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時間短編  作者: 一文字
1/9

1. 金曜日・逃走

初投稿作品です。

読み直すたびに手直しを入れていますが、カタチになったので投稿します。

まだまだ未熟な作品・作者ですがよろしくお願いします。

アクション映画ではよく爆発するシーンが使われる。

ガラスは粉となり、車は宙を舞い、人々は逃げ惑う。

テロリストが鞄に仕掛けた爆弾が爆発し、アパッチから発射されたミサイルで爆発し、なぜか分からないが車に主人公の撃った銃弾が命中して爆発する。もしこれが現実ならば、ニューヨークとハリウッドは今頃月面のようにクレーターだらけだろう。

そんな爆発シーンも最近は見慣れてきた。ただ派手なだけの爆発シーンでは「なんだ、また爆発してるよ。別に驚かないね」と注意を引けなくなった。

だがそれは、スクリーンの向こう側での話しである。もし、直接爆発を目撃したら「あぁ、別に驚かないね」なんて言っていられないだろう。

彼女の目の前で繰り広げられた出来事は、爆発でもカーチェイスでもない。爆発を見慣れた観客の注意をひきつけられるような、派手な出来事ではなかった。

それでも、その後の3日間は、彼女にとっても彼にとっても、特別な意味を持つ時間になった。爆発のような派手さは無いが、普通では得がたい経験をした。

彼等が失ったものと、得たもの。そのためにどれほどの時間を掛けたのか。それすら分からない出来事。

彼女が何をして、何をしなかったのか。

それを確かめてみよう。

話は、9月の最終週に始まる(おわる)



秋が哀愁の季節だという理由の一つは、夏の後だからだろう。

夏は開放的で活発、そんなイメージが一番似合う季節で、そんな終わってしまった夏への名残が、秋という季節が持つ哀愁の正体なのかもしれない。

サユキは夏の賑やかさより秋の静かさの方が好きだった。

冬の拒絶するような寒さより秋の穏やかな涼しさが好きだし、春の何かが始まろうとする暖かさより秋の落ち着いた陽だまりの暖かさが好きだった。

人の性格は季節では変わらないが、好きな季節で天気がいい日なら、少しくらいは上機嫌になるだろう。

全く雲のない青空、過ごしやすい気温。そんな絵に描いたような秋晴れだったその日、彼女の足取りがいつもより軽くても何の不思議もない。

世間は金土日と三連休で、初日の今日は絶好の行楽日和とどの放送局のお天気キャスターも太鼓判を押していた。

そんな連休初日、サユキは一人で大きなショッピングセンターに来ていた。地元の人には『モール』と呼ばれており、店内には大小さまざまなショップが入っている巨大複合商業施設だ。

その最上階にある映画館で、同じクラスの友達と映画を見る約束をしてある。待ち合わせより早めについてしまいそうだが、この場所は暇つぶしには困らない。サユキは、待ち合わせの時間はきっちりと守るタイプの人間だ。

親友がチョイスした映画は、邦画のラブストーリーのようだ。映画館に行くのはずいぶん久しぶりになる。最近ではレンタルビデオや、民放の映画放送でしかみていない。本来映画館でみるように作られた映像作品なのだから映画館で見るべきだとは思うが、値段を考えるとためらってしまう。彼女はまだ高校生なのだ。

モールの一階の道路に面した壁はガラス張りになっていて、外にいる彼女から中の様子がよく見えた。休日という事もあり店内はやや込み合っているようだ。



足取りの軽い事は悪い事ではない。だから突然目の前のビルのガラスを突き破って一人の男が飛び出してきたとしても、それは彼女のせいではないはずだ。

映画ではもはや見飽きたと言ってもいいそんな場面を、現実で見るとは思わなかった。

まぁ映画みたい、なんて落ち着いて観察できるはずもない。突然の事で事態が飲み込めない彼女だが、腕をクロスさせ顔を庇い、黒いコートとズボンに革靴と全身を黒でコーディネートした男―青年と言っていいだろう―が飛び散るガラスを引き連れて飛び出してきたその姿は、はっきり覚えている。ガラス片を撒き散らしながら着地した男は、そのまま彼女のほうへ走ってきて、そのまま走り去っていく。

―と思った。だが、男はサユキの顔を見てハッと立ち止まる。その反応は明らかに知り合いにあった時のそれだ。

一方サユキには男に見覚えは無い。知り合いには断じて白昼堂々ビルのガラスを突き破って飛び出してくるような派手な人はいない。彼が足を止めたのは、きっと自分が通る邪魔になったからだ。そう思った。だがこの予想は外れる。突然男はサユキの右腕を掴んで

「来い!」

そういって走り出す。

映画なら二人で走り出すシーンだが、それがスクリーンの中だけだという事を思い知る。

心も体も、走り出す準備など全く出来ていないのに突然腕を引かれても、足はついていかない。腕を引かれて足が出なければ、転ぶのは当然の結末だった。

つかまれていない左手をとっさに出したものの―驚いた事に、男は転んでもサユキの右手を離さなかった―膝に痛みが走る。

スカートを履いていなくてよかった。混乱した頭でそんな事を考えると背後から突然

「待て、コラァ!」

と怒鳴り声が聞こえた。最後の『ァ』は声が裏返っている。

振り返ればたった今破られたガラスから警備員が出てきている。それも二人だ。

サユキの右腕を掴んだ黒い男は最低でもガラスをぶち破っている。それはつまり―彼の趣味がガラスを破る事じゃない限りは―ガラスを破らざるを得ない事をしたのだ。どんな事をしたのか想像もつかないがあまり真っ当な事では無いと思う。

「行くぞ!」

そんな警備員を見て男は走り出す。腕をつかまれたまま、半ば拉致されるように彼女も走り出した。『ァ』の声が裏返って面白い、などという余裕は無い。膝の痛みなんてすぐに吹き飛んだ。本気で誰かに追われるというものは、想像以上に恐怖だった。



―後になってサユキは不思議に思う。

自分はこの時彼の手を振り解いて、自分は無関係だという事もできたはずだったが、それをしなかったのは何故なのだろう、と。

混乱しているところを警備員に追いかけられていたから、反射的に逃げてしまったのだろう。そう考えることにしている。だが、もしかしたら

どこかでこんな『映画のような』展開を望んでいたのかもしれない。

毎日学校へ行って、昨日と同じような授業を受けて、同じように友達と会話をして、そして明日も同じような日々が続いていく―。

そんな日常に嫌気がさしたのかも知れなかった。だから、どこかで非現実的な事にあこがれていた。だから、あの時彼の手を振り解くことなく、逆に握り返すくらいの勢いで自分は警備員と、『現実』から逃げたのではないのか。

―逃げ込む先に、何があるのかも知らずに。


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