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苦海のエスキス

 日の明かりが窓から差し込んでいて眩しい。まだ日が出たばかりというような時間に目が覚めるのは珍しい。もう一眠りしようかと、ベッドに転がったまま目を閉じる。が、しばらく経っても眠れる気配がないため、仕方なく起き上がって目を擦った。寝過ぎて頭が痛い。なんだかすごく、懐かしい夢を見ていた。自分でベッドに入った記憶さえない。昨日は、夜会の後バールに寄った。情報を買えるだけ買ってソルを置いて帰ったのはいいが鍵を持ってなかったんだ。窓を破って入ることは可能だったけど、そんなことをしたら確実に怒られてしまう。だからソルの帰りを待ちながら色々考えて……。そのまま寝てしまったんだ。ここまでソルが運んでくれたのだろう。

 ソレイユ。僕の我儘に付き合って、こんなところまで連れてきてしまった。綺麗な道を歩いていくはずだった人間を。【悪魔の子】だとかいう、意味の分からない運命に巻き込んでしまう。本当に、本当に間違えた。今すぐ出会った頃に戻れるのなら、何を言われようと置いてきたのに。


「あーあ。どうしようかな」


 割と大きい声で言ったのだが、誰の反応も返って来なかった。家の中に人の気配はない。僕が何か言おうものなら鬱陶しいくらい反応することのほうが多いのに。どうやら出かけているようだ。丁度いい。昨日は考え事をするとか言って早く帰路についたのに結局何もまとまらないないままだった。昼間の散歩も悪く無いだろう。


 外に出て数分にして。僕は雨女だったんだろうか?あんなに晴れ渡っていた空は今にも雫が落ちそうな色の雲に覆われていた。気分も天気もどんよりだ。あーあ。自分について知りたいと思うことは、きっと世界にとってとっても良くないことなんだろう。僕が強くそれを願えば願うほど、それを邪魔しようとする障害がわんさか出てきている、ような気がする。被害妄想だと言われれば、そうだと肯定せざるを得ない程度の自信しかないけれど。人通りのない裏路地で立ち止まり、空を仰ぐ。街は、呼吸の音さえ聞こえてきそうなほど静かで、時々人の話し声や足音が聞こえると安心する。見上げたまま目を閉じて、音に浸っていたら。


「痛ッ!」


 腹部に突如痛みが走った。じわじわとその痛みは広がっていく。焼き鏝を当てられているみたいだ。堪らずシャツを捲り上げた。熱い。痛い。一体そこに何が起きているのか確認するとあまり気分のいい状態ではなかった。赤黒く、火傷の痕のように浮き出た模様。臍を中心に円。そして、その円を突き破る十字。立っている状態の僕の目に、十字架に写っているから、正面から見るとこれは逆十字で――悪魔、か。さらに円に沿うような形で文字が浮かび上がってきていた。ちりちりと、カミソリで肌を切ってしまったかのような痛みと共に赤黒く爛れた皮膚の形は【悪逆】と読めた。

 それが、昨夜マスターが紙に書いた【悪魔の子】の呼称だと気づくのに時間はかからなかった。


「なんだ、これ」

「烙印だ」

「ッ!誰だ!!」


 突然背後から聞き覚えのない男の声が聞こえ、咄嗟に振り返って距離を置いた。が、振り向いた先には誰もおらず、声だけがただ聞こえる。


「俺はそれを【死の烙印】と呼んでいるよ」


 さらにその背後から。


「俺たち【悪魔の子】が同類と出会うとそういうことが起きるようなんだ」


 声の方に向き直るが、その正体を掴めない。そして、また背後から。


「俺は完全な【悪魔】になりたい。だから、お前の欠片を狙っている。正しくは【悪魔の子】全員の、だけれど」


 声がする方に一瞬以上留まる気はないみたいだ。ぐるぐる回らされて目が回りそうだ。


「大人しく殺されてくれるなら、酷いようにはしないよ?」

「自己紹介くらいしたらどうなの?」


 いい加減、回されるのにうんざりした僕は追うのを諦めて止まった。男の声は満足したような声をあげた。コツ、と靴が地を鳴らした方向を見ると、今度こそ、そこには人間がいた。男がひとり。僕と同じ黒い髪。僕と同じ赤い瞳。長身でスラリとした体型で、年齢はソルより年上の、大人の男って感じ。肩まである髪を後ろで1つに束ねている。そいつはにこりと笑うと、礼儀正しくお辞儀をして僕の目を見た。


