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時間短編  作者: 一文字
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8. 月曜・螺旋脱出

ゆっくりと視界が戻ってくる。

テーブルの隅に追いやられたメニューと店員呼び出しボタン―大昔はベルで執事を呼んだ事に由来する装置なら、ボタンではなくベルと呼ぶべきか?―そして安っぽいコーティングをされたテーブル。そして塩と胡椒と爪楊枝。さらに立てかけられたメニュー。

最初に見た物は、そんなテーブルの上の風景だった。

頭には硬い板の感覚。両手を枕にせず、頭を直にテーブルに当てて寝ていたようだ。とりあえず頭を起こして周りを見渡す。最後に見た状態と比べて、人が減ったようにも増えたようにも思える。

どうして自分は眠っていたのか?今起きた、という事は今まで寝ていたという事だが、その前の記憶が曖昧だ。起きていた頃の最後の記憶を探りながら目の前をみると。

カズタカが突っ伏している。やはり手を枕にしていないその姿はまるでテーブルに頭突きをかましているようにも見えて―

そこで思い出す。誰もいない店内。ノイズを映す液晶ディスプレイ。針のない自分の時計。そして、人にあらざる者との邂逅。

それらが一気にフラッシュバックして思わず立ち上がる。その拍子に椅子が倒れ派手な音を立て、店内にいる数少ない客に睨まれるがサユキにはそれを気にする余裕はなかった。

特定の何かをみるわけではなく、ゆっくりと店内全体を見回す。普通の、お店だ。緩やかなBGM、数少ない客と数少ないなりのざわめき。壁の液晶ディスプレイからは、知らないチーム同士のサッカーの試合が流れている。そして、自分の左手首。腕時計は今が零時三分である事を示している。日付は、六月十六日。月曜日だった。



椅子に座りなおした所で、目の前でただの塊と化していたカズタカがピクッと動いた。

やがてゆっくりと顔を上げ、回りを見渡す。つい数分前にサユキがとった行動と同じだ。きっと自分の状況を確認するのは動物的な本能なのだろう。

明らかに寝ぼけている―さっきまでの現象を考えると、寝ていたとも思えないのだが―カズタカに、話しかけてみる。

「おはよう。よく寝ていたみたいですけど?」

「……ここは、どこだ?」

その一言が出るまでに、しばらく時間が必要だった。寝ぼけているというよりは体調不良のようだ。心なしか顔色も悪い。

「ちょっと待ってください、今暖かい飲み物を持って来るから、話はそれからにしましょう。何がいいですか?」

「……コーヒー。ブラックで」

コーヒーが飲めないサユキとしては、ブラックなんてもはや飲み物とは思えない。

それでも右手にコーヒーを、左手に紅茶を持って席へ戻る。

そうしてカズタカは暖かいというより熱いコーヒーを寝ぼけたまま口へ運び、舌をやけどしている。お互いがカップに息を吹きかけながら何とか半分ほど飲んだ。

「…俺は、どうしてファミレスなんかにいるんだ?」

「あなたが日曜から月曜になる瞬間に居合わせて欲しいって言った―」

からじゃない、そのおかげで私がどんな目にあったのか分かってるの?―と言おうとしたが、言えなかった。

突然立ち上がるカズタカ。その拍子に倒れる椅子。またか、という目でカズタカとサユキを見る客達。

もしかしたら、立ち上がって椅子を倒すのも動物の本能かもしれない。

カズタカは驚いたように回りを見渡し、次に自分の腕時計を見る。

「座って。今の時間は…えっと、午前零時十分。六月十六日の月曜日です」

「…本当に、今は月曜日?」

「えぇ、私が信用できないのなら誰か他の人に聞いてみてください。ただし頭のおかしい人って思われても私にはフォローできませんが」

それでもまだ信じられない顔をして、カズタカは席に着いた。

「もっと喜ぶと思っていましたが?」

「…どうもまだ信じられない。俺はやっぱり十時には寝たのか?」

「そうです。寝るというより倒れるといった方が正確ですね」

「そうなんだ。それで、それからどうなった?宝珠が無くなっているが誰か持って行ったのか?」

数時間前に机にヘッドバットをかました額を押さえながらも、抜け目なく見るべき箇所は見ている。宝珠はあのトキジクなる人物が持っていったのだろう。ここらを探して出てくる事もないはずだ。

「あなたが眠った後に神様みたいな人が現れて、宝珠を持って行きました。やっぱりあの

珠が呪いを破る鍵だったみたいです」

「神様みたいな人?何だそれ、何か言っていたか?」

「まぁ、神様みたいな人というか、人みたいな神様というか…」

カズタカにどこまで話すべきか、迷う。お前が月曜を拒んだからこうなったんだ、と本人に直接は言いにくい。大体それは、トキジクの役目でサユキの役割じゃない。

だが、カズタカに何も明かさずに誤魔化すのも、どうかと思う。数年分も三日間を繰り返してきたのだ。その理由くらいは明かされないと、彼だって浮かばれないだろう。死んでいないが。

