないかもしれません。そのときは申し訳ありません。ひとりのけが人も死人も出さないことが、大切でしたのに。」
茂はもちろん飛び降りを止めようと駆け出したが、間に合う距離ではない。
酒井は次の瞬間、信じがたい光景を目にした。
葛城が、窓から飛び降りた犯人を追って窓の外へ飛び出し、左手で空中の犯人の胸のあたりを抱え、右手のリスト・スリングを会場入り口ドアのノブに向けて投げたのだ。
投げられたスリングロープのフックはドアノブにからみつき、ドアが大きくこちら側に開いた。そこへ茂が飛びつくようにしてぎりぎりドアに手が届き支えたが、大人二人分の体重を如何ともしがたく、一度は止まったロープの先端は、ドアのノブがボルトごと外れ解放されそのまま、茂の伸ばした手をあざ笑うかのようにすり抜け、飛ぶように窓の外へ滑り落ちた。
夜空に、月の光を反射して、ガラスの細かい破片が輝きながら舞っていた。
五階下の人工の池から、激しい水音がした。茂は狂ったように割れた窓のところまで駆け、ようやく我に返った他の会場スタッフたちに止められなければ自分も落ちていたのではないかと思われるほどに、身を乗り出して下を見た。
「葛城さん!!」
ライトアップされた池は噴水のために波打ち、そして向こう側に犯人がうつぶせに、手前のほうに葛城が横向きに、池の中に倒れていた。
犯人は頭を動かし、浅い池から顔を出しているが、体を強く打ちそれ以上動けないようだ。手足から血が出ているのがわかる。
そして葛城は、水中に横向きに倒れたまま、まったく動かない。
吉田は携帯電話をかけていた。
「もしもし。救急車をお願いします。○○市○○町○丁目○番地の○○ホール裏手の池に、ふたり五階から転落しました。はい、少なくともひとりは生きていますが、重症です。もうひとりは心肺停止か・・・即死です。」
電話を終え、近くにいた会場スタッフに声をかける。
「警察も、呼んだほうがいいですよ。それから救急車の誘導に人を出したほうがいいですね。」
会場スタッフは慌てて携帯を取り出した。
「救急車の誘導をしろ!」
何人かのスタッフが走り出ていった。酒井は吉田のほうを見た。彼の目が「救命処置、したほうがええですか?」と言っていたが、吉田は首をふった。「そのくらいは、彼らにまかせましょう」ということだった。
茂は恐ろしい速さで階段を駆け下り、池に向かったが、茂より先に着いた者が既に救命処置を始めていた。波多野営業部長だ。池から助け出され池のほとりにあおむけに寝かされた葛城の呼吸の有無を確認し、胸に耳をあて、「畜生・・・!」と叫ぶと、心臓マッサージを始めた。茂が傍らに到着すると、心臓マッサージを続けながら茂に声をかける。
「河合、手伝ってくれ。首、うごかさないようにな!」
「はい!」
会場スタッフがAEDを持って走ってきた。電気ショック、胸骨圧迫、を繰り返す。途中で心臓マッサージを茂も交代し、続ける。
葛城は硬く目を閉じたまま、既になんの反応もしなくなっていた。AEDが電気ショック必要なし、の表示に変わる。
濡れた髪がかかった顔は月のように白く、わずかに開いた唇は水のように青かった。
「葛城さん!葛城さん!」
五分ほどの後、救急車が到着した。肩を借りればなんとか歩けるようになっていた犯人が、続いて葛城が、救急車に運び込まれた。
波多野営業部長が同乗した。部長が救急車に乗り込むときに何か言っていたが、もう茂の耳には入っていなかった。池の水と、汗とで、ぐっしょりになった茂は、茫然自失のまま救急車を見送った。
レセプション会場から降りてきた英一は、暗がりのせいで誰にもわからなかったが、茂よりも血の気の引いた顔で、池のほとりに座り込む茂と、まだ葛城の血の跡があざやかな地面を見つめていた。
日曜日
夜間の、救急窓口しか開いていない病院の暗めの照明の待合室で、茂はじっと座っていた。自分が何時間前からここにいるのかよくわからない。
日付は日曜日になっているはずだが、今何時なのかもわからない。頭がはたらかない。
