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時間短編  作者: 一文字
3/9

3. 金曜日・公園受諾

沈黙が流れる。

男は椅子に座りながら正面にいるサユキを見据え、サユキは不信感むき出しの顔で男を睨む。

目の前の男は、普通じゃない。普通であれば真顔で『時間を逆行している』なんて言えないだろう。どうやら自分は今、面倒な事に巻き込まれかけているようだ。

こんな事なら公園まで来ないで帰ればよかった。

その前に腕を掴まれた時点で抵抗すればよかった。

そもそも今日モールなんか行かなければよかった―。

後悔が頭の中で連鎖する。

そのどれもが圧倒的に手遅れという状況の中で、なぜ全ての選択肢でこの男についてくるという選択をしたのか。サユキはその理由に気がつかなかった。

「もう少し詳しく言えば、あさっての日曜から今日の金曜までの三日間を繰り返しているんだ。だから俺は今日が終わると日曜へと戻るんだ」

男は冗談を言っているような顔で、冗談としか思えない事を口にする。だが目は本気だ。

「つまり、あなたは明日から来た?」

「そう、俺にとっての昨日は君にとっての明日だ」

「じゃあ私の名前を昨日聞いたっていうのは」

「俺にとっての昨日で、つまり君にとっては明日だ。

ちょっとトラブルに見舞われていた君を俺が偶然助けてね、そうしたら君がお礼をしたいと言うからとりあえず名前を教えてもらった」

「トラブルって、一体どんな?」

「たいした問題じゃない。道端で性質(タチ)の悪い奴らに絡まれていたんだよ」

よくある事だろ?というような口調だが、サユキにとっては大問題だ。

過去十七年間の中でその手のトラブルに巻き込まれた事は一度も無いが、その記録も明日までだという。この男が助けてくれるというが…。

どうしよう、と考えて、話に飲まれかけている自分に気が付く。

―冷静に考えろ。時間を逆行している?三日間を繰り返している?ありえるはずがない!

自分の名前を知っていたが、それは調べれば分かる事だ。この男が自分の名前を知っていてもそれは未来から来た証拠にはならない。これは適当なところで手を引いたほうがよさそうだ。

そう考えたサユキに、男は

「俺が助けたのは明日の君だから、今の君に頼むのは筋違いかもしれない。けど、お願いだ、手を貸して欲しい」

そう言って頭を下げた。


サユキは委員長である。各種イベントのではクラスを取りまとめ、学校側と打ち合わせをする、敬遠される役職No.1だ。

頭がよく真面目で責任感もあり友達も多く人とすぐ打解けられる彼女は、それだけでも委員長能力は高い。だが何より彼女を委員長たらしめている素質は別にある。それは、困っている人を見過ごせないという性格だ。

四月にクラスが決まり最初のホームルームで各委員が選出されるが、最初に委員長が選ばれる。当然そんな面倒事は誰もやりたがらず、誰かの推薦によって決まる事がほとんどだろう。だがサユキは、誰かが委員長を押し付けられて嫌な思いをするくらいなら私がやろう、と考える。

その結果、小学校一年から今日に至るまでの十一年間委員長をやってきた。そんな彼女を「先生へのごますりだ」や「内申書アップを狙っている」などと言うクラスメイトもいた。だがそんな人よりも友達の方が多いためサユキ自身は全く気にしていない。

今、彼女の目の前にいる男は言動がおかしい。だが狂っているようには見えない。瞳には理性の光がある。

もしかしたら彼は、何かの理由で「未来から来た」という嘘をつかねばならない状況にいるのではないか。そしてそれは彼が困っているという事で、見ず知らずの自分に「手を貸して欲しい」なんて頼む様子から、相当切羽詰っているようでもある。

そんな人を見捨てておけない。

彼女の悪癖はここで発揮されてしまう。適当に相槌を打って帰れば、名前を知られるくらいですんだ。だが、サユキにはそれが出来なかった。


立ったまま大きく息を吐き出して―男の隣に座りながら、

「で、私は何をすればいいんですか?」

そう聞いてみた。

隣からは息を呑む気配。

「…俺のいう事を信じるのか?」

そう聞いてくる男の目は信じられないようなものを見る視線。それを見返しながら

「…嘘なんですか?」

そう聞き返すサユリは真剣な眼差し。

―あなたが言うことを信用しますから、もし嘘なら今すぐ嘘だと言ってください。言葉ではなく、視線でそう言った。意味は伝わったはずだ。

先に視線をそらしたのは男のほうだった。

「…信じてもらうのに一時間くらい説明が必要だと思ったのだが。肩透かしをくらったようだ」

そうぼやく顔にはしかし、安堵の表示が浮んでいる。

「…別にいいですよ、その一時間くらいの説明を聞いても」

すまし顔でそう言ってやる。とにかく、男から緊張が抜けたことが分かった。

「時間がもったいないからな、それは今度にしよう」

そう前置きして、男は今の自分の状況を語り始めた。


それはある日突然始まった。理由?それは俺にもわからない。

月曜だと思って朝起きて、テレビをつけたら土曜日の番組がやっていた。おかしい、今日は月曜だぞ?それとも、最初は最近仕事がきついから、ついに曜日まで間違えるほど疲れがたまったのか?なんて考えた。

だがどう考えても今日は月曜だ。ならばなぜテレビは土曜の番組を放送しているのか。そして、これはテレビのドッキリ企画ではないかと思った。だから部屋の中に隠されているはずのカメラを探したし、どこかに仕掛けてあるはずのマイクも探した。だが何も見つからなかった。