「こんにちは、死神。俺はバイロン。君の腹で自己紹介している【悪逆】の、だ」

「僕は死神。名前はない。ただの【死神】だよ」

「もちろん知っている。俺にも【死神】が浮かび上がっているからね。しかし、まさか【死神フード】がこんなちっちゃい子だったなんてとても驚いたよ」

「僕のこと知ってるなんて、真っ当な人間じゃないね?」

「お互い様だろう?」


 お互い心のない笑みを浮かべる。バイロンは、僕から目を離さないまま扇を取り出した。その場から動く動作は見せず、扇を閉じたまま、口元に当てて微笑み続けている。


「なに、それ。君の武器ってわけ?伸びたり刃物になったりするんじゃないだろうな」

「なに、こいつはただのきっかけさ」


 僕の質問が嬉しかったのか、もっと笑顔を深めた。そしてその扇を広げる。僕に扇面を見せつけるように持ち、僕に向かってそれを扇いだ。

 その瞬間、風が。

 彼が扇いだことにより起こった風が、切りつけて斬りつけて。僕の身体に傷を付けた。裂けた肌から血が滴る。決して深い傷ではなかったが、バイロンは落ち着いた様子で僕と地面に落ちる血液を見ていた。


「なっ……」

「お前にもあるんだろう?俺たちは人を殺さないと生きられない。でも生きるための力が与えられている。俺の力はこいつってわけだ」


 持っている扇を示す。薄い紫の扇。確かに、扇面のその色をした部分はただの紙ではないようだ。見ただけでは判断できない。いや、知らないだけかもしれない。もしくは、誰かが知るはずもないのかもしれない。僕の右腕に巻き付いている、一体何で構成されているのか誰も知らない、本にさえも書いていない、この腕輪のように。僕は倒れこんだまま、ただ目の前の悪魔を眺めることしかできなかった。頭が、脳みそが、この状況を処理しきれていない。


「それで、君はどんな力を持っているんだ?【悪魔の子】でありながら大人しく殺されるのを待つのか?それとも抗うのか?」

「僕は死なないし、君を殺してでも生き延びるよ」

「そうこなくては」


 嬉しそうに、残酷にニヤリと唇の端を釣り上げた。





 こんな奴が、この世界には存在していたのか。改めて世界の広さを思い知った。息が切れる。普通の人間相手に、肩で息をするほど疲弊することは今までなかった。全ては一瞬で片付いていたのだから。


「ッ……しつっこい!」


 扇を振るうバイロンを目だけで追って風の行き先を予想して避ける。なるべく最低限の動きで避けることで体力を回復させようした。が、そんな思惑は彼には筒抜けなようで、もちろん休ませてはくれない。


「はあ、はあ」

「辛そうだな?」

「うる、さいっ!なんの、つもりだ」


 彼の攻撃は明らかに殺す気のない攻撃だった。身体に無数の傷ができていて、それはどれも致命傷ではない。相手は涼しい顔のままで、僕の攻撃はほとんど彼に当てられていない。風の力を利用しているのだろう。彼のスピードは常人のものではなかった。当たらない。でも当たる。彼が僕を殺す気になったら、死ぬのは時間の問題だろう。


「本当は、殺してくれってお願いしたくなるくらい傷つけるつもりだったんだが……避けるのが上手なようで」


 攻撃をする手を止めている。出来る限り息を整えよう。彼はどうやら僕に興味があるらしい。時々こんな風に手を止めて僕に会話を求めてくる。こっちは傷だらけで痛いのに、長引かせようとしている。