看護師さんが自分に向かってなにか言っているが、何を言っているのかさえわからない。
わずかな頭の隅の記憶から、波多野部長から携帯電話で病院の場所を知らされ、タクシーに乗ってやってきたこと、着いたら手術中だったこと、そして集中治療室に移ったあとも誰も入ってはいけないけれど波多野部長だけはゆるされたこと、葛城の家族を呼ぶように言われたが、身内親族の連絡先がまったくわからなかったこと、などが少しずつ、よみがえっては消える。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうして葛城はこんなことにならなければいけなかったのか。そう、この河合茂が、余計なことをしたからだ。木曜日、普通に警護をあきらめていれば、土曜日の警護はなかった。あるいは、土曜日の公演の本番前、英一が半ば自分の意志で会場を後にしたとき、探したりしなければ、レセプションでの犯行機会もなかった。
人を守るはずの警護員が、人を殺してしまうというのは、どういうことなのか。
待合室に入ってきた英一の目に、看護師さんに肩をゆすられ椅子から立ち上がり、支えられるようにして茂が奥の集中治療室へ向かうのが見えた。
英一も足がすくむのを感じたが、恐怖心に鞭打って、救命救急センター受付に向かった。
「葛城怜さんの、友人です。彼に会うことは・・・・できますか?」
受付の看護師が手元の手書きの書類とコンピューター画面とに目をやり、再び英一のほうを見た。
「少しお待ちください。」
受話器を取り、指示を仰いでいる。電話を終えて、英一に向かって早口で答えた。
「意識が回復するにはおそらくあと丸一日はかかるそうです。それでもよろしければ・・。」
「え?」
「あ、でも二日以上、意識障害が続くケースもあります。」
「それは・・・つまり・・・・助かるということですか?」
「ああ・・・・はい、それは。危篤状態は先ほど脱したとのことですので。・・・会社の上司と同僚のかたが、そばについておられますよ。」
英一はしばらくそのまま佇んでいたが、看護師に一礼し、そのまま病院をあとにした。看護師は去り際に英一が向けた笑顔で、初めて彼が非凡な美男子であることに気づき、頬を赤らめながら見送った。
日曜日の朝早く、吉田は師匠のところで最後の稽古を受けていた。
「ありがとう、吉田さん。本当に、お世話になったわ。そしていろいろ、ごめんなさい。」
「阪元探偵社を、よろしければまたご利用ください・・・・と申し上げたいところですが、とてもそのように申し上げられる状況じゃありません。不手際の数々、恥じております。」
「どうしても満額受け取ってはくださらないの?」
「成功報酬分の規定の割合分は、お返しさせていただきます。我々、信用商売ですので。」
「わかりました。わたくしから見れば、蒼英にけがはなかったし、犯人はふたりとも逮捕されたし、あなたがたは100点ですけれど・・・。予定外のことはすべて、わたくしが翻意したのが原因ですし・・・。」
「蒼英先生が無傷で済んだのも、大森パトロール社のあの警護員さんが一命をとりとめたのも、幸運というほかないでしょう。運に任せた仕事は我々の範疇ではありません。」
「ご自分に厳しいのね。そう、ひとつお尋ねしてもよい?犯人の可能性のある人間があらかじめ分かっていた、とおっしゃっていたけれど、それはなぜわかったのですか?」
「企業秘密ですが、たとえば・・・最終的には会場スタッフの派遣契約を調べれば、最近入った人間はわかります。そういったことです。」
吉田は江戸小紋のすそを少し持ち上げ、立ち上がった。
蒼風樹が一緒に立ち上がり、玄関まで見送る。
「わたくしの知り合いで、もしもわたくしのように、困っている人がいたら・・・・あなたがたのことを、教えてあげてもいいかしら?」
吉田は静かに微笑んだ。
「・・・もちろんです。私どもは、ご紹介によるお客さまだけ、お受けしておりますから。」