結局サユキは、『私はカズタカにはならない』宣言を除いて全部話した。

「……じゃあ、俺が月曜日なんて来なくていいと願ったからこんな事になったのか」

「そう、みたいです。少なくともトキジクはそう言っていました」

しばらく、沈黙。二人の前に置かれたコーヒーも紅茶も、冷めていた。

「君は、どう思う?月曜日が来なくてもいいなんて考える事について」

唐突にカズタカはそういった。

「私には正直わかりません。確かに学校は大変で月曜日は来なくていい、なんて思う事はあるけど…」

あなたは本気で、心の底から望んだ。月曜日(みらい)なんて来なくていい(いらない)、と。

その考えは、私には理解できない。無言で、そう告げる。そしてカズタカもそれを正確に読み取った。

「ああ、君はわからなくていい。明日を否定するような気分なんて分からない方がいい。俺が言うんだから間違いない」

そう言って笑う。

「そのトキジクって神様が俺をこんな目に合わせた。でもその原因が俺にあるっていうのなら恨む事もできないな。

こうなる前、まだ普通に時間を過ごしていた頃の俺の話だ。君には聞く権利がある。もちろん聞きたくないって言うんなら話さないけど」

それはつまり、彼の口から語られる今回の事件、事象の裏側。

カズタカにしてみれば誰にも言いたくない事なのだろう。どういう経緯か知らないが、未来を否定するほどの気持ちを味わうのだから。そこに至る過程が面白おかしいはずはない。話す事で自身の傷をもう一度開くようなものだ。

だが、それでもカズタカは聞く権利があるといった。それならば、自分は聞くべきではないのか。

「聞きます。話してください」

サユキのその言葉を受けて、無言でうなずく。

そうして、カズタカは語りだした。遠い昔、まだ自分が普通の時を生きていた頃の話を。



よくある事だ。仕事でトラブルを起こした。

後始末は熾烈を極めた。帰れない日が続いて、お金のもらえない残業時間だけが重なる。報告に行けば上司に怒鳴られて、それでも遅々として仕事は進まない。食事は一日一食、睡眠は二時間程度。休日も会社に行って、遊びはもちろん、息抜きも全く無かった。

これでも学生の頃は運動部活をやっていて体力には自身があった。だけどそれは大きな思い違い、思い込みだった。学生と社会人、部活と仕事。それは全く別物で似ても似つかない。

そんな生活が一年近く続いた。それでもまだトラブルは解決しない。そんな毎日の中で自分の中の何か大切な物が無くなっていくような感覚はあった。だけどそれが何かは分からなかった。

でもある日気がついた。俺の中にやる気が全く残っていない事に。本当に、一ミリも残っていない、空っぽだった。時間がたてばもとに戻ると思っていたが、それは違った。一週間たって、一ヶ月が過ぎて、それでもやる気がでない。心の中に虚無がいる、そんな感じだった。時間が過ぎてそれは消えるどころか、仕事以外でも現れ始めた。たまに休日休んでも、何もやる気がでない。食欲もない。それでも体を壊さなかったのは、学生の頃にそれなりに体を使っていたからかだろう。

でも、体は壊れなくても。心はもう壊れかけていたのかもしれない。そんな低いモチベーションでは、満足に仕事もできない。あとはそのまま悪循環だ。時間が経つごとに悪くなる。

そして翌日に会社内での発表を控えた日曜日。俺は未来を放棄したんだ。



「それから先は聞かせた通りだ。三日間を逆に過ごす羽目になったよ。いや、元々俺が望んだ事だったんだから、羽目なんて言葉は違うのか。全く、我ながら馬鹿な事を望んだよ」

「馬鹿なこと、ですか」

「あぁ、馬鹿な事だ。愚かにも程がある。だって、月曜が来なくなったって何も変わらないんだ。最初はそれでも喜んだよ、俺だけ休日を永遠と繰り返せるなんて素晴らしい!ってね。でもそれじゃあ問題は解決しないんだ。

痛くても辛くても、自分で問題のそばに行って自分のその手で問題をぶち壊さないと、意味がない。いつ切れるか分からない三日間の繰り返しに頼るなら、自分で問題解決をしたほうがよっぽどましだ。それに気がつくまでに一体どれくらいの時間をかけたのかよく覚えていないがね」

最初は自分から遠ざかった問題に歓喜したが、やがて気が付く。永遠にたどり着かない問題は、解決出来ないという事に。一生問題に怯えて暮らす事になる。いつこの三日間のループが切れるか分からないからだ。

いつ来るか分からないのなら、いっそこちらから向かっていってやろう。それが今のカズタカの考えだった。治療法は強引であったが、その考え方はずいぶんとポジティブになった。今の彼ならもう月曜を恐れる事もないだろう。