それでもまだ俺は、今日は月曜だと思って会社に向かった。そして駅に着いて、電車が休日ダイヤで動いているのを見て、今日は土曜だと信じざるを得なかった。

俺の会社は週休二日でね、土曜に会社に行っても仕方ないからその日は帰った。一体何が起きているのか分からないが、一晩たてばもとに戻るんじゃないか。そう考えてその日はさっさと寝たよ。そして次の日起きてみたら、ああ、これは予想外だったな、まさか金曜になっているとは思わなかった。

俺以外の人は普通に生活しているから、こんな目にあっているのは俺だけなんだって分かった。でも、誰が、どうやって、何のためにこんな事をしているのか分からない。

そうして永遠に時間を戻り続ける事になるのかと思ったら、それも違った。金曜に寝て起きたら、最初の日曜だった。これを進んだと言うのかはわからないけどな。

この三日間を何度も繰り返している。その中で、俺は普通の生活に戻るために色々なことをした。海外まで逃げたし、死にそうな人を助けたこともあった。ああ、賽銭箱に全財産投げ込んで教会でお祈りしたこともある。結局、全て無駄だった。未だに俺はこの螺旋を抜け出せない。


―これが、男が話した今の状況と言うヤツだった。正直、驚きを通りこしてあきれる。これではヘタな三文小説じゃないか。

だが、彼を助けるのならばこれを信じないといけない。信じたふりをしなければならない。

「そして最近、この繰り返しから抜け出せるかもしれない鍵を見つけた。それが、モールの最上階でやっていた展示会だ」

その言葉でサユキに緊張が走る。この男はついさっき強盗を働いてきたのだ、油断してはいけない。

「日本には昔から様々な物や場所に神がいるとされてきた。ハッピャクマンと書いてヤオヨロズだ。太陽や月、雷や雨と言った自然から、刀、着物、布団、下駄。そして時間…」

そういいながら男は、上着の内ポケットから小さな球形を取り出した。大きさはピンポン玉より一回り小さい。秋の日差しの中で、透明なガラス玉に緑色の墨汁を流し込んだように深い緑色が球体の中でゆっくりと流動している様子は例えようもなくきれいだった。

「この宝珠は、そんな時間の神様が祭られていた神社の宝物殿にあった物。伝承では、この珠を持っていると神隠しに会わない、もしくは神隠しに会っても戻ってこられるらしい。今の俺の状況は神隠しにも似ているだろう。

だったらこの珠を持っている事で、俺は3日の繰り返しから日常に戻れるんじゃないのか」

最後はまるで自分に言い聞かせるようでもあった。

「それが、午前中にあなたが…持ってきた珠ですか?」

さすがに『あなたがモールから強奪してきた』と直接言う勇気はない。

「ああ、そして君にお願いしたい事っていうのはこのことなんだ」

そういいながらサユキへ宝珠を手渡す。受け取った宝珠は思いのほか軽くて、ひんやりと冷たかった。一体どうやってこれを作ったのか想像もできない。外はガラスのように固く透明で、完全な球形をしていた。欠けやヒビはもちろん、球がゆがんでいる事もない。その透明な殻は、昔テレビで見た水晶のドクロを連想させる。そして中は何で出来ているのかはもちろんわからず、常に流動している。色は違うが、木星の模様を思わせる。

「この宝珠を、どうするんですか?」

宝珠を返そうと男に差し出す。が、男はそれを受け取ろうとしない。

「……?」

「その宝珠を日曜日の俺に届けてくれないか」

疑問形の形をした、お願いだった。

「でも、これって窃盗品ですよね?」

「俺が警察に通報するって心配しているのか?大丈夫、盗んだのは俺だ。そんな面倒なことはしない」

「どうして私に?自分で持っていればいいんじゃないですか?」

「この珠が必要になるのはたぶん逆行が始まる日曜の夜だ。でも俺では日曜まで持っていけない。逆行しているからな。

だから正常な流れをしている君に預かって欲しい。そして、日曜の俺に渡して欲しいんだ」

「それなら日曜に盗み出せばよかったんじゃないですか?」

「それは無理だ。

今日の夜に、あの展示室は燃える」

会話が途絶える。サユキは男が言った言葉の意味が分からなかった。

「…え?燃える?」

相手の言葉をそのまま反復するのは理解していない証拠だ、という定説があるが今のサユキはまさにそれだ。

「モールの最上階は燃える。ニュース風に言えば今夜未明に火災が発生する。といっても大きな火災じゃない。あの展示室の一角が小火(ボヤ)を出すだけだ」

この男の言葉の意味をサユキはよく考える。

未来に起きる事を言い当てる『予言』なのか。

それとも、未来に起こす事を言う『予告』なのか。

「どうする、俺の頼みを聞いてくれるか?」

男の真面目な顔が、ここが最後の分かれ道だと言っている。

断れば、戻れる。今すぐこの公園を出て家に帰る。そしていつも通りの平和な三連休を過ごせる。

もし引き受けると。この三連休がどうなるのか想像もできない。

あこがれていた非日常の扉。そして、困っている人を放っておけないという性格。

迷う振りをしながら心はもう決まっていた。

「………名前」

「え?」

サユキの問いかけが聞こえなかったのか、男は聞き返す。

「だから名前、まだ聞いていません。今度会った時、なんて呼べばいいんですか?」

「あ、あぁ。俺の名前は、ニイジマカズタカ。名乗るのが遅れてわるかった」

名前というのは大きな意味を持つらしい。そして名前を教えるというのは、信頼の証でもあった。

「カズタカ、さん」

自分の口で名前を言うと、目の前の男―カズタカがはっきりと一人の人間として意識できた気がした。

少し恥ずかしそうにうなずく男に、

「………案外、普通な名前ですね」

率直な感想を口にした。

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