玄関を出てしばらく歩き、吉田は少し意外そうに脇道に目をやった。見慣れた軽自動車が停まっており、運転席から酒井が手を振っていた。
後部座席から和泉が降りてきて、吉田のところまで走ってきた。
「吉田さん・・・・お疲れ様でした。あの、ご自宅までお送りさせて頂いても、よろしいですか・・・?」
「これから事務所に戻ってレポートを作るから、まだ帰れないわ。事務所は電車のほうが早いから、一人で行く。」
「あの、でも、酒井さんが、吉田さんは夕べ寝てらっしゃらないから、一人で会社へ行かせてはいけないと・・・」
車のほうを吉田が見ると、酒井も降りてくるところだった。
厳しい表情で、吉田が酒井を見る。
はるかに背の高い酒井を、吉田が見上げ、なにか言いかける。和泉は普通でない空気を感じ、慌てて先に車へ戻った。酒井が吉田より先に言葉を出した。
「レポート、いっぺん和泉に書かせてやりまへん?彼女も修業が必要やし。それに・・・」
「それに?」
「それに、そんなに恭子さんばっかり責任感じるの、やめてもらえまへんかな。我々立つ瀬がないし。大森パトロールみたいなめちゃくちゃな奴らが、恭子さんの予想外のことするんやったら、こっちも恭子さんの予想を裏切るような生意気なスタッフで対抗するのもええんとちがいます?」
「・・・・・なんだかうれしそうね。」
「そんなわけありまへんがな。さあ、とにかく乗ってください。恭子さんに倒れられたら、阪元探偵社、商売あがったりですがな。」
吉田は渋い顔をしながら、後部座席へ乗り込んだ。和泉が用意した、羊のぬいぐるみのデザインの枕と、毛布がおいてあった。
日が落ち、西日が弱まり、集中治療室の明りが全て灯された。カーテンで仕切られた一番入口から遠いところにあるベッドの上で、葛城はぼんやりと目を覚ました。朦朧とした意識はしかし否応なしに、もう再び失うことを許されなかった。全身が痛い。特に左腕と左脚の鈍痛。そして体のあちこちの皮膚が、切り傷特有の鋭い痛みを訴え、さらに打ち身の痛みが加わっている。頭を動かすと、硬くて軽いマスクが口と鼻を覆っていることに気が付き、目だけ動かしてみる。左腕と左脚にはギプスがされていて、右腕には点滴の針が刺されているのが、見えた。
次に、ベッドの周囲に目をやった。
漫画やドラマなら、ここで、茂とかがベッド脇のパイプ椅子に座り、看護疲れで居眠りなどしているのであろうが、現実は厳しい。看護しているのは基本的に看護師さんたちであるし、そして茂はトイレに行っていて留守だった。
しかし程なく戻ってきた茂はカーテンを開け、葛城と目が合い、数秒間固まっていた。
少し血色が戻り、頬の切り傷に小さな絆創膏をして、酸素マスクをつけられた葛城が、茂のほうを見てかすかに微笑した。マスクのためよくわからないが、動いた口は
「河合さん」
と言ったようだった。
茂はなんとか金縛り状態から抜け出すと、ベッドにもう一歩近づき、両膝をついて両手をベッド柵に乗せ、葛城の顔をじっと見た。
「葛城さん、意識が・・・・戻ったんですね・・・・大丈夫ですか、気分は・・・・」
葛城が小さくうなずくと、はっと気が付いて茂はすごい勢いで踵を返して看護師さんを呼びに行った。ナースコールボタンの存在はもちろん忘れていた。
看護師さんが茂と一緒にやってきて、葛城に話しかける。自分の名前や今日の日付などを聞かれ、小さな声だったが葛城は明瞭な言葉で答えた。
茂はようやく普段並みの冷静さを概ね取り戻し、廊下に出て、波多野営業部長の携帯に電話をかけた。波多野は三村蒼氏の家で今回の警護について総括説明をしているはずだ。
はたして、三村家では初めて茂と葛城が挨拶兼打ち合わせをした客間で、三村蒼陽あらため三村蒼氏と英一が、波多野営業部長と向かい合って座り、最後の説明のやりとりをしていた。
蒼氏は申し訳なさそうな表情で波多野へ念押しした。
「本当に・・・今回は大森パトロールさんにはなんの落ち度もないんですから、代金減額というのはやはり・・・」