「君のその、腕輪だけど……本当に特殊だね?一体何なのかさっぱりわからない」

「お前のそれだって、人外過ぎてドン引きだよ」

「人外はお互い様だ。そろそろ、本当に殺そうと思うけどいいかな?思いの外、弱かったよ。【死神】なんて呼ばれているからもっと楽しめると思っていたんだけれど拍子抜けだ。そんないいものを持っているのに、全然使いこなせていない」

「腕輪のこと?これはちょっと便利なだけだよ。君みたいな能力だったらよかったな……そしたらこんなことにならなかったのに」


 バイロンは興味深そう僕をジロジロ上から下まで眺めた。


「いや、君はそれを使いこなせていないな。どうしてそんな中途半端なものを使っているんだ?」

「は……?」

「生まれた時からそれはそんなものじゃなかったはずだ。人間にいじれるシロモノではないと思うのだが……ふむ、通りで」

「なんなの?」

「君のそれは、偽物だ。俺たちと同じじゃない」

「だから、どういうことだよ」

「俺が知るはずがないだろう。君はただの同類で、知り合いではないのだから。しかし、手応えの無さはそのせいか。君が今までこんな世界で生き延びてこれたのは人以上悪魔未満の力を使えてたからってところだな。誰だか知らんが余計なことを……。」


 僕のこれが、偽物だと言う。一体これが何なのかもわかっていないのに、偽物だとか本物だとか言われてもさっぱり理解できない。何が偽物?バイロンは一体何を見てこれを偽物だっていうのか。本物はどこにあるのか。一体誰がこれを偽物にしたのか?記憶をごっそりなくしている僕にそんなこと、わかるはずもなかった。ああ、もう。しんどい。

 バイロンも思案顔で、攻撃をしてくる気配はない。この隙に逃げてしまおうか。それとも殺してしまおうか。どちらも駄目、だ。この男はするっと避けてしまうだろう。今だって傷ひとつ付けることができていない。この男がどう動くか、待つしかない。1,2分。突っ立ったまま過ぎた。バイロンは頷いて、ようやく僕を見た。


「結論が出た」

「早く言ってよ」

「いい子でよく待てたね。それで、結論なんだけど……日を改めることにしようと思う。今の君を殺しても完全なものが手に入るかわからないからな。念には念を入れなければ。だから、それまでに君は本物を手に入れておいてくれないか?『いいえ』と答えるなら俺は君の大切なものを1つずつ、奪ってあげなくてはいけなくなるんだが」

「……大切な、もの」

「君にだってひとりやふたり、いるんじゃないのかな」


 やっぱり、人、だ。真っ先に狙われるのはソルと、あの教会。記憶のある限り僕が親しく関わってきたのはそれだけだ。バイロンが調べて辿り着けるのはそこまでだろう。それ以前の大切なものは、覚えていない。


「わかったよ。君が立ち去ったらすぐにでも動く。それまでは絶対に、誰にも手を出すなよ」

「いいだろう。時期は【死の烙印】が知らせてくれるだろう。もっとも近づいた時に、だから急がないといけないよ。俺はそう気が長くないからな。次出会った時までに、だ」

「うん。じゃ、行けよ」

「……最後にプレゼントを貰おうかな」

「え?」

「今まで君と出会うことを目的にしていたから。狩ってないんだよ」

「狩る?」

「俺たちが生きるためにしなければならないことを知っているだろう?」

 悪魔と呼ばれる理由。人を、殺すことで生きながらえているから。つまり、

「そう、俺は非常に飢えている状態だ。まあ、殺しはしないさ。少し湿らす程度で充分だ」

「湿らすって、」

「こいつをに決まってるだろう?」


 扇を示す。そう、だったんだ。宿るものに吸わせないと意味が無いのか。大丈夫だと思ってた。人を食らったことはないし、十数年くらいならそんなことしなくても生き延びることができるのだと思っていた。実際に食べる訳じゃなかったんだ。この腕輪が、吸っていたのか。しかし、彼は【俺が飢えている】と表現した。宿るものは自分自身。