「どうですか、数年ぶりの月曜は?」

「本当に、このときを待っていた。携帯のディスプレイにMONって表示されるのを夢見ていた。本当に帰ってきたんだな。

明日は久しぶりの仕事だ。年単位で休暇をとっていたんだ、きっといろいろと忘れている事があるだろう。ミスも連発するはずだ。周りの連中にとってはただの三連休だからな。でも、俺はもう大丈夫。二度と月曜は来るな、なんて願わないよ。

だって、どんなに辛い月曜日(みらい)でも、来なかったら解決できない(かえられない)んだから」

そう語るカズタカの目は光を取り戻している。これから確かに辛い事が多くあるだろうが、今のカズタカなら乗り越えていけるはずだ。会社の人は驚くだろう、たった三日で数年分の成長をしているのだから。

とにかく、カズタカの呪いは解かれた。そして明日―否、今日はサユキは学校がありカズタカは仕事がある。目的が成ったなら、いつまでもとどまり続ける必要はない。

席を立つよう促したのはサユキの方だった。カズタカだけの特別でいられた日々は、三日で幕を閉じた。

会計はカズタカが全額はらった。始めからそういう約束だった。レジではカズタカが端数を合わせようと小銭を探している。店員のありがとうございましたという声に見送られ店を出た。

街は深夜だというのに人通りは減らない。様々なお店、街頭、車やバイク。そういったものの灯りで光り輝いている。トキジクの見せたあの真っ暗な世界とは対極にある。いつもは気づかない何気ない光。それが無い真の闇とはどんなものなのか、さっきまでその中にいたサユキにはよく分かる。あれは、新月で星の無い森の中、というよりは宇宙空間のような闇。星の無い夜でも、生き物の気配はある。だがあの時店とサユキを囲んでいた闇はちがった。生き物の気配がない、完全な『無』。

昔読んだ本をおもいだす。それには世界が虚無に侵食されていくシーンがあったが、その虚無とはきっとああいう感じなのだろう。完全な無、完璧な闇。



駅まで歩きながら、カズタカが何を言っていたのかサユキはよく覚えていない。おそらくこれからの事なのだろう。だがサユキにとってはカズタカと離れなければいけない事の方が重要で重大だった。

この三日間、振り回されっぱなしだった。だが、それは苦痛だけではなかった。

突然目の前にガラスを破って現れた。未来から来たなんて言われた。宝珠を預かったし、強盗一味じゃないかと疑いもした。そして、神様にも会えた。

本当にいろいろな事がありすぎた。だが、それももうすぐ終わる。

自宅まで送る、というカズタカの申し出を丁寧に断った。彼の自宅はサユキの最寄り駅を通る路線とは違っていた。ファミレスの最寄り駅の改札が別れの場所となった。

「本当に、君には―」

そういいかけて、カズタカは少し姿勢を正す。その顔は初めて見る社会人としての彼だ。

「―あなたには感謝しています。あなたの協力のおかげで私は今日という日を迎える事が出来ました。突然現れて未来から来たなんて言葉を信じてくれて、そして約束を違える事無く今までお付き合い頂き感謝の言葉もありません。本当に、ありがとうございました」

そういって深々と頭を下げる。

突然の改まった態度に、これが本当の別れだと実感できた。

「正直最初は戸惑ったけど、あなたの目は本当に真剣だったから。…正直、ついさっきまで疑っていました。てっきり宝珠を奪った強盗団の一人なんだろうって。

でも、普通じゃ出来ないような経験をさせてもらいました。今ではあなたに感謝しています」

頭を下げたカズタカに笑顔で答える。

駅のアナウンスが、二番線に電車が来る事を告げる。それはサユキの乗る電車だ。

「本当にありがとう、少し落ち着いたら改めて会いに行くよ」

「ええ、楽しみにしています。それじゃあ、さようなら。そして、ありがとうございました」

カズタカは、なんでお礼を言われるのか分からない、という顔をしている。その問いを口に出される前に小走りで改札をぬけて階段を下りる。まるでカズタカから離れるように。ホームでそんなサユキを後ろから電車が追い抜く。やがてそれは速度を落とし、ゆっくりと止まった。終電ではないが、遅い時間だ。乗る人はまばらである。サユキは一番前の車両に乗った。

椅子に座り一息つく。カズタカに関するいろいろな事はこれで終わった。そして思い返す。彼は会いに行く、と言ったがサユキの住所を知らないはずだ。どうやって会いにくるというのか。

「……はぁ、携帯の番号すら聞いてないよ」

走り出した電車。誰にも聞かれる事のないその一言に、思いを込めてつぶやく。

連休は終わった。明日は学校がある。そういえば数学の宿題が出ていたが、全然手を付けていない。

まぁ、いいか。数学の宿題は出席番号順で当てられる。自分の番が来るのは当分先の事だ。

そう、前向きに考えよう。決して、『あぁ、もう一度三連休が来ないかな』なんて思わないように。


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