「ありがとうございます。しかし契約書にも明記してありますし、未遂に終わった場合も実行行為を防止できなかった場合に該当しますので。」
「そうなんですね。しかし・・・そもそも今回の警護では、本来警護に協力すべきこの蒼英が、警護に非常に非協力的だったと、蒼英本人が申しております。そうだな?英一。」
英一はうなずいた。
「そうです。申し訳ありません。」
「まあ確かにそうした要素もありましょうが・・・いずれにせよ、警護契約解除しなかったのは当方の判断でもありますので。ここはなにとぞお気遣いなく。そして我々も今回のことを教訓にさらにサービス向上に努めますので、よろしければまた次の機会にもご利用くださいませ。もちろん、必要が発生しないことが一番ではありますが。」
波多野は営業スマイルで一礼した。
お茶を勧めながら自身も一口すすり、蒼氏が申し訳なさそうな表情をさらに曇らせた。
「警護員の葛城さん、危篤状態はなんとか山を越えられたとのことですが、まだ意識は・・」
「そうですね、回復まではもう少しかかるようで、うちの河合が付き添っています。」
茂から波多野の携帯に連絡が入ったのはちょうどそのときだった。
電話を終えた波多野は、営業スマイルではない笑顔で蒼氏と英一のほうを見た。
「噂をすればなんとやら・・・ですな。おかげ様で、葛城の意識が戻ったそうです。後遺症の心配もほぼないとのことで。ご心配おかけしました。」
水曜日
集中治療室から一般病棟に移った葛城の病室を、さっきからひとりの長身の美男子が訪ねてきているのを、看護師たち(のうち女性たち)はひそかに情報共有していた。個人情報の適正利用はもちろん遵守しつつ、あの背の高い素敵な人、日本舞踊のプリンス、日曜日の新聞記事、といった用語が飛び交っていた。もしもこれを茂が見ていたら、この世の美の化身のような葛城ではなく、なぜクソ傲慢で憎たらしい昔の剣豪的容貌の英一のほうが女性うけするのか、不条理を訴えたであろう。
看護師に葛城の様子を聞き、お目覚めですよ、との言葉に感謝の微笑みを返し、真っ赤になった看護師に軽く会釈し、葛城のベッドへ向かう。
「失礼します。今、大丈夫ですか?三村英一です。」
こちらを見た葛城が右手でベッドを起こすスイッチを押そうとするのを、押しとどめ、そのままでと英一は言った。
「わざわざありがとうございます。会社のほうはよろしいのですか?」
「午後有給を取りました。プロジェクトチームの仕事は今日は河合が代行してくれてますしね。おかげんはいかがですか?」
「おかげさまで、だいぶ楽になってきました。」
「それはよかった。」
英一は、美しい紫色の花束を右手に持ったまま、ベッド脇で葛城に向かって、頭を下げた。
「今回のこと、本当に、申し訳ありませんでした。」
葛城は目をまるくし、しばらく後に困ったように微笑み、そしてゆっくりベッドを操作して少しだけ上体を起こした。
「きっと波多野も同じことを申していたとは思いますが・・・・警護契約継続は我々が判断したことですし、それに、もしも私の負傷のことをおっしゃっているのでしたら、この点は完全に私自身の責任です。」
「・・・・・」
「そしてなにより、私は、少し感謝しているんです。うまく言えませんが。」
「感謝しているのは、俺のほうです。・・・・いずれにせよ、貴方は、俺の命の恩人です。このことは、忘れません。」
葛城は、どうぞ、もう顔をお上げください、というしぐさをした。
英一はわずかな微笑みを両目によぎらせ、傍らにあった花瓶にすでにピンク色の可憐な花がいけてあるのを見て、ここに一緒にいけていいですかと尋ね、持ってきた花束を解いて花瓶に加えた。
長居を避け、立ち去ろうとした英一を、葛城が呼び止めた。
「河合さんは、普通に会社に来ておられるんですね?」
「・・・どうしてですか?」
「いえ、確か日曜日の夜帰られたとき・・・少し様子がおかしかったので。すみません、でも、気のせいでしょう。」
「奴はそんな神経繊細じゃありませんから、大丈夫ですよ。」
「ははは・・・。今日はありがとうございました。あ、でも英一さん」
「?」
「私を命の恩人、とおっしゃっていましたが、あの場に竹刀があったら、私は必要なかったでしょうね。」
「・・・・。」
「英一さんは、剣道の有段者ですよね。それに、あのとき、普通のかただったら、いかに警護員が犯人の腕をつかんだとはいえ、着物を切られただけでは済んでいなかったでしょう。」
英一は口だけで一瞬微笑み、そして一礼して病室を後にした。
日曜日
茂は朝一番の便で飛び立つべく、シャトルバスから降り、空港ビルに到着した。
アパートのあの狭い部屋でも意外なほど荷物が多く、処分に時間がかかり部屋を引き払うまで1週間もかかってしまった。
昨日の土曜日は荷物の運び出しやら片づけやらで一日つぶれた。
故郷の兄夫婦には知らせていないが、多少の貯蓄もあるし、選ばなければ仕事はなにかあるだろう。
茂は、会社と、それから大森パトロール社に、それぞれ辞表を提出してきた。
波多野営業部長と葛城には、個別に手紙も書きのこしておいた。波多野部長には入社した日からさんざんお世話になったことのお礼、そして葛城には、・・・人を守るということを、教えてもらった、お礼を。
茂は、自分にこの業界が向かないことを、早めに悟ることができたのが、今回の最大の収穫だと思っている。大森パトロール社のように、そう、葛城のように、どこまでも人を守る、ということも自分の能力では到底望めない。しかも、吉田らが言っていた、確実に必要な結果を出すためには手段を選ぶべきではない、という問いかけにも、なんの回答もすることができなかった。
自分は、中途半端だ。
そして、仕事をする上で、中途半端以上の害悪はない。
会社にも甘えてきた。すべてを一度一掃して、出直したいと思っている。
深呼吸して、空港ビルに入り、チェックインカウンターへ向かった茂の足が、止まった。
時代劇の剣豪が敵の行く手をふさぐように・・・・・ではなく、背の高い不気味なほど整った容姿のクソ傲慢そうな若い男が、カウンター前の通路に仁王立ちになって、こちらをにらんでいた。
「おい」
その迫力に、茂は正直ひるんだ。立ち止まったままの茂に、英一が数歩近づき、茂は気おされて一歩退いた。
「な、なんだよ」
「お前、ばっかじゃねえの。」
「は!?」
「自分の仕事を放っぽり出して、敵前逃亡をするような奴が、俺に説教したのかと思うと、クソむかつくよ。」
「説教って・・・」
羽多古山の頂上で、茂が言ったことを指しているのだろう。
「会社で、お前の上司から聞いたよ。しかも同じ日に、大森パトロールにも辞表を出していた。」
誰にきいたのだろう。
「同期のお前に、挨拶もしなかったのは、悪かったよ。」
「お前、なんで辞めんの?」
「向いていないからだよ。俺は、警護に向いていない。お前が舞に向いているのとは、全然違うだろ。」
英一はさらに怖い顔になり、低い声でゆっくりと言った。
「河合、お前、辞めるなよ。仕事。」
「な・・・・」
「辞めるな。お前は向いているよ。警護に、向いているよ。会社は・・・まあ・・ともかくとしても、警護員には、向いている。腹が立つくらいに、な。」
茂はなにも言えず、立ちすくんだままだ。
「明日から会社に戻れ。課長には話して、了解をもらってある。大森パトロールの波多野さんからは、これを預かっている。」
英一は、茂が大森パトロール社に置いてきた辞表を取り出した。
「波多野さんから、こうしてくれと、言われている。」
辞表を、茂の目の前で、英一が破り捨てた。
葛城の病室で、葛城と無駄話をしていた波多野営業部長の携帯が鳴り、廊下でひとしきり話したあと再び病室へ戻ってきた。
葛城が不安そうな顔で部長の顔を見上げる。部長はピースサインをして片目をつぶった。葛城の表情に安堵の色が広がる。
「事務の池田さんからだ。三村英一さんから事務所へ、ミッション完了の電話があったそうだ。」
「それじゃあ・・・」
「これからも、あの新米警護員をよろしくな、怜。」
「会社のほうも、ちゃんと戻られるんでしょうか。」
「それは聞いてないが、大丈夫なんじゃないか。うちの給料だけじゃ、ちょっと苦しいだろうからなあ。」
「本当に・・・よく説得できましたね・・・英一さん。」
「そりゃあ」
波多野が帰り支度をしながら楽しそうに言った。
「交渉ってのは、思いの強いほうが結局勝つからな。」
蒼風樹が葛城の病室番号を受付で聞き、大きな花束を持って病棟へ上がろうと歩き始めたとき、反対側の入院受付カウンターでなにやらごねている人影が目に入った。
日曜の午後ということで、人影は少なく、英一のタッパはよく目立つ。
「英一。どうしたの?なにしてるの?」
英一は振り返り、日頃誰にも見せないような、困り切った顔で蒼風樹に訴えた。
「美樹、お前も見舞いか・・・・。ちょうどよかった。なんとかしてくれ。・・・親父が、葛城さんにバスルーム付き個室に移っていただきたいから、本人にわからないように費用を出して手続きしてこいと、俺に命じたんだ。めちゃくちゃだよ。」
さすがに、英一の容姿と笑顔をもってしても、事務員さんを説得できないらしい。
「こういうことは、俺より、兄さんのほうが絶対向いている。美樹、お前から頼んでくれ。俺はもうだめだ。」
蒼風樹は母親のように笑って、首をふった。
「だめよ。自分でなんとかしなさい。それに、困ったときは、最初にご先祖様に相談するって、3人の間では決まっているでしょ。」
「羽多古山へ登っている時間があったらそうしているよ。」
「ふふ、じゃあ私が、偽手紙でも仕込んであげましょうか?」
「あの手紙は・・・偽物じゃなかったじゃないか。正直な、内容が・・・書いてあっただけだ。」
「そうね。きっと、一番強いのはやっぱり、正直さなんだと思うわ。だから英一、交渉がんばってね。」
蒼風樹は子供をしつける母親のように茂を優しく睨むと、さっさと病棟へ向かう。が、一度だけ立ち止まり振り返った。
「英一、・・・・・今回のこと、ごめんなさいね。許してもらえるとは、思っていないけれど。」
英一は答えず、蒼風樹も答えを待たず、病棟へと上がっていった。
月曜日
茂は、仕事帰り、二週間以上ぶりに、あの女性バーテンダーたちのいる健全なバーのカウンターにすわっていた。
「お久しぶりです。なんだか、お痩せになられました?」
「そうですか?仕事が忙しいせいかな。」
「すごい、また新しいプロジェクトですか?」
モスコミュールを飲みながら、茂が微笑む。
「いえ、会社のオフィスの模様替えが決まったんで、机の移動やらカーペットの張り替えやらで大わらわなんです。」
「はあ・・・」
どうフォローしてよいかわからない女性バーテンダーが、話題を変えた。
「そういえば、土曜日の公演、行ってきたんですよ。三村流の。」
「あ、タダ券もらってたやつですね」
「感動しました・・・。河合さんはお友達なんですよね、あの、三村蒼英さんも一緒にここにお越しになることもありますよね?」
「ええ、いや、どうですかね。」
噂をすれば、英一が女性を4人つれて店に入ってきた。
カウンターの茂を見つけて、不敵な笑みを浮かべる。
「河合、今日の議事録、まだ送ってきてもらっていないよ。ほかに存在意義ないんだから、ちゃんとやってくれないかな。」
茂は目いっぱいの横眼で、英一を睨みつけた。
「ガーディアン」第一話、いかがでしたでしょうか。未熟な部分がまだまだありますが、読んでいただき感謝しております。ありがとうございます。第二話以降もよろしければお読みいただけましたら嬉しいです。
シリーズ小説「ガーディアン」は、第二十四話まであります。
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これからも、「ガーディアン」を、よろしくお願いいたします。
平成27年5月16日
藤浦リサこと 石田麻紀
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