「僕が不完全なのは、腕輪が偽物だから……?」


 失くした記憶。成長の遅い身体。その魂が、身体の中にいないから。


「じゃあ、完全な君と会える日を願って」


 バイロンが、扇を広げるのを、僕はぼんやりと見ていた。喧騒。もう、日が高くなっている。人の足音。巻き込む訳にはいかない。僕が今逃げれば、彼は追ってくるだろう。


「あーあ。もう。さっさとしてよ」


 殺されはしないだろう。なら、いい。目を閉じて、来る衝撃を待った。



 


 また、カーテンを閉め忘れている。窓から入ってくる光が眩しくて僕は目を覚ました。 前にもこんなこと、あったな。ここは自分の部屋だ。おかしいな、自力で戻った覚えはなかった。ベッドの横に、人がいる。ベッドに突っ伏して眠っているようだ。


「誰?」


 掠れた声が出た。声をかけるとその人は、跳ねるように顔を上げた。アリス。


「ユキト!」

「どうしてアリスがここに?……痛ッ!」


 話をするために起き上がろうとしたが腹部に激痛が走り押しとどまった。アリスも僕を押さえつけるように肩に手をおいた。


「起き上がっちゃ駄目。すごい怪我よ。死ぬところだったんだから」


 あ、そうだ。バイロンがお腹すいたって言うから少し無防備になってあげたんだった。きっと、すごくお腹すいてたんだろうな。加減を間違えたんだ。すごく痛い。完全に、餌として認識されていた。捕食者の視線。目を閉じたのは、その視線を避けるためだった。そう、僕は。


「ユキト?」


 目を覆った。目が熱い。あれは、恐怖だった。殺されると思った。禍々しい悪意だった。あんな奴が、まだ他に5人もいるのか。もし、どいつもこいつもバイロンみたいだったら。戦うことになるだろう。そして負ければ死ぬ。

 アリスがそっと、頭を撫でてくれた。あの狂ったお姫様がそんなことをしてくれるなんて思いもよらなかった。教会でうまくやってくれたのかな。


「泣いてるの?ねえ、ユキト?」

「泣いてないよ」


 泣きそうにはなったけど、涙は溢れなかった。手をどけるとアリスは不満顔で僕を見ていた。そういえば、ここってソルの家の中の僕の部屋だよね。どうしてアリスがいるんだろう。


「アリスが僕を拾ってくれたの?」

「いいえ。ソルよ。彼も怪我をしていたから、手当に私を呼んだの。あなたのためなら私は動くだろうって魂胆よ。腹が立つけどそのとおりね」

「ソルも怪我したの?」

「詳しく聞いてないからわからないけど。あなたが殺されかけていたところを見ていたみたいよ。『ユキトが負けるわけ無いんだ』ってそればっかり言ってた。今は部屋で寝ているわ。……ねえ、ユキト。本当なの?どうして殺さなかったの?」


 アリスは僕を盲信している。人格が歪んでしまうほどに。相手の圧倒的な力の前に何もできなかった、なんて。言えるわけがない。言いたくもない。しかしそれが事実だ。何も言わないでいるとアリスは静かに頷いた。


「ユキトは私を仲間にしておくべきだったわね」

「はは、本当に。アリスがこんなに普通の女の子だとは思わなかった」


 手を握ってくれる。得体の知れない生き物で、たくさんの人を殺してきた僕の手を。心外だわ、とアリスは言ったがその顔は笑っていた。良かった。巻き込まなくて。アリスはまだ大丈夫だ。僕の選択は間違っていなかったんだ。


「とにかく、今日は絶対安静!本当は傷が完全に治るまでって言いたいところだけど……そうも、いかないんでしょう?」

「うん。でも君に話さない。手当してくれてありがとう。もう大丈夫だから」


 こんなところにいちゃ駄目だ。あいつ。悪逆の。いつ現れるかわからない。あいつが現れる前に僕にはしなくてはならないことがある。今度こそひとりで。アリスはそれ以上何も聞かなかった。きっと頼れば助けてくれる。でもそうしない。してはいけない。これは決めたことだから、何があっても貫き通すつもりだ。それを察してくれたのならとてもありがたい。僕が帰るように促すと、わかったわと言って部屋を出て行った。アリス、ごめんね。

 もうひとり。鎖でお互いを縛り上げてしまっているあいつを切り離すのは骨が折れるだろう。それでも、もうこれ以上踏み込んで欲しくはないんだ。




「ソル」


 僕は重たい身体を引き摺ってソルの部屋の前まで来ていた。ノック。前ならこんなことはしなかったんだけれど、僕のせいで怪我をしてしまったあいつに顔を合わせるのが気まずい。寝ていたらそれでいいとも思っていた。


「ユキト?どうしたんですか」


 起きていた。布が擦れる音がしたから横になっているところを起こさせてしまったのかもしれない。申し訳なく思いながら、静かに扉を開けた。


「怪我……」

「ああ、あなたよりは大したことありませんよ」

「そう、よかった」


 なんて言って切り出そうか。そればかりを考えていたら喋るのを忘れてしまっていたようだ。ソルが訝しげな表情で声をかけてきた。


「あなたこそ大丈夫ですか?血塗れでしたし……起き上がっては駄目なんじゃ、」

「ううん、大丈夫」


 自分の傷なんか、ただ痛いだけだ。寝てれば治る。ソルの服の下に見える包帯が、それなりの傷を負っていることを示していた。大したことないなんて嘘だ。そんな傷、今まで、少なくとも出会ってからは付けさせたことなかったのに。こみ上げてくるこの感情の名前がわからない。怒り?悲しみ?どっちも、だ。


「どうして来たんだ」

「あなたが部屋にいなくて、探しに出たんです。妙な音がしたからそちらの方へ。そしたらそこであなたが血塗れで地面に倒れていました。あいつの足元に。近寄った俺の方を向いて『これの保護者か?』と言いました。頷くと笑われました。礼儀正しく挨拶もしていました。『つれて帰ってくれるかい?』と言われました。俺は、ちょっと頭に血が上って……」

「攻撃でもしたの?」

「……はい。銃は持ち歩いているから。でも、気付いたらあいつはいませんでした。でも一瞬のうちに攻撃されたことはわかったので、あなたを抱えて走って途中自分も出血していることに気づいて。手当てするのにアリスに連絡をとったんです……何を怒っているんですか?」


 感情が表情に出てしまっていたようだ。僕だって、どうしてこんなにイライラするのかわかっていないし、怒りだけじゃない色々な感情が混ざっているものだから理由を聞かれても答えられない。


「ソル」

「なんですか」

「もう、あんなことはしないで」

「あんなこと?あなたを助けに行ったことですか?」

「そうだよ。これは僕の命の問題だ。君には関係ないんだ」

「どうしてですか。俺たち仲間です。あなたは俺の先生だ。助けるのは当然でしょう」


 首を振った。僕を捉えようとする手から逃げた。


「だめだよ。そういうのは、いいんだ。いらない」

「ユキト!」


 名前を呼ばれたのを合図に、僕は腕輪で拳銃を形作った。ソルの米神に突き付けて動けなくする。こんな殺意をソルに向けたのは初めてだった。幾度もこのような危機は乗り切ってきたが、ソルはいつも僕の付き添いでしかなかったから。身を削るような殺意を感じたことなんて無いだろう。彼の顔をすうっと汗が流れるのが見える。怖い、だろ。僕が行くのはこういう道だ。君は来てはいけない。彼の首元に一撃を入れると、身体を支えてそっとベッドに横たわらせた。目に掛かった髪を避けてやる。整った顔が少し苦しそうに歪められていた。付いてこなければ、きっとこんな顔しなくて済んだだろうに。

 彼の口が少し動いた気がしたけれど、何を言ったのかまでは聞こえなかった。名残惜しくなんか、ない。


「行かなきゃ」


 鎖を断ち切って、僕はひとりになった